第33話 確定
ほどよく酔いが回った淳史は、何も考えていないかの様子でそう言い放ち、さも当たり前のように楓の袖へと手をかけた。
その瞬間、楓が女性である可能性を思い出す。悠は焦って、淳史の手をとっさに掴んだ。
「淳史、待て!」
「なんだよ?」
「着替えもないのに、寝てる人間の服をこんなところで脱がせるなよ。楓は俺が部屋に連れてくから、淳史は酒を零した責任をとってここを拭いてくれ」
「あ――……、そうだな。まあ、じゃあよろしく」
仕方ないな、と小さくいいながら淳史はタオルを取りにリビングから急いで離れた。今のうちに楓を自室へと放り込まなければ、と再び背負い、悠は何度目かになるため息をついた。
「楓、起きろ。シャツが濡れてるから着替えた方がいい」
ひとまず毎度のごとく、横柄に部屋のドアを蹴り開けると、楓の部屋のベッドに寝かせる。そのままぺちぺちと頬を軽くたたき、反応を伺う。
「ん……」
どうやら相当に深い眠りについてしまっているようだ。ハンガーにかかっていた替えのシャツを一つ持つと、再びベッドサイドに腰かけた。
「起きろってば」
何度声をかけてもダメだった。どうしたものかと数分ほど考えた後、このままではどうあっても風邪をひくだろう、という結論に達する。
「俺がコイツを着替え、させるのか……?」
再び考える。そうだ、まだ疑惑の段階だったと考え直す。かのご令嬢・西園寺楓だと確定しているわけではない。そうだ、ただ失踪した彼女と似ているだけで、いなくなったタイミングまで一緒なだけで、やっぱり別人かもしれない。……かも……しれない。男性同士なら、そこまで問題はないだろう、そう男同士であれば――。
もはや事実から目を背け、そう祈るほかない。
どうか違いますように、と意を決し遠慮がちに少しだけ服をめくると、予想を裏切るように、というべきなのか……まっさらな白いサラシが胸にまいてあるのが目に付いた。
「……やっぱり西園寺楓じゃないか……」
疑念は確信に変わり、悠は手を止めそして頭を抱えた。
今までの行動のあれこれを考えれば、おのずと答えは見えてくる。
要するに、自分は見なかった振りをしただけだ。
自分たちだけならいざしらず、有名な他のユニットやグループまでも知らない。要するに世間知らず。
おまけに大富豪のお嬢様。ニュース通りであれば、エスカレーター式の女子高校を卒業し、そのまま女子大へと行ったらしい。事実であれば、男性そのものと触れあう機会も少なく、つまり男性に対しての悪いイメージは希薄。嫁入り前の女性が男子寮に忍び込む、というこの尋常ならぬありえなさと底抜けの警戒心のなさに関しては、納得だ。
「あり得ない……あり得なさすぎだろ……」
闇夜に溶け込むその言葉を聴く者は誰もいない。
いまにして思えば蒼汰は……もしかして、この事実を知っているのでは?と思えてくる。だから、リビングの怒髪天事件に関しても、その後についても警戒していたのではなかろうか。知ってしまったいまは、もはや後の祭りだが。絶望を噛みしめていると、バタバタと廊下を走る音がして、楓の部屋へ蒼汰が飛び込むように入ってきた。
「楓! なにやってるんだよ、淳史からお酒飲んでそのまま眠ったって聞いたけど――……」
そこまでいって、蒼汰は固まった。
悠が楓のシャツをめくろうとしていた瞬間のまま、片手で頭を抱えたまま固まっていたからだ。
「悠、ちょっと楓に何してんの!? 正気!?」
「ち、違う! 着替えさせようとしただけだ」
弁解しながら慌てて楓から手を離す。
「……って、やっぱり知ってたな、蒼汰」
「最初からね。そっちは……?」
「前から疑ってたけど、いま知った」
「了解。で、どういうこと」
「とにかくシャツがずぶ濡れだから着替えさせたい」
「なるほど、それならきっちり叩き起こした方がいいな。本ッ当に、このバカは……何度いってもこの性格が治らないな。悠、悪いけど今回は僕がやるよ」
「さっきから反応ないけど起こせるのか? いや……もしかしてお前が着替えさせるとか――か、楓と……そんな関係なのか……?」
想像して、かあっと悠の頬が耳まで染まっていく。
「そんなわけないだろ! もう絶対に許せない、ってかあり得ない。なにがあっても叩き起こして着替えさせてやる」
速攻で全力否定に、心からホッとする。
「そうなのか。じゃあ、ここは蒼汰に任せた。確かに俺よりかは、事情を知ってるお前の方が絶対にいいだろうし……」
「そもそも淳史と酒飲むとかもう……。何事もなくてよかったけど、明日キツくいっとくから、悠は行っていいよ」
「とうか蒼汰は、その……どうして、楓のこと知ってたんだ?」
「――それは。まあ、ちょっと僕側にも事情があってね。今度きちんと話すから」
「わかった。そういうなら――俺はもう出てくから、後はよろしく頼む」
そう返して悠は部屋から出ていった。部屋に残された楓の耳元で蒼汰は声をかけた。
「ほら、楓!早く起きて。着替えないと風邪引くし」
「え、あ……蒼汰……?」
「悠が運んでくれたから、後でお礼いいなよ。あと、自分で着替えてよ。さすがに僕はそこまで面倒みれないよ?」
そういうと、ぼんやりとした頭で楓は頷いた。
「ふふ」
「なんで笑うのさ」
「蒼汰、って文句多いけど……本当にいい人だね。……大好き」
「はいはい。だから、わかった。いつもそんなことを僕にいってくるね、君は」
そういって、蒼汰は楓にシャツを渡した。
「だからとりあえず着替えて」
「うん……蒼汰、……ありがとう……」
うとうとしながら、なんとか楓は着替えた。蒼汰はみないよう、後ろを向きつつ替えのシャツを渡す。背中越しの熱と動きの感触がやけに生々しく、ほんのりと蒼汰の顔が火照る。
「……ちょっと待って、いま君、僕のこと大好きっていった?」
蒼汰は当たり前のように流していた先ほどの言葉を思い返す。そうしてふっと背中越しの熱が離れた。
「楓? ちょっと、もう着替えたんだよね?」
返事はなかった。
「……大好き、ねぇ……。それは仲間としてってこと、だよね? そうじゃないと困るよ」
ゆっくりと振り向いて確認すると、そのまま服をベッドの上に投げ捨て、深い眠りに再び落ちていた。
「だって僕はもう……君の婚約者じゃ、ないんだから――……」
蒼汰はそういって目を伏せながら、楓の唇を人差し指で撫でた。
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