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「で、リンデンにテレポートで戻って来たってことか」
ハクトが深いため息を吐いた。
道に迷ったティアが最終的に選択したものが、リンデンへテレポートで戻るというものだった。
ティアはしょんぼりした顔で言う。
「すみません。頑張ってみたんですけど、どうしても戻れなくて」
「まあまあ、ええやないか。ティアちゃんが無事やったんやし。ユニコーンも見ることができてよかったやないか」
ケーゴがとりなすように言った。
ハクトも心配から言ったわけで怒っているのではないことは分かっている。
だから、心苦しさがあった。
「本当にすみません」
「いや、言い方がきつくなってすまない。無事で良かった。ヘリオットへならまた行けばいいだけだからな。それよりもだ」
ハクトが腕を組んで考えだした。
「ユニコーンが怪我をしていたか。他のプレイヤーと戦ったのだろうな。戦闘にならなくて良かったな」
「ユニコーンって強いんですか?」
「幻獣の中では下位だが、ティアからしたら十分強い。襲われたらひとたまりもないだろう」
怪我をしていなかったら襲われていたのだろうか。
あまり、そのようには思えなかったが。
「まあ、なんにせよや。ヘリオットへの旅を再開しようや」
ケーゴが言うとハクトとティアが頷いた。
「そうだな。早速、出発しよう」
「ありがとうございます。お世話になります」
そうしてリンデンからヘリオットへの旅を再開した。
◇
3日間の行程のうち、2日間は問題なく過ぎていった。
3日目も先日、ティアが訪れた深い森にまで差し掛かっていた。
「ここら辺でユニコーンの声を聞いたと思います」
ティアが言うと、ハクトとケーゴは耳を澄ました。
「さすがにいないか」
「せやな。遭遇するのも、かなりの運がいるんやから、ほいほい出てくることはないやろ」
会話をしながら進んでいると、遠くから馬のいななきが聞こえたような気がした。
「ハクトさん、ケーゴさん、聞こえました?」
「ああ。聞こえた。近くにいるのかもしれないな。どうする? 探してみるか?」
「良ければ、見に行ってみたいです」
「分かった。声のした方角へ行ってみよう」
そういうと、三人で木々や草をかき分けて進んでいった。
再び、馬の声が聞こえた。悲痛な叫びのような気がしたティアは、声の方へと急ぎ向かった。
道なき道を行くと、獣の咆哮のようなものが聞こえた。
近い。一体、何がこの森に潜んでいるというのだろうか。
慎重に歩みを進めた三人の行く手に、大きな獣の姿が見えた。
思わず声を上げそうになったティアの口をケーゴが塞いだ。
ハクトが声を潜めて言う。
「頭が2つあるということは、あれはオルトロスか?」
「みたいやな。ティアちゃん、あれも幻獣や」
オルトロスと呼ばれた幻獣は、何かと退治しているのか低い唸り声を上げている。
ティアはオルトロスの視線の先を見た。思わず、声を上げそうになった。
ユニコーンだ。体にいくつもの傷を負っている。
「ケーゴさん、ユニコーンが」
「ほんまや。幻獣同士が争うとかあるんやな。ハクト、どうする?」
難しい表情をハクトは浮かべた。
その時、ユニコーンとオルトロスがぶつかり合った。
どちらも譲らぬような気迫を感じたが、ユニコーンが押されているように思えた。
「あの、ハクトさん」
「どうした?」
「ユニコーンを助けてはダメでしょうか?」
ティアの言葉にハクトは目を丸くした。
そう思うのも無理はない。このまま、ここを去るのが安全なのは分かっている。
だが、あのユニコーンから何かを感じる。
引けない理由が。
ハクトとケーゴが悩ましい顔になった。
再び、オルトロスとユニコーンが声を上げて、ぶつかり合った。
ユニコーンが吹き飛ばされた。
追い打ちをかけるように飛び掛かるオルトロス。
その攻撃をなんとかかわしたユニコーンは、再び相対する形となった。
「お願いします」
ティアの懇願を聞いた二人は覚悟を決めたように頷いた。
「ティアは隠れていろ。俺とケーゴでオルトロスに仕掛ける」
「ありがとうございます」
「気にするな。行くぞ」
ハクトは拳銃を抜くと、オルトロスに向けた。
「炎弾装填、バニシング・レッド」
赤色の光をまとった拳銃から銃弾が撃ちだされた。
銃弾はオルトロスに直撃すると、当たった個所から火を噴いた。
「続けて行くで! バード・ダイブ!」
高々と舞ったケーゴが強烈なキックをオルトロスにくらわせた。
オルトロスが痛みを訴えるように吠えた。
「さすがに頑丈やな。タイガー・クラッシュ!」
ケーゴの拳にオーラが宿ると、オルトロスの顔面をへこませるほどの一撃を放った。
その一撃で吹き飛ばされたオルトロスは木に叩きつけられた。
すかさずハクトが追撃の構えを見せた。
「銀弾装填、シルバー・ノヴァ!」
拳銃が銀の光を放ち、銃弾を吐き出した。
銃弾はオルトロスの眉間を貫くと、胴体まで貫通した。
絶叫が森にこだまする。
オルトロスは撃ち抜かれた頭がだらりと垂れている。
倒せるか。そう思った時、オルトロスは突然、背中を向けて森の奥へと駆け出した。
「ハクト、追うか?」
「いや。奇襲が上手くいっただけだ。まともにやり合ったら、こちらも無事では済まないかもしれない」
「せやな。とりあえず、撃退できた訳やしな」
ハクトとケーゴが戦いの構えを解いた。
木の陰で見ていたティアは、ユニコーンの元へと向かった。
ユニコーンを見ると、足に包帯をしているのが見えた。
先日、助けたユニコーンだ。
「大丈夫? また傷を治してあげるね」
ティアは言うと、傷薬を取り出した。
ユニコーンはティアを覚えていたのか、警戒するような動きを見せなかった。
傷口に薬液をかける。血が止まり、傷口もほとんど塞がった。
「これで良し」
ユニコーンはブルルッと鳴くと、ゆっくり立ち上がった。
その時、ガサガサという音が聞こえた。オルトロスが引き返してきた。
そう思ったが、木の陰から姿を見せたのは小さな白馬であった。
それを見てティアはハッとした。
ユニコーンは、この仔馬を守っていたのではないのか。
だから、自分より強いオルトロスを前にしても逃げなかったのだ。
「子供のために頑張ったんだね」
ティアの言葉の意味を理解したのか、ユニコーンは低く鳴いた。
すると、ユニコーンがティアの傍に来た。
じっと目を見据えると、頭を下げた。
ティアは撫でてほしいのかと思い、優しくその頭を撫でた。
しばらく撫でた後、手を放すと、ユニコーンがティアの手に顔を近づけた。
その瞬間、眩い光が発せられた。
光が治まると目を開いたティアの手に、光を放つブレスレットがあった。
「えっ? これを私に?」
ユニコーンは再びティアの目を見つめて、低く鳴いた。
そして、仔馬の元へ行くと森の奥へと消えていった。




