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ティアの周りを囲むようにして現れたファントムソードを見て、周りが唖然とし、次第にどよめきだした。
「十本って、マジ?」
「アレルト先生でも八本なのに。なんなの、あの子」
先ほどまでの蔑んだ視線は、どこに行ったのか。
周りのティアを見る目は、驚きと好奇に満ちたものに変わった。
だが、一番驚いているのは、ファントムソードを出現させたティア自身であった。
「えっ? な、な、な、なんで、こんなに?」
宙を漂うファントムソードの一本に、アレルトが触れた。
「私の見立てに狂いはなかったようですね。あなたにはファントムフェンサーの天賦の才があります」
「え~!? でも、私――」
「ファントムソードの数は才能と経験の二つで決まります。ですが、あなたはまだファントムフェンサーとしての経験はゼロです。となると、才能だけで私の本数を上回っていることになります」
「才能って言われても」
何が何だか。
「困惑するのも分かります。ファントムフェンサーは、センスがものを言うジョブなので、こういうこともある。と思ってください。ただ、数におごってはなりません。例えば」
アレルトは言うと、細剣を鞘から抜き放ち、ファントムソードを八本出現させた。
そして、細剣を軽く振るう。
その瞬間、アレルトのファントムソードが意思を持ったように動き、ティアのファントムソードを貫いた。
「え?」
十本あったティアのファントムソードは瞬く間にバラバラにされ、キラキラと輝きを放って宙へ消えた。
「このように、まだ脆い。才能に溺れれば、あなたの剣は容易に折れます。一緒に研鑽を積みましょう」
そういうと、手をパンパンと鳴らして、周囲の注目を集めた。
「さあ、訓練を続けましょう。まずは一本です。ファントムソードを一本操れるようになりましょう」
それぞれが訓練の続きに戻るのを見たティアは、慌ててアレルトに問う。
「わ、私は何をしたら?」
「まずは皆さんの動きを見てください。その後に、私から手ほどきをします」
ティアは頷くと、先輩達の剣の振るい方をじっと観察し始めた。
ファントムソードを出現させた者も、それを操るのには苦労している者が散見された。
どれくらい時間がたっただろうか。そろそろ自分も訓練に加わりたいとうずうずしていた時、アレルトが声をかけてきた。
「こちらへ」
そう言われて向かった先には、藁でできた人の形をしたものがあった。いわゆる案山子である。
「剣を構えてください」
ティアはアレルトに言われるまま、細剣を手に持ち、切っ先を案山子に向ける。
「突き」
「や、やあー」
先輩達の剣の振り方にならって、ティアなりに精一杯の突きを繰り出した。
切っ先が案山子の腹に突き立つ。
「恥ずかしさがありますね。まずは恥を捨ててください。突き」
「やあーっ」
◇
みっちり三時間の訓練を終えたティアは、くたくたになりながら修練場を後にした。
今日の成果は何といっても恥を捨てて剣が振れたことだろう。
ファントムソードについては、最初に出した以外は出すことはなかった。
後は自主練と言われて、今日使用した細剣を持って帰っている。
「才能と経験かぁ……」
才能があるというのは素直に嬉しいと思える。あとは経験。
どれくらいの経験が必要なのだろう。
今日の訓練を思い出すと、まだまだ訓練しないといけない気がする。
「頑張れ、私!」
自分に活を入れた。
「それにしても、霧が濃くなってきたなぁ」
こう霧が濃いと移動が大変だ。
ハクトとケーゴから連絡は来ていないので、どこかで時間を潰そう。
そう思い、向かおうと思ったのがケーゴに教えてもらったレストランであった。
また人に道を尋ねよう。
キョロキョロと辺りを見回すが通りに人はいなかった。
これにはまいった。勘で行って、行けたためしがない。
どうしようかと悩んでいると、霧の奥に人影が見えた。
これを逃してはならないと、足早に人影を追い始めた。
人影はどんどん先に行ってしまう。そうしていると、人影がただ歩いているだけではないように見えた。
身をよじっているのか人影は奇妙に動いている。
もしかして、人じゃない。怯んでいると人影は路地裏に入っていった。
どうしよう。でも、周りに人もいないし。
ティアの取った選択は、そのまま人影を追うことであった。
路地裏を駆けるティア。路地裏は霧が薄いためか人影の正体が分かった。
女性を羽交い絞めにして、無理やり連れて行こうとする大柄な男の姿だった。
とてもまともな光景ではなかった。まだ二人はティアに気付いていない。
誰かに助けを求めるか。でも、人は周りにいなかったし、ハクトとケーゴもいない。
こういう時、どうしたら良いのか。
さらに路地裏の奥に進む二人を見て、ティアは意を決してチャット欄を開く。
シャウトを選択して、「助けて」と入れた。
これで誰か来てくれるかもしれない。女性に何かあっては襲い。すぐに止めなければ。
二人の姿が見えたところで、大声を上げた。
「何をしているんですか!?」
霧の奥から見えた覗いた顔を見て、ティアは「あっ」と声を上げた。
「あなたは!?」
「ちっ! 見られちまったか」
舌打ちしたのはジョブ会館の傍で、女性に手を上げた冒険者だった。では、それに捕まっているのは。
「アリアさん!」
アリアは口を男に抑えられているため、くぐもった声で助けを必死で求めていた。
「アリアさんを放してください!」
「お前、初心者だな。今なら見逃してやるよ。大聖堂送りは嫌だろう?」
「人を呼びますよ!?」
ティアが言うと、男は下卑た笑い声をあげた。
「こんな路地裏で叫んでも助けは来ねぇよ」
「くっ。なんでアリアさんを連れて行こうとしているんですか?」
「はっ! 決まっているだろう。あのファントムフェンサーの前で殺すんだよ。俺に恥をかかせたんだからな」
そんな理由で人を殺すの。
いや、NPCだから現実では犯罪にはならないのかもしれない。
けど、みんな意思があるようにしか思えない。この世界ではプレイヤーもNPCも同じ存在だと思う。
それなのに、この人はNPCだから何しても良いと思っているんだ。
ティアの中に怒りの炎が燃え上がるのを感じた。
「そんなこと! 私が許しません!」
「ははっ。お前みたいな初心者に何ができる? いいぜ。お望み通り大聖堂送りにしてやる」
男は背中にある斧を掴んだ。
ティアは細剣を抜いて、今日学んだ剣の構えを見せた。
そして、イメージと集中。それを魔石に流した。
キラキラと煌めくファントムソードが十本顕現した。
勝てる勝てないではない。この男は許してはならないのだ。
必ずアリアを助けて見せる。
ティアの戦いが始まった。




