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第9話 淳史と練習

 リビングで淳史が盛大にため息をついたのは、楓と蒼汰が部屋にこもってから、小一時間経過したころだった。


 「楓っち加入コンサートとやらは1週間後だろ? バカみたいにオーディションの決定から短いよな。マネージャーもちょっとな……さすがに早すぎない?」


 「まあな。でも歌ったり踊ったりするなら時間が足りないけど、楓はキーボードだろ? それなら音合わせだけでいいんじゃないかな」

 「オーディション受けるくらいだから、一通りは弾けるくらいに独学練習してるんじゃないか、ってことかね?」

 「少なくとも俺の中ではそれが当たり前だけど」

 「いやーちょっと……悠基準はね、厳しいからな」

 

 同じソファーにかけている悠は、確認するようにテーブルの上の楽譜を手に取る。

 

 「確かにピアノはうまく弾けるみたいだったけど。でもさぁ……それ以外だって、それなりにできた方がいいよね。俺がダンスはこうだ、って指南してみようかな」

「なんだ?さっきまで練習を面倒そうにしてたヤツが、やる気だしたのか。珍しい」

「だって蒼太と今日ずっと一緒に部屋にこもって話してたじゃん? せっかくの新メンバーなのに、俺らぜんぜん話してないよ? なーんか癪だよね」

「なんだよ、俺も混ぜて欲しい、ってことか?」


頷いて淳史はソファーから、やおら立ち上がった。

 

「そんなとこ、あとで楓っちの部屋へ行こうっと」

「念のためいうが勝手に入るなよ?」

「野郎同志だから、いいでしょ」

「いや駄目だろ。それやって、蒼太に怒られたのを忘れたのか?」

「……ノックくらいはするよ、当たり前っしょ!」


 横柄な霧崎さんじゃあるまいし、と淳史はいいかけ、そのまま呑みこむ。

 

 *****

 

「と、いうことで」

「それで、淳史さんは僕にダンスを教えてくれる、ってことになったんですか?」

「そうそう」

「こんな時間に?」

「夜はまだ始まったばかりだし」


 そういわれ、部屋の時計を確認すると23時。蒼汰との長話も終わり、もうすぐシャワーを浴びてからまさに寝ようとしていた時刻だ。

 ツッコむべきかを楓は迷い、そこは聞かなかったことにして流した。

 

「まあ、確かにダンスはやったことないです。せっかくの機会ですから、教えてください」

「そうこなくっちゃ!物は試し、ってやつだしな。やってみたら楽しくなっちゃうかもよ」


 連れられた階段先のダンスルームは全面ガラス張りで、部屋の外から見ることができる。 防音とはいえ、念のため他のメンバーに影響がでないよう控えめに音を鳴らし、ステップを踏んでいく。

 

――敦志は確かに、ダンスが上手かった。

自信をもっていうだけのことはある。

照明に照らされ、燃えるような赤い髪が揺れ、琥珀色の瞳がひときわ輝く。


細すぎずほどよく鍛えられた筋肉で構成されたその体はよく伸び、美しさすら感じる。しなやかさを兼ね備え動きは、ほれぼれとするくらいだ。淳史に手をとられただけで女性が騒ぐ、と悠がいっていたのも、今ならわかる気がする。

  

「俺、体を動かすのは得意でさ」

 

 だいぶ踊っているのに、息がほとんど乱れていないのは流石といったところだった。 楓も一生懸命に練習するが、これがまた難しい。少しのステップだけで肩で息をしている状態で、大きく倒れ込むように横になった。

 

「いやあ、ちょっと思ってた以上にハードです。これ……すっごい難しいですね」

「俺は慣れてるからなあ、確かにこういうのは見るのとやるのじゃ全然違うだろ? でも、初めてにしては上手い上手い」


 背中を容赦なくバンバンと叩かれ、楓は「はあ」と相槌を打った。


「ありがとう、ございます。ちょっと大変だけど……やってみると楽しいかもしれません」

 

 パッと手に取ったペットボトルのお茶を少しだけ口に含むと、起き上がった。再び同時にステップを踏み出す。最後に一緒にターンをすると、敦志が楓をじっと見てきた。


「どうかしたんですか?」

「いや……なん……でも、ない。なんかこう実に、いま奇妙で変な気持ちが湧き出てきて」

「え、変でしたか?」

「……いや、なんだろう。ちょっと楓っちが……やたらに可愛く見えた気がしたけど、たぶん気のせいだな! いやいやいや、ないない! さて、もうワンステップ! がっつりテンポあげるぞ」

「もう足が限界なんですけど……」

「甘い甘い」

 

 笑顔で容赦なくスパルタをかましてくる敦志と話していると、目の前に誰かが歩いてくる気配を感じた。その足音の主を確認すると、昼間にホテルで楓を追ってきたあの銀色の髪の霧崎という男性だ。


 とたんに緊張が走る。


 霧崎は、逃亡時にエレベーター前で楓を見て、すぐに西園寺の者だと気づいている。メイクを落としてはいるが、もしかしたらバレる可能性か――……

 

 祈り気づかれないよう願いながら、こちらを見ている、見られている――と思ったとき、足がもつれバランスを崩して転びそうになり、慌てて淳史が後ろから腕を引き、支えてくれた。それをみて、霧崎は一瞥すると興味なさげに階段を登り去っていった。

 

「ごめんなさい、ありがとうございます」

「もう疲れてきちゃったか? まだまだあるんだけどなぁ。さすがにちょっと無理があったか……。ってことは、さすがにキーボードに専念した方がいいかもしれないな。コンサート前に怪我とかシャレにならないし、コンサートが終わったら、たんまりと練習しようか」


 いわれ楓は、首を大きく振った。

 

「じゃあ、もうちょっとだけ、やります。ただでさえ体力も筋肉もないのに……!」

 「あー、確かに、なんかやたら柔らかいな? もうちょい鍛えたら? この腹とか特にさ――」

 「――――!?」


 そういって、お腹を触られそうになり楓は身をよじった。敦志の腕を剥がそうと掴んだ。だが思いの他、力が強く、びくともしない。そのとき、ちょうど蒼太が通りかかった。

 

 「淳史、休憩したら?冷凍庫にアイスあるよ。お前の好きなやつ」

 「お、アイスか。いいねえ、ちょうど休憩したかったんだ。取りに行こーっと。楓もいるよな?」

 「う、うん、もちろん!」


 もしかして助けてくれたのだろうか、と楓は蒼太にお辞儀をした。

 ジロリと睨まれ、楓は苦笑いを浮かべる。

 

「だからいっただろ……敦志は男相手でもああだから」

「男性相手であれなら、女性相手だと、どうなるんですか……?」

「目も当てられないね」

「なるほど……」

 

 過去になにがあったのだろう、聞きたい気持ちを抑え、楓は淳史の後ろ姿を目で追った。やがて戻ってきた敦志にアイスを渡され、それを食べながら、楓はぼんやりと今後のことを考えていた。

 

 食べ終えたアイスのカップを捨てようと、楓は階を移動する。

ゴミ箱へ捨て、くるりと振り返るとガラス張りの防音室の向こう側――そこには、先ほどの霧崎がピアノを弾いていた。

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