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第47話 どうやら再び怒っているらしい

 楓は本音でいえば恋愛結婚が夢だった。

政略結婚しかないのはわかっているが、できれば恋愛結婚がしたいと思っていた。


 「たとえば誰と……?」


 誰もいない部屋で一人、脳裏に浮かんだのは蒼汰だ。

何度か自分を見つめる瞳を思い出し、かあっと熱くなり首を振る。

だが、蒼汰は辞退者のため、例え望んでももう今となっては無理だろうと。

 

 もしかしたら、蒼汰が一番の候補者だったと聞かされて、けれど辞退したと聞かされて、とても悲しかったのは――黙っていたことではなく――?

そうじゃなくて、もっと別の理由では――

 

 その時、玄関の扉が開く音が聞こえた。悠も淳史も部屋にいた。つまり、この時間にくるのは霧崎か蒼汰のはずだ。部屋の扉からのぞいてみると、案の定だった。


 扉を開け、蒼汰の顔を見上げる。


「おかえり」


「楓……起きてたの?」と怪訝な表情をされ、頬に触れられ楓は後ずさり「うん」と小さくいった。

「……最近、忙しそうで大丈夫かなと」

「ご心配どうも。じゃ、ついでに話でもしよか」

「いいの?」

「……いいよ、コーヒー持ってきてくれるかな。作業もしたいし」


その言葉に楓は頷き、キッチンへパタパタと駆けて行った。

小一時間ほどして戻ってきて、蒼汰の部屋のドアをノックする。


「とりあえずそっちに座って、コーヒーありがとう」


 楓を案内し、座らせた。楓はちらりと蒼汰を見やる。

憂うように伏せた目がそこはかとなく儚げに思える。眠そうだし、とても元気がなさそうだ、と思わず楓は蒼汰の足――太もも辺りに手を伸ばし触れた。


 その行動に蒼汰は動揺したのか、「えっ!?」と言いながら、ソファーの後ろへ大きく倒れ込むように下がった。


「……楓、なんのつもり」


 ドン引きされた様子に、困惑しながらも楓は蒼汰の方を向きつつ、空を切った手へと目線を移した。

 

「元気がないから、マッサージとか……」

「全力でお断りする。ちなみにそれは他の男性陣にも申し出ないように」


 即座に返され、シュンとへこむ楓に蒼汰は悪いと思ったのか口を開いた。


「ああ、そうだ。塾愛報道の件は報道へ根回ししたから大丈夫。由良の仕業だった」

「でも由良さんはどうしてあんなことを……」

「由良なりに考えがあるようだね。まあ、勝てば結局、君は由良と結婚……あいつにとっては、報道が先になったか後になったかの違いでしかない」

「そんな」

「勝てばの話さ」


 元気をなくさせてしまったようだと感じた蒼汰は、カバンの中から数枚のファイルを取り出した。


「話題を代えようか、明日以降の空いた時間にやって欲しいことがコレ」

「……ブログ掲載、各々にインタビュー、各メンバーのプライベートをSNSを上げる、イベント告知……これを、全部!?」

「できるよね? もちろん」


できない、といえる雰囲気ではない。


「しばらくコンサートはないから、レッスン時間は短くてもいいし……ある程度の下調べは僕が済ませてるから、更新だけだ。その更新が大変なんだけどね。任せたよ」

「う、うん」


そういってニッコリと笑うと蒼汰の手が楓の手に重なる。

じっと見つめられ、そのまま手を包まれ

とたんに、やたらと胸に熱いものがこみあげてくるような――……。


「蒼汰、あの」

「なに?」


 恥ずかしくなって目線を逸らしたが、鼓動はなかなか落ち着かない。

いや、いつの間にソファーの真横に座っていたのだろう。

先ほどまでは反対側に座っていたはずだ。楓は思わず、ソファーの向かい側に置かれたコーヒーカップを確認した。


「なんでも、ない」


蒼汰の様子が心なしかおかしい、気がする。


「それで女性である君に聞きたいことがあったんだけど……」

「?」

「たとえば、異性にいわれてドキッとするとか……胸が高鳴る言葉とか……シチュエーションとか……そういうのって、なにがある?」

「えっ、な……なんで……どうして」

「必要だから」


いつ、どうして、何のために――……という声は出てこなかった。

気が付いたら、さらに距離が詰められている。


「た、例えば重いものを持ってくれたりだとか……手を握られたりだとか……」


 その言葉に、楓はいままさに手がつながれていたことを思い出した。

ぎゅっと伝わる感触が、妙にリアルで。かあっと頭から爆発しそうなほどに恥ずかしくなり、耳たぶまで熱を持ったように熱い。


「あとは……?」


 蒼汰の声が一段と、近く低く甘く感じられる。

恥ずかしさをかき消すため、頭をフル回転させる。


「髪を撫でられるとか……」

「へえ、こうやって?」


そうっと髪を少しだけすくわれ、髪の毛に口づけをされる。

いつもはこんなことをしてこないのに、どうして今日になってこんなことをしてくるのか、理解しかねた。


「蒼汰、あの……」


「なるほどね、各メンバーのプライベートをSNSを、ってさっきの資料にあっただろ。そこで広報に使えそうなシチュエーションがあればって思ったけど……UPするには難しそうだね。ウケるのかなあと考えてたんだけど」


そこでようやく、通常通りの空気へと戻った。

からかっていたようだと、ほっと胸を撫でおろす。心臓の音は止まないままだったが、少なくとも息苦しい感じはもうない。 


「広報で、使えそうな……?」

「そう」


 再び違和感を覚える。この反応は前にも一度経験したことがある。あれは蒼汰が怒った時に――……


「もしかして、マッサージをするっていって思った時……さっき勝手に触ったから、やり返された……?」

「よくわかったね。これに懲りたら、もうそんな事はしないように。僕にも、他のヤツにも」

「……えっ、えっ……どうして?」


「ほらほら、もう絶対しませんと誓わないと唇をふさいじゃうよ? 何でかはいわないけど」


 そうして蒼汰は楓の耳たぶに少しだけ唇を触れさせた。


「!」


想像してしまい、いよいよ体全体が熱くなる。

その反応を楽しむ……いや愉しむようにみながら。


「……という言葉はどうなのかな」

「……蒼汰ッ!」


 どうやら蒼汰を怒らせると、こういうひどく面倒なことをされるらしい。しかもポーカーフェイスなのがまた憎たらしい。楓は蒼汰の部屋を――もはや追い出されたに近いが――慌てて出ていった。


 蒼汰と話す前には心配事が尽きなかったが、部屋から出た後はすべてを上書きされ、心配事も解決していることに楓が気が付いたのは、翌日の朝のことだった。

 

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