45
『スプーキー』のギルドハウスを出た一行は商店街へと向かった。
依頼品である資材と医薬品を購入するためだ。
買ったアイテムを片っ端からそれぞれの所持品に保管していく。
しかし、それも次第に限界が来つつあった。持てるアイテムの量には制限があるからだ。
「シゲンさん、もうアイテム欄がいっぱいになっちゃいましたよ?」
ティアがウィンドウを表示して、自分の所持品を確認しながら言った。
「そうだな。もう十分だろう。それ持って、ガルム鉱山に行くとしようか」
シゲンに連れられてリンデンの南門を後にした。
外に出ると、それぞれがマウントユニットを召喚する。シゲンがご機嫌な口笛を鳴らした。
「本当にユニコーンだぜ。ハクト達から聞いてはいたが、幻獣とお友達になれるとはすげぇな」
「ありがとうございます。私の相棒です」
ティアはそういうと、ユニコーンの首筋を優しく撫でた。
「ほぉ? テトラも良いのに乗ってるじゃねぇか」
その言葉に皆の視線がテトラに向いた。
そこには小さなプロペラが何個もついた、リクライニングシート型の空飛ぶマウントユニットがあった。
テトラはシートを背中を預けて、気怠そうに言う。
「これ、結構気に入っててね。乗り心地良いし、操作も楽だからさ」
「昔のイベント報酬であった気がするな。てことはテトラはなかなかの古参プレイヤーだな?」
「そこはご想像にお任せするよ。さ、早く行こう」
テトラに促されて、シゲンが先導する形で移動を開始した。
◇
陽が傾き、夕焼けに空が染まる頃、前方に広大な森林地帯が広がっているのが見えた。
「あれがシルクスの森ですか?」
ティアの問いかけにシゲンが答える。
「そうだぜ。あの森を突っ切って行くんだが、さすがに夜はまずいからな。近くにストーンサークルがあるから、そこで一晩過ごそうぜ」
「もしかして、キャンプですか?」
「おうよ。旅の醍醐味ってやつだな。キャンプ道具ならちゃ~んと持っているから安心しろ」
シゲンの向かう前方に大きな石がいくつも転がっているのが見えた。
不規則ながらその大きな石は円を描いている。
「今日の寝床に到着だ」
そういうとシゲンは馬を降りて、キャンプ道具を所持品から取り出した。
テントに調理具、炭にランタンなどなど、様々な物が地面に並んだ。
それを見ていたミフユも、自分の所持品からアイテムを取り出した。
「私も持ってるから手伝うよ」
「おお、助かるぜ。なかなか良いもの揃えてるじゃねぇか。ミフユちゃん、旅慣れしてんな?」
「旅が好きだからね。テント建てたら、料理も作っちゃおう」
シゲンとミフユがテキパキとキャンプの準備を進めていく。
日が沈む頃にはテントは張り終わり、ミフユ特製の料理が振舞われた。
外で食事をするのは、屋内と違って開放感があって良い。ティアがそう思っていると、シゲンが明日の旅程について語り始めた。
「シルクスの森に入る前に注意点を言っておくぜ。とにかく道が悪いのと、木々も多いからマウントユニットで移動は不向きだ。徒歩での突破になる」
マウントユニットなしで森を抜ける。シルクスの森は、遠目から見ても広大に見えた森林地帯だった。
なかなか疲れそうな話だ。
「あと、シルクスの森で厄介なのが、クシャール族の縄張りだってことだ」
「クシャール族?」
ティアは初めて聞く言葉に疑問の声を上げた。
「蛮族の一種だな。爬虫類が人間になったようなデザインだ。なかなか不気味だぜ?」
「ひぇっ……」
「デザインがキモイだけなら良いんだが、こいつが地味に厄介でなぁ。そこそこ強ぇんだ」
「だから、高レベルプレイヤーを探してたんですね」
ティアの言葉にシゲンは頷いた。
「見つからないように行ければ、それに越したことはないが、ダメな時は戦闘になることは覚悟してくれ。ま、早々、俺を突破して攻撃はさせないがな」
自信満々な笑みを浮かべたシゲンから頼もしさが伝わってきた。
ティアはふと疑問に思ったことを投げかける。
「シゲンさんのジョブのサムライって、なんのロールなんですか?」
「タンクだ。割と攻撃寄りだが、防御力もそこそこ高いから安心していいぜ」
シゲンは胸を叩いてその頑丈さをアピールした。
衣装アバターが革ジャンとジーパンだからか見た目からでは分からないが、装備している鎧などは頑丈なのだろう。
タンクがシゲンで、アタッカーが自分とモカとミフユ、ヒーラーがテトラ。
普通のダンジョンに入る時の4人でチームを組むのとは違うが、戦い方の基本は同じだろう。
タンクがヘイトを集め、アタッカーが素早く殲滅する。
不安はあるが、今までやってきたことを発揮すれば、敵が強くても戦えるはずだ。
談笑が夜の闇に響き、ティア達の旅の一日目は終わった。
◇
朝日が昇り、朝食を済ませると旅を再開した。
シルクスの森に入ると、その森の広大さが良く分かった。
見渡す限り木ばかりで、その木もうっそうと茂っているため、陽の光が薄っすらとしか届いていない。
不気味な森だなぁ、とティアは思うと先導するシゲンの後についた。
地面がデコボコしており歩きづらい。
道らしい道がないうえに、木の枝を避けたりと気を使いながら行かねばならなかった。
今までのお使いクエストでは、それほど難しいものはなかった。
イベントの中で一番難易度が低いと思っていたお使いに、こんなに大変なものがあるなんて奥が深い。
「シゲンさん、いいですか?」
「おう、どした?」
「普段から、こんな大変なクエストをこなしているんですか?」
「ああ、お使いなのに、なんて大変なんだって思ったんだろ?」
ぎくりとしたティアは、苦笑を浮かべた。
「はい。私のレベルだとまだ簡単なのしかないんですよね」
「レベルが上がっても、お使いクエストはそれほど大変じゃねぇよ。ただ、俺達に回ってくるクエストが厄介なのが多いんだ」
「ポーターギルドでしたっけ?」
「ああ、そうだ。ティアちゃんはクエスト破棄はしたことあるか?」
クエストの破棄。メインクエストではなく、ストーリーに関係しないフリークエストについては、そのクエストを途中でキャンセルできるのだ。
ティアは首を横に振った。
「ないです」
「そりゃ、えらいな。受注したクエストを途中で破棄したり、放置するヤツは珍しくねぇ。だが、NPCにも生活がある。だから、必ずやり遂げてくれるっていう信頼と実績を持ったところに難しいクエストが集まるんだ」
「今回のもNPCを助ける急ぎのクエストですもんね。そういう緊急性の高いクエストが集まってくるんですね」
「そういうこった」
会話を交わしつつ歩き進んでいると、突然シゲンの足が止まった。
「しゃがめ」
シゲンが小声で言った。
ティアは慌ててしゃがむと、そっとシゲンに近づいた。
「どうしたんですか?」
「クシャール族だ」
そういったシゲンの視線をたどる。
そこにはトカゲのような頭に灰色の肌、鋭い目つきの二メートルほどの身長の化け物がいた。




