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第35話 喧嘩、そして仲直り

 その後、蒼汰は部屋に何度かきたが、会話はなく、気まずいままだった。

一晩で早々に熱は下がったものの、それから蒼汰との会話は一切していない。


「ちょっと、楓っち。なんか昨日からずっと蒼汰とおかしい? まったく話してないよね?」


 リビングでソファーにもたれかかっている淳史にいわれ、楓はがっくりとうなだれた。


「その……よくわからないけど、逆鱗げきりんに触れちゃったみたいで」

「蒼汰が?まあ、たまーーーに怒るよな。たまにだけど。蒼汰の場合は、”すごく”怒った時が厄介なんだよねぇ」


「でも今回は……”ものすごく”怒ってるみたいで」

「あーあ、詰んだね。……でも、何したんだよ?」


 そういわれ、当時のことを思い返す。

 

「……引っ掻く、と脅しましたけど……」

「うん? 状況がよくわからないけど、理由もなく、蒼汰がそこまで怒るなんて考えにくいし……つまりは楓が悪いんじゃない?」


 淳史はそうやって楓にコーヒーを渡した。


「わかってます。だから謝らないと」

「でも何で怒ってるかわかんないんでしょ? 謝るっていってもさ。悠、知ってる?」


 横でスマホを見ながら話半分に聞いていた悠は、ちらりと楓を見やった。


「たぶん楓が悪い」

「ありゃりゃ。悠までストレートにいっちゃったよ、ぜんぜん事情知らないのに」

「原因の察しはついてる。だから、ぜんぶ楓が悪い」

「「ええ?!」」


その返答に、淳史と楓の声がハモった。


「ひとまず謝ってこい、たとえ理由がわからなくてもだ。激昂げきこうするかもしれないけど、まあそのときは諦めて、死んでくれ。骨は拾ってやる」

「うう……」



 そうして蒼汰の部屋の前に立ち、楓は意を決して息を吸い込んだ。

部屋の扉をノックし、開いた扉から蒼汰が黙ったまま現れる。


「あの、こないだは……本当に、ごめんね」


ドアの扉に背を預け、腕を組みながら蒼汰は楓を見下ろしていた。

とんとん、と指で腕を叩き、考えあぐねている様子で。

 

「……まだ、怒ってる?」

「…………怒ってるよ」


 気まずい空気と申し訳なさに、楓はダメかとその場を後にすべく後ろを向いた。

 

「僕”も”、悪かった」


 その発言に、楓はゆっくりと振り向いた。

横目で、蒼汰は楓を見やる。

 

「我ながら、少し大人げなかったと思う」

「そ、うなんだ……?」


「少し、だ。でも、どう考えてもあの状況では君の行動は悪い。しかも、相当に」

「うう……」


「うん。僕はね、あの時。君のしでかしたことに、本当に、本ッ当に、怒ってたんだ」

「ごめん、なさい……」

「なんでかわかる?」

「考えたけど、全然わからなかった」

 

 連呼され、謝ることしかできない。

  

「……そう。じゃあ君はいつもいつも無遠慮で、無思慮で、無神経で、無計画で、そして無責任で――」


「……な、ちょっと! さすがに多いよ」


「それでいて本当に、無自覚でさ」

「え?」


「だから、できる限りのことは対応してきたつもりだ。それは、あくまでも君は仮でここにいるだけで――、後から、出ていくんだと……それを忘れないでってこと」


じんわりと意味を考える。


「ま、誰のもの、でもないんだから……君の自由ではあるけれど」


ほんのりと目を伏せ、蒼汰は自虐的に笑う。


「さて」


組んでいた腕を解き、蒼汰は楓を覗き込む。

先ほどの憂いを帯びた恵美は消えていた。

 

「そのことに関してはいま伝えたし、もういいよ。それで、僕はじっくりと考えたんだ。これから君との関係性を見直すときがきたのかも。僕たちは仲間だよね? まあ友達……どちらでもいいけどさ」


「……うん」


 仲間、という言葉にひどく胸が掴まれたように痛む。楓はじっと蒼汰の瞳を見返した。


「楓。だから僕は――これから変わろうと思う。ずっと逃げていたけど、それじゃいけないかもしれない。頑張ろうかと思う、だから」

 

 蒼汰の手は、楓の頬にそっと触れる。

 

「今まで決められた人生だって僕も思って、嫌でずっと向き合ってこなかった。音楽をするっていって、家族と自分の将来のことから逃げてた。僕も君の事なんて文句いえない、むしろ君と一緒だ」


なんのことかをわからずに、楓はその瞳を見返した。


「あの日、最初に会って君の考えを知ってから、婚約から逃げて僕の部屋で泣いているのを見てから、どうしようかと――ずっと迷って考えてた。でも、それでも逃げ続けてた。けど楓、まだ間に合うかな? 僕に一度手放した蓬莱ほうらいの枝が……再び手に入ると思う?」

 

「蓬莱の枝? ……って、以前いっていた比喩ひゆ、だよね?」


「そう、覚えていてくれて嬉しいけど、まさに今回も同様の比喩だよ」


「うん、よくはわからないけど……もちろんだよ!まだ間に合うし、蒼汰なら手に入るよ、絶対に」

「――うん、そっか。君が応援してくれるなら、僕も頑張れるかな」


 それを聞いた蒼汰はとても柔らかく笑い、心から嬉しそうだった。

そのまま、楓の髪に触れ、髪を梳く。

さらさらと細い髪が流れ、感触をたしかめているようだ。

 

「僕がもういいたいことは、これで全部。だから仲直りしようか」

「……うん」


 髪から離した手を楓に向かって差しだされる。

 

「じゃ、改めて握手」

「……う、ん……」


 ぎゅ、と固く握って、ぶんぶんと振る。

 

「怒らせてごめんね、蒼汰……」

「もう気にしなくていいよ、仲直りしたんだ。でも僕”も”悪かった」

「やっぱり、まだ怒って――」


 そうして、蒼汰はひとしきり広角を上げるとぐい、と楓を思い切り引っ張った。

 頬に唇を押し当てられ、ゆっくりと唇を離す。


「ちょっと蒼汰!?なに考えて――」


 楓は今、起こった事象を信じられず、頬を赤くしながら手のひらを当てた。

 

「僕は、君にやられて腹が立ったことを、そのまま君にやり返しただけだ。どういうことかがわからなかったら、今後もずっと……僕のことを考え続けて」

 

 いたずらに頭をわしゃわしゃと撫でると、蒼汰はまた笑った。

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