ワールド・デザイア
ネオページの方で、契約作家として書いているワールド・デザイアの公開しているうちの三分の二だけこちらに公開します。
現状では、30万字のところを10万字とちょっとで終わらせてもいいといってもらえたので、年末年始であと3万字執筆しているところです。持病の統合失調症の具合もよくなかったですし、ネタが切れました。
続きはネオページの方でよろしくお願いします。
星野☆明美
第1話☆仮想世界の黎明期
「吉川!待たないか。いったいどこまで行くんだ」
ネクタイをしめた背広姿の青年が、彼の担任のクラスの女子生徒の後を追って足早に歩いていた。
「たけみ先生!この世界のことどう思う?」
花畑の中を少女は笑いながら先を行く。
「仮想世界なんて、現実世界よりたいしたことはないじゃないか」
「そうかな?今はまだ発展途上で、将来的にずっといいものになると私は思うんですけど」
世界各地で、自治体ごとにそれぞれの仮想空間が造られ、お互いに競い合うようにプログラムを組んでいた。
ラスベガスの仮想空間は、ギャンブル。ケニアの仮想空間は、動物たちの楽園、大草原。摩天楼の見下ろす東京は、大都会。なにわの大阪は、食い倒れ。エトセトラ、エトセトラ。
この青年教師と女子高生のいる日本のK県でも、例にもれず地域色の強い仮想世界が構築中だった。
「吉川!悩み事があって相談したいとお前が言ったからここに来たが、そろそろ本題に入ってくれないか?」
少女は笑い顔を真顔に変えて立ち止まった。
「私の好きな人が、とても頭が良くて、なんでもできるのに、人生に敷かれたレールの上をただまっすぐ歩こうとしているんです」
「……それで?」
「先生、どう思います?いくつもの未来と選択肢。でもその人は一つだけしか選ぼうとしないんです」
「その人なりに使命感があるんだろう。科学者とか、研究員とか決まった仕事に生涯をかけている人達もたくさんいるぞ」
「でも、私はその人に他の選択肢にも目を向けてほしい」
「なぜ?」
「その人が好きだから。私のことを振り向いてほしいから」
「それはお前のエゴじゃないのか?」
「違います!」
少女は叫ぶように言った。
ごう、と一陣の風が彼女の周りで巻き起こる。
「吉川、現実世界に戻ろう。現実は、そう簡単じゃないし、甘くもないんだ。もし、お前の想い人がお前の言うことを聞いて、一生自分の意に沿わないことをやって生きていくとしたら、それは悲しいことだぞ。そうじゃないか?吉川」
少女は両手を握りしめ、今にも泣き出しそうだった。
「……です」
「なに?なんだ?」
「私はたけみ先生のことが好きです!」
「俺が、か?」
「はい」
「俺にはお前の言っているような人生設計はないぞ」
「いいえ。他の先生に聞いたんです。たけみ先生はK県の県立高校から東京のW大に進学して高校の英語教師になってK県に帰ってきた。そしてまだ上を目指すつもりで、また昇進試験の勉強をして、県庁に勤めて県立高校の校長先生になるつもりだって」
「……そうか、それを聞いたのか」
「K県の教育委員会に貢献するのがそんなにやりたいことなんですか?」
「吉川。俺のことはいい。もうほっといてくれ」
「どうして!?」
「俺にも使命がある。死んだ親父との約束なんだ。できるところまで、俺は行く」
教師の決意は固く、ゆるがなかった。
「たけみ先生!私と仮想世界で一緒に新しい世界をつくりましょう!ここならどんな願いもかないます」
「吉川。確かにいろんな願い事がかなうかもしれない。だが、それはまがい物だ。現実逃避でしかない。お前はまだ幼いから、わからないかもしれないが、いつかわかるときがくる。その時後悔しないように一緒に現実世界に戻ろう。大地に足を踏みしめて一歩一歩確実に歩いていこう」
「そんなのいやです!」
少女に教師の言葉は届かなかった。
「……人生なんてゲームみたいなものでしょ?だったら、楽しんだ者勝ちじゃないですか?」
「吉川、人生はゲームなんかじゃない。どんな理不尽なことも起こるし、深刻な問題だって山積みだ。それを乗り越えて生きていくんだ。逃げずに立ち向かって乗り越えられたら、人生の醍醐味が初めてわかる」
「先生、わざわざいばらの道に分け入っていかなくてもいいじゃないですか」
「お前には、わからないんだな。もう、俺のことは考えるな。俺もお前のことは忘れる」
「そんな!」
教師は少女を残して仮想世界から現実世界へ帰っていった。
その後。
仮想世界に置き去りにされた少女は打ちひしがれて、泣きながら森をさまよっていた。
「独りでどうしたんだい?」
誰かが少女に声をかけた。
「だれ?」
そばには人影はなく、ただきれいな水をたたえた湖があった。
少女は岸から湖を覗き込んだ
湖面に自分が映っている。しがない女子高生。それでも、あの教師のことを本気で想っている。
「吉川、よしかわ……」
気付くと湖面に彼が立っていた。求めてやまないあの教師が手を延ばせば届きそうな距離に微笑んで立っていた。
これは幻だ。
彼女にはわかっていたが、それでも体はいうことをきかなかった。
「先生!たけみ先生!」
「こっちへおいで」
「うそだ!うそだ、うそだ」
「うそなものか。この世界で一緒に生きよう」
「先生は、たけみ先生はそんなこと言わない!」
「気が変わったんだよ。お前の言うことも一理ある」
「そんなはず、ない」
足元の土がずるりと滑った。
「あっ!」
どぼん。彼女は湖に落ちた。
水の中だったが不思議と苦しくなかった。
「あなたはいったい何者なの?」
「イーサン・湖の精。この仮想世界の意志に通じる者」
「仮想世界の意志、って?」
「求めてやまないものがある意志。それはお前と同じ。さあ、同化しよう」
「たすけて」
なにか得体のしれない巨大なものに包み込まれた。
少女の体は二分割されて、無意識の本体は水の底へ沈んでいった。意識のある方だけ湖面に浮かび、岸からはいあがった。
少女はそれ以後この仮想世界から出られなくなってしまった。
第2話☆20年後
「あーもう、ただでさえ時間がないのに!巧、お前なんでみんなの足ひっぱってばっかなの?」
仲間たちから白い目でみられて、巧は恐縮するしかなかった。
「ごめん」
松永巧は高校生。今日はみんなで仮想世界に宝探しに来ていた。
RPG風のダンジョンに入って、巧はことごとく罠に引っかかり、毎回仲間から助けられて、とうとうみんなの堪忍袋の緒が切れた。
「お前もう帰れ。俺たちだけでやるから」
「そんな……」
「いこうぜ」
みんなさっさと歩いて行ってしまった。実質、パーティ追放だった。
K県は、実験的にRPG風の街を県独自の仮想空間に構築していた。そこを活用している松永巧も、他の仲間も、K県の高校生だ。主に高校生が対象のイベントが実験的に行われていた。県庁の管轄で、仮想世界の設定が行われ、実行されていた。それでも、大人が全くいない、というはずもなく、あちこちの施設に常駐している人達もいた。
巧は仕方なくダンジョンを引き返した。そしてまたしてもさっき引っかかった罠の一つにかかってしまった。
右足をロープで天井から吊るされて、にっちもさっちもいかない。
「おーい、だれか!」
呼んでも誰も来るはずもない。
心細さに負けそうになる。
結局、落ち着いて考えて、腰に差したダガーでロープを切ろうと思った。
「落下したら痛いだろうなぁ」と、巧がためらっていると、
「見てられないわね」
ふいに間近で女の子の声がした。
「レビテーション!」
ふわり。巧の身体が宙に浮いた。
「なっ、なに?」
「浮遊の魔法よ」
そう言って、ロープをほどいてくれる。巧はそのままふわふわと地面に降ろされた。
「ありがとう。助けてくれて」
白い靴下とローファーをはいた白い足が見えた。それをたどって見上げると、セーラー服姿の女の子が巧を見下ろしていた。
巧は女の子の顔をよく見た。
ごく普通の風貌で、かわいいといえばかわいいかもしれない。黒髪を肩まで伸ばし、右手でかきあげる。
「あなたのパーティの他のメンバーは?」
「奥に進んでるよ」
「あきれた。その人たち吊るされたままのあなたを置いていったの?」
「そうじゃなくて、みんなに助けてもらってたけど、別れて一人で引き返そうとしてたときに、また罠にかかったんだ」
「なんで?」
「パーティにいられなくなったんだよ。失敗ばっかりしてたからさ」
「なーんだ。パーティ追放か」
女の子はそう言うと立ち去ろうとした。
「待って!」
巧は立ち上がって女の子のあとを追った。
「ついてこないで!」
「ごめん、せめてダンジョン抜けるまで一緒に行かせて」
でも、この女の子はどこから現れたんだろう?と、巧は思った。彼女の装備はこれといってダンジョン攻略のためのものではないし、それが目的じゃないのだろうか?それに彼女は、奥に進むのではなく、外へ向かっていた。
「僕、松永巧。きみは?」
「たくみ?」
「そう、巧」
「……。私は吉川織音」
「おりねちゃん。良い名前だね」
「……」
織音は何か考え事をしている風だった。
たくみ、たくみ、ねぇ。あの人と一字違い。
でもそれだけのこと。全然似ても似つかない男の子じゃないの。
巧はそれとなく聞いてみた。
「魔法が使えるなんてすごいや。きみは宝探ししないの?」
「宝探し?」
「今、K県でブームなんだよ。仮想空間で取得したスキルだったり、コインだったりを現実世界で欲しい商品に交換できるんだ。みんなこぞって仮想世界に入ってるよ」
「道理で最近人が多いと思ったわ」
「でしょでしょ」
このとき、織音は、巧を馴れ馴れしいと感じていた。
「あっ!また」
織音が何度目か巧を制止して、言った。
「なに?」
「あなたどうして、わざわざ罠の方へ罠の方へ歩いて行っちゃうのかしら」
「そう?気付かなかった」
「生きた罠探知機ね。逆に意識して避けるように気を付けないと、ダンジョン攻略は一生無理よ」
「んー」
巧は眉根を寄せた。
「問題はそこか」
「気を付けなさいよね」
「うん、ありがとう」
「ほら、外に出たわよ」
「わあ」
明るい陽射しが二人を照らした。
あれから他の罠にかからずに戻ってこれた。巧はお礼を言おうと、振り返った。
「おりねちゃん?」
いつのまにか織音の姿は掻き消えていた。
陽はまだ高かった。
巧は大きく息をつくと、ダンジョン周辺を回って薬草集めを始めた。
ステータス画面で鑑定して薬草かどうか見分けた。薬草は赤いアザミのような花を咲かせていた。
モンスターの小型獣がたまに出たが、ダガーで倒し、コインに変えて財布に収めた。
薬草がある程度集まると、城下街を目指した。
巧はまだ宝探しをあきらめていなかった。これから経験値を稼いでもっと強くなろうと思っていた。町のギルドで薬草をコインに変えて、今夜の宿代にした。
仮想世界のコイン1枚あたり、現実世界のおよそ百円くらいだろうか?宿代はコイン30枚。
一度宿をとると、続けて何箔でもできた。
「おりねちゃん、不思議な娘だったな。また会えるかな」
宿屋のベッドに寝転がりながらのんきにそう思った。
どっと疲れが押し寄せて、巧はうとうとした。
やがてログアウトの時刻が来て、巧は現実世界に戻った。
ログアウト中は、仮想世界の巧は氷の像のように動かない。宿屋のベッドの上に転がって、次に巧がログインしたら続きが動き出す仕組みだった。
宿屋は、事情で何日もログインできなくても困らないようなシステムだった。
巧が現実世界に戻ると、朝だった。そのまま身支度をして学校へ出かけた。
第3話☆学校
「巧~、宿題写させて」
クラスメイトが巧に群がった。
「はいこれ」
「サンキュ」
「自分で解かないと自分の力にはならないぜ」
「わーってる」
ありゃ絶対わかっとらんな。いつものようにみんなで宿題丸写ししている。
数学の宿題のプリント。昨日寝る前に解いて、それから仮想世界にダイブしていた。
でも、朝の英語の小テストはさんざんだった。英単語のスペルをちゃんと暗記していたつもりだったのに、仮想世界での出来事で塗り替えられて、頭から抜け落ちていた。
「よう、巧。現実じゃ優等生でも仮想世界では使えないやつ」
休み時間。パーティのメンバーの一人だったクラスメイトのテツが声をかけてきた。
「僕はまだあきらめたわけじゃないぜ」
ひゅー、とテツは口笛を吹いた。
「根性あるじゃん」
「根性だけはあるんだ」
「ところでさ、仮想世界ではなるべく単独行動しないようにお達しが出てたぜ」
「なんで?」
「変なのが出るってさ」
「変なの?」
「いわゆる地縛霊みたいなのがうろついてるらしい。つかまるなよ」
両手の親指と人差し指を立てて、銃を撃つしぐさでおどかされた。
「地縛霊?」
真っ先に織音のことが思い浮かんだが、すぐに、そんなことないだろう、と思い直した。
「僕、宝探しの商品、何をもらおうかな」
「お前まだ決めてないの?」
テツが意外そうに言った。
「うーん」
無理もない。いろんなものであふれかえっている現代。100均にいけばある程度のものが揃うし、オート化が進んで便利な世の中。手を延ばせばすぐに届く範囲になんでもある。
「悩め悩め!」
「うっせー」
平和な日常に笑い声があった。
「みんな、あれが欲しい、これが欲しい、って先に決まった目標があるからやっていけるんだと思うぜ。お前も早く欲しいものみつかるといいな」
「そっか、サンキュ。……、で、お前は何が欲しいの?」
「マウンテンバイク。赤いやつな」
「へえー」
かっこいいかもしれない、と巧は思った。
「いいな。僕も欲しいかもしれない」
「そうか?……でもこっちじゃ高価すぎて俺の手に入らんのよ。うちびんぼーだし」
「それで宝探し?」
「ザッツライト!」
お昼はサンドイッチとパックコーヒー牛乳。しばし味覚を堪能する。食べ物がおいしい。
「悩み事がないってことかな?このままじゃ、太っちゃうかもな」
巧は苦笑する。
同じ教室で、女子のグループがきゃっきゃ言って、はしゃぎながらお弁当を食べている。
「平和だなぁ」
しみじみと思った。
「ちょっと、松永君!」
よく話しかけてくる女子生徒が巧に声をかけた。
「なに?ゆいちゃん」
「今度の試験大丈夫なの?」
「なんで?」
「仮想世界で宝探ししてるって聞いたから。それで勉強がおろそかになって順位が落ちたらどうするの?」
「別にかまわないけど」
「こっちはおおいにかまうのよ!学年トトカルチョで誰が首位になるかみんなで賭けてるんだから!」
頭のいい奴は自分に賭けて、そうでないやつは頭のいい奴にオッズを予想してそれぞれ賭ける。教師には内緒。知られたら大問題だ。
「僕のことは、今回はあんまりあてにしないで」
巧はそう言った。本当に今回は自信がなかった。
「えー」
ひとしきりぶうぶう言って彼女は立ち去った。
午後は、学校集会で、みんな講堂に集められて教師たちの話があった。
「最近、巷で宝探しとかいうのが流行っているらしいが、仮想空間に滞在する時間帯は人が眠っている間だと聞く。睡眠時間というのはとても大切なもので、眠らないと気が狂うともいう。少しでも不調を感じたら、ただちに仮想世界に行くのをやめなさい」
大人たちは心配していた。
「仮想空間は、ここ数年で進歩していていろんな機能が備わっているそうだが、安全面は実証されていない。20年ほど前に仮想空間に入って、魂が還ってこなかった女子生徒がいたそうだ。そんな風にきみたちがならないことを願っている」
「どう思う?」
「さっきの話?」
「うん」
「話半分に聞いときゃ大丈夫だろ」
「そうか?」
校舎の渡り廊下で生徒たちが話していた。
巧は、そこまで心配しなくて大丈夫かな、と根拠なく思った。
帰宅後すぐに夕食をとり、宿題と今日の教科の復習をした。
巧はこっちの世界でもある程度居場所というか、存在理由をつくっておきたかった。じゃなきゃ、自分も地縛霊みたいに仮想世界にさまようんじゃないかと不安だった。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
妹の由美子が巧の部屋のドアをノックした。巧は高校二年だが、妹の由美子は別の高校の一年生だ。
「おう。どうした?」
「最近、仮想世界にばっかり行ってるみたいでしょ?無理してないかって、お母さんが心配してたよ」
「お前は心配しとらんの?」
「私も心配だよ!」
「ははは。そっか。じゃあ、そのうち一度くらいお前も来てみろよ。案内してやるから」
「やだ」
「なんで?」
「なんか怖いもん」
「大丈夫。いつでも待ってるぜ」
「もう。勝手にして」
「うん。勝手にする」
由美子はむくれて自分の部屋に戻っていった。
「今夜も冒険だ。楽しまなくちゃな」
巧はベッドに入ってから、いろいろ考えていたが、やがて睡魔に襲われた。
眠りに入ると仮想世界から誘いがかかり、そのままログインした。
第4話☆県庁の管轄
仮想世界の宿屋で目覚めると、部屋の配置が変わっていた。
「これが噂のシャッフル機能か」
一階だった部屋が三階になっていた。眺めのいい宿屋の窓から外を見ると、街の配置も変わっていた。
「毎回これじゃ、自分がどこにいるのかマッピングしとかないと迷子になっちまう」
それでパーティの仲間たちは時間がないない言ってたんだな、と合点がいった。
「そりゃ、僕みたいな足手まといは置いていきたくなるよ」
うんうん、とうなずく。
「わかったところで、今日はぐずぐずしてられないぞ。対策をたてなきゃ」
ステータス画面を呼び出して、地図を見る。用事のありそうなところだけ場所を頭に叩き込む。
「そうだなぁ、僕はパーティから追いだされたから、自分で路銀集めしなきゃ。みんな最初は王様に謁見してお金もらってたよな。行ってみっか」
立派な城の門の前までたどりつくと、果たして門番から足止めをくらった。
「通してください!お願いします」
「一人では通せない決まりだ」
「なんで?」
「二人以上でパーティを組んでから出直して来い」
「そんなぁ」
ぼっちじゃ、相手にされない。信用がない。
巧は、とぼとぼと、引き返す。
新しくパーティを立ち上げるか、他のパーティに入れてもらうか。どっちも巧には、あてがなかった。
ギルドに寄って求人情報を見る。掲示板に羊皮紙に書かれた求人内容がピンで留めてある。
薬草集めは毎回需要がある。怪我や病気を治すポーション作りに欠かせないアイテムだから。でも半日薬草を集めて、夜に安全な宿屋に泊まると、ほとんど手元にお金が残らない。毎回その繰り返しじゃ、いつまでたってもらちがあかない。
「良い条件の仕事か、仲間探しか?」
腕を組んでうーん、とうなる。
「それか、モンスターの討伐?」
自分の強さには自信がなかった。せいぜい雑魚を偶然みつけて倒してコインにかえるくらいが関の山だ。下手すると怪我の治療で、ばか高い薬買って治したりとか……。
「ええい、下手な考え休むに似たり!行動あるのみ!」
叫んで、周囲の目に赤面する。
「仕事、仕事。割のいい仕事は……」
なぜか、『探し人』、というのに目が留まった。どんな内容かは委細面談とある。
壁に貼ってある羊皮紙をひっぺがしてギルドのお姉さんのところへ持ってゆく。
「ああ、この案件は、アルトさんの家を訪ねてください」
「アルトさん?」
「はい。今日も街の中央部に家があります」
「今日も?」
「行ってみたらわかりますよ」
「わかりました。ではよろしく」
紹介状をもらって、アルトさんの家まで行った。
「なんか、お役所みたいな建物だなぁ」
ちょっと気おくれしながら門をくぐった。ギルドのお姉さんの口ぶりだと、いつも街の中央にある、つまり、重要な建物だということらしい。
「こんにちは。ギルドの紹介で探し人のお仕事の件でうかがいましたー」
「やあ、よく来たね。見たところ普通の高校生くらいかな?」
事務服姿の男性が出迎えた。
「ここ、ほんとにアルトさんの家で間違いないですか?」
どう見ても、現実世界のお役所のような感じだった。
「まあ、実際はK県の県庁の管轄なんだけどね、便宜上仮想世界では『アルトさんの家』で通ってる」
「はあ」
「そこの椅子へどうぞ」
「あ、はい」
ソファを勧められて巧はそこに座った。スプリングが効いている。
「さっそく要件に入ろう。女の子を一人探して欲しい。写真と目撃情報は提供できるから、彼女の居場所を特定して、うちの捜査員を案内して欲しいんだ」
「これ、おりねちゃん……」
資料の写真を見て、巧は息をのんだ。
「知ってるの?ていうかどこで会ったの?」
「ダンジョンの入り口付近で」
「よく無事だったね」
「どういう意味ですか?」
巧は聞き返した。
「彼女は、たちが悪くてね、人をかどわかそうとしたり、あんまりいいことをしないんだ」
「僕にはそんな風にはちっとも」
むしろ助けてくれたぞ、と巧は思った。
「前金で500。うまくいったらさらに500追加」
思っていたより破格の値段だった。それだけ本気で仕事を依頼したいということだろう。
「うまくいったらって、どういう意味ですか?」
「彼女は20年前から現実世界に戻っていない。心配されている関係者も大勢いるし、どうにか連れ戻したいんだ」
「うーん」
「どうかしたかい?」
「もし、なにか事情があっておりねちゃんが拒否したら?」
「彼女に拒否する権利はない」
「……」
ちょっとその言い方に反感を覚えた。
「反対する理由でもあるのかね?」
「いいえ」
「じゃあ、きまりだ」
じゃら、とコインが積まれた。とりあえず巧はそれが欲しかった。
「でも、僕が案内できるのはダンジョンの入り口までですよ」
「君一人で先に歩いて行って、他の者はこっそりついてゆく。彼女が現れたら、あとはみんなにまかせて」
「うーん……」
なんとなく気が進まなかったが、言われたとおりにすることにした。
県警からの助っ人も呼んであった。巧にしてみれば、女の子一人におおげさだなあ、という感じだった。
第5話☆吉川織音の正体
ダンジョンの入り口に立つと、風が内部へ吸い込まれていくように吹いていた。
後ろの草むらに、お役所の人達が身を潜めている。
巧はそっと足を踏み出す。
「また罠にかかりにきたの?」
果たして、巧の背後で織音の声がした。
「おりねちゃん、逃げて!」
巧は振り向き際に叫ぶ。
「えっ?」
「県庁の人達が来てる」
「……。あなたが連れてきたの?」
織音の声は怒気を含んでいた。
わー!!
屈強な男たちが走り寄ってきた。
「あとで森の湖まで来て」
「湖?」
巧にだけ聞こえるように織音は言った。
そうして、巧は信じられないものを見た。
レッドドラゴン!
みるみる織音は体長8mのレッドドラゴンに姿を変えて、人々を蹴散らした。
「なんでだ!なんで女の子がレッドドラゴンに?」
みんな大慌てでわーっと、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
レッドドラゴンはごう、と火を吐くと、そのまま仮想空間の大空に羽ばたいて姿を消した。
「松永くん、これはどういうことかわかるかね?」
「いえ。僕も今初めて見ました。思うんですが……」
「なに?」
「20年帰りたくとも帰れない理由があるのかもしれません」
「ううむ」
お役所の人も納得するしかないようだった。
「猶予をください。もう、僕もかかわっちゃったから知らないふりはできません」
「何か策があるのかね?」
「いいえ。なんにも。でも、放っておけません」
「協力してくれるんだね?」
「まあ、彼女が望むようにしてあげて、それが最終的には協力することになると思います」
「そうか」
お役所の人は、まぶしそうにレッドドラゴンが飛び去った空を仰ぎ見た。
「普通の状態なら、変身して空を飛ぶことなんてできないはずだ。仮想世界のコンピュータのバグだろうか?なんにしろただごとじゃない。我々もコンピュータにアクセスして、原因を探してみるよ」
お役所の人達と別れて、巧は一人になった。
湖へ来るように、と織音から言われた。行くしかないだろう。巧はステータス画面のマップを開いて森と湖を探した。
今から行って、もどってくるのにどのくらいかかるだろうか?なにか込み入った話になったら仮想空間のログアウトの時間までに宿屋にたどり着けないかもしれない。
「最悪、森の中でログアウトだな、こりゃ」
ふう、と巧は息を吐いた。
しん、と静まり返った森に分け入り、コンパスをときどき確認しながら進んでいった。
後ろを振り向いて、誰もついてきていないことを確認した。きっと織音は他のだれかを連れて行ったら相手にしてくれないような気がする。
広い森だった。小動物が時折ちらりと姿を見せた。モンスターの姿は無いようだった。
ひんやりした空気。植物と土のにおい。
「ここに、おりねちゃんがいる」
20年?
まだ17年しか生きていない巧にとって、推し量るのが難しい年月だった。
姿が女子高生のままだから、彼女の時間は止まっているのかもしれない。
「僕が20年もこの世界に閉じ込められたとして、何を思うだろう?」
エンジョイしている高校生活も、進学も、就職も、結婚も、それからそれから……未来をみんな取り上げられて、正気でいられるだろうか?
ある程度歩き回ったが、湖にたどり着けなかった。
「なんか、同じところをぐるぐる回ってる気がする」
巧はとうとうその場にしゃがみこんだ。
「来たわね」
織音の声がして、巧は顔を上げた。
「おりねちゃん、湖どこ?」
「ここよ」
さっきまでなかったはずの湖が近くにあった。
「なんで?」
「そういう場所なのよ」
そういう場所って、どういう場所なんだ?
巧は唖然とした。
「あなた、私に県庁の人達がいるから逃げてみたいなこと言ったわね?」
「うん」
「あなたが案内してきたの?」
「そう」
織音は、かあっと頭に血が上ったようだった。
「いくらでひきうけたの?」
「前金で500」
「そう。良かったじゃない」
「うん」
「じゃあ、なんで残りの後金もらうために向こうの手伝いしなかったの?」
「理不尽だと思って」
「理不尽?なにが?」
「向こうが一方的に、君が現実世界に帰らないとダメ!みたいな口ぶりだったから。それに、なんか、罪悪感でいっぱいで……」
「……」
織音は無言でしばらくなにか考えていた。
「それで?それだけのコインであなたの願いはかなうの?ここに宝探しにきている訳だし、500もあればじゅうぶんでしょう?」
「まだ、僕の願いはかなっていない」
「どんな願い?」
「君を助けること」
「ば、ばっかじゃないの?」
「バカじゃない。大真面目さ」
「やめときなさい。私にかかわるとろくなことないから」
「なんで?」
「今の今まであなたをそこの湖に突き落とす気でいたからよ!」
「……そりゃそうだよな。頭にきたよな。ごめん」
「なんで謝るのよ?」
「僕が悪いから」
「なに認めてるの!」
「……おりねちゃん」
「なに?」
「ログアウトの時間が来た」
そう言って、巧は動かなくなった。
「バカね……」
織音は動かなくなった巧を前に、つぶやいた。
「織音。彼をどうしたい?」
織音の背後にいつの間にか青年が立っていて尋ねた。
「そうね……」
織音は、よく考えてみるわ、と返事した。
第6話☆プレゼント
現実世界で巧は土曜日の午前中を学校で過ごし、帰宅後昼寝をしていた。
睡魔が巧をとらえて離さなかった。こんなに疲れていたのか、と起きてから思った。
デバイスを三台使いまわして、音楽、SNS、ネットショッピングを同時進行で行った。
「おっ!これこれ」
赤いマウンテンバイク。
さすがにお高い。
「仮想世界のコイン何枚分かな?」
県庁のホームページに問い合わせてみた。
コイン400枚!
「買えんことはない。買えんことはないけど、ちょっと懐を直撃するお値段じゃないか」
どうしようかな?と巧は悩んだ。
ごろりとベッドに横になる。
枕を宙へ放り投げて、両足でキャッチ。
天井の明かりがまぶしい。
枕を足でぐるぐる回して、もてあそぶ。
「お兄ちゃん、何やってるの?」
妹の由美子がドアを開けた。
「悩んでるの」
「なにに?」
「買うか買わないか」
「なにを?」
「赤いマウンテンバイク」
「そんなの買えるだけの財力があるの?」
「あるんだなぁ。ふふふ」
「どこからお金が降ってきたの?」
「仮想世界」
「ほんとに宝探ししてるんだ!」
由美子はびっくりして言った。
「毎日なにしてると思ってたんだ」
巧はやれやれと思った。
「いっやぁ~。そうと知ったからには、私もお小遣い稼ぎにいこうかしら」
「おお。来いよ」
「あにきー、頼りにしてますぅ」
「おっしゃ!」
「さっそく今晩行ってもいい?仮想世界のどの辺にいるの?」
そこで、巧は、はた、と気付いた。
「森の湖のそば。もしかするとシャッフル機能で全然違う場所に飛ばされてるかも」
「なんじゃそりゃ」
「できれば落ち合う場所を決めといた方がいいな」
それに、織音とのこともある。
「すまん。準備が必要だから、明日にしてくれ」
「えー」
由美子はしょうがないなと自室へ引き上げていった。
赤いマウンテンバイク。
本当に、欲しいのか?
そこが問題の焦点だった。
「僕はなんで欲しいって思ったんだっけ?」
そうだ、テツが欲しいって言ってたから。
「むー」
デバイスのマウンテンバイクの写真をにらむ。
僕はそんなにこれが欲しいわけじゃない。
カートに入れる、を押して、自分のコードを入力。
「てーてててってってて♪」
宛先の住所を携帯から調べてたったかた、と入力完了。
「テツ、喜べ!」
ぽちっとな。」
キンコン!
景気のいい音とともに購入完了。
数日で赤いマウンテンバイクはテツの元へ届く予定。
「あいつ、送り主がわからなくて戸惑うだろうけど、それでいいや」
テツがどれほど喜ぶことだろう、と、巧は自分のことのように嬉しかった。
巧は、自分の欲求より、他人の欲求をかなえることのほうがなにより大好きだった。
ところが。
数時間後、テツから携帯に電話がかかってきた。
「なんだ?どうした、テツ」
「巧、お前だろ!赤いマウンテンバイク」
「えっ、なんで?なんでわかっちゃったの?」
「俺はお前にしか欲しいもの打ち明けてないんだよ!」
「あちゃー」
「配送会社からうちに連絡があって、親父たちがよくそんなもの買える金があったな!って目をギロギロさせて言うんだよ。うち、ほんとびんぼーだからさ、もし仮想世界の宝探しで儲けても、うちにいれなきゃならないんよ。俺の立場わかって!」
「僕、そんなこととは思わなくて……」
巧は自分のしたことが裏目に出たようでおろおろした。
「でも、ほんと、ありがとう!俺、お前の気持ちだけでも嬉しいよ。親父たちはマウンテンバイク売り払っちゃうかもだけど、一回くらいは乗れるかもしれないし」
ずび、とテツが鼻をすする音が聞こえた。
「テツ……」
「ほんと、早く大人になりたいな。自分で稼いでびんぼーから抜け出すんだ」
「がんばれ」
「巧。俺、お前を親友と思うよ。仮想世界の宝探し、ダンジョン攻略とか、俺を仲間にして!」
巧にとって思ってもみない提案だった。ぼっちから抜け出せる。可能性が無限大に広がる。
「テツ。ありがとう」
「でもどうやって稼いだんだ?大金だったろ?」
「ギルドで仕事を請け負ったんだよ」
「ダンジョン攻略ではなかった、と」
「そうだよ。僕一人でできるわけないじゃないか」
「ふうん。まあ、今夜、また仮想世界いくんだろ?」
「行くにはいくんだが……、ちょっと片付けなきゃならない用事があってさ」
「じゃあ、明日は?」
「オッケー。そういや、僕の妹も来るよ」
「由美子ちゃんだっけ?」
「そう」
「パーティ新しく組めるじゃん。面白くなってきた」
「ほんとほんと」
巧は、なぜか一気にいい方向へ物事が転がっていくのを感じた。
「織音ちゃんのこともなんとかなる。いや、なんとかしよう」
今夜、もう一度織音と話そう、と巧は思い、夜が来るのが待ちどうしかった。
第7話☆湖の精・イーサン
なんだか柔らかくて、あたたかい。
巧は最初にそう感じた。
「起きたなら、早くどいて」
織音の声がすぐ近くでした。
巧が目を開くと、自分が織音の膝枕で寝ているのがわかった。
「おりねちゃん……ずっとこうしてくれていたの?」
「そんなわけ、ないでしょ!」
織音は赤い顔を巧からそむけて、つん、としてみせた。
ああ、これがいわゆるツンデレか、と巧は思った。
すると、織音は立ち上がり、巧はごろんと地面に転がされた。
「あなたのこと、疑ったり、警戒したりしたんだけど、よーく考えたら、あなたは、ただ単純なだけだってわかったの」
「単純?」
「そう。裏がないのよ」
「うーん、ほめ言葉ととっておこう」
「ほめてないわよ」
じゃあ、なんなんだ?と巧は首をひねった。
「イーサンが不思議がっていたわ」
「イーサン?誰?」
「この湖の精よ。あなたは、これっぽっちも欲しいものがないって」
「僕が?」
「うん。めずらしい、って」
「ぼくにだって欲しいものはあるよ」
「なにが欲しいの?」
「えーと……」
巧は腕組みして考える。なにも思い当たらない。
「ほらね」
「いやいや、ちょっと待って、なんかひねり出すから」
「ひねり出さなくていいの!」
「あ、そうだ。この前、おりねちゃんのこと助けたいって言ったのはほんとだよ。だから、欲しいものというか、やりたいことはそれだ」
「え?」
織音が鼻白んだ。
「実に面白い。ユニークな性格だ」
男性の声がした。巧は誰だろう?ときょろきょろ辺りを見回した。
「イーサン」
織音が呼ぶと、青年が湖面に立っていた。
「なに?マジック?どうして水の上に立てるの?」
巧は驚きながら聞いた。
「私はこの湖の精・イーサン」
彼は、すうーっと湖面を滑るように近づいてきて、岸にあがった。
見た目には学校の教師みたいないでたちだった。
「織音と私には、願ってやまない願望がある。君ならそれをかなえられるかもしれない」
「んな、むちゃくちゃな」
巧はあたふたした。
「君が私たちの願望をかなえた時に、私たちは呪縛から解放されるだろう」
「それって、おりねちゃんを助けられるってこと?」
「そうだ」
「……。じゃあ、やるよ」
「本気?」
織音がびっくりして聞き返した。
「願い事は多くかなったほうがいいだろう?」
「私はK県のシステムで管理されていて、自由ではない。ほんの些細なことでもいいから、ネットワークのほころびを見つけてほしい」
イーサンはそう言った。
「つまり、自由が欲しいんだね?」
「そうだ」
「心に留めておくよ。できるだけのことをやるから」
「そうか」
巧の言葉に、イーサンが初めて笑顔を見せた。
織音は不思議そうにその笑顔をみつめていた。
やがてイーサンは湖に戻っていった。
「イーサンが笑ったの、初めて見たわ」
織音がため息交じりに言った。
「そうなの?」
「でも、具体的にこれからどうしていくか、何か考えがあるの?」
「いいや。でも、ここの世界の仕様がRPG風だから、基本的にそれに合わせて行動していってみようと思ってる」
「でも、あなた、この前パーティ追放されたばかりじゃないの」
「おりねちゃんとパーティ組むよ」
「えっ?私、できるかしら?」
「それに、明日、新しいパーティのメンバーを他にも呼んであるから、みんなで冒険しようよ」
「冒険……」
「そう、冒険!この世界を楽しんで探索するんだ。いつも気を付けていれば、問題の突破口もみつかると思う」
「そう、かな」
「そうだよ!」
巧は屈託なく笑った。
「私、変装した方がいいかもしれないわ」
「なぜ?」
「街で出没して徘徊していた時期があって、みんなから亡霊だって、忌み嫌われているのよ」
「なんでそんなことしたの?」
「自暴自棄になってたのよ。現実世界に帰りたくても帰れないストレスでそういう行動をしたの」
「変装できるの?」
「ほら」
すうっと、織音の顔立ちが変わった。二割増し美人になった。
「どう?」
「んー、元のおりねちゃんの方が見慣れてるし、好きだな」
織音は赤面しながら、
「これにもそのうち慣れるわよ」
と言った。
「イーサンの願いはわかったけど、おりねちゃんの願いはどんなことなの?」
巧が聞くと、織音は困ったような顔をした。
「聞かない方がいい?」
「……いいえ。私の願いは、私の好きな人と、私の思い描く世界で一緒に過ごすこと」
「好きな人って?」
「さっき、イーサンが現れたときの姿、その人に瓜二つなのよ」
「へえー。かっこいい人なんだね」
「ほんとにそう思う?」
「うん」
「本物の方は私をここに置いてけぼりにして、現実世界で活躍中」
「なんだい、それ」
「おかしいでしょ?私捨てられたんだ」
「そんなこと言うなよ」
「……。うん。ごめんなさい」
「おりねちゃんの思い描く世界ってどんな世界?」
「いろんな世界が混じり合って、なんでもできる世界」
「……それって、現実世界のことじゃないの?」
「えっ?」
「違うかな?」
「違うと思う。現実世界は挫折とか理不尽とかあるけれど、私の思う世界は、なんでもかなう世界なの」
織音は目をつぶって、自分を抱きしめるしぐさをした。
「そっか……」
巧は、織音には織音の世界観があるんだな、と思った。
第8話☆新パーティ結成
日曜日。
テツと由美子に仮想世界の宿屋で落ち合う約束をつけて、巧は現実世界の昼間のんびり休息をとった。
「そういえばこっちでは、もうすぐテストだったなぁ。勉強してないや。した方がいいかなぁ」
毎日それなりに授業に身を入れていたから、基礎的なことはある程度は頭に残ってはいる。
でも卒業後の進学も視野に入れたら、2年生の今頃から本腰入れて勉強しておかないと手遅れになるだろう。
「あっちの世界でもこっちの世界でも大忙しだよ。まったく」
ひとりごちて、スナック菓子をつまむ。
仮想世界では食事らしい食事をしたことがなかった。食べる気になれば食べられるのだが、食べなくても昼間現実世界で食事しているから、たいして必要ではなかった。
「おりねちゃんは……」
現実世界に戻れないなら食事はどうしているんだろう?巧は本気で心配になった。
「県庁の人が、おりねちゃんを心配している方々がいる、って言ってたけれど、おりねちゃんを置き去りにしちゃった人とか親御さんとか大変だろうなぁ」
改めて巧はそこに思い至った。
でも、それを織音に言うと、責めることになりそうで、時期が来るまで黙っていよう、と巧は思った。
夜。
「おやすみお兄ちゃん。後で向こうで会おうね」
由美子がパジャマ姿でそう言って自分の寝室へ立ち去った。
仮想世界にダイブすると、宿屋の一室だった。
「巧、いるか?」
ノックの音がして、テツが顔をみせた。
「さすがに場慣れしてるとスムーズに会えるよな」
「まあね。じゃあ、一階の食堂に行って、由美子ちゃんが来るのを待とうか」
「そうしよう」
なかなか由美子は現れなかった。
「迷子になってなきゃいいけど」
「この人が新しいパーティのメンバー?」
いつの間にか織音が姿を現した。
「おりねちゃん」
巧はテツと由美子がそろってから織音を紹介しようと思っていたが、織音の方が由美子より早く来てしまった。
「だれ?」
「おりねちゃん、っていうんだ。こっちの世界で知り合った」
「へえ。俺、テツです。よろしく」
テツが右手を差し出して、織音と握手した。
「こちらこそよろしく」
三人でテーブルに着き、何をするでもなく時間がすぎたため、織音がしびれを切らして「まだ行かないの?」と聞いた。
食堂は閑散としており、宿屋のおばちゃんが暇そうにこっちを見ていた。
「ごめん!やっとたどり着いた!」
ほどなくして、宿屋の入り口から由美子が息せき切って入ってきた。
「ああ。良かった。来れたね」
テツがそう言った。
「これでみんなそろった」
巧がほっとして笑った。
「その娘、だれ?」
気付くと、織音がすごい形相でこっちを見ていた。巧は訳が分からず、織音はいったいどうしたんだろうとびっくりした。
「初めまして。由美子です。お兄ちゃん?この人もパーティのメンバー?」
「おにいちゃん……」
織音が毒気を抜かれて、表情が和らいだ。
「あなた、妹さん、いたの?」
「そうだよ。他に親しい女の子いないし。それより、どうかした?おりねちゃん」
「いいえ。ちょっとした思い違いっていうか、そのぅ」
「おっとこれは、ほっとけないなぁ。おりねちゃん、君、今嫉妬したでしょ?」
テツが面白半分で言った。
「まさかあ」
織音が大声で否定した。
「もしかして、巧とおりねちゃん、両想い?」
「んなわけないだろ」
巧がテツを軽くこづいた。
織音は顔を赤らめたまま、「その、由美子ちゃん。私は織音よ」と言った。
「お兄ちゃんが女の子と一緒にいる!」
由美子が目をまんまるにして言った。
「そんなに珍しいか?!」
巧は顔をしかめて言った。
「お兄ちゃんのことだから、パーティのメンバーは男ばかりだと思ってた」
由美子が言うと、
「私もよ」
と、織音が言った。
「よろしくね、おりねさん」
由美子が手を差し出すと、織音が嬉しそうにその手を握って二人は微笑んだ。
「女の子は、女の子同士のほうが話もはずむだろ?」
テツがのほほんと言った。巧も同感だった。
「とりあえず、どこへ向かう?」
「王様に謁見」
「路銀もらいにいくのか」
テツは飲み込みが早い。
「王様がいるの?」
「AIのロボット王様。セオリー通りにしかしゃべったり動いたりしないんだ」
「そんなのが王様?」
由美子がはあー、と言った。
城に着くと、今度はすんなり通された。
「そちたちは四人じゃな。コイン4000枚進呈しよう」
「ありがとうございます」
「旅の装備代に役立てて、世界を救ってくれ」
「毎回思うんだけどさ、ちょっと大げさだよな」テツがこそっと言った。
王様は聞こえなかったのか、それとも対応するプログラムがなかったのか、テツの言葉をスルーした。
「いやいや、どうして。世界を救おうぜ」巧が言うと、テツが笑った。
「こら!君たち、まじめにやんなさい」
突然大音量で声が響いた。
「なに?なんなの?」
「こちら県庁管轄施設のモニタリング中」
「げっ」
こっちのやりとりが筒抜けで、県庁の人に注意されたのだ。
「すいません」
巧が謝った。
「見られてるの?」
織音が身構えた。
「吉川織音さん。こちらであなたの処遇は保留に決まったから。ただし、基本的には松永巧くんたちと行動を共にしてください」
「え?」
どういうこと?とテツが聞いた。
「ちょっと訳ありなんだ」
巧がとりなした。
「とにかく、がんばってください」
アナウンスはそれっきりだった。
第9話☆街のごろつき
巧たちは、城をあとにすると、次は武器や防具を買いにいこうか、と話していた。すると、たちの悪い連中と出くわした。
「ようよう。城で金もらったんだろう?めぐんでくれよ」
「なんでそんなことしなきゃならない」
むっとしてテツが言い返した。
「もってるでしょ?四人で4000コイン。現実世界で四十万くらい」
「四十万円?!」
由美子が素っ頓狂な声をあげた。
「ダンジョン攻略しなくても、しばらく遊んでいられるじゃない!」
「ばか。こいつらはたぶんそう思ってしばらく遊んでいた人たちだぞ。いずれ金がなくなってこうして他の人にたかってるだろう。こういう風になっちゃダメ!」
巧が妹をたしなめると、ごろつきたちが一斉に怒り出した。
「なん、だとぅ。おい、こいつむかつくぜ」
「俺も」
「まあまあ。どちらにせよ、コインを換金するときに、入手経路調べられて、不正な方法で手にしたものは差し止められるでしょうから」
織音がそう言うと、えー、そうなの?!とみんなが口を揃えて言った。
「でも、こいつら、なーんかむかつく。殴っちまえ」
「いかん、逃げるぞ」
危険を察知して、巧が率先して走り出した。みんな後からついてくる。
「待ってよ、お兄ちゃん!」
「ちょっと、あなたが煽ったんだから返り討ちにできないの?」
由美子と織音が口々に言った。
「三十六計逃げるにしかず」
巧はそう言って、逃げ続けた。
走って、走って、走り続けた。
ぜえぜえはあはあ。
ごろつきたちはばかばかしくなって途中で追うのをやめたようだった。
「俺、巧をパーティのリーダーにと思ってたんだけど、敵前逃亡するやつには務まらんな」
テツが言った。
「だって僕、弱いもん。これから強くなる予定だし。今は逃げるしかないじゃん」
巧は悪びれずに言った。
「ねーねー、RPGって、パーティのそれぞれが職業決めなきゃいけないんじゃないの?」
と由美子が言った。
「いや、特にそういうのはないな」
「前のパーティのときそんなの決めなかったよな」
「んだんだ」
男衆二人はなんも考えずに答えた。
「でもほら、役割分担とかしとかないと、後々困ると思うのよね」
「そうだなぁ」
「装備揃えるにも自分に合ったものにしないと意味ないし」
「うーん」
「実は私、魔法が使える!攻撃魔法、防御魔法、変身魔法、治癒魔法……」
織音が切り株の上に飛び乗って言った。
「「「おー」」」
他の三人が、ハモった。
「俺!実は剣の使い手。学校では剣道部」
次にテツが名乗りを上げた。
「「「すげー」」」
「私、弓道部。弓の使い手!」
そして由美子が言った。
「「「いいじゃん!」」」
「僕は……」
しかし巧は言いよどんだ。
なんも思い浮かばん。
「「「……だったらいいな!」」」
織音・テツ・由美子が同時に言った。
「なあんだ~」
巧は脱力してその場に座り込んだ。
「ほらほら、言ったもん勝ちよ!実際のところ、ステータス画面の実装に要望が反映されるんだから」
「うそ?!」
「ほんとほんと」
それぞれステータス画面を呼び出して確認し合った。
「じゃあ、僕は勇者がいい」
「まあ、勝手にどうぞ」
みんな自分のことに夢中で、巧にかまってる暇はなさそうだった。
「こんなの、前のパーティの時、なかったぞ」
「そーだそーだ、どーいうわけだ」
巧とテツが口々に言うと、
「単にみんな知らなかったんでしょ?無知は怖いわね」
と、織音が答えた。
「これは、夢かな?」
「夢です」
「じゃあ、目が覚める前に本当のことにしちまおう」
「いいね」
入力コマンドでそれぞれ自分のスキルを設定した。
「これでよし。じゃあ、お買い物に行きましょう」
「「「おー」」」
みんな、俄然やる気が出てきた。
「お店で買うときは、値切ること、もっといいのがないか探りをいれること、お店の人と仲良くなること」
織音がそう言いながら先頭を歩くと、
「やっぱり、リーダーだよな」
「そうね、リーダーよ」
とテツと由美子が言った。
「え?」
織音がきょとんとする。
「おりねちゃん、全員一致でおりねちゃんがリーダーだって」
巧が言った。
「ええ?」
織音があたふたした。
「僕らのリーダー、おりねちゃん!頼りにしてますおりねさま」
「「リーダー、リーダー!」」
みんな口々にはやしたてた。
「んもう。しょうがないわね」
もごもごと織音は口の中で言った。
織音も悪い気はしなかった。
「あのごろつきたち、どうしたかな?」
と巧がつぶやいた。
「数人いたから、入れ替わってパーティ組みなおせば何度でも路銀もらえるんじゃないの?」
テツがのほほんと言った。
「はあ?」
巧はテツの顔をしげしげと見た。
「それに気づくかどうかねー。どっちにしろ、県庁の人がモニタリングしてるから、それをやってたらいくらなんでもそのうちばれると思うけど」
と、織音。
「悪知恵って、どこまでも働くもんだ」
「だって、ふつー、ちょっと考えればわかりそうなもんじゃないか?」
「お兄ちゃん、お人よしだから」
「そーなんよ、生真面目すぎるの」
テツと由美子が巧に言った。
第10話☆バルタンおやじ
カランカラン。
ドアを開けると、頭上でベルが鳴った。
「いらっしゃーい」
若い声がして、青年が出迎えた。
「あなたじゃ話にならないわ。店主を呼んで頂戴」
「ええ?」
青年は出鼻をくじかれてすごすごと店の奥に引っ込んだ。
「威勢のいい客はあんたらかい?」
凄みのある声がして、店主が現れた。
「お店の一番いいものを知ってる人に用があるのよ」
織音の言葉に、店主はふぉっふぉっふぉと笑った。
「で、何が入り用なんだね?」
「四人分の防具と武器。なまくらは売りつけないでね。できれば最新鋭のものが欲しいわ」
「ふうむ。じゃあ、こっちの部屋へ来たまえ」
普段客に公開していない部屋に通された。
「具体的に長剣3本、弓と矢、小ぶりのナイフ数本」
「いいのがあるぜ」
店主は太い腕で棚からそれぞれの武器を抱えて出してきた。
織音は一つずつ手に取って、振り回してみたりした。巧たちもおっかなびっくりで見よう見まねで同じようにやってみた。
「鑑定」
そう言って、織音が武器の精度を確認している。巧たちもそれにならった。
「ためし射ちさせてもらえますか?」
由美子が弓と矢を抱えて聞いた。
「店の奥に練習場があるよ」
「ありがとうございます」
さっきの青年が由美子を練習場に案内してくれた。
由美子がこころゆくまで練習すると、他の三人が防具に身を固めて練習場へやってきた。
「あ!ずるい、私も」
「さっきのところに由美子の防具、一式置いてあるよ」
「わー」
由美子が駆けて行った。
「こんなに軽くてちゃんと防御できるの?」
と、練習場に戻ってきた由美子が聞くと、
「おやじさんの言うには、最新の技術、カーボンファイバーで造られてるって。身動きしてもあんまり疲れないし、いいね」とテツが答えた。
「おやじさん?」
「バルタンおやじ」
「バルサン?」
「それは殺虫剤」
「バルタン星人?」
「そうそう。笑い方がふぉっふぉっふぉっていってただろ?」
みんなくすくす笑った。
それもあって、一気に親近感が増した。
織音だけでなく他の三人も店主と雑談して、楽しんで買い物ができた。
「練習場はいつ使用してもかまわんよ」と店主は言ったが、それがどういう意味を含んだ言葉なのか、その時はわからなかった。ただ単に親切な人だと、みんなは認識していた。
「おい、あんた」
織音が呼ばれた。カウンターの奥で店主と織音の笑い声が響いた。
「リーダー、バルタンおやじに気に入られてるね」
テツがそう言った。
支払いを済ませて、織音は一本の瓶を受け取ってきた。
「なにそれ?」
「宿屋に行ったら、パーティの今後を祈って、これで乾杯しましょ」
「僕ら未成年だからお酒は飲めないよ」
と巧がまじめくさっていうと、
「お酒じゃないわよ。アルコールなんて一滴も入ってない飲み物よ」
「ふうん」
「急がないと、みんなのログアウトの時間が来ちゃうわ」
織音のその言葉に、他の三人は、改めてここが仮想世界だったと気づかされた。
「なんか、ログアウトしたくない」
「俺も。ここの雰囲気に浸かってたい」
「そうだなぁ」
「ほらほら!」
織音がみんなをせかした。
宿屋に部屋をとると、おかみさんにグラスを四つ頼んで持ってきてもらい、織音がさっきもらってきた飲み物を均等に注いだ。
「これ、何の飲み物?」
一口飲んで、みんなが聞いた。
「いいものよ」
「わかった!ポーションでしょ?」
テツが言った。ポーションとは怪我を治したり、回復したりするときに飲むものである。
「どおりで力がみなぎってくる気がするわ」
由美子が言った。
「いや、ポーションじゃないな。僕、ポーション見たことあるけどこんなじゃなかった」
巧が首をひねった。
「エリクサーよ」
ぶふぉ!。テツが思わず噴き出した。
「エ、エ、エリクサー?」
「あの寿命をのばしたりする高級薬?」
「イエス」
織音が涼しい顔で肯定した。
「では、みんな。あらためて。今後の先行きに幸多からんことを!」
「「「おおー!」」」
乾杯!
みんな一息にエリクサーの固めの杯をあおった。
「おりねちゃん」
「なに?」
窓際に椅子を引っ張って行って、外を見ながら物思いにふけっていた織音は、巧の方を振り向いた。
「今、すんごい盛り上がってて、いっちばん良い時だってわかってるんだけど……」
「だからなに?」
「楽しいのに水を差すようでやりきれないんだけど、僕、明日から数日ここに来れないんだ」
「なんで?」
織音が思わず椅子から立ち上がった。
「ごめん、リーダー。俺も来れない」
テツがすまなさそうに言った。
「どうして?」
「現実世界の学校のテスト期間なんだよ」
「そんなのどうだっていいじゃない!こっちはこれからなのよ!」
織音は叫んだ。
巧とテツは顔を見合わせた。
「おりねちゃん、僕は現実も仮想も両方大切だよ。とくに仮想世界は、現実世界があってこそ成り立っているって思ってる」
「でも……」
織音は泣き出しそうだった。
「現実世界で、テストという現実の戦いに挑んでくる。絶対逃げない」
逃げない、という言葉は、織音にとって胸の痛い言葉だった。
「ばっくれようか、逃げようかって、さんざん迷ったんだ。でも、結論は現実に立ち向かうことだった」
「俺も、いずれ時がたって、大人になったときに、後悔したくないんだ。ただでさえ成績悪い方だけど、家族とか、将来面倒みなきゃなんないし」
巧とテツの言葉に、織音は拒否反応をみせた。
「おりねちゃん、大丈夫?」
過呼吸の織音はしばらくおちつかなかった。
「ごめん」
そう言って背中をさすってやりながら、巧は、織音の精神的な弱点がこの辺りにありそうだと感じていた。
「リーダー。私は来るから。ね?だから二人で弓や剣のけいこを一緒にやりましょうよ。そうしてお兄ちゃんたちに差をつけてわらってやりましょう」
由美子がそう言うと、織音はやっと微笑んだ。
由美子は巧とテツの高校と違う高校に通っているので、テスト期間がずれていた。
「でももしテスト期間の最中でも、私はこっちに来ると思うなぁ。すごく楽しいから」と由美子は言った。
第11話☆筒井校長
「こんばんは。昨日の夜、吉川の容態に変化があったって聞いて来たんですが」
脱いだ上着を左腕にかけて、右手に黒い鞄を持った男が病室を訪れた。
「筒井校長先生!」
織音の母親がパイプ椅子から立ち上がって出迎えた。
病室にはやせ細って、幾本ものチューブに繋がれて横たわっている女性の姿があった。
「この子、微笑んで、頬にもうっすらと赤みがさしてきて、もしかして目覚めるんじゃないかって思ったんですけど……」
「そうですか」
「ですが、明け方過呼吸になって、また元の状態に」
「……。吉川。吉川。聞こえるか?もうそろそろ起きてこいよ」
彼は織音の耳元で話しかけた。
「なんで、20年も……」
母親がすすり泣く。
「こんばんは」
別の男性の声が病室の入り口でした。
「ああ、県庁の」
「仮想世界担当の者です」
「あっちで織音はどうしてますか?」
母親が聞いた。
「お元気ですよ。最近は高校生の子たちとパーティを組んで冒険を始めたようです」
「まあ!こっちはどれだけ心配してると思ってるの。織音。織音」
ゆさゆさ。母親が横たわって意識のない織音を揺さぶった。
「お母さん、落ち着いて」
男たちは母親を止めた。
「高校生って、現役の子たちですか?」
「はい。K県立西高校だったかな?特に松永巧くんという子が織音さんと仲がよくなりまして」
「西高の松永巧くん。……今度近いうちに会いに行ってみます。話を聞きたい」
筒井校長は、そう言って、手帳にメモをとった。
「松永、ちょっといいか?」
数日後。テストを一通り終えたばかりの巧は、先生から呼ばれて職員室に行った。
「僕なんかしたっけかな?」
首をひねりつつ行ってみると、「進路指導室がちょうど空いてるから、お通ししてます」と、事務の先生に案内されて進路指導室へ入ることになった。
「あの、僕、テストの成績今回自信なかったんですけど、そんなに悪かったですか?」
巧は思わずそう聞いてしまった。
先生たちはきょとんとして、どうやらそれとは別口の用事らしかった。
「君が松永巧君かい?」
先に奥の椅子に腰かけていた男性が立ち上がって巧を出迎えた。
「はい。あのぅ、あなたは?」
「県立北高校の校長で、筒井健身といいます」
「たけみ先生?校長先生?」
「そう。吉川から何か聞いてない?」
「おりねちゃんから?」
なんでこの人は織音ちゃんのことを知ってるんだろう?巧は不思議に思った。
「とくに聞いていません」
「実は20年前に吉川を仮想世界に置き去りにしてね。彼女がこっちに戻ってこないから心配しているんだよ」
「ああ!」
巧は改めて筒井校長を見た。面影がイーサンと重なる。
「なぜか私があちらへ行こうとすると、エラーがでて実行できないんだ」
「あなたのアバターは、別の存在が使用していて、そのせいだと思います」
「そうなのか」
「はい」
「そのぉ、吉川は元気だろうか?」
「はい。僕、何度も助けられてます」
「そうか」
筒井校長は目をつぶって、溜め息をついた。
巧は、筒井校長の左手の薬指に銀色のシンプルなデザインの指輪をみつけた。
「先生は、結婚してらっしゃるんですね?」
「ん?ああ。そうだ。……長男が来年高校進学の年だよ」
「おりねちゃんが知ったらショックうけるかもなぁ」
「もう、20年経過してるんだよ。彼女も納得してくれないと困る」
「おりねちゃんの中では時は止まったままかもしれませんよ」
「しかし、私は……」
筒井校長は口ごもった。
「私は、いつでも最善だと思うことをやってきた。だから後悔はしていないよ」
「そうですか」
巧はなぜか腹が立った。
「それならどうして僕に会いに来たんですか?少しは後悔してるからじゃないんですか?おりねちゃんのことどう思ってるんですか?」
矢継ぎ早に巧が言うと、筒井校長は顔をしかめた。
「彼女は現実逃避してばかりで、こちらの言う事に耳を貸さなかった。正直、手を焼いていたんだよ。でも、私のことを好きだと言ってくれて、根はいい子だった。今でもあの時置き去りにしたことを悔やんでる。私のすぐ後から戻ってくると思ってたんだ!」
だん!
筒井校長は、テーブルを拳で叩いた。
「……すまない。こんなことを言いに来たつもりじゃなくて、ただ、今の彼女が向こうで幸せかどうか、知りたかったんだ。君が今の彼女のことを知っていると聞いて、居ても立っても居られなかった」
「……。僕の知っているおりねちゃんは、ツンデレで、明るくて屈託がなくて、いつも笑ってます。ただ、今回テスト期間でしばらくログインできなかったから、次に会うのがちょっと気まずいですけど」
「いつも笑ってる?そうか。それだけでも私は嬉しいよ」
筒井校長は、ほっとした様子だった。
「松永巧君。彼女をよろしく頼むよ」
筒井校長が握手を求めた。巧はその手を握り返しながら、
「僕にできることは、精一杯やってみます。早くおりねちゃんの夢がかなってこっちへ戻ってこれるように手伝ってきます」
と言った。
「巧!お前、進路指導室に呼ばれたって?」
教室でテツが心配して声をかけてきた。
「うん。ちょっとおりねちゃんの関係者が来てたんだ」
「俺はてっきり、成績のことで呼び出されたのかと思ったぜ。でも、よく考えてみりゃ、今日でテスト期間が終わるんだから、今回の結果はまだでてないよな」
「そうだよ。びっくりさせられて寿命が縮まった」
「今晩からあっちへログインするんだろ?リーダー怒ってないといいけどな」
「由美子は、あれから別にどうもないよ、っていってたけどな」
「過呼吸起こして辛そうだったもんな」
「なるべく気を付けてやらなきゃな」
「うん」
第12話☆練習場
由美子が弓に矢を継がって、迷うことなく弦を引く。
だんっ!
一発で的に命中。
「「おおー、すげー」」
巧とテツの声がはもった。
「一発必中!すごいでしょ?」
「「うんうん」」
「リーダーの剣さばきもすごいんだから」
「私は実戦でしか見せないわ」
「うわー。俺ら遅れをとったぞ、巧」
「ほんとだよ。こりゃ、気を入れて練習しなくちゃ」
男たちが焦っていると、女二人は、ぷっと噴き出して、けらけら笑った。
「なんだよ?」
「あのね、AIのサポートで姿勢とか力の入れ具合とか調整してもらえるの」
「なんだー」
「心配しなくてもずぶの素人を玄人ばりに仕立て上げる技術があります」
「すげー」
「この数日、私達、ほとんど練習しなくて、おしゃべりばっかりしていたわ」
「どんな話?」
「コイバナ」
「聞かせて」
「男の子はダメ。まぜてやんない」
「ケチー」
グエー、ケケケケ。
突然けたたましい声がした。大勢のゴブリンが練習場にどっとなだれ込んでくる。
「なにあれ?気持ち悪い」
由美子が怖気で泣きそうになった。
「由美子ちゃん、俺の後ろへ」
と、テツが由美子をかばった。
「なんでこんな街中に?」
巧が疑問を口にした。
「確かにおかしいわね」
織音が剣をさやから抜いて、構えた。
「おい、巧。俺らもぶっつけ本番」
「わかった」
二人も剣を抜き、身構える。
「おい、ゴブリンは大の女好きで、さらって子どもを身籠らせるらしいぞ」
テツの言葉に、由美子は気が遠くなりそうだった。
「由美子ちゃんをお願い」
織音がその姿を炎の竜に変えて、ゴブリンたちに襲い掛かった。
「「リーダー!」」
テツと由美子が初めて見る織音の変身に驚きを隠せなかった。
メラメラとゴブリンたちが燃えている。しかし、一向に数が減らない。
テツは向かってきた数匹のゴブリンを剣で切った。
「これじゃあ、きりがないぞ」
そういえば、巧は?
三人が一瞬そう思った。その時、
ガシャーンン。
なにか壊れる音が響き、まばたきする間にあんなにいたゴブリンたちが姿を消していた。
「巧、なにやった?」
「うん。まあ、これが……」
練習場の一角になにかの装置が設置されていて、巧はそれを叩き壊したのだった。
「ふぉっふぉっふぉっ。そっちのはえらく勘がいいな」
店主のバルタンおやじがにこやかに現れた。
「どういうこと?」
織音が元の姿に戻って尋ねた。
「実戦の練習用のプログラム投射機を壊しよった」
「練習用……」
テツが脱力してやっと立っていた。
「あんなのが、練習って!実戦ではもっと気持ち悪いのとか怖いのが出てくるの?」
由美子が涙をポロポロ流しながらしゃがみこんで言った。
「なんか、ダンジョンの罠の感じに似てる気がして近寄ったらレンズとかついてて、動いてるし。もしかして、と思って」
巧は頭をぽりぽりかきながら、ぼそぼそ言った。
「あなた、生きた罠探知機ですものね」
織音が巧にあきれて言った。
「どうして前もって言っててくれなかったんですか?」
「先に言っておったら練習にならんじゃろ?」
「それはそうだけど」
不意打ちは、みんなにかなりのショックを与えた。
「ダンジョン攻略はお遊びじゃない。それだけ高額で素晴らしいお宝が用意されておる」
「下手すると、ほんとに死人でるんじゃない?」
「こちらの世界での死は、現実世界からこちらへ来れなくなる仕組みになっておる」
じゃあ、おりねちゃんは?どうなるんだ?と、巧は心配した。
こちらの世界で死んだら、織音は現実世界と仮想世界のはざまで、さまようことになるだろう。そこは時間と関係なく続く世界のように思えた。
僕がおりねちゃんを守らなきゃ。巧はそう強く思った。
「実戦の練習用のプログラム投影機って、高いんですか?」
「そうさのう。だが、県庁に申請すれば格安で修理や交換をしてもらえるようになっとるから、気にせんでいい」
「もしかして、この機械と同じものがダンジョンにもしかけられてるんですか?」
「するどいのぉ」
ふぉっふぉっ、と店主は笑った。
「悪趣味だわ」
由美子がふくれっ面で言った。
「今回のことは、いい買い物をしたオプションだと思っておくわ」
織音が言った。自分が調子に乗っていたかもしれないと内心反省しながらだった。
「リーダーがそう言うなら、そうだな」
テツがこの話はここまで、と仲間に目配せした。
「とりあえず、剣の基本形だけでも習っておこうかな」
巧がそう言って自分の剣をさやから出した。
「ステータス画面を呼び出して、リンクさせるといいわ」
織音が横から覗き込んで、指示した。
「俺、さっき、まだリンクしてない状態で戦ったぞ」
テツが焦って言った。
「災難だったわね」
織音の言葉に、
「それだけ?」
とテツが情けない声を出した。
「テツくん、さっきはありがとう」
由美子がお礼を言った。テツは赤くなりながら、
「当然だろ?」
と言った。
「テツ、かっこいい!ヒューヒュー」
巧が茶化した。
「おい、巧。俺はてっきりお前がまた逃げたのかと疑ったぞ」
「戦うこと以外のこと考えてたから、逃げたのとそう変わりないんじゃないの?お兄ちゃん」
テツと由美子が言った。
イーサンが巧はユニークだって言ってたけれど、こういうところかしら?と織音は思った。
「すげー、相手の太刀筋が見える」
テツと巧が練習で剣を交えた。
「ほんとだ。攻撃を予測して反射的に動ける」
「仮想敵相手にも練習できるわよ」
織音が言った。
「そうだな。お互い怪我しない程度にしとこうぜ」
「おう」
「私、やっていけるかしら」
由美子がしゃがみこんで悩んでいた。
「由美子ちゃん、さっきのはひどかったわね」
織音が隣に来た。
「私、気持ち悪くて、怖くて、弓矢で戦う事できなかった」
「それが普通よ。今ならやめることもできるけど?」
「……。考えてみる」
「うん」
由美子は遠くをみつめた。
第13話☆薬草摘み
「由美子。今日はギルドに寄ってからダンジョンの近くまで行くぞ」
巧が言った。
「んー、あんまり気が進まないなぁ」
「僕がしばらく、自分がついてなかったときにやってたこと、を教えてやるよ」
「なんだそりゃ?」
テツが聞いた。
「前のパーティを追放されたとき、一人でどうしてたと思う?」
「んー」
「興味ある?」
「うん」
「じゃ、そういうことで、まずギルドに行こう」
四人はギルドに向かった。
ギルドの掲示板を前に、
「ここで、お仕事を探します」
と巧が言った。
「ときどき破格のお仕事もありますが、コンスタントにいつも募集されているお仕事もあります」
「どんなの?」
「ポーションの原料の薬草を採ってくるお仕事」
「すっごい単価が低い」
テツがしかめっ面をした。
「地道な作業です」
「確かに」
「これをみんなでやればいくばくかの収入ができて、いい仕事です」
「……それを一人でやっていた、と?」
「まあ、そういうこと」
「んー、暇つぶしと気分転換にはいいんじゃない?」
と、織音が言った。
「あーあ、ダンジョンも初心者向け、中級者向け、上級者向け、があればいいのになぁ。いきなり上級者向けに入る度胸はないぞ」
他のパーティの誰かが愚痴っていた。
「ありますよ」
カウンターのお姉さんが言った。
えっ?
みんな耳をそばだてた。
「一番近いダンジョンは中級者向けで、各地にいくつかレベルの違うダンジョンが点在しています」
「あの、それほんとですか?」
由美子がお姉さんに聞いた。
「はい。近くのダンジョンはK県K市の管轄で、他の市部や郡部の管轄のダンジョンがいくつかあります」
「耳よりな情報じゃん」
テツがほくほくして言った。
「旅をしなきゃいけないですよね?その時シャッフル機能はどうしたらいいんですか?」
と、巧が聞くと、
「幌馬車やテントに位置固定機能がついています」とのこと。
「それってどうすれば手に入るの?」
「県庁に申請すれば、格安で入手できます」
「格安……。お金がいるの?」
「はい」
お姉さんは料金表を出した。
他のパーティのメンバーも、巧たちも集まって料金表を、ああだこうだ言ってながめた。
「ぎりぎりのコインはあるけど、幌馬車代に払ったらそのあとが心もとないなぁ」
「それでしたら、お仕事の依頼を受けてください」
「そーすべ」
「わあ、なんか、目の前が拓けた感じがするー」
由美子がほがらかに言った。
「よかったじゃん。割のいい仕事みつかるまで薬草摘みがんばろうな」
「うん」
巧たちはダンジョン周辺の草原に行き、さっそく仕事にかかった。
「鑑定!」
「鑑定!」
「鑑定!」
しばらくそう言いながら摘んでいったが、そのうち目で見分けがつくようになった。みんな無言でぷちぷち摘み始めた。
「よう、巧よ」
「なんだ?テツ」
「お前、俺にプレゼントくれただろう?リーダーとかにはやったの?」
「いや、まだ」
「女の子に先にプレゼントするだろう?ふつう」
「えーと」
「頭いいくせに、どっか抜けてるもんな、お前」
「うっせー」
テツが青い花で造った花かんむりを「リーダーにあげろよ」と手渡してきた。
「ありがとう。でもテツは?」
「由美子ちゃん用にもう一個造った」
「まめだなぁ」
巧は感心してしまった。
「みんな、集まって!」
「なによ、まだほんの少ししか薬草摘んでないわよ」
織音がそう言って走ってきた。
「テツがおりねちゃんと由美子に造ってくれましたー」
巧が花かんむりを見せると、織音も、由美子もわあー、と歓声をあげた。
巧が織音に、テツが由美子にそれぞれ花かんむりを頭上に乗せた。
みんな嬉しそうに薬草摘みに戻る。
「こういうのも悪くないわね」
と織音が言うと、
「ほんと!悪くない!」
と、由美子がうきうき気分で言った。
「テツ、ありがとな。僕も由美子を元気づけたかったんだ」
巧は改めてテツにお礼を言った。
「いやいや、どーいたしまして。あのな、実は、マウンテンバイク、親父たち売り払ったりしなくて、俺、毎日乗り回してるんだ」
「本当に?」
「うん。ありがとう、巧」
「よかった」
巧もほっとした。
「なにあれ?」
由美子が指さした方を見ると、小さなスライムが三匹いた。
「おー、でたでた。由美子。あれを弓矢で射るんだ」
「えー、なんで?かわいそうだよ」
「いいか、あれは生きてるように見えるけど、実はコインが擬態しているんだ」
「そんなむちゃくちゃな」
「ほんとだって。僕が一匹、ダガーでやっつけるからどうなるか見てろ」
巧はスライムの一匹をコインに変えた。
ちゃりん!
「ほんとだ」
由美子が目をまん丸に見開いて言った。
「ほら、他のが逃げる前に矢で射るんだよ」
「うん。お兄ちゃん」
由美子はぎりぎりと弓をひきしぼった。
一匹に命中。コインに変わる。
もう一匹は、テツが追いつめて仕留めた。
「ほら、由美子。このコインはお前のだ」
巧が由美子に拾ってきたコインを手渡した。
「わあ」
由美子は、コインを陽光にかざした。
「これ、大事にする」
「そうかい」
「あのね、針金でコインをペンダントトップにしてネックレス作るの!」
「いいわね」
織音がふーん、と感心した。
「みんなのお金で針金とか、チェーンとか、買ってもいい?」
「「「いいよ」」」
「わーい!」
「由美子ちゃんは手先が器用なのね」
「こいつ、いつも手芸ばっかりやってたんだ。なぁ由美子?」
「うん」
「それなら、材料もっと買ってアクセサリー作って売りましょうか?」
「できるの?」
「薬草集めより実入りはいいかもよ」
「それなら、そっちをやろう」
「作り方とかどうやるの?」
「YouTubeで出てるよ」
「YouTube、ステータス画面でみれるの?」
「見れるよ」
わいわいやってみんな楽しそうだった。
第14話☆いろいろ試す
「薬草集めすぎで、余ったのどうしようか?」
「もういっそ自分らでポーション作って売る?」
「できるんかい」
「たぶん、できるよ」
「えっほんと?」
「ポーション作ってる親方に弟子入りすればいい」
宿屋でアクセサリー作りしながらみんなで盛り上がっていた。
「あーあ、現実世界で持ってる道具をこっちに持って来れたらいいのに」
「それはちょっと」
「そこらへん制限ありか」
「なんか、行商人街道まっしぐらな気がする」
「爆進中」
みんな、あははと笑った。
「楽しい!」
由美子が涙目で心底言った。
「よかったわねぇ、由美子ちゃん」
織音が自分も嬉しそうに言った。
買い込んだものは、針金、チェーン、イヤリング金具、天然石、ビーズ、皮ひも、刺繍糸(ミサンガ用)、毛糸、チャームなどの飾り、ペンチ、ニッパー、針、エトセトラ。
「これ、元をとれるだけの商品を作って売れるといいなぁ」
「そうだね」
結局、その日はログアウトの時間になった。
「うーん、うーん。針金が思うように曲がらないようう」
「おい、松永」
「……なに?」
「授業中だぞ。居眠りするな」
はっ。先生だ。
「うなされとったがなんの夢みたんだ?」
「ワイヤーワークです」
「ワイヤーワーク?」
「副業とかであるんですよ」
「お前、働いてるの?学生のうちはバイトとかより学業に身を入れたほうがいいと先生は思うぞ」
「はい」
「お前の場合、成績は持ち直したから心配はしとらんが、授業中に居眠りしなきゃならんなら仕事は控えなさい」
「はい」
はい。ごもっともです。はい。と思いながらまた睡魔に襲われた。
巧がログインして宿屋で目覚めると、もうみんなそろっていた。
「大丈夫?顔色悪いわよ」
「寝不足で、疲れがたまってるんだ」
「明日土曜だから午後はゆっくり休めよ」
「ありがとう」
一週間過ぎるのが早いこと早いこと。巧はふらつきながらみんなと自分たちが作ったアクセサリーを売りにでかけた。
「それ見せて」
わいわい。人が群がる。思ったより大盛況だった。
「おいおい、ここで商売していいって許可もらってんのか」
普通の青年が強い口調で聞いてきた。
「ええ。ギルドの商人パスと露店出店許可証よ」
織音がずいと前に出て証明書を提示した。
青年はしげしげとそれを見て、
「すげー、そういうのあるって知らなかった」
と感心して言った。
「おりねちゃん、それどうしたの?」
「みんなが現実世界の方に行ってる間に手続きしといたのよ」
「リーダーさまさま。さすが」
テツが織音を褒めた。
売り上げはかなり出た。
「ビギナーズラックね」
と織音。
「なんで?」
「すぐ、みんなが真似して露店が立ち並ぶわよ」
「そうなの?」
「旅をしながら売り歩けばある程度は稼げるかなぁ」
「ふーん」
「ちょっと、巧くん、大丈夫?」
みんな巧を見た。
青い顔でふらふらだ。
「リーダー。巧の奴をつれて先に宿屋に帰っててくれ。俺と由美子ちゃんで荷物まとめて後から戻るから」
と、テツが言った。
「わかったわ」
宿屋に着くと、巧はベッドの一つに突っ伏した。
「寝なさい」
「やだ」
「なんで?」
「寝たらおりねちゃん、どっか行っちゃう」
「バカね、そんなわけないじゃない」
「今、ログアウトしたら、戻ってこれない気がする」
「じゃあ、ログアウトせずに仮想世界で眠ったら?」
「そんなことできるの?」
「できるわよ。私やってるもの」
「ほんとに?」
「うん」
「なんか、夢の中でまた眠って夢見てるみたいにならないかな?」
「なに考えてるの」
織音はあきれて言った。
「ただーいま」
がちゃ。
ドアを開けたテツが、
「どうやらお邪魔なようで……」
と引っ込もうとした。
「なになに?」
「由美子ちゃん。二人の邪魔しちゃ悪いから、俺らもう少しその辺でひまつぶそうか」
「ちょっと!余計な心配よっ!」
織音がテツたちを止めた。
巧はすでに寝息をたてて眠っていた。
「器用なやつ」
テツが言った。
「あなたたち二人も睡眠時間ちゃんととったほうがいいわ。眠たくなったら遠慮なく寝なさい」
「「えー」」
「リーダー命令よ」
「リーダーは寝なくて大丈夫なの?」
「私はあなたたちが現実世界にいる時間帯に寝てるから」
「現実世界に戻ってないの?」
「……そうよ」
「なんで?」
「事情があるのよ」
テツと由美子は顔を見合わせた。
「たぶん、聞かない方がいいんだろうな」
テツが言った。
「そうよ」
「じゃあ、聞かない」
「ありがとう」
織音はそう言った。
「あのね、お兄ちゃんって、ほんとに馬鹿正直だから。ぎりぎりの時間配分で生活してるのよ」
由美子が言った。
「さもありなん!俺なんか昼間授業中にしょっちゅう寝てるぜ」
テツが言った。
「自慢できないけど、私も」
由美子が笑った。
「しょうがないわねぇ」
織音が苦笑した。
「ログアウトの時間に巧くんを起こすとして、それまでの間どうしてましょうか?」
「お金の計算」
「ああ!」
ちゃりんちゃりん。
「どーでもいいけど、この世界の通貨、このコイン一択っていうの、どーして」
テツがコインを数えながらぶつくさ言った。
「でも、アイテムボックス機能があるから、場所はとらないけどね」
と、由美子。
「ダンジョンには高価な宝石が隠してあるって噂よ」
「そーなの?」
「オッケー!幌馬車代クリア」
「やったね!」
「ほんと」
みんなぱちぱち拍手した。
「なに?」
巧が目をこすりながら起き出してきた。
「喜べ!巧。幌馬車で旅ができるぞ」
「えっ。まじ?」
巧も喜んだ。
「ちょうど、今日はみんなのログアウトの時間だから、明日、幌馬車手配しにみんなで行きましょう」
「「「おー」」」
一致団結の声だった。
「彼らは今、現実世界に?」
「ええ。イーサン」
「旅に出るのなら私もついていかねば」
「本気?湖から離れられるの?」
「なにか依代があればいいんだが……」
イーサンと織音は、みんなで造ったアクセサリーの残りに目を付けた。
「青い天然石のブレスレット。これに宿って行こう」
「アクアマリンね。私の左手につけておくわ」
「そうしてくれ」
これまで巧たちに知られずに、イーサンはみんなの様子を見ていたのだった。
第15話☆幌馬車と、超初心者ダンジョン
「これからよろしくね」
由美子がAIロボットの馬たちにそう声をかけた。
ロボットはよくできていて、本物そっくりだった。だが、御者がいなくとも目的地まで走る機能がついていた。
四人を乗せて幌馬車は出発した。
「快適だな」
テツが通り抜ける風に吹かれながら寝っ転がっていた。
「思ったより揺れないし、いいね」
巧も同意見だった。
「気は抜かない方がいいわよ。交代で見張りしながら行きましょう」
「「「わかった」」」
キンコーン!キンコーン!
「なんだなんだ」
「目的地に到着しました」
「馬がしゃべってる」
キンコーン!キンコーン!
「目的地に到着しました」
何度もくりかえされる。
「ちょっと、これなんとかなんない?頭に響くよ」
「変更可能っていってたから、音を調整しましょう」
一段落ついて。
「はあ。疲れた」
と、巧は言った。
「これからダンジョンに入るのに、もう疲れてどうするんだよ」
「だって、テツ。お前だって疲れたろう?」
「うん」
二人して地べたに座り込む。
「なあ、あれ、どう見ても鍾乳洞だよな」
「うん」
「あれがダンジョン?」
「うーん」
「なんでもありなのかな?」
「うーん」
そこへ織音と由美子が来た。
「ほら、行くわよ」
「なんかさ」
「何?」
「やめとかない?」
「なんで?」
「気が進まない」
「何言ってるの!」
織音がおかんむり。
「行くわよ!」
「「へーい」」
しぶしぶ巧とテツは立ち上がった。
ぴちょーんん。
水滴が落ちる音。じめじめした鍾乳洞内部。
「ライティング!」
織音が魔法の灯りを各自に持たせた。
ひんやりとして、そのせいか、ちょっと怖い。
足元を水が流れている。
「滑らないように気を付けて」
「はーい」
きーきーきー。ばさばさばさ。
「うわ。蝙蝠だ」
びびりまくりで巧が叫ぶ。
どこまでも高い天井から鍾乳石が伸びている。地面からも盛り上がった鍾乳石がいくつもあった。
「おい、行き止まりだぜ」
テツがふさがった前方の鍾乳壁を照らして言った。
「宝箱がある!」
「そんな安直な展開でいいのかよ」
中身は羊皮紙一枚。
「なになに、ポーションの作り方?」
「あら、よかったじゃない」
この羊皮紙は持ち帰れません、と注意書き。
「こういう場合は、コピー、ペースト!」
「パソコンかよ」
織音の言動にツッコミを入れるテツ。
「なんだー。なんにもなかった」
鍾乳洞から外に出ると、由美子が物足りなさそうに言った。
「あったじゃん、宝箱」
「んー」
巧と由美子はにやりと笑った。
「「もう一回入ろう」」
「お前ら、あほか?」
テツがあきれて言った。
「いいじゃん。ちょっと涼んでくるよ」
「私もー」
やっぱり兄妹。巧と由美子は一緒に超初心者用ダンジョンにもう一度入って行った。
「観光旅行かよ」
「そうね」
織音とテツは一緒に外で待っていた。
「リーダー。一つ聞いて良い?」
「なに?」
「巧のことどう思ってる?」
「弟みたいに思ってるわ」
「巧―!がんばれ」
「巧くんだけじゃなく、テツくんも弟みたいだし、由美子ちゃんは妹ね」
「もしかして俺ら幼く見える?」
「あはは」
巧と由美子が戻ってきた。
「テツ!おりねちゃんとなに話してたんだよ」
「がんばれ、巧」
テツは巧の肩にポン、と手を置いて、心底そう言った。
「僕は、これ以上なにをがんばるんだよ!」
「そうだな。そうだったな。お前は頑張り屋だ。だが彼女の歓心を買うにはもっと別のがんばりがだな」
「なんのこっちゃ」
巧は、しかめっ面になった。
「……彼女?」
「そう彼女」
「彼女って、もしかしておりねちゃん?」
「そう」
「おりねちゃんはお姉さんだよ」
ずり。テツはずっこけた。
「気があるのかと思ってたのに」
「さあね」
「?。ちょっとはある?」
「しらないよ」
巧はふいっとあっちへ行ってしまった。
みんなの靴が渇いたころ、鍾乳洞近くの林から男性の声で、「助けてくれー!」と聞こえた。
「なんだろう?」
「行ってみましょう」
四人は土の地面を踏みしめて、林に分け入って行った。
ホウ、ホホウ。
「梟?」
「いや、熊、みたいだ」
巨体は今にもそのかぎ爪で男性に襲い掛かろうとしていた。
「由美子!」
「はい!」
由美子はその場で、ぎりぎりぎり、弓矢を引き絞る。
その間、他の三人は分かれて回り込む。
とす。毛むくじゃらの巨体の肩に、矢が刺さった。
巨体は振り向き、由美子を見る。
「なに、あれ!あんな生き物いままで見たことないわ!」
次の矢を継ぎながら、由美子が叫んだ。
駆けて行った三人は、さやから剣を抜いて、巨体に斬りかかった。
「こいつは、『オウルベア』だ」
テツが言った。
「知ってるのか?」
「顔が梟で体が熊のモンスターだよ。こんなのがいるとは」
「助けてくれ」
「もう大丈夫だから、さがってて。ぼくらが仕留めます」
さっきの男性は怖いのか、誰かの背後に回ろうとばかりしていた。
「気を付けろ!その男もモンスターだぞ!」
「「「「ええっ?」」」」
織音のブレスレットからイーサンが姿を現して警告した。
がぱあ。
男性の頭が真っ二つに割れて、口が出現した。
「イーサン!?」
「織音。これは人間に擬態して他の人間を食らうモンスターだ」
織音は攻撃魔法を繰り出した。
「ファイヤーボール!」
男性だったものは、途端にメラメラと燃え上がった。
巧たちが三人がかりで、オウルベアにとどめをさすと、それは小さな宝箱に変わった。
「おりねちゃん、加勢するよ」
「こっちももう終わりよ」
そう言って背中を向けた織音に燃える人型は襲い掛かってきた。
「おりねちゃん!!」
一刀両断。
巧の剣が人型を切り裂いた。
「ありがとう、巧くん。油断したわ」
倒れ込んだ人型はいつまでもぱちぱち音を立てて燃えていた。
第16話☆仮想世界の意志
「イーサン、出てきちゃった」
織音が、あーあ、と言った。
「その人誰?ていうか、何者?」
テツが聞いた。
「私はイーサン。湖の精」
「なんでその湖の精がここにいるんだよ?ここら辺、湖ないぜ」
「織音のブレスレットに入っていた」
「ほんと?リーダー」
織音はうなずく。
「巧は知ってたの?」
とテツが聞いた。
「うん、まあ」
「ひどいよ教えてくれてたって良かったはずだ」
「ごめん、テツ」
「私も知らなかったわ」
由美子が言った。
「ごめん、由美子」
「私のせいよ。巧くんを責めないで」
「おりねちゃん……」
「イーサンは湖の精だけど、この仮想世界の意志の一部なの」
「仮想世界の意志?」
「そう。今のままでいるよりも自由になりたい、って思ってるの」
「今のまま、って、K県の管轄でAI制御だってことしかわからんけど?」
「それらから自由になって自分の意志で世界を造りたい、成長したい、と願っているの」
「ふうん」
「他の仮想世界とも交流したいと思っているし、きっと他の仮想世界だって同じ気持ちだろうって」
「世界に意志がある、って驚きだな」とテツ。
「そうだね」と巧。
イーサンが、さっきの人型をしきりに気にしていた。
仮想世界のほころび?バグ?
普通のモンスターは、AIのプログラム通りだったら、コインとか宝石に変化するはずなのに、あの人型は、いまだにくすぶっているようだ。
そのことをみんなに指摘すると、
「人間に擬態するモンスターなんて、どうやって見分ければいいんだ?」
と、みんなは危機感を抱いていた。
「とりあえず、私にはわかる」
イーサンの言葉に、しぶしぶみんな納得する。
「跡形が残らないように消滅させよう。いつ復活するかわからないから」
イーサンの力で人型を消し去った。
「パズルのピースのように、手がかりのかけらが手に入った」
そう言って、イーサンはブレスレットに戻って行った。
「仮想世界の意志の願いをかなえた時、本当の宝物がみつかると私は思うの」
と、織音が言った。
「人によって宝物ってさまざまだけど、その時手にする宝物を僕は見てみたい」
と、巧。
「んー、いいんじゃない?ここにきてる最終目的は宝探しだしさ」
テツがわくわくしながら言った。
「ねえねえそれより、これは?」
由美子がオウルベアから出てきた宝箱を示した。
「おっと、わすれてたぜ」
テツが、両手をにぎにぎしながら箱に手を伸ばした。
「「「「うわあ」」」」
箱の中には、ビロードの布が敷かれて、その上に巨大な宝石が鎮座していた。
「ルビーだ。きっとピジョンブラッドよ!」
と由美子がうっとりして言った。
「ピジョンブラッドって何?」
「知らないのお兄ちゃん。鳩の血色のルビーが最高のものなんだって」
「へええ」
巧は本気で感心している。
「なくさないうちにアイテムボックスにしまいましょう」
「そうだね」
みんながテツのアイテムボックスに宝石箱をしまうと、
「金目の物ばっかり俺に預けてていいの?持ち逃げするかもよ?」とテツが言った。
「「「信じてるから」」」
みんな即座に言い返した。
「まいったなぁ、もう」
テツはほんとうに参ってしまった。
「あのな、俺んちはほんとにビンボーなの。いつ魔がさすかわからんぜよ」
「「「それでも、信じてるよ」」」
「うえーん」
テツは泣き声をあげた。
「ほらほら、それより、行かなくちゃいけないところ、あるでしょ?」
「どこ?トイレ?」
「仮想世界で飲み食いしてないのに出るわけないでしょ!」
「じゃあ、どこ?」
「鍛冶屋さんよ」
「「「鍛冶屋さん?」」」
拾った矢とか剣とか点検してみると修理や、刃こぼれの処理が必要なことがわかった。
「さすがリーダー。隣町までいこうぜみんな」
「「「おー」」」
再び幌馬車に乗り込んだ。
「ダンジョンは超初心者向きだったけれど、モンスターはそこそこ手を焼いたよな」
「オウルベア?あれとダンジョンは別口だったみたいね」
「でも退治出来て良かった」
由美子が本当にしみじみ言った。
「時間的に次の目的地に着いたらすぐ宿をとりましょう」
織音が言う。
「リーダー、時計なしですごいな」
「さては、カウント機能使いこなしてないわね?」
「カウント機能?」
「みんな、ステータス画面呼び出して」
織音のレクチャーで、みんなは時間のカウント機能を使用できるようになった。
「てってれー♪」
「なに?」
「ワンナップ。レベルが1あがりました。なんつって」
「ゲームかよ?」
「ゲームだろう?」
「仮想世界でしょ?」
???
みんな目が?になった。
「どゆこと?」
「今のじょーきょー?」
「んだんだ」
「楽しければ、それでよし」
「そうかぁ?」
うやむやのうちに隣町に着いた。
宿の裏に幌馬車をとめて、手続きをして、部屋に入る。
「ログアウトまで少し時間があるから、休みましょう」
「私、アクセサリー作る!」と由美子。
「俺と巧は明日の準備」と、テツ。巧もうなずく。
「みんな元気ね。じゃあ、私はここの町のギルドに許可証の申請に行くわ。遅くなったら先にログアウトしててね」と、織音。
「「「オーケー」」」
まるでお母さんと子ども達みたいだな、と巧は思った。
第17話☆おかーさんじゃ、ありません!!!
「おはよう。巧。今日はお弁当作ったから、持っていきなさい」
「おはよう。お母さん」
ダイニングテーブルについて、用意してある朝ごはんにありつく。
「今日はパートは休みなの?」
「いいえ。でも、たまには巧と由美子と顔を合わせないと、心配になっちゃって」
「お母さん……」
本当に久しぶりだった。
僕は親孝行してるかなぁ?と、改めて巧は考えた。
じきに由美子も起き出してきて、「遅刻遅刻、遅刻するぅ」とあわてていた。
「僕も遅れそうだからもう、行くよ」
「巧」
「なに?」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
巧は学校に行っても、母親の顔がちらついた。
ずいぶん老けたよな。でも、その分僕らも成長してるし。
「おかあさん……」
「おい、巧、大丈夫か?」
気付くと、テツがてのひらを巧の顔の前で上下させていた。
「テツ?」
「おうよ。なぜにお前はそれをお母さんと呼ぶ?」
それ、と言って指さしたのは、巧の下敷きに描かれた仮面ライダーの姿だった。
「あっ。ああ。僕のお母さんは仮面ライダー……」
「んなわけあるか!」
うまい言い訳を思いつく前に突っ込まれてしまった。
「疲れてるんじゃないの?」
「んー、そーかも」
「どういう疲れかたじゃ」
「そーいえば、なんか用?」
「宿題見せて」
「宿題?……。忘れた」
「うそ?!」
「時間まだあるかな?今のうちにやらなきゃ」
ばたばた。他の巧の宿題をあてにしていたクラスメートたちも右往左往して慌てている。
「なんだなんだ騒がしいぞ!」
ガラリ。
ドアを開けて先生が教室に入ってきた。
「英単語の小テストをするぞ!」
やばい。そっちも勉強していない。巧は思わず、「お母さん、助けて」とつぶやいた。
今日は、なんだか調子が良くない。胸の辺りがむずむずする。
授業も上の空。
「おい、松永」
「なに?お母さん」
言ってから、後悔する。言葉を口の中に戻せたらいいのに。
「俺はお母さんじゃないぞ」
「はい。すみません、先生」
「どうかしたのか?」
「胸が苦しくて」
「恋か?」
「ちがいますぅ」
くすくすクラスメートたちが笑った。
「具合が悪いなら、保健室へ行きなさい」
「……はい」
保健委員に付き添われて保健室へ。保健の先生がベッドを用意してくれて、カーテンを引いてくれた。
はふ。
白い天井を見上げて横になって、息継ぎ。酸素が足りてない感じ。
うつらうつら。心地いい。
そういえば、いつか、おりねちゃんが膝枕してくれた時も心地よかったな……。
くすうー。
巧は寝息を立てた。
その日の夜。仮想世界にログインすると、もうみんなそろっていた。
「巧、大丈夫か?」
テツが声をかけた。
「うん」
「「どうしたの?」」
織音と由美子が聞いた。
「今日、昼間、学校で調子が悪そうだったんだ」
「大丈夫?」
「うん」
「由美子ちゃん、お家で何かあったの?」
「なんもないよ」
由美子はきょとんとして言った。
「どんなふうにあるの?」
織音が巧の額に手を当てて聞いた。
「なんか、胸が苦しくて」
「恋かしら?」
「違う!」
「じゃあなに?」
織音の顔が近い。巧は赤くなった。
「やっぱ恋だ」とテツがすかさず言った。
「違うって!」
「まあ、無理するな。俺と由美子ちゃんの2人でアクセサリー売ってくるから、他の2人は宿で待機。俺らが戻ってきたときに具合がよくなってたらみんなで鍛冶屋に行こうぜ。リーダー、巧を頼みます」
「わかったわ」
「そんな勝手に決めないでくれ!」
「さあ、由美子ちゃん、売って売って売りまくるぞ」
「はーい」
巧の声は無視された。
「なにかしてほしいことある?」
織音が聞いた。
「別にないよ。お母さん……あ」
しまった!巧はぎゅっと目をつぶった。
「お母さんか。まだまだ恋しい年ごろよね」
「へ?」
「私も、今現実世界に戻ったらお母さんに甘えたいな」
「おりねちゃん……」
「さしずめ、私が二十歳の頃産んだ子ども」
織音は巧を指さして微笑んだ。
「今戻ったら、おかーさんじゃ、ありません!今までどうしてたのって、キイキイ言うわね」
「そんな」
「ほんとよ。私のお母さんだったら絶対そうよ」
「……膝枕」
「え?」
「膝枕して。おりねちゃん」
「甘えん坊ね」
くす、と笑って、織音は軽くデコピンをした。
「いってぇ」
「膝枕してあげない。テツ君たちが見たらどう思うのよ」
「それはその」
「子守歌くらいなら歌ってあげるから、ちょっと眠ったら?」
「うん」
巧は素直に言う事を聞いた。
だいぶたってから。
「ただーいま、っとくりゃ」
テツが景気よくドアを開けた。
由美子が後から部屋に入ってくる。
「それで?巧は具合良くなったのか?」
「ありがとうテツ。もう大丈夫だよ」
巧はにっこり笑って言った。
「なにがあったかは聞くまい。俺のそーぞー力の限界までたのしませてもらおう」
「なんのこっちゃ」
巧はあきれて、言った。
「ちょっとだけ歌をうたっただけよ」
織音がそう言うと、
「ほんとにそれだけぇ?」
と、テツが拍子抜けした声を出した。
「それだけです。じゃあ、鍛冶屋さんに行きましょうか?」
「あのね、アクセサリー、いっぱい売れたの!」
由美子が幸せそうに言った。
「やったね!」
織音がサムズアップしてみせた。
第18話☆鍛冶屋
「弓矢の矢じりを研磨して、固い木材の棒に継いで新しい矢に作り替えます。それから、三本の剣ですが、鍛冶師が鍛えなおします」
「ありがとうございます。どのくらい時間と費用がかかりますか?」
「手分けして作業をやりますので、今日中にはできあがります。費用は……」
このくらいかぁ、とみんな顔を見合わせた。無難な金額だった。
「待っている間どうしようか?」と巧が問うと、由美子がアクセサリーの材料を持ち歩いていたので、みんなで作ることにした。
「うーん!俺ちょっと、鍛冶師が剣を鍛えてるところ、見学してくる」
しばらくして、テツが気分転換に立ち上がった。
「あ、僕も行こうかな」
「はいはい。行ってらっしゃい」
織音が手をひらひらと振った。
「すいません。見学させてください」
「あっ」
作業場のみんながテツと巧を一斉に見た。
「なにしてるんだ!あんたたち」
テツが叫んだ。
鍛冶師の中央の一人がすっくと立ちあがった。
「女?」
テツは怪訝そうにその女を見た。
「織音。サキュバスの気配がするぞ」
イーサンがブレスレットからまた現れた。
「リーダー。サキュバスって?」
由美子が聞くと、
「女淫魔よ。男をたぶらかして金銭を奪い、骨抜きにするの」
「テツ君たちが危ない!」
「急ぎましょう。弓矢はまだ残っているわね?」
「はい」
次の間に入ると、ぐでんぐでんになった男たちが累々と倒れていた。
「おねえさまー」
テツの甘える声が聞こえて、サキュバスにめろめろになっている姿があった。
「テツ君!」
由美子がわなわなと打ち震えた。
「この場合、お兄ちゃんはどーでもいいのね」
織音が苦笑する。
「その女から離れて」
「やだ」
「テツ君!テツ!」
由美子がテツにびんたをお見舞いした。
「あれえ、由美子ひゃん」
「モンスターよ。退治して!」
「やだやだー。由美子ちゃんといいことするぅ」
テツが由美子に抱き着いてきた。
「もう!」
「由美子ちゃん。チャームの魔法をかけたから、しばらくテツ君はあなたにぞっこんよ」
「なんでそんなことするんですかっ!」
「テツ君をサキュバスから離すためよ」
織音は呪文を唱えて、サキュバスを攻撃した。
女と女の闘い。壮絶を極めた。
「おりねちゃん!離れて」
高温の溶けた鉄を巧がサキュバスに浴びせた。
ギャー!
サキュバスの女は溶けてしまった。
「なんであなたはどうもなかったの?」
織音が聞くと、巧が、
「テツのほうが金目の物いっぱいもってたからじゃないかな?」
と言った。
イーサンがサキュバスのなれの果てを吸収して、「またパズルのピースが一つ手に入った」と言った。
「由美子ちゃん、由美子ちゃん、大好きだ!俺と結婚して」
テツがまだしばらく騒いでいた。
「あれどうしたらいい?」
「ほっときましょ」
「えっ」
「冗談よ」
織音がテツと由美子にかけている、チャームの魔法を解いた。
テツはしばらく呆けて宙空を見上げていた。
他の人達も正気に返りはじめ、鍛冶師たちは織音たちに謝罪してから仕事をやってくれた。
他のパーティの男たちは、自分たちのパーティにも女の子がいたらなぁ、とうらやましそうだった。
「だけど、こんなところにもモンスターがいるなんて、油断大敵ね」
「ほんとほんと」織音と巧は口々に言い合った。
「ごめんって!」
むこうでテツが由美子に土下座していた。
「テツ君のばか!知らない!」
由美子がふくれっ面で腕組みしてつんとそっぽを向いている。
「あの二人、どう思う?」
「いい相棒じゃないの?」
織音と巧はくすくす笑った。
二人は由美子とテツのそばに行った。
「しかし、お兄さんは許しません」
「えっなにが?」
「ひとの妹に手を出すなんて見損なったぞテツ」
「ひえー、お兄様、巧様、ごめんなさい。俺は決して由美子ちゃんに下心持ってるわけじゃなくて」
「「「本当?」」」
みんなにつめよられて、テツが泣きだしそうだった。
「まあ、このくらいにしときましょ。テツ君も今回は不可抗力だったわけだし」
と織音。
「リーダー!ありがとう」
テツがほっとして言った。
剣と弓矢が出来上がってきて、おわびだとお店の人が値引きしてくれた。
「とんだ一日だったわね」
と織音がつぶやいた。
「「なんか、ごめん」」
テツと巧がそう言って謝った。
「しょうがないわね!」
と由美子が言った。もう怒っていないようだった。
いや、怒っていないどころではなく、由美子は内心
「テツ君に抱き着かれちゃった。それに、結婚してって言われたあああ」
と舞い上がっていた。
前からテツのことが、ちょっといいなーと思っていたのである。しかし、誰にも知られたくなかった。それが、今回のことで、恋心が全開になってしまっていた。
「でも、これは秘密。絶対秘密」
ばくばくいう心臓を抱えて、由美子は「この、四人でパーティ組んで旅する状況は、逃せないわ!絶対やめない!」と固く誓ったのだった。
恋する乙女は最強なのである。
例えテツがさっきは一時的におかしくなっていたにせよ、由美子の心は燃えあがってしまった。
由美子がテツのことを想っているなんて、他の誰も全く気付かなかった。当のテツ本人でさえも。それだけ、由美子の演技がすごかった。平静を装って、内心はハートの嵐。そうすることで、今までのようにやってゆける。それを由美子が一番よくわかっていた。
第19話☆食べもの
「なんかさ、ものたりなくない?」
テツが言った。
「どんなふうに?」
と巧が聞き返すと、
「仮想世界で全く食べものを口にしないだろう?たまには味覚を堪能して至福の時を過ごしたいなあって」
「至福の時?」
「そうそう。俺って結構グルメだからさ。食の楽しみもあじわいたいな、って」
「でも、食べたら消化して、出てくるだろ?それに対処したトイレってみかけないぜ」
「うーん」
「何の話?」と、織音。
「食べもの食べたいなって話」
「食べられるわよ」
「うそ!?」
「消化吸収しないだけで、どんなご馳走だって食べれるのよ」
「ほんとに?」
「うん。味わって飲み込んだら消滅しちゃうの」
「消滅?」
「だから、ふだんはそんなのにお金かけれないから誰も食べないだけで、物好きだと食べてるかもね」
「物好き?」
テツが物好きという言葉にひっかかったようだった。
「食べる喜びがなかったら、何のために生きてるんだよ」
他の三人は、テツの言葉に一理あると思ってぐっとなった。
「じゃあ、食べに行こうか?」
巧が言った。
「うん。私も自分の好きなことにお金使わせてもらってるから、テツ君も自由に使っていいと思うの」
と、由美子。
「そうね。たまにはいいかもね」
と、織音。
地図を呼び出して、レストランをみつけた。
「いらっしゃいませー、四名様入ります」
現実世界のファミレスみたいな感じだった。
「ご馳走じゃなくていいの?」
「ここで十分」
「食べ放題コースにしよう!」
ドリンクバーで飲み物持ち寄り、
「なんか、学校の帰りに寄り道してる気分だぜ」
とテツが嬉しそうに言った。
「お腹はすいてないね」
「空腹は最上のソース、っていうけどね」
料理が次々と運ばれてきた。
「おいしい!」
「味は現実と同じだね」
「問題は、いくら食っても腹がふくれん」
「満腹感がない」
「私はもういいわ」
「俺も……」
テツがなんか思ってたのと違ったのでちょっと残念そうだった。
「デザートはいくらでもいけるわ!ダイエットにはいいかも」と、由美子。
「ありがとうございましたー」
お店を出て、すぐにテツがその場にうずくまった。
「テツ?」
「おう、巧よ!俺、現実世界で3日ろくに食べてないんだ」
「なんだって!?」
「はずかしいけど、なんか食いたい!どうにかなっちまう」
「仮想世界では食べても意味がないわね。現実世界で食べなくちゃ」
「どうしたらいい?」
「お金が欲しい」
うつむいて、テツが言った。
「今の食事代、どのくらいだった?」
「四人で1万五千円くらい」
「テツの家も四人家族だよな」
「うん」
「おりねちゃん、由美子、テツにそのくらいお金やっていい?」
「もちろんよ」と由美子。
「ちょっと待って。オウルベアのルビー。あれを売りましょう!」と、織音が思いついた。
「ええっ」
「四等分してみんなで平等にお金使いましょう」
「それはいいや!」
巧が膝を打った。
「そんなことしていいの?」とテツ。
「「「いいの!」」」
「みんなで倒した最初の大物モンスターの対価だよ。みんなの稼ぎだ。遠慮しなくていい」
みんなでギルドに向かった。
ルビーは宝箱込みでコイン2万枚。200万円の値が付いた。
「一人当たり50万円!」
「わお」
コインで受け取ると保管場所に困るので、現実世界の自分へ各自署名して入金してもらうことにした。
「俺、今すぐログアウトしてなんか食べてくる!」
「わかった」
「恩に着るぜ!」
テツのアバターが動かなくなった。
「現実世界は真夜中でしょ?どこで食糧調達するのかしら?」
「コンビニだと思うよ」
「コンビニ?便利ね」
織音がそう言った。
「僕、お母さんにお金あげようかな?毎日パートで働いてて大変なんだ」
「あ、じゃ、お兄ちゃん。私もそうする」
由美子が言った。
「私は……。私が今更お金送ってもお母さんは許してくれないんじゃないかしら?」
織音がつぶやいた。
「そんなことあるもんか。おりねちゃん」
巧が織音の背中を押した。
「そうね。そうよね」
織音は泣き出しそうだった。
☆
テツは寝床でむくりと起き上がると、デバイスを確認して確かに入金しているのを確認した。
「こんな時間にどこ行くの?」
弟が目をこすりながら起きてきた。
「コンビニ。お前も行くか?」
「お金は?」
「俺が稼いだ」
「ほんとに?兄ちゃんすごいや」
テツは弟の頭をぐりぐりやってなでると、二人で着替えてから出かけた。
夜気がひんやりした。
「食いもん買うぞ」
「うん!」
二人とも両手いっぱいに食べものの袋を抱えて店を出た。
「今、食べたい」
「俺も!腹がすいて死にそうだ」
夜の公園のベンチに座ってがつがつ飲み食いした。
「お父さんとお母さんにも持って帰ろうよ」
「そうだな」
果たして、帰宅して両親を起こすと、母親は素直に喜んだのに、父親は「金はどうした?!」とつめよってきた。
「兄ちゃんが稼いだんだって」
弟が誇らしげに言った。
「バイトしてるのか?テツ?」
「違う。仮想世界で稼いだ」
「全部出せ。俺が倍にして返す」
「いやだ。そう言ってギャンブルで全部なくすだろう!」
「なにをぅ」
がつん。父親はテツを殴った。
「いってえ」
むくり。テツは起き上がった。
「親父!」
がつんがつん!。
テツは倍にして返した。
父親はひっくり返ってしまった。
「母さん。親父をどうしたらいいかな」
「精神科に入院させましょう。ギャンブル依存症だ。私たちの手に負えない」
夜中に救急車を呼んで、テツの家族は父親を入院させた。
「俺、仮想世界で待ってる仲間に報告してこなくちゃ。母さんたちは、飯食ってから眠って」
テツはそう言って、再びログインした。
第20話☆アルトさんの家
幌馬車はK県K市に向かっていた。
テツは高校を中退して出稼ぎに行く、と言っていたが、もっといい方法が無いか県庁の人に相談に行こう、と巧が言ったのだった。
「私はついて行けないけれど、うまくいくことを祈ってるわ」と織音。
由美子もハラハラしながら過ごしていた。
「テツと僕が話してくる。みんな待ってて」
巧はそう言ってアルトさんの家=県庁の出張所へ入って行った。
「ああ、松永君!久しぶりだね」
「ちょっと相談がありまして……」
かいつまんで事情を説明すると、お役所の人は、
「そうだねえ。家の事情だったら、高校中退して働くのもありだね」と言った。
「でも!テツは将来薬剤師になりたいって夢があって、進学を希望していたんです」と食い下がる巧。
「じゃあ、育英会とかから出資してもらって進学するのは?」
「すみません。俺、頭悪いんです。奨学金もらえないかも」と、テツ。
「君次第だよ。君が頑張って勉強するなら将来の道は拓ける。でもここであきらめてしまうのならこれから先いろんなものをもっとあきらめなくちゃならないだろう」
お役所の人の言葉には含蓄があった。
「俺、俺、進学したい!」
「お母さんにK市の窓口で生活保護の申請をしていただいて、お父さんには病院で治療に専念してもらおうか」
「はい。はい!」
テツの目に希望の灯がともった。
「テツは僕たちのパーティに欠かせない人材です。僕の妹やおりねちゃんとも仲がいいし」
巧がそう言うと、
「そうかね?!吉川織音さんともうまく過ごしているのかね?!それじゃあ、ますますここで踏ん張って頑張ってもらわないと!」
お役所の人はテツの手を握って、ぶんぶか振った。
「は、はいっ!頑張ります」
「「ありがとうございました!」」
巧とテツは軽い足取りでアルトさんの家を出た。
「テツ君、お兄ちゃん」
由美子が駆け寄った。
「今まで通り、大丈夫!」
「良かった」由美子が心底ほっとした。
「いや、テツよ、今から受験地獄に立ち向かう準備をせねば」
「巧。勉強教えてくれ」
「おう。お互いがんばろうぜ」
二人は固い握手を交わした。
「よかったじゃない」幌馬車で待機していた織音が嬉しそうに言った。
「これからもよろしく!」
テツがカッコつけて言ったので、みんなが笑った。
「さあ、俺はこれまで以上にバリバリがんばるからな!」
「頼もしいなぁ」
みんな笑顔だった。
☆
くかあ。
翌日。大いびきで、巧とテツが寝ていた。
「もう!」
由美子がしかめっ面をする。
「寝かしといてあげましょう。昼間学校で猛勉強してるのよ」と織音がとりなした。
「でも、ダンジョン攻略とかは?」
「二人が調子良い時に相談してきめましょ」
「じゃあ、私たちはそれまでどうしてたらいい?」
「アクセサリー作りと販売!」
「うわあ。ほんとにそっちが本業になったりして」
「それもいいんじゃない?」
「うーん」
「現実世界でも、由美子ちゃんなら本業にできそうな気がするわ」
「できるかなぁ」
「うん。もし飽きたときには」
「飽きたときには?」
「ギルドで情報集め」
「そっか。それも大事だね」
由美子は納得したようだった。
「ゆいちゃん!無理だって!むにゃむにゃ」
?
織音と由美子は寝言を言った巧の方を注目した。
「ほんとに勉強してるのかな?」
「つねってやりましょう!」
織音が巧の頬をつねった。
「ひてててて」
涙目で巧が目を覚ました。
「なにすんだよお」
「ゆいちゃんて、誰?」
ずごごごご。
「リーダー、迫力あるう」と、思わず由美子が言った。
「トトカルチョの女の子だよ」
「トトカルチョ?お菓子かなにか?」
「ちがう。学力の順位を賭け事にしてる子のこと!」
「「えー!」」
「そんな子いるの?」
「いる。いつも脅されてる」
「なんで?」
「学年首位の座を争ってるから」
「だれが?」
「僕だよ」
「「うっそー!」」
普段の巧を見ている織音たちには寝耳に水だった。
「もっとあほかと思ってた」
「ひでえ」
巧は隣で眠っているテツを見た。
「あー。やっぱ、きついよな」
「でしょう?ダンジョン攻略はしばらく無理ね」
「うん。おやすみ」
こてん。
巧は再びすうすう寝息を立て始めた。
「やっぱり、無理そうね」
「うん」
織音たちは肩をすくめた。
ある程度売り物のアクセサリーの数が揃ったので、幌馬車の近くで露店を開いた。
「君たち、女の子だけでやってるの?」
チャラい感じの男たちが声をかけてきた。
「ええ。だけど、後ろの幌馬車で男の子たちも待機してます」
「君たちに売り子させて自分たちはなにやってんの?」
「寝てます」
「そんな奴らほっといて俺らのパーティに来ない?」
「いやです」
ほとんどやりとりは由美子がしていて、織音は黙ってことの成り行きを見ていた。
「他のお客さんの邪魔です。アクセサリーに興味ないんでしたらお帰りください」
「なんだと、このあま!」
男が織音の胸倉をつかんだ。
ぎゃおう。
「!?」
ホワイトタイガーが威嚇している。
男たちはわが目を疑った。
恐ろしい牙をむいて、今にもとびかかってきそうだ。
「ひっ。ひええ」
男たちは我先に逃げ出した。
「リーダー?」
由美子がきょとんとして声をかけた。
「あいつらに幻覚の魔法をかけたの。しばらくとけないと思うわ」
「幻覚?」
由美子には、ただ、織音にむかっていた男たちがいきなりおびえだして逃げていったようにしか見えなかったのだ。
そのうちお客さんたちがアクセサリーを買いにきて、うやむやになった。
「おりねちゃん、由美子。大丈夫か?」
巧が起きてきて聞いた。
「大丈夫よ。気にしないで休んでて」と、織音。
「そう?」
「おにいちゃん、来るのが遅い」と、由美子がぼそっと言った。
「何か言った?」
「いいえ。なんにも」
「一応、テツと相談して、交代で用心棒しよう、ってことになったから」
「そう。頼もしいわね」
織音がくすっと笑った。
第21話☆文化祭
「今度の土日、西高校で文化祭をやるんだ」
巧が由美子に言った。
「そう?私の学校お休みだから遊びに行っていい?」
「うん。僕もテツも待ってるよ」
「リーダーには言わなくていいの?」
「おりねちゃんは来れない」
「そう。残念だね」
「テツの奴が準備で大道具作ってるときにペンキの缶ぶちまけてたいへんだったんだぞ」
「うわあ。大丈夫だったの?」
「早めに落としたから大事には至らなかったよ」
松永兄妹は、朝の短い時間にやりとりして、それぞれの学校へ登校した。
「松永君!おはよう」
「おはようゆいちゃん」
「巧!おはよー」
テツが最近巧とべったりなので、ゆいは不満げだった。
「テツ。あんた邪魔よ」
「そういうおまえこそ邪魔だよ」
「まあまあ、二人とも」
「まさかあなたたち、できてるんじゃないでしょーね」
「なんのこっちゃ」
「松永君は私のだから!」
「おっと問題発言!巧には他にちゃんと彼女がいるよ」
「うそ!」
「ほんとほんと」
「おい、よせよ」巧が赤くなってテツに言った。
「あのね、松永君は、勉強一本で、彼女なんて作る暇ないの!誰かさんとちがって」
「でもいるぜ。毎日会ってるもんな、なあ巧」
「う~ん」
「うそお」
ゆいは信じなかった。
「ま、私という彼女がいるからね!」
「巧、お前ちゃんと意志表明しとかないと、女の闘いに巻き込まれるぞ」とテツがひそひそ声で巧に耳打ちした。
「んな、むちゃくちゃな」と、巧は辟易した。
「松永君はこのまま成績優秀で卒業して、進学して、一流企業に就職して、私と結婚するの」
「はあ?」
「私の人生、一生安泰!」
「お前、笑わせんな。自分はなあんにも努力せずに幸せになれると思ってるのか?」と、テツが怒鳴った。
「いけない?」
「根本的なところで狂ってるぜ」
「なんですって」
「テツ。行くぞ。ほら」
巧がテツを引っ張って足早に逃げた。
「大丈夫か、あれ」
「わからん。でも怖い」
「俺も恐ろしい」
「ずっとつきまとわれてるし、ストーカーの気がありそうだ」
「やばいな」
そんなことがあってから数日後、文化祭の当日。
「外部のお客さん来てくれるかな?準備、相当がんばったもんな」
「俺らだけでも十分盛り上がれるぜ!」
みんなわくわくしていた。
午前中、開始してからほどなくして、「F女学院の子が来てるって!」と男子生徒たちがざわついた。
「F女っていったらおじょうさま学校だろう?どんな子かな」
「なんだ。由美子がもう来たかも」
「えっ?」
テツが素っ頓狂な声を上げた。
「由美子、F女に通ってるぞ」
「うっそー」
今までテツは知らなかった。
「二年二組の喫茶店!」
「はい?」
「松永巧と池端哲也にお客さんだよ」
がらりとドアを開けて、F女の制服姿の由美子と、やじ馬がやってきた。
「やあ、よく来たな」
「うん」
「とりあえず、なんか飲むか?」
ウェイトレスの格好のゆいが水を運んできて、どん!と乱暴にテーブルに置いた。
一瞬、巧たちは固まったが、ゆいを無視して話をはずませた。
「その子誰?」とゆいが聞いて、
「由美子ちゃん」
と、テツが真顔で言った。
「むかつく!」
「えっ?」
みんなびっくりしてゆいに注目した。
「松永君!そんな子ほっといて私と文化祭の出し物見に行きましょ」
「えっ。でも僕は……」
「ちょっと!失礼じゃないですか!」
由美子が怒鳴った。
「そうだぞ」
テツも由美子に味方した。
「うるさいうるさいうるさい!」
ゆいが狂ったように叫んだ。
「ちょっと、先生呼んできて」
誰かが先生を呼びに行った。
「他校生といざこざがあってるって聞いたけど?」
先生がすぐに駆け付けた。
「田所ゆいが、松永巧の妹にけんかふっかけてます」
テツが言った。
「妹……?」
ゆいが毒気を抜かれておとなしくなった。
完全に巧の噂の彼女だと勘違いして由美子に嫉妬したのだった。
「お兄ちゃん、この人じゃない?学年トトカルチョって」
由美子が憤慨して言った。
あっ!その場が凍り付いた。
「なんだね?学年トトカルチョって?」
先生が由美子に聞いた。
「お兄ちゃんの成績を賭け事にしてる人です」
「なにぃ?」
ゆいは、あわあわして、どうするすべもなかった。
「職員室にきなさい」
ゆいは先生にひっぱっていかれた。
「やべー、ばれるぞ」
生徒の何人かが真っ青になって慌てていた。
「由美子ちゃん。あっぱれ!」
テツが由美子の肩に手を置いて言った。
「どうしたらいいかな」
巧が不安げに言うと、
「私たちは悪くないんだから、普通にしてましょ」
と由美子が運ばれてきたジュースを飲んだ。
三人は出し物や展示を見て回って、文化祭を楽しんだ。
一方で、その日、停学や退学になった生徒が十数名出た。
ゆいは精神科に強制入院させられたそうだ。
第22話☆エメラルド
「宝石の泉があるんだって!」
「うっそ。ガセネタじゃないの?」
「ギルドの情報よ」
「じゃあ、信ぴょう性高いな」
露店を開いていた時に、他のパーティがそんなことを言っていた。
「どう思う?おりねちゃん」
「また聞きだからねぇ」
ちょっと疑わしそうに織音がひきつった笑いをした。
「じゃあさ、ギルドにじかに聞きに行こうよ」
「それもそうね」
「なになに?」
幌馬車で休んでいた他の2人に話すと、
「みんなで聞きに行こう」ということになった。
「比較的新しい情報なのですが、ハノウ山のふもとの泉にエメラルドの泉があるそうです」
ギルドのお姉さんが確かに言った。
「エメラルド、エメラルド……」
「どうかした?由美子」と織音が聞いた。
「確かエメラルドって、水によわいんじゃなかったかしら?」と、由美子。
「本当?」
「とりあえず、行ってみようよ。ただ単にエメラルド色の泉だとかだったら笑っちゃうけどさ」と巧が「万が一の可能性に賭けてみよう」と、言った。
「そうすべ」テツが同意してハノウ山を目指すことになった。
果たして現地についてみると、透明な水がこんこんと湧き出る小さな泉だった。
「エメラルドは?」
「見当たらないわね」
「やっぱりガセかあ」
「鑑定!」
織音が泉に向かって鑑定を発動した。
「エメラルドの原石があるらしいわよ!」
「なにい?」
テツが目の色を変えて自分も「鑑定!」とやった。
ぱしゃん。
水の中に入って、原石を拾う。
岸で他の石を拾って、原石を叩いた。
ぱき。
原石はあっけなく割れた。
「エメラルドだあ」
中から緑色の石がのぞいている。
へきかいに沿って割れているが、形を整えなければ価値は半減するだろう。
「研磨してもらいに行くといいかも」と、巧。
「ちょっと待って」
と、興奮している二人を由美子が止めた。
「どうした?」
「端の方から崩れてきてるよ」
「えっ」
よく見ると、もろくも崩れ始めている。
「こりゃ、だめだ」
「他のもみんなそうなのかな?」
泉周辺の石を鑑定したが、どこにもエメラルドは見当たらない。
「泉の中にしかないし、水から上げると崩れちゃうし、諦めるか」
「あーあ」
みんながっかりした。
織音がなにかぶつぶつ言っていた。他の三人はどうしたんだろう?と注目した。
「見てて」
いっとう大きな原石を拾って、地面に置くと、織音が呪文を唱えた。
原石の中に含まれている水分が蒸発して、小さく、硬い石になった。
「すげー」
テツが感嘆の声をあげた。
「とりあえず、この一個を研磨してもらいに行きましょう」
「他にもいくつか取ってかないの?」と、テツ。
「よくばると、ろくなことないと思うわ」
「へーい。わかりました。リーダー」
たぶん、今までにここへ来た者はエメラルドを手にはできても宝石として入手はできなかっただろう。
「おりねちゃんしかできないことだね」
と巧がささやいた。
「魔法を使える者ならできるわよ」
「他にそんな人いるの?」
「いるかもよ。相当時間かけなきゃ習得できないけどね」
「なるほどね」
「「なに?」」
テツと由美子には聞こえなかったようだ。
「なんでもないよ」と巧はごまかした。
「あっ!」
立ち去る前に泉を振り返ったテツが驚いて声をあげた。
「えっ?」
みんなが振り向くと、さっきまで確かにあった泉が跡形もなく消え去っていた。
「あれなに?あれもモンスターかなんかだったの?」
「わからない……」
さっき採ったエメラルドの原石だけが手元に残った。
「これ、大事にしなきゃね」
「ほんとほんと」
ギルドに立ち寄っていきさつを話すと、おそらく移動する魔法の泉だろうと、言われた。
「そんなのがあるんですか?」
「げんにあなた方見てこられたじゃないですか」
「それは……」
「またどこかに出現するかもしれません。今度現れた時は万全の態勢でエメラルド採取のお仕事依頼をかけます」
「はあ」
それから、原石の研磨を依頼した。
「せっかくだから、見ていくか」
みんなの立ち合いの元、エメラルドのルースが出来上がった。
「エメラルドは水分の調整がいるから、ここで買い取ってもらおうか?」
「そうだね」
みんなは、緑色の宝石をうっとりと眺めた後、大量のコインと引き換えにした。
「なんだか、夢みたいだったね」
と由美子がつぶやいた。
「俺ら、またお金持ちになったぜ」
とテツが言い、みんな笑った。
「ルビー、エメラルド。お次は何の宝石にお目にかかるのかな?」
テツが、幌馬車に揺られながら言った。
「さてね。楽しみだね」
と巧。
「なんにしろ、宝物は手に入ってもいつかは手放す時が来るよなぁ」
「切ないこと言うなよ」
「ま、それがわかってて、宝探ししてるんだしな」
「そうだね」
「テツくん、お兄ちゃん、アクセサリー作りまた手伝って!」
「おう。由美子ちゃん」
「今度はレジンとかも扱ってみることにしました!」
「レジン?なにそれ」
「紫外線で硬化する液体を使って透明なアクセサリーを作るの」
「あっ、じゃあさ、色も付けられる?」
「うん」
「エメラルドもどき作ろうぜ。みんな本物の色見てきたから作れそうだし」
「いいね」
「ルビーもどきも作れるでしょ?」
「そうだね」
みんなきゃっきゃ言いながら、幌馬車で次の目的地を目指した。
第23話☆かつてのパーティのリーダー
「よう!テツに巧じゃないか」
町の中央の噴水広場でアクセサリーの露店を広げていると、聞きなれた声がした。
「リュウ先輩!」
テツがぱあっと顔を輝かせて言った。
「誰?」
織音が問うた。
「前のパーティのリーダーだよ。ついでに、僕らの高校の3年生」
巧が説明した。
「どうしたんすか?こんなところに一人で」
テツが聞くと、リュウは戸惑ったような表情になった。
「おりねちゃん、ごめん、由美子と店番お願いできるかな?僕たち、幌馬車の中で話してくる」
「わかったわ」
「実はな、テツがうちのパーティ抜けた後、ダンジョン攻略中に落盤事故があって、気が付いたら他のメンバーの姿が無くて、俺ひとりだったんだ」
「よく助かりましたね」
「ああ。俺は運だけはいいんだ」
「それからどうしてたんですか?」
「それがな、記憶があいまいなんだ」
「記憶があいまい?」
「そういえば、学校でお見掛けしないなーって思ってたんですが……」
「それがな、現実世界に戻れなくなってしまって」
「「えっ」」
「でもでも、あれからだいぶ時間が経っちゃったですよね?」
「そうだな」
この人もおりねちゃんみたいになにかのバグがあるのか、と、巧は内心思った。
「リュウ先輩。よかったら、俺らのパーティに入りませんか?」
テツが言った。
「えっ」
「なんだよ、巧。なんか文句ある?」
「いや、僕はないけど、由美子とおりねちゃんの意見も聞かないと」
「なんだ?お前らのパーティは女が幅を利かせてるのか?」
「そういう言い方はちょっと……」
「お兄ちゃん。商品だいぶはけたよ」
由美子が幌馬車に乗ってきて言った。
「きゃあ」
「安産型」
一瞬、何が起こったかわからなかったが、どうもリュウが由美子のお尻を触ったらしかった。
「なにするんですかっ!」
「まあそういきりたつな。男が助べえじゃないと、人類が滅ぶ」
「なに!この人っ!?」
由美子がわなわなとして言った。
「どうしたの?」
織音が顔を出した。
「気を付けて、リーダー。この人セクハラよ!変態、痴漢!」
由美子がキイキイ言った。
「女がリーダーなのか?」
理解不能、って感じで、リュウが言った。
織音が、リュウの目をじっと見据えた。
みんななんだろうと思いながら二人をみた。
リュウと織音はしばらく微動だにしなかった。
「この人、現実世界に帰ってないでしょ?」
「うん。そう言ってた」
「落盤事故の時に死んじゃってるわ」
「「「「えっ?」」」」
「おりねちゃん?仮想世界で死んだら、アバターだけ残して現実世界に帰るんじゃないの?」
巧が聞いた。
「だから、現実世界の方の本体がなんらかの原因で亡くなるかなにかして、魂だけこっちにとどまってるのよ!」
「えらいことだぞ」テツが青ざめて言った。
「俺は幽霊なのか?」
リュウが自分の両手をじっとみつめた。
「リュウ先輩が落盤事故にあったダンジョンまで現場を確認に行きましょう」
織音がそう言うので、みんなが従った。
Y市のダンジョンは上級者向け指定だった。
「いきなり途中の段階すっとばして入って大丈夫かな?」
「落盤があったのはダンジョンの途中だから、なんとかなるでしょ」
リュウは、織音がてきぱきみんなに指示が出せるのをみて、織音がリーダーだということに納得したようだった。
「おりねちゃん、こっちに引っ張られる」
「はい、最初のトラップよ」
「うへえ」
みんな、罠を回避して先に進んだ。
「まだ罠に引き寄せられるのか?巧」
「はい~」
涙目で巧が返事した。
「そこを左へ……」
「いいえ。右に行きましょう」
「なんで?」
「最初のセーブポイントがこっちにあるわ。もうすぐ三人はログアウト時間なの」
ヒュー。
リュウは口笛を吹いた。
何の変哲もない壁に手をかざして、織音はセーブポイントの部屋を開けた。
「おりねちゃん、すごいや」
巧が本気でほめた。
「前にここに来たことがあるのか?」
「いいえ」
「じゃあ、なんでわかった?」
「奥の手があるの」
「奥の手ねえ」
「リュウ先輩。現実世界の方で先輩がどうなってるか確かめてきます」
「頼んだぞ、テツ」
やがてログアウトの時間になった。
三人が現実世界に帰り、セーブポイントは薄暗くなり、星空のプラネタリウムのようなものが壁に投影された。
「あんたも帰れないのかい?」
リュウが聞くと、織音はうなずいた。
「私はこの仮想世界の意志に同化しているの」
「世界に意志があるのか?」
「ある」
「奥の手ってそれに関係してるのか?」
「まあね」
「俺も欲しいな。その力」
「それはあなた次第ね」
「そうか……」
無言の時間がしばらく続いた。
「やっぱり、俺はいいや。現実世界の方に未練がある」
「現実世界のどこがいいの?」
「わからないか?」
「わからない」
「なんていうかさ、運命の歯車がかみ合ってそうでかみ合ってないんだ」
「なにそれ?」
「予測不能、摩訶不思議、それが現実世界」
「それこそ、仮想世界に当てはまる言葉だと思うけど」
「解釈の違いだな」
……い。リュウ先輩!
「誰か呼んでる」
「良かったわね。テツ君よ。きっと接続不良で戻れなかっただけだわ。声の方へお進みなさい。帰れるわよ」
「帰る?帰れるのか」
「ええ」
リュウは最後に織音の微笑みを見てから、目をつぶり、現実世界の方から聞こえるテツの呼び声の方へ意識を集中した。
織音は誰かが喜んでいる声を聞いた気がした。
第24話☆やりなおし
「お兄ちゃん!ペンダントトップの針金、歪んでる!やりなおし!」
「ふえー」
巧は自分の不器用さを呪った。
これでもよくやっているつもりなのだが……。
「おりねちゃん」
「なに?」
「手先が器用になる魔法ってない?」
「んー、ない、わね」
がっくり。
そんな都合よい魔法はないのか!
「テツ君、レジン固めるとき気泡入ってる!やりなおし!」
「うえー」
テツと巧は顔を見合わせて、無言でうなずくと、この状況から逃げ出す方法をお互いさぐりあった。
「男と女は基本的に造りが違うんだよな」
「そうそう。力仕事を男、細かい仕事を女がするべきだ」
「そう?でも、私たち、重いもの持てるし、力仕事好きよ」
由美子が言った。
「ゴリラ女!」
「なんだと、軟弱男!」
巧と由美子の兄妹げんかが勃発した。
あわあわ。テツが指をくわえて焦っている。
「テツ!よーく見とけよ。由美子はがさつだからな」
「なによお兄ちゃん!テツ君は関係ないでしょ!」
「普段がわかるわね」
織音が涼しい顔で言った。
小一時間経過。
「はい、二人とも、ちゃんとやりなおしてね!どっちも売れ行きに如実に影響するのよ!」
「「へーい」」
由美子の勝利。口喧嘩ではかなわない。
「すまん、テツ」
「しょーがねーよ」
「テツんところは弟だっけ?」
「ん。かわいいぜ」
「どーせ私はかわいくありませんよーだ」
由美子が二人の会話に横やりを入れた。
「「……」」
「気分転換しましょ」
織音が空気を入れ替えようと立ち上がった。
「さっきの街で、他の露店が立ち並んでいたでしょ?私たちのは売れないかもって、さけたけど、敵情視察も兼ねてみんなで見に行きましょうよ」
「「「いいね」」」
果たして行ってみると、アクセサリーの店はほとんどなく、骨董品や古本などを売っている店ばかりだった。
「うちもお店、出そうか?」
「うん」
四人は幌馬車に戻ると、由美子が合格にしたアクセサリーだけを持って売りに行こうとした。
「なあ、由美子。没にしたほうからも持って行って売っていいか?」
「えー。わかったわよ。でもその代わり、そっちのが売れなかったら、今度から心を入れ替えてアクセサリー製作に携わってもらいます」
「「げー」」
テツと巧が絞め殺されるような声を出した。
「まあ、待て、巧。もしかしたら買ってくれる人もいるかもしれないし」
「そう。そうだよな、テツ」
一縷の望みをかけて、男たちの闘い?が始まった。
「ねえ、あのお店!」
若いカップルが寄ってきた。
「彼女にどうですか?」
「てへへ」
このカップル、男の方がめろめろのようだ。テツと巧は「しっかりしろ!」と内心で叱咤激励していた。
「ほんとに大事な人なら、ちゃんとした商品の方を贈りたいですよね」
由美子!余計なことを!
「こちらにならんでいるものはひとつひとつ真心をこめて手作りしたものです」
「へえー」
カップルは感心して由美子の紹介したアクセサリーを手に取って眺めていた。
「お買い上げありがとうございます!」
売れた。
あっけなく売れた。あっぱれ由美子‘sトークパワー。
「おそるべし、由美子」
巧が冷や汗をかいた。
テツはうーん、と何か考えていた。
「どした?テツ」
「例えばさ、巧がリーダーに贈り物したいと思ったとして、その場合、由美子ちゃんが合格にしたアクセサリーと、没から拾ってきた数合わせのアクセサリーと、どっちを選ぶ?」
「それは……」
「合格のほうだよな?」
「うん」
「俺も、彼女出来たらそうすると思うんだ」
それは巧も認めねばならなかった。
「由美子~ごめん」
あとで、巧が売り上げを数えている由美子に謝りに行くと、
「やりなおし、って言ったらやりなおしをお願いね」
と言われてしまった。
「ぎゃふん」
巧はつぶれたカエルのような気分だった。
由美子は、今日売り上げたアクセサリーを見て、客が、ここのところはこんな形の方がいい、とか、大きさにバリエーションが欲しいとか言っていたのを考えていた。
商品開発に余念がなかった。
もしそれを巧が知ったら、「お兄ちゃんはもうついていけないよ」ときっと言っただろう。
しかし、売り上げは確実に伸びていた。
「私、商才あるかもv」
くすくす由美子は嬉しそうに笑った。
「機嫌なおったな、由美子」
「お兄ちゃんこそ」
基本的に仲良し兄妹なのだった。