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ハクトとケーゴに連れられたティアは大聖堂へと向かっていた。
「いや~、ティアちゃん、方向音痴やったんやなぁ。びっくりしたわ」
半笑いで言ったケーゴ。
言われたティアは肩を小さくして頷いた。
「すみません。昔から方向音痴なところがありまして。普段は気を付けるんですけど、テンション上がったりするとやっちゃうんです」
「まあ、方向音痴は本人のせいやないしな」
「そうだな。本人にとっては死活問題だから悪くは言えない」
ハクトのフォローも受けて、余計に肩身が狭い思いをした。
冒険者ギルドを出てすぐに道を間違えたティアを、二人が連れ戻してくれたお陰で致命的なミスにはならなかった。
もし、この霧の中で迷子になったら大変な思いをするところだった。
「ティアちゃん、加護についてちょいと教えて、ええかな?」
「あ、はい。ぜひ」
「オーケー。加護っちゅうんは、冒険者だけが持つ力で、いわゆる属性みたいなもんや」
「属性?」
「せや。わいは暴風の加護を受けとる。じゃあ、それがどんなもんかって言うと、速さに関するステータスが人より上がりやすい感じや」
ふむ、とティアは少し考えた。
素早く動けるようになるってことかな。
付いていけない話ではないので、ティアは相槌を打った。
「で、ハクトは白銀の加護や。これはちょっと癖が強くてな。ステータスっちゅうよりは、闇属性に強いっちゅう特性があるんや」
「闇属性って、どんなものを言うんですか?」
「分かりやすく言えば、ゴーストやアンデットだな。あとは『デビル』に対しても、だ」
ハクトが補足した。
『デビル』に強いから、簡単に倒せたのかな。
出会ったときに『デビル』を瞬殺したことを思い出していた。
「せやせや。加護を知ることで、どんなジョブを選んだらええか、どんな戦い方ができるか考えることができるようになるんやで」
「他には、どんな加護があるんですか?」
「あとは業火、流水、土石。これにさっきの暴風を加えた四代元素がプレイヤーのほとんどを占めとる。まれにレアなやつもあるんや」
「レア? ハクトさんの白銀ですか?」
「せや。白銀の対となる、漆黒とかもレアやな。あとは――」
ケーゴが言いかけたところで、霧の奥に大きな建物が見えた。
白を基調とした石造りの建物は、周りの建物に比べて一回り大きい。
「わあー。あれが大聖堂ですか?」
思わず声を上げた。
ケーゴとハクトが頷いたのを見て、目的地の大聖堂ということが分かってうれしくなった。
二人を追い抜いて大聖堂へと向かう。
開け放たれていた扉を通って、大聖堂の中へと入る。
長椅子がいくつも並べられており、その先には祭壇。その奥には大きな石像があった。
石像は女性をかたどったもので、右手に剣、左手に杖を持っている。
ティアは敷かれたカーペットの上を歩いて、祭壇の方へと向かった。
祭壇の前には、ティアと同じような簡素な服を着た人がいた。
もしかしたら、自分と同じ新人の冒険者かもしれない。ここで加護を調べているところなのだろうか。
その様子を見ていると、後ろにハクトとケーゴがいた。
「あそこで、女神イシュテムから加護を判定してもらうんや。ほれ、空いたで。行っといで」
「分かりました」
そういったティアは歩いて祭壇の前に立った。
どうしたらいいんだろう。
少し困っていると、頭の中に優しい声音が響いた。
(よく来ましたね。加護を受けし冒険者よ。さぁ、貴方の加護を拝見させてください)
突然、ティアの胸元が光はじめた。その光が一際眩しく輝く。
光は天に昇ると宙で弾けて、花火のように散っていった。
(見えました。あなたの加護は、七星です。星の加護は様々な苦難から、あなたを助けてくれるでしょう。あなたの旅に幸運があらんことを)
声が静まるとティアは、うーん、と唸り声をあげた。
ケーゴの話だと、業火、流水、暴風、土石が大半で、あとはレアな加護として白銀と漆黒があると言っていた。
それでは、七星とは。話を聞いてみるしかないか。
ティアが振り返ると、待ってましたという感じでケーゴが声を掛けてきた。
「で、ティアちゃんの加護はなんやったん?」
「えっと、七星……? だったと思います」
その言葉を聞いたであろうハクトとケーゴが目を見開いた。
二人はすぐに辺りを見回す。何をしているのか理解できないティアは困惑気味に問いかけた。
「え? 七星って、なにかまずい――」
言いかけたティアの前にハクトが立った。
そして、そのまま無言でティアの手を握ると、祭壇の前からスタスタと早歩きで外へと向かった。
「え? あ、ちょっと?」
戸惑うティアを無視するようにして引っ張り続けるハクト。
その傍にケーゴが来ると声を潜めて話し始めた。
「ケーゴ、気づいた奴はいたか?」
「何人かはいたかもしれへんな。ただ、確信を持たれる前に行くで」
「分かった。二手に分かれよう。待ち合わせは南門の前にしよう」
「ええで。ほな、また後でな」
外に出たところで、ケーゴが小走りで駆け出した。
事態の飲めないティアは、ハクトに引っ張られたまま何事かを聞く。
「ハクトさん、どうしちゃったんですか?」
「後で話す。今は少し静かにしていてくれ」
「え? でも――」
「いいから」
ぐいぐいと手を引っ張られたティアは少し強張った表情を見せた。
優しかったハクトとケーゴの態度が怖くなった。何が悪いのか分からないけど、きっと加護のせいだ。
「私の加護のせいですか?」
押し黙ったまま、歩みを止めようとしないハクト。
ティアはその手を振りほどいた。
「教えてください!」
声を大にすると、ハクトは目を丸くした。
だが、その瞳の色が少しだけ悲しみの色に染まっている。
なんで、そんな目を見せるの。
何が何だか分からないティアに、ハクトがそっと近づき、声を潜めて言う。
「七星は最も優れた加護。……だが、呪われた加護でもあるんだ」
「呪い……?」
「ああ。君は強運の持ち主になった。その代わりに、人々に求められるようになる。欲望を叶えるための道具としてな」