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「おい――」
誰かに呼ばれている気がする。でも、眠い。
ティアの意識はまどろみから、なかなか覚醒できないでいた。
「おい――。大丈夫か――」
届く声が次第に明瞭になってきた。
それでも目を覚ますのを拒むように、身をよじる。
「おい! しっかりしろ!」
その声でパッと目を見開いた。
視界に移っていたのは、片方のレンズが黒色の眼鏡を掛けた男性であった。
心配そうに顔を覗き込む男性を見て思い出した。
「化け物!」
寝た状態から突然上体を起こすと、辺りを見回した。
そこにはただ霧が漂うだけで、男性を除いて周囲に動くものはなかった。
ホッと胸を撫でおろすと、ティアの目の前に男性が手を差し伸べた。
一瞬躊躇したが、その手を握った。軽々と体を起こされたティアは、改めて男性の顔を見る。
少し薄めの整った顔立ちだ。鋭い目をしているが、覗く瞳にはどこか温かみを感じた。
「大丈夫か?」
男性がティアに言う。言われたティアは、自分の体を見て傷がないかを確かめる。
「大丈夫そうです」
「そうか。それなら良かった。その恰好、初心者だろう? いきなり『デビル』に遭遇するなんて不運だったな」
「『デビル』?」
ティアの問いに男性は頷く。
「さっき出てきた化け物のことだ。モンスターとは違う化け物なんだが――」
男性が言いかけたところで、ざりっと地面を踏みしめる音が聞こえた。
「ハクト、そっちはどうやった? こっちは拍子抜けもいいところやったわ」
霧の向こうから現れたのは長身で少し長めの金髪の男性だった。
白のワイシャツにベストを重ねており、折り目の正しいスラックスを履いている。
その金髪の男性の目がティアに向いた。
「なんや、ハクト~。『デビル』退治に行ったと思ったら、女ん子ナンパしとったんかいな?」
「何を見たら、そう思うんだ? この子はさっき『デビル』に襲われかけていたから、助けただけだ」
「お? 女ん子を助けるとか、かっこええことしとるやないか。あ、お嬢さん?」
金髪の男性が思い出しようにティアに声を掛けた。
「わいはケーゴや。この愛想のない奴がハクト。よろしゅうな」
「あ、私はティアです。あの、ハクトさん? 先ほどは助けていただき、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げた。今思い出すだけでも、『デビル』に襲われかけた恐怖に身震いする。
それから助けてくれたハクトには、お礼を言っても言い尽くせない。
「気にするな。俺達は『エクソシスト』だからな。『デビル』を祓はらうのが仕事みたいなもんだ」
「『エクソシスト』?」
悪魔退治とかで聞いたことがある。『デビル』と戦うから『エクソシスト』なのかな。
頭の中に疑問が浮かんでいると、ケーゴが困った表情を見せた。
「ティアちゃん、困っとるやないか。すまんなぁ、情報量が多くて。見た感じ、初心者やろ? 冒険者ギルドには行ったん?」
「あっ! 冒険者ギルド!」
すっかり忘れていた。私はリンデンにある冒険者ギルドに行く予定だった。
首を横に振ると、ケーゴが笑みを浮かべた。
「じゃあ、街に帰るついでに冒険者ギルドまで連れて行ったるから、付いておいで。ええやろ? ハクト」
「ああ。リンデンは少し複雑な街だから、案内した方がいいだろう」
「よっしゃ。ティアちゃんも、それでええやろ?」
願ってもない申し出だ。右も左も分からないのだから、案内してもらえるのは本当にありがたい。
「はい。よろしくお願いします」
ハクトとケーゴに連れられて、リンデンの街へと向かった。
◇
リンデンには外と同じように薄っすらと霧が漂っている。
薄暗いためか、そこかしこに街灯が立っており、明るい光を放っていた。
ハクトとケーゴを見失わないように、ぴったり後ろを付いていく。
「なんでティアちゃんは、スタート地点をリンデンにしたん? ここ、薄暗いから怖ない?」
そういったケーゴは幽霊の真似をするように手を胸の前でぶらぶらさせた。
「霧の街っていうのが、なんかカッコいいなぁって思ったんです。森の都と迷ったんですけどね」
「森の都ヘリオットやな。あそこは人気やからなぁ。不人気のリンデンにようこそ」
からからと笑うとハクトが一つため息を吐いた。
「不人気とか言うな。せっかく選んでくれたんだからな」
「ハクトも霧の街っての気に入って来たんやし、ティアちゃんとは似た者同士かもなぁ?」
ケーゴはまた楽しそうに笑った。その軽快な語りにティアもつい笑みを浮かべてしまった。
そうして雑談をしていると、周りに比べて立派な建物が姿を見せた。その中に人がぞろぞろと入っていっている。
「あそこが冒険者ギルドや。思ったよりもデカいやろ?」
ケーゴを先頭に冒険者ギルドに入ると、中は大小様々なテーブルが並んでおり、そこかしこで人々が談笑をしていた。
数十人はいるだろうか。冒険者ギルドの中は活気に満ちている。
そのまま歩を進めると、一つのカウンターの前へと着いた。そこには綺麗な女性が立っていた。
「あら? ケーゴさんにハクトさん、どうかしたの?」
「セーヌさん、どうも~。今日はワイらやのうて、この子が用があるんや」
セーヌと呼ばれた女性はティアに目を向けると、にっこりとほほ笑んだ。
「新人さんかしら? ようこそ、リンデンへ。私はセーヌ。よろしくね」
「はい、新人のティアです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「そう硬くならなくても良いわよ。じゃあ、早速だけど冒険者として登録するから、この本に署名をしてちょうだい」
そういうとセーヌがカウンターに一冊の本を出し、ページをめくる。
本の中身は日本語で書かれているのが分かった。セーヌのページをめくる手が止まると、サイン欄を指でトントンと指した。
促されるままティアはサインをする。
「ありがとう。これで冒険者登録はオッケーよ。ここ冒険者ギルドでは様々な人から来た依頼を受注することができるわ。お使い、採取、モンスターの討伐など色々な依頼が来るの」
これがクエストってやつね。
ティアはセーヌからの説明を聞き何度も頷いた。
「それをこなして、お金や経験値をもらうことができるの。冒険者登録が終わったから、ステータス画面の開放もされているわ。ステータスオープンって言うか、念じれば表示されるからやってみて」
「はい。ステータスオープン」
そういうとティアの視界に突如、モニターのディスプレイのようなものが表示される。
そこにはティアの細かいステータスが載っていたが、加護というワードについては未鑑定の文字があった。
「気づいた? それじゃ、最初の依頼は私から。あなたはまだ自分の加護を知らないわ。それを知るために大聖堂に行って、鑑定してもらいなさい」
クエスト来た!
急にテンションを上げたティアは興奮気味に聞く。
「あの! 大聖堂にはどう行けば!?」
「冒険者ギルドを出て、左手の道をまっすぐに行けばあるわ。大きな建物だからすぐに気づくわよ」
「ありがとうございます!」
そういうと、ティアは冒険者ギルドの扉を開けて外へと出ると、勢いよく右に曲がった。
「ちょーい! そっち右ー!」
ケーゴの突っ込みが響いた。