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アルバイトを終えた紗友里は自室に戻ると、部屋着に着替えてからベッドに寝転がった。
携帯端末を取り出し、コミュニケーションアプリを使って大学の友人達のチャットに目を通す。
当たり障りのない言葉を打ち込む。
そうしていると、新着のお知らせが届いた。
見れば美羽からだ。明日のお出かけのお誘いであった。
了解、と打ち込むと、返信を終えた。
そうして、一通りのことを終わらせるとヘッドギアをかぶり、『ユニティ』の世界にダイブした。
◇
先日、ログアウトをしたのが修練場だったので、開始地点も修練場だ。
フレンドリストを表示すると、まだハクトもケーゴもログインしていないようなので、自分の訓練をしよう。
細剣を手にし、案山子に向けて斬りかかった。
声を上げながら突きや斬撃を繰り出す。昨日よりも確実に上達していることが自分でも分かった。
あとはファントムソードをどれだけ使えるようになる必要があるかだ。
しばらく剣の鍛錬を行ったところで、ファントムソードの操作の練習に取り掛かる。
イメージ、集中。そして、顕現。
現れたファントムソードに動けと念じてみる。
すると、十本ともふわふわと浮かび、前にゆっくりと飛んで行った。
次は戻れと念じる。
これも、緩慢な動きでファントムソードが戻ってきた。
がっくりと肩を落とした。もっと、機敏な動きをしてくれるものと思っていたのに。
前に夢中で動かしたときは、まったく制御はできなかったが勢いは凄まじかった。
あの勢いでファントムソードを制御できれば、ファントムフェンサーと胸を張って言えると思う。
もっと集中しなければ。全部が無理なら一本づつ。一つの剣に意識を向け、案山子を貫くイメージを送る。
「行けっ!」
ティアの声に応じたように、一本のファントムソードが案山子に突き立った。
「やった!」
声を上げて喜んだ。思ったよりも早くできるかもしれない。
残りのファントムソードも、一本づつ意識を集中し念じることで直線的に動かすことができた。
ただ、一本動かすだけでもかなりの集中力を要するので、だんだん疲れが溜まってきた。
修練場の端の方へ行き、木箱の上に腰を下ろした。
ここから見ると、様々なジョブの人達がいることが分かる。みんなここで戦い方を学んで、外の世界に行くのだろう。
外の世界を冒険するのは、どんな感じなのだろう。
想像するだけでもワクワクする。まだ見ぬ光景が私を待ってくれているのだ。
少しの休憩を終えると、再び案山子の元へ向かおうとした。
「ティアさん」
呼びかけてきたのはアレルトだった。
「アレルトさん、こんにちは」
「ええ、こんにちは。どうですか? 訓練の進捗は?」
「はい! ファントムソードも一本ですけど、少しは使えるようになりました」
「ほう。では、見せていただけますか?」
「分かりました」
そういうとティアはファントムソードを出現させる。
そのうちの一本に集中し念じる。
「行け!」
ファントムソードが案山子の胸を貫いた。さらに残りの九本も同じように飛ばした。
アレルトが難しそうな顔を見せた。
何を悩んでいるのだろう。少し不安になってきた。
「ティアさん」
「はいっ!?」
「何で、そんなに怯えるのですか? 今度は全部のファントムソードに意識を集中してみてください」
「分かりました」
全部はできないんだけどなぁ。
そう思ったティアは、意識を全てのファントムソードに向ける。
十本全部となると、一本と違って意識が分散してしまうのか、イメージがどうもうまくできない。
「ゆっくりとファントムソードを一列に並べてください」
「はい」
動け。そう念じると、フワフワとファントムソードが一列になった。
「いい感じです。どうですか? 今のファントムソードの配置なら、意識を集中しやすいのではないですか?」
言われれば、そうだ。連なっているせいか、一本の剣のように思える。
「バラバラのものを動かすのは容易ではありません。それが十本になれば、尚更です。ですから、意識を集中しやすい形に配置することが大事なのです」
なるほど。アレルトの言葉で何となくだが理解できた。
まずは動かしやすい位置に持っていくことが大事ということだ。
「では、その一本の状態で、全てを一斉に動かしてください。標的はあの案山子です」
「はい。……行けっ!」
ファントムソードが意思を持ったように動き、案山子に一斉に殺到した。
十本のファントムソードに串刺しにされた案山子は、ズタボロになって、地面に転がった。
「今の技がシューティング―スターです。感覚を覚えているうちに何度かやりましょう」
シューティングスター。ついに技を覚えることができたんだ。
感動に打ち震えるティアは、今の感覚を忘れないようにするために、何度もファントムソードを操った。
しばらくすると、アレルトが「止め」と言った。
「シューティングスターについては十分に使いこなせるようになったと思います。これは初歩の技ですが、会得したことには変わりませんので、次のクエストをお願いしても良いでしょうか?」
「えっ!? 良いんですか?」
「もちろんです。貴女の腕なら十分だと判断しました。依頼内容は、こちらに書いてありますので、後で読んでください。それでは私は書類仕事がありますので」
そういうと、アレルトは修練場を後にした。
◇
ティアが修練場を離れたのと同時に、ハクトがログインしたとの通知が流れた。
新しいクエストを受領したことを伝えようと、連絡をすることにした。
「ハクトさん、お疲れ様です。次のクエストを受注しました」
(おお。頑張ったな。ケーゴがもう少ししたらログインできるらしいから、少し待ってもらえるか?)
「はい。では、南門で集合しましょう」
(分かった。場所は大丈夫か?)
「何度も行っているから大丈夫ですよ。じゃあ、また後で」
通話を切り上げたティアは鼻歌交じりで北の方へと歩き出した。
◇
「すみません、すみません」
何度もティアは頭を下げた。ハクトはあきれ顔を見せ、ケーゴは半笑いでそれを見ていた。
「言った傍から道を間違うとはな」
「すみません。またちょっとテンションが上がってしまいまして」
「まあまあ、二人ともええやんか。ティアちゃん、クエスト受注したんやろ? なんて書いてあった?」
ケーゴの助け舟に乗ったティアは、渡された手紙を開く。三人でそれを覗いた。
「モブゴブリンを三体討伐?」
「あ~、最初はそんなもんやったな。ティアちゃん、安心せえ。楽勝や」
「そうなんですね。良かった。じゃあ、早速行きましょう」
意気揚々とリンデンの南門を三人はくぐって街道を歩き始めた。
「街道沿いはモンスター少ないから、少し道から離れよか」
「はい。ドキドキしてきました」
「せやろ? 初めのころはドキドキとハラハラの連発やったわ」
談笑している三人の前の草むらが、ガサガサと動いた。
飛び出してきたのは、身長が五十センチもない大きさのモンスター、モブゴブリンであった。
醜悪な顔をしたモブゴブリンを見て、ティアが声を上げた。
「ひえぇぇぇ~。怖い~!」




