第24話 逃走と迷走
楓が悠に押されるようにして走り出した先。
そこは人はいない、と思っていたのに――誰かにぶつかって、思わず痛みで鼻を押さえた。
「わ、ぶつかって、ごめんなさい……」と、ふいに視線をあげる。
――誰か、と一瞬で把握する。楓の、すぐ目の前にいたのは霧崎だった。
「西園寺楓……?」
あり得ない、というように驚いた霧崎にその名前を呼ばれ、楓は目を見開く。
なぜ、ここに?
なぜ、この時間に?
あらゆる疑問が頭を掠める。
そして、どうしてこうも誰かに何度も呼び止められるのだろう。
だがそれを考える時間の余裕はない、返事をせぬままにすぐさま踵を返すと、ぐい、と思い切り腕を掴まれ引き込まれた。
「楓、どうしてここに? あの日逃げたんじゃなかったのか? 俺からも――……」
その言葉の意味を一瞬考える。あの日、あのエレベーター前で逃げ出したあの瞬間が脳裏に浮かんだ。続けざま頬に手を添えられ、ぐいとあげられた。
「どうしてここに……」
霧崎の紫水晶の瞳を見返し、楓は息を呑んだ。その紫の霞色は光を反射したように揺らいでいた。なぜかとても――とても泣きたそうな表情だ。楓からもなんでと問おうとした瞬間だった。
「えー?ここどこー?」
「迷っちゃったー?」
その直後、自分たちの背後に明るい女性たちの声が響き渡った。
思わず霧崎は我に返ったようにそちらへと気を取られ、手の拘束がさらに緩まった。
腕から、体から滑り落ちるように一瞬離れ――そして、楓はもう一度――逃げだした。




