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世界を渡る魔法 Re:REMAKE  作者: 夕凛
序章 「日々を紡ぐ」
6/10

少女達の特訓


「朝食を取ったら、少し休んでからストレッチ。それが終わったら、渋谷の模擬戦闘訓練施設(シェルツ・スウェルダ)に行くよ」


 模擬戦闘訓練施設(シェルツ・スウェルダ)とは、日本国軍が運営する文字通り模擬戦を行う施設だ。略称はエスツー。

 通常は軍の兵士のために使用されるが、魔術大学の生徒や特定の等級以上の魔術師、剣士の資格を有している者、またはその同伴で使用する事が許可されている。


「「いただきます」」


 うちの妹たちは本当に美味しそうにご飯を口に運ぶ。だから何時まで経っても料理を振る舞う手が止められない。

 いつかは自分たちで料理くらい出来るようになって欲しいと思ってはいるのだが、毎度お腹空いたと料理をせがまれては、作らない訳にはいかないだろう?心を鬼にしなくてはならない、というのは存外に辛いものだ。


「ごちそうさま」


「ごちそう様でした」


 はぁ。作るのに時間は掛かっても、食べ終わるのはあっという間だ。少し物思いにふけっていただけで、もう目の前に並べられていた朝食たちが跡形もなく消えてしまっている。


「少し、本でも読んで身体を休めなさい。食後すぐの運動は身体に良くない」


 そう言うと、二人とも素直にうんと頷いてリビングの椅子に座ったままじっとしていた。


「三十分くらいしたら出かけよう」


 リビングを出て姉さんと葵を起こしに二階へ行こうと階段を登った途端、嫌な寝言が聞こえてきた。


「あのクソ兄貴、昨日夕飯作っていやがらなかった」


 寝言・・・と信じたい。どちらにしろ、今は二階に行くのは止めよう。寝言でもそうでなくても、今は刺激しないようにするのがベスト。

 例え寝言だとして、今起こして寝起きの状態で僕の姿でも見てみろ。葵からしたら、朝からサイアクな気分だろう。逆に起きてたとしても、こんな事を言っているようじゃ、相当恨みを買ったとみていいだろう。


「逃げるは恥だが役に立つ、とは言うがどうなのやら」


 踵を返したようにリビングの方へ戻り、リビングなのだから別段ノックなんかもせずに入る。

 すると、ここで少し休んでいてと()()言われたアカネと花が、出先で模擬戦をする為に着替えている真っ最中だった。

 リビングのドア開けた瞬間から一瞬の硬直があり、状況を理解した時には妹二人にリビングの外へ吹っ飛ばされていた。

 自室に戻ろうにも、そこに行くには葵という番犬が住む部屋の前をどうしても通らなくてはならない。だが問題はそれだけではない。姉という未知数の存在も待ち構えているのだ。

 諦めて吹っ飛ばされたまま、廊下で仰向けになって天井を眺めた。


「少し寝るか・・・」


 と、体感数分後。アカネと花が自分の腹のど真ん中に起きろ起きろと拳をめり込ませたことにより起床。

 寝起きの頭とボサボサの髪をかき回しながら、流れるように家を出て、渋谷エスツーへ向かったのだった。


「東都魔術大学の学生です」


「学生証の提示、お願いします」


 ポケットから学生証を取り出す。この学生証はエスツーへの顔パスとほぼ同義の物である。

 これさえ持っていれば、どんなに怪しいものだろうと多少の警戒はあれど張り込みをされるとか、なにかしらの名簿に名を連ねるとか、そういった事はまずない。


「A-三五の部屋をお使いください」


 言われた通りの部屋へ、迷路のような通路を辿って行く。軍の駐屯地と併設しているだけあってかなり広い。

 部屋につくと、妹たちには入り口のドアの方に立つように指示し、自分は真反対に立った。

 訓練施設はどの部屋も同じ長方形、大きさもどこも同じで、長辺百五十メートル、短辺七十五メートル、高さ約三十メートルの巨大な直方体だ。


「早速初めようか」


 今日は模擬戦。それも、妹たちを鍛えるためのもの。剣や刀の類は使わず、杖を使う。

 楼椛(ろうか)の杖、これを使って相手してあげよう。


「最初の訓練は、花とアカネの方に相性の良い魔術同士で僕の魔術に打ち勝つこと。とかってやろうと思ったんだけど、まずは実践の方がいいか」


 実際、自分がそうだった。相性が良いとか悪いとか、そんな物をいくら練習したところで実践では余程の実力差がない限り、相手だって油断して相性の悪い魔術で撃ち合ったりなんてしてはくれない。

 そもそも、そんな実力差のあるヤツとなんて戦わずに逃げるが先決である。


「ほら、杖を出して。構える!」


 二人も各々の魔術で作り出した異空間から杖を取り出し、構える。

 二人の為に容赦はしない。かなり心苦しくはあるが、その苦しい心を鬼にする事がたまのたまには必要なんだ。


火焔球(ブレイズボール)


 その名の通り、魔力を火の玉に変える(わざ)。使用した魔力が多ければ多いほどその球も大きくなるが、個人差で限度はある。

 日常で使うような魔術は、あまり魔力を消費しない。なので、いちいち言葉にすることもない。したとしても、「燃やせ」とか「明かりを灯せ」とかそういう言葉だ。

 しかし、戦闘用の魔術は言葉に出すことでよりイメージに近しい物が生み出せるため、言葉にする場合が多い。 

 

「「飛べ!!」」


 二人は魔術を使って魔力を風の力に変え、宙に浮いて二手に分散する。予想通り。ここからどう動くか。まだ非力な彼女達には選択肢が限られる。


煙弾(スモーキーバレット)


 地面にぶつけて煙幕を張る。おそらくは二人もそうしただろう。自分たちがする次の行動を相手に先にされる。

 自分たちがしようとしているという事は、相手にとってデメリットになること。自分たちが有利になること。相手の方からこの行動をとられたら、動揺するかどうか。

 

河集弾(レインドロップス)!」


「甘いな、動揺して集中力を欠いてるんじゃないか?その程度魔術では僕の魔術は消せやしないよ」


 今、煙の中から魔術を放ってきたのは恐らく花の方だろう。基本に忠実に。相手が炎系の魔術を使ったのならこちらは水流系の魔術で対応する。

 癖のある戦い方をし初めるのは、現職の魔術士の苦手分野の魔術で互角かほんの少し打ち負けるくらいでなくてはならない。それも、一点特化した魔術士ではなく、まんべんなく平均的に鍛えられた魔術士に。


「そろそろ、煙が晴れる」


 さて、まだ宙に浮いているか。そろそろ魔力の無駄使いと気付いて地に足をつけているか。

 先ほどからアカネが姿を消している。攻撃も花の水流系魔術の一度のみ。


「大技一発で決めに来るか。それもいいが、もっと別の選択肢も考えてみることだね」


 そうだ、考えなさい。魔術士同士の戦いなんて、いくらでも選択肢がある。ましてやそちらは二人だ。短絡的な行動は読まれやすいし、仮に成功しても次がない。これは恩師からの受け売りだけどね。


灰糸(アッシュスレッド)


 消えかかった煙から無数の線が飛んでくる。灰で出来た糸のようだ。

 あっという間に自分の周りを取り囲むように張り巡らされた。

 多分もろいだろうな。座学ばかりこなしている頭の堅い魔術士じゃあ身体も鍛えていないだろうから、腕くらいスッパリいっていたかもしれない。

 だが僕をそんな奴らと同じにしてもらっては困る。とはいえ、多少のハンデは必要か。


「この糸格子から出ないから、存分にどうぞ」


 薄くなってきた煙が、少しずつ濃くなってきている。いや、これは霧だ。

 警戒心を一層強める。


「ユリ(にい)、取るよ」


 ハッとすると、アカネがナイフのような物を持って、僕の胸元に突き立てていた。


「危な」


 油断していた。自分ではそうは思っていなくとも、無意識の内に妹をみくびっていたのだろう。反省しなくては。


「避けられた・・・」


「でも、杖は折れた」


「どうせ元通りに直せるんでしょ?」


 さぁね、と言わんばかりに肩をくっと上げてみた。

 当然反感を買う。


「花、アカネ、ここでは一度も魔術の詠唱をしていなかったね」


 霧の中から姿を表した花が、そうだよと答える。

 まさか花とアカネが無詠唱を会得しているとは完全に予想外だった。


「でも、無詠唱だとまだまだ火力が」


「そうだね。無詠唱の練習をするのは、アカネならあと二年、花はあと四年は欲しいところだ。それまでは、ちゃんと言葉にして魔力を扱うこと。いいね?」


「わかったよ」


 杖は元の異空間にしまい、ローブの裾を肘までまくる。


「次は素手で相手をしよう。今度はさっきみたいな不意討ちは無駄だよ。試してみてもいいけど」


「こっちだって」


「本気でやります」


 彼女たちは二、三歩後ろに下がって、足に踏み込みをいれる。

 踏み込んだ足に纏わせたであろう風魔術のお陰か、あっという間に距離が詰められた。

 飛んで逃げる。アカネがすかさず追いかけ、僕はまた逃げる。花は、そのばから動かず詠唱をしているようだ。


「魔法、使うよ」


「お好きにどうぞ」


 アカネは目を閉じた。

 周囲の空気がアカネの周りに引き込まれていく。


「容赦はしない!」


「もちろん。全力でないと意味がない」


 アカネの全身に力が込められていくのがわかる。

 久々に感じた、目の前の人間が放つ闘気。命を取らんとする気迫。

 これはアカネ自身が、全力を出しても兄には敵わない、兄はいつも自分の想像を超えてくる、という信頼のもとにできることである。それが分かっているから、本気で相手の命を刈るという心持ちでいられる。余計な心配や躊躇いのない、純粋な殺意をぶつけられる。


「咲かせや咲かせ、晴の赤。野原に(そよ)ぐ紅き花は、その実を奮い立たせ戦火に散る。神無月は照らす、盛る炎。嗚呼、恋歌の如く燃ゆる炎よ、朱鷺(トキ)(しら)せは来た。今こそ、その蕾に花を咲かせる頃だろう。」


 ふっと息をふく。辺り一面に咲き誇る紅い花。


禾朱祁(かしぎ)仙太刀(せんだち)


 アカネは、手に持った杖を捨て即座に刀を構えた。

 後ろで花が何か魔術を唱えている。手に杖を二つ持っていることから、アカネの武器が一瞬で杖から刀に変わったのは彼女の魔術のよるものだろう。

 こちらも刀を咄嗟に取り出して打って出る。


「くっ・・・」


 後手に回った時点で、いくら力の差はあれど僕が刀の打ち合いで勝てるわけがなかった。

 打ち負けを覚悟して予備の刀を取り出していたが、正解だったといえよう。

 普段は使わない刀、暫く刃を研いでいないとはいえ、こうもあっさりと無残にも粉々に砕け散ってしまうと悲しくなる。

 だがそんな暇はない。すかさず二撃目が繰り出される。


「魔法に太刀打ちするなら魔法で、か」

 

 アカネのニ撃目をギリギリの所でかわし、新しく取り出した刀の刃先を相手に向ける。そして構える。乱れた呼吸を整える。


「詠んでいる暇はなさそうだね」


 アカネのニ撃目をかわしたことで、少し間が開いた。

 その僅か数秒の間を、魔法の発動に割く。

 先手は取れない。確実に向こうが動いた後でこちらが対応する形となる。


「奈落の太刀・落陽(らくよう)一丁目『黯懼餮血挽歌宰治(あんぐのてっけつばんかのさいじ)』」


 これで勝敗が決まる。息をのみ、感情を押し殺す。


「カハッ・・・!」


 とてつもない速さで突っ込んでくるアカネを、峰打ち一つで治め納刀。

 一生を凝らしたように、花々が散っていく。


「奇麗だった」


 一呼吸入れて、倒れた妹に近寄って行った。


「さすがに今のを食らったら、暫く起きられないかな」


 唖然とした感じで佇んでいる花に顔を向けて、まだ続けるよと目で合図した。とは言っても、一対一で模擬戦という訳にはいかないので、花の基礎固めの時間に当てることにした。

 花にしっかりと基礎を学ばせつつ、その傍らで二人に粉微塵にされた杖と刀を修復する。


「お姉様、起きないですね」


「まあ仕方ない。僕も油断していて加減をあまりしてあげられなかったから」

 

 他愛もない会話も交えつつ、花は着々と基礎を掴んでいった。

 しばらく時間が経ってアカネがようやく目を覚ましたのは、時計の短針が四を示した時だった。

 





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