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第10話 霧崎とピアノ

 食べ終えたアイスのカップを捨てようと、楓が階を移動する。

ゴミ箱へ捨て、くるりと振り返るとガラス張りの防音室の向こう側――そこには、先ほどの霧崎がピアノを弾いていた。


 白い肌、銀色に輝く髪。瞳は紫が薄くかかる(かすみ)色で、夜に映える憂いを帯びたその雰囲気は美しいというより、ひとつの彫刻で造られた芸術品のようだ。


 弾いているピアノの音は全く聞こえない。


どうやら部屋は二重構造になっていて、想像以上に防音性能が高いようだ。

それならば、と楓はピアノを弾く指づかいをじっと目を凝らし見た。


――これは……上手い、絶対に上手い人だ、と。

 

 楓はその交差する指の速さと指さばきに確信した。

 できれば中に入って、その音を直に聞いてみたいがそこは我慢する。

なんの曲だろうか、さすがに、指だけじゃあ……わからないと、じっと食い入るようにみていると、やがて指が止まり、気づいた霧崎は視線を向けた。

 ガラスに張り付いている楓に気づいたようだ。簡単にお辞儀をすると、霧崎は手のひらでこちらへ来い、とばかりに合図をする。


 さすがに、挨拶はしなければならないだろう。ヘトヘトに疲れているにも関わらず、寝るに寝られない状況に辟易(へきえき)としながら、楓はしぶしぶ防音室の中へと入っていった。


 「失礼します。霧崎さん、ですよね」

 「ああ。お前らのマネージャーから聞いた。お前が今日のオーディションの合格者だそうだな。東野、という名前だときいているが合っているか?」


 楓は改めてハスキーボイスなその声音に少しだけ心が揺れた。

 

 「はい、そうです。はじめまして、よろしくお願いします」

 

 そういえば、東野という苗字の偽名を使わせてもらっていたんだと、そこでようやく楓は思い出した。握手を求め手を差し出すと、そのまま、無言で手を引き込まれた。手の平を見られ、意味が分からず妙に恥ずかしくなり、楓は目線を伏せる。


「ピアニストにしては指が……ああ、気にするな。お前はキーボード担当だと聞いたが、よく弾いているのか?」

「ええ、それなりに……小さい頃から個人レッスンで習ってました。あとは好きだったので、度々演奏はしてましたが」

「黒木も雪代も……確かにキーボード担当を切望してたからな。ちょうど良かったわけだ」

 

さきほど、楓はそれぞれのメンバーについてパンフレットで確認している。黒木は悠のことで、雪代は蒼汰のことだ。どうやら、この霧崎という人物は、それぞれを苗字で呼ぶらしい。


「先ほどは栗原と練習していたな」


 栗原、は淳史のことだろう。霧崎に触れられ楓の顔が恥ずかしさで赤く熱を持ち始めたころ、やっと霧崎は手を離した。

 

 なんで、ここの人たちはこんなに触ってくるのだろう、いやいや、同性だと思われてるからであろうが――楓はそう思い、ため息をついた。全員こんな感じの距離感なのだろうか、ずっとこれでは心臓がもたない気がしてしまうとばかりに困惑しながら、楓は霧崎へとちらりと目を向けた。

 

「そうか、それなら……お前、ノクターンは弾けるか?」

「え?」

「ショパンのノクターン。弾けるか?」

「弾けません」

「――ベートーベン月光」

「弾けません。なんだか先ほどから、やたら求めるハードルが高すぎませんか」


「……無理強いしたな。何か一曲弾いてみろ」

 「いまからですか?」

 「つべこべいうな、さっさと弾け」

 

 威圧的かつ強引な展開にブツブツと心の中で文句をいいながら、楓はピアノの前に座った。


「あの、途中までですよ」

「構わん」


 指の腹を鍵盤に置き、その振動を確かめる。 思い出してきた。ちょっとでいいなら、暗譜で弾けそうなものを――と、そのまま指で鍵盤をたたき、音を奏でていく。

 

「G線上のアリアか、いい選曲だ」

 

 わかりやすい曲ではあるが、序盤だけで即座になんの曲かを当てる辺り、やはりピアノには詳しいのだろう。

 

 曲そのものに含まれる透明感が、場を包み込んだ。

 静かな夜にふさわしい音が流れ続け、心地よさに体が揺れる。

 曲の旋律に酔いながら嬉しそうに弾いていると、霧崎が少し、ほんの少しだけ――笑った気がした。


 楓はそのふとした笑顔に気をとられ、肝心の場所でキーを外してしまった。

ちらりと霧崎を見やると、同じように眉間に皺をよせ、楓を見ていた。


「あの」

「それなりに実力はわかった。本番では失敗するなよ。あいつらのキーボード担当なら大変だろうが――もし、やめるなら今のうちだ。せいぜい頑張るんだな」


 そう冷たく返され、霧崎は楓の元を去っていった。

 照明を消し、楓もトボトボと部屋に戻って眠ろうとする。


 だが、なんだか目がさえて眠れなくなってしまった。

 眠れずベッドに横になり、やがて時計をみたのは夜中の3時。

 今日、いや日付が変わったので昨日だが――は色々なことがたくさんあった。

 今までの自分とは違う環境に置かれたことを思い出す。

 

 楓はそろり、と自室を抜け出してリビングの冷蔵庫へお茶を取りに行った。

 一口冷えた麦茶を喉へ流し込むと、気持ちがすっと和らいだ。


 もう一口飲もうと口をつけた時に、背後に何者かの気配を感じた。

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