13
ティアの周囲をくるくると回るファントムソードを見た男が、驚きでつばを飲み込んだ。
「へっ。少しはできるってことか」
「今からでも遅くありません。そのまま去ってください」
「馬鹿が。武器を手にしたら、やることは一つだろうが」
男は言うと、斧を横に構える。光が斧に宿ると、力強く振るった。
「パワーウェイブ!」
力の奔流がティアに殺到する。
慌てて後ろに下がったティア。だが、パワーウェイブはティアに届いた。
強烈な力で吹き飛ばされる。地面を転がるティアは痛みを堪えて、顔をあげた。
視界に男の姿がない。不意に悪寒が走った。
上。直感が言う。
立ち上がっては遅い。身をよじって地面の上を転がった。
その時。
「パワースラッシュ!」
男の渾身の一振りが地面に叩きつけられた。
その力強さにティアは戦慄した。当たれば確実に死をもたらす力。
慌てて立ち上がると、剣を構えた。
「おいおい。震えてるじゃねぇか。そんなことで俺と戦えるのか?」
正直、戦える気がして来なくなってきた。怖い、逃げ出したい。
でも。
「アリアさん! 逃げて! 助けを呼んできてください!」
「は、はい!」
立ち上がり駆け出そうとしたアリアに、男が追いすがるように手を伸ばした。
「おい! 待ちやがれ!」
「行かせません!」
ティアは男に向けて、細剣で突きを放った。
剣の軌道を読まれたのか、あっさりと避けられた。
「邪魔しやがって。てめぇから血祭りにあげてやるよー」
男は斧を肩に乗せて、力を集中させた。
「パワーチャージ」
まずい。どうする。このままではさっきよりも強い攻撃が。
「アンガークラッシュ―!」
死。それを本能が悟ったのか、走馬灯が流れていく。
こんな奴に殺されるなんて。すごく嫌だ。
悔しい、悔しい、悔しい。
ティアの中でマグマのような熱い気持ちが噴出した。
このまま黙って受け入れる気はない。
動け。私のファントムソード。暴れろ。斬り伏せてしまえ。
「行けっ!」
ティアの周囲に留まっていたファントムソードが一斉に動いた。
男目掛けて不規則で、バラバラで、でたらめな軌道を描き襲い掛かる。
ファントムソードの嵐に襲われた男の手が止まった。
ここだ。ティアは一歩踏み込んで、細剣を引いて、一気に突きを繰り出した。
「やあっ!」
細剣は男の腹部に突き刺さる。
「ぐあっ! く、くそが」
男は細剣が刺さったまま、ティアに斧を振るおうと大きく振りかぶった。
まずい。ファントムソードは周りにない。これを止めるすべが。
その時、ギュイィィィンという音とバチバチと電気が爆ぜるような音が聞こえた。
「ぐあぁぁ!」
声を上げたのは男であった。ティアには斧は届いていない。
一体、何が起きたというのだ。
男の後方から誰かが、こちらに向かって近づいてきていたことに気付く。
女性だ。ショートボブの黒髪の女性はギターのようなものを手にしている。
「女の子を襲うだなんて、あなた卑怯者ね」
「ちっ! 今度はなんだ?」
男の問いかけに女性が返したのは、ギターの演奏であった。
エレキギターの音が響く。一体、何をしているのか疑問に思っていると、ギターに青い電光が宿ったのが見えた。
「ライトニングコードA」
ギターから電気が走り、雷の矢のようになって男に突き刺さる。
「ぐあああぁぁl」
女性はまた演奏を始めると、次々と電撃が男を襲う。
その攻撃のスピードと量に圧倒されてしまう。
女性はギュンッと音を立てて演奏を終える。男は体中から黒っぽい煙を上げている。
「なかなか痛てぇじゃねぇか」
「あなたもタフね」
「へっ。タンクを潰すには、ちょいと足りないようだな。次は攻撃を食らいながらでもお前を潰しに行くぞ」
「そう。でも、それも終わりみたい」
女性が言うとエレキギターの弦からピックを外した。
男はそれの訳が分からないのか訝しんだ表情を見せる。
「何が終わりだって」
男の言葉に女性が指をさした。
男をさしていると思われていたが、よく見れば、男の後ろをさしているように見えた。
その瞬間、男の背後に黒い何かが現れた。降り立ったのではなく、瞬きした間に現れたのだ。
「アサシンのジョブマスター、ロータスだ。貴様は今日、二度に渡りNPCに攻撃的な態度を取ったな?」
ロータスと名乗った男は黒装束に身を包んでおり、忍者のような恰好をしていた。
そのロータスに背後を取られているためか、大柄な男は息を飲んだ。
「だからって、何だっていうんだ? 所詮、NPCだろう。どうなっても構やしない」
「NPCへの攻撃行為は規約に定められている通り、罰則がある。立て続けに罪を犯した者がどうなるか。下を見るといい」
「下だ? ひっ!」
男が小さな悲鳴を上げた。
ティアも男の足元に目を向けると、そこには黒く丸い影が広がっており、ドロドロとした手が足に絡みついている。
「な、なんだこれ?」
「貴様への罰だ。アカウント停止が30日。これから強制ログアウトに入る。闇の中で自分のしたことを反省するといい」
黒い影とその手に引きずり込まれるように、男の姿が黒い影の中に沈んでいく。
「俺が悪かった! 頼む、助けてくれ!」
「今更だな。しっかり悔いろ」
男はわめき散らしながら影の中に沈んでいき、ゆっくりとその姿を消した。
静寂が訪れると、ティアは地面にぺたんと座り込んでしまった。
良かった。終わったんだ。
安心からか瞳に涙がにじんできた。
涙が一筋流れたところで我に返る。
「あの、すみません。アリアさんはご無事でしたか?」
「ああ。安心するといい。彼女に怪我はない。彼女が我々に助けを求めてきたのだ。礼を言う。彼女を守るために戦ったことに」
「いえ、無事でよかったです。助けに来てくれて、ありがとうございました。あっ!」
ティアは思い出したことがあった。
エレキギターを使って助けてくれた女性にお礼を言ってなかった。
女性は背中を見せて去ろうとしていた。
慌てて、その背中を追って駆け出した。
「待ってください」
「ん? ああ、お礼なら大丈夫だよ。好きでやっただけだから」
「いえ、お礼は言わせてください。ありがとうございました」
「真面目だね。私はミフユ。あなたは?」
「ティアです。よろしくお願いします」
頭を下げると、ミフユが小さく笑った。
「礼儀も正しいんだね。見習わなきゃなぁ」
ミフユは笑顔で言った。滅相もないといった感じでティアは首を横に何度も振った。
「そんなことないです。あの、どうして助けてくれんですか?」
「シャウトしたの、あなたでしょ?」
「シャウト? あっ」
慌てて「助けて」だけ打ったやつだ。
「あれだけじゃ、助けは来ないよ。ちゃんと場所まで書かないと」
「え? じゃあ、どうやってここだって分かったんですか?」
「この子が見つけてくれたのよ」
そういうとミフユは口笛を鳴らした。
空から一羽のカラスがミフユの伸ばした手に乗った。
「頭が良い子なの」
「そうだったんですね。カラスさん、ありがとう」
ティアのお礼が理解できたのか、カラスは「カー」と鳴いた。
「それじゃあね。また会ったら、お話でもしましょう」
「はい。ありがとうございました」
ミフユは背中を向けると手を軽く振った。
その背中が霧の中に完全に消えるまで、ティアは見つめ続けていた。




