第20話 蒼汰と蓬莱の枝
6日目の夜22時。その来訪者は、とても丁寧なノックから始まった。
ということは、この主は蒼汰であろうと確信し、扉を開いた。
想像通りの人物を部屋へと招き、ソファーへ腰かけてもらう。
扉の開け方一つでも、それぞれの個性がでているようで面白いものだと思い、楓は零れ落ちそうな笑みをこらえ噛みしめた。
なんで笑っているのか、いぶかし気にしながらも、蒼汰は話を切り出した。
「楓、いよいよ明日がコンサート当日だけど、準備の方とか、大丈夫そう?」
「……ううん、なんでもない。なんか今、会えてよかったなって。蒼汰っていい人だよ……いつもありがとう」
不可思議な楓のコメントに返すように不可思議な表情を浮かべながら、蒼汰はひとまず労わるように真横に座っている楓の頭を撫でた。
「……どうして、そういわれるのか僕もよくわからないけど……。とりあえず、明日に備えてもう寝なよ? 体調崩したら元も子もないからね」
困惑顔の蒼汰を見つつ、楓は「ありがとう」と小さく伝えた。
「それで、君にききたいことがあったんだけど」
「うん?」
「君のお見合い相手……って、本当に誰か、知らないんだよね? そうだろうなとは思うけど、一応きいてる」
「知らないけど……どうして?」
楓の言葉に、蒼汰は考え事をするように天井をぼんやりと眺めている。
「もしかして、何か……知ってるの?」
「まあ、ちょっと、ね。でも詳しくは、いわない」
「どうして?」
「知らないなら、それは僕がいうべきじゃない」
「でも本来なら、きちんと知っているべき人だったのに?」
楓の言葉に、蒼汰は再び暫く考えていた。
腕を組みながら、いうかいうまいかを躊躇している、というのが正しいかもしれない。
「じゃあ、少しだけヒントだ。この件は選別するにあたって、実は何人もの候補者がいた、って知ってた?」
候補者の件など誰にもきいていない。いや、違う。書類を破棄したのは自分だ。
でも何人も、とは?そう思い、思わず楓は首を思い切りぶんぶんと振った。
「まあ、そうだろうと思ったよ。君は、日本でも片手で足りる大財閥――そして年頃の一人娘。しかも可愛いときたわけだ。当然ながら有象無象の縁談話が持ち上がるわけだ」
可愛い、と蒼汰にあっさりといわれ、楓は思わず顔が赤くなる。
けれど、そうだ。男性寮に呼ばれ、テレビニュースを見ていた時、淳史と悠は似たようなことをいっていたことを思い出した、あの時の会話の内容だ。
「それ故に、君の婚約者になるための条件は厳しくてね。婚約者としてふさわしいのは、とふるいをかけるために、さながら――かの竹取物語……かぐや姫の縁談のような――縁談に対してそれぞれの難題をふっかけてきたわけだ。君のおじいさんは」
「え……竹取物語の難題って、蓬莱の枝とか、火鼠とか、ですよね」
「比喩だよ。ま、君の相手には条件がそれなりにあったってことでさ。実は候補者は――その難題ですら、条件に揃う人がいたんだ。三人も。それが君の今回のお見合い相手”《《たち》》”だ」
蓬莱の枝を探そうとする男性――どうにも想像がつかず、楓は混乱した。だが、問題はそこではない。
「でも、待って。候補者《《たち》》、ってどういうこと? じゃあ、じゃあ……お見合い相手があの日、あの場所に……3人もいた、ってこと……?」
蒼汰は頷いた。
「まあ、実質的な候補は二人だったけどね。結局、君が逃げてお見合いそのものをすることはなかったけど、君の言う通り、3人の男性がホテルに呼ばれてた」
肯定され、愕然とする。
「ええ……お父様、なんてとんでもないことを……」
1人ならまだしも、3人も見合い予定だったとは、と楓は涙をのんだ。
なにがなんでも自分を結婚させるつもりだったのだろう、と。
「そんな、ひどい……。そんなに、私に家を出て行ってほしかったのかしら……お父様は会社が命だし……政略結婚の道具として、お見合い相手としても私は都合がよかったってこと……?」
涙がこぼれそうになる。
着せ替え人形どころか、道具の一つとして扱われていたことに。
けれど、その点は否定するように蒼汰は首を振った。
「……楓。たぶん、そうじゃない。もちろん、相手の思惑はそれぞれだと思う。けど、件の婚約者たちは、1人を除き条件だけをみればとても良い男だと思う。だから、それぞれ難しい条件を出したんだ。君が結婚しなくても良いように」
楓は信じられない、と目元から溢れそうな涙をぬぐった。
「そういっても……私が、どう思うかわからないじゃない。でもそれなら、なんで……最初から私の気持ちを考慮しないの……? どうして、お見合いするかどうかを、きちんと聞いてくれなかったの? 無理矢理……組まれた縁談で、私が喜ぶとでも思ったの?」
蒼汰は今は聞いて欲しいとばかりに楓の肩を掴んだ。
「確かにそうだとは思う……けど……」
「けど?」
「じゃあ、どれだけ素敵なヤツでも……君は……」
じっと目を瞑り、肩から手を離し、蒼汰はため息をついた。
「……いや、ダメだ。僕からその話をするのは野暮ってものだし」
相も変わらず、楓の頭をわしゃわしゃと撫でながら、顔を覗き込む。
「いいんだ。君がこれから、後悔しないように祈ってる。例えそれがどんな選択肢でも」
紺碧の瞳は、いつかの諭すような視線だ。
「とはいっても、あくまで三人は候補だ。検討、考慮、熟考……いい方はなんでもいいけど、その段階。見合いなだけあって、それぞれの男性たちには断る権利も当然ながらある。だから、そのうちの一人は結婚する気がそもそもなくて、辞退だったし――なんなら三人とも婚約しなくてもいい可能性はあった。可能性、だけど。君のご家族か相手側かが強引に進めでもしない限りは」
「一人辞退? でも、待って。蒼汰、そうなると――……私が、その残りの2人のお見合い相手に会ってお話すればいいんじゃない? 私じゃ到底力不足です、他にいいお相手がいると思います、ってお願いをして……向こうからお断りをいれてもらえばいいんじゃ――」
「どうだろう? 正直……それは逆効果じゃないかなあ、と思えなくもないけど……」
蒼汰はどうしたものか、といった表情を浮かべつつ立ち上がった。切り替えるように指をパチン、と鳴らす。
「とにかく、その婚約話とやらを考えるのは後だ。明日は本番! だから、これ以上は泣かないように。最終チェックしたら寝よう」
明日の最終作戦会議を終え、颯汰が去った部屋で1人、楓は電源をきったままのスマホを見つめた。
(――そう、そうだ。絶対に、お父様を説得しないと)
そうして、静かに楓は眠りに入っていった。
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