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衛兵のミゲルから受けた調査をこなすために、ティア達は集落の北東にあると聞いた屋敷へと向かっていた。
道中で遭遇するモンスターもいたが、戦いに少しづつ慣れてきたティアが先陣を切って戦っていった。
着実に経験を積んできているティアを見て、ケーゴが目を細めた。
「ティアちゃん、すごいなぁ。戦いにも慣れたもんやなぁ。ゴブリンで悲鳴上げてたのが嘘みたいや」
「からかわないでくださいよ。今でも少し怖いなぁって思ってるんですから」
「ほんまか~? ノリノリで戦っとるところもあるんやないか?」
「そんなことないですよ。まだまだ怖いです」
ぷいっと顔を背けたティアを見て、ケーゴは笑い声を上げた。
それを見るハクトも微かに笑みを浮かべていた。
「本当にこんな森の奥にお屋敷があるんですか?」
「わいも分からんわ。ハクトは来たことあるか?」
「俺もないな。追加されたイベントかもしれない」
ケーゴもハクトも知らないイベント。少しだけ不安を覚えた。
依頼は屋敷の周囲を確認するだけでよく、何かあれば戻って報告してほしいというものだ。
見て帰るだけなら大変なことはないと思うが、妙な胸騒ぎがする。
考え事をしていると、木々の切れ間から建物が姿を見せた。
柵で囲われた屋敷は、少し古びているが立派なつくりをしている。
庭にはガーデニングがあり、人が住んでいる気配が伺える。
こんな森の中に大きな屋敷がぽつんとあることに驚いた。
ハクトとケーゴも同じように思ったのか、目を丸くしている。
「どこぞの冒険者が建てたって訳じゃなさそうやけどなぁ」
「そうなんですか?」
「ハウジングは可能やから、できんわけやないんやけどな。こんな辺ぴな場所にデカい屋敷を建てるモノ好きは、そうはおらんで」
「確かに街からも離れてますもんね」
三人で首を傾げていると、獣のものと思われる咆哮が森中に響いた。
「ハクト! 今のは!」
「金猿獣の咆哮に近いな。ここら辺にいるとは聞いたことはないが」
「確認だけはした方がええかもな。ティアちゃん、悪いんやけど、ここでちょっと待っといてもらえんか?」
二人のただならぬ雰囲気を察したティアは、硬い表情で頷いた。
「お気をつけて」
「ティアもな。何かあったら、逃げることを優先してくれ」
「分かりました」
ハクトは頷くとケーゴと共に森の奥へと駆けて行った。
残されたティアは依頼された調査を進めるために、屋敷周辺を散策し始めた。
これといって気になるところはない。誰か住人がいれば話を聞けたのだが。
そうして屋敷を一周した時、二階の部屋の窓に人影が見えた気がした。
人がいるのかもしれない。
ティアは門に手を掛けると、鍵が掛かっていなかったのか、キィっという音と共に門が開いた。
「入っていいのかなぁ」
屋敷の中はここからでは伺えないので、中に入って確認した方が、より詳細な結果を伝えることができる。
どこまで調べたらよいのだろうか。
思案していると、屋敷の玄関のドアがゆっくりと開いた。
ドアの陰から姿を見せたのは、透き通るような白い肌に、艶のある白髪の青年であった。
寝巻なのか、質素な服を着ている。
その青年とバッチリ目が合ってしまった。
「何か用?」
親しみを感じる声音であった。とても優しい響きの声に、ティアは思わず聞き入ってしまった。
「どうかした?」
再度の問いかけに我に返ったティア。
「あの、すみません。ここに住んでいる方ですか?」
「そうだよ。君は?」
「私はティアです。少しお話を伺いたいんですけど、いいですか?」
青年は笑みを浮かべて頷くと、屋敷に入るように手で促した。
悪い人じゃなさそう。
ティアは第一印象を信じることにして、庭を通って屋敷の中に入った。
屋敷の中は外観通り、立派なものであった。
品の良い家具が置かれているのを横目で見ていると、青年が奥の部屋に来るように手招きをした。
それに従って行くと、そこは応接間であった。
青年はソファに座ると、その向かい側にある同サイズのソファに手を差し出した。
「どうぞ。何のおもてなしもできないけど」
「ありがとうございます」
ティアはソファに腰かけて、青年と向き合った。
まず、真っ先に見たのは首元であった。冒険者であればチョーカーがあると思ったが、そこには何も付けていなかった。
ただの美青年ということ。ティアが少し困惑していると、青年から言葉をかけてきた。
「今日は、どうしてここへ? 迷子かな?」
「あ、いえ、ここにお屋敷があると聞いて、調査してほしいと言われたんです」
「そうだったんだね。見ての通り、ただの家だよ。いるのも僕一人さ」
「一人でこんなに大きな家に?」
ティアの素朴な疑問に青年はくすりと笑った。
「僕もそう思うよ。うるさくいう者がいたからね。仕方なくだよ」
そういうと青年は軽やかに笑った。
話していて心地よい人だ。ティアは素直にそう思った。
「あ、お名前を伺ってませんでした」
ティアが思い出したように言うと、青年は微笑みを浮かべた。
「ウル。そう呼んでくれると嬉しいかな」
「ウルさんですね。どうして、ここに一人で住まわれているんですか?」
「静かに過ごせる場所を探していたんだ。自然に触れるのは、実に心地よいからね」
ウルは窓の外を見たので、ティアもそれにならって外を見た。
庭に咲く色とりどりの花が見えた。
その花をいとおしそうに見るウルの横顔からは、邪まなことを考える人には思えなかった。
「あの、ウルさんが住んでいることは衛兵さんに伝えても大丈夫でしょうか?」
「うん。君が見た通りのことを伝えて大丈夫だよ」
「ありがとうございます。では、私は帰ろうと思います」
「ティアさん」
ウルが立ち上がろうとするティアを制した。
「良ければ、僕の話も聞いてくれないかな」
「大丈夫ですよ。何かありました?」
「君はエクソシストなのかい?」




