第21話 アリーナ席B5/コンサート当日
コンサート当日の観客席がざわめく中――楓は客席に、立っていた。
ちらりと現在の位置を確認する。
(アリーナ席のB5……間違いない)
あの逃亡時に着ていたフリル・ワンピースに加え、きちんとメイクを施しているまさに今は”西園寺楓”の風貌で。ただ、今はマスクと伊達メガネをかけているため、捜索されている人物としてはパッと見わからない。
そもそも、アリーナ席の人たちは、まだグッズ購入のせいなのか、まばらでそこまで人数も多くない。人ごみにまぎれ、たいして見られやしないであろう。
現地点から警備員は視界から外れるほど遠い上、楓の周りには誰もいない。みな他の売店や手洗いにいっていて、注意はそちらにそれている。それならば安心だと、意を決してスマホの電源を入れた。マスクと伊達メガネをとり、手早くテレビ電話をかける。
すると呼び出し音は一瞬で止んだ。
楓は、画面の向こうの顔で待ち構えていたかのような心配な表情を浮かべた人間に声をかけた。
「――おとうさま」
『楓! どこにいるんだ!? 無事なのか?』
心から安心したような表情を浮かべている。確かに、嫌っているわけではなさそうだ。
「はい、このとおり私は無事です。お父様、私の話を聞いてくださいますか。あの日メモを残した通り、いまは私を探してほしくないのです。今回の件は誘拐でも事件でもなく私の意思による家出です」
『家出!? ……誰かに、そうやっていわされてるんじゃないのか?それに、そうなら……なぜ戻ってこないんだ?』
「それは――、私はずっとお父様たちのいうことを聞いておりました。でも」
緊張していた息を整え、唾を呑む。
「今回のお見合いだけは別です。婚約したら、結婚したら――自由がなくなります。ですから、少しだけ、私が私であるための時間を貰えないでしょうか」
『どういうこと、だ? 結婚してからでは、できないと』
声は不安を孕んでいる。何をいうのか、想像ができないといった口調で。
「はい、きっと……できないと思います。それに今、私はやりたいことがあります。どうしても、やりたいことが。それが終わったら、家に戻り結婚でもどなたとも、なんでもいたします。ですから――」
『だめだ。西園寺家の娘が家出など体裁がよくない。お見合いはもう少し先に延ばした。婚約者たちはそれぞれ、楓が戻るまでとにかく待つとのことじゃ。とにかく、むりやりにでも――今すぐ連れ戻すから、そこで待っていろ』
話を聞いてくれていない。今すぐにでも、自分に縄をくくり、家に連れ戻されそうな勢いだ。涙を浮かべそうになるが、そのままグッといったん堪える。
『どこかと思ったら、近くの西園寺アリーナか。よしよし、ヘリを出してすぐに向かおう』
――箱入りでそれなりに過保護に育てられたとはいうものの、実際に父親は強情で譲らず、ひたすらに自分に対し甘い人間ではない、それを感じる。それならば、今が切り札を出すときがきたのだ。
「では、お父様……私と賭けをしませんか?」




