魔法と魔術、魔法使いと魔術師
僕らは、魔力を扱うことができる。魔力は主に空気中に漂うもの呼吸をすることで体内に貯蓄している。その貯蓄量が個体によってかなりの差があり、貯蓄総量を魔力量と呼んでいる。
人間の平均魔力量は、この世界に存在する生き物(植物も含む)の中では平均よりもやや高い位のレベルである。下には魔物、中でもゴブリンやオークと言われる種族はそのへんの雑草ほどしかない。逆に、上を見上げるとエルフや魔人、魔物でも上位に位置するドラゴンなどを含む龍族なんかは人間よりも保有する魔力量が多いとされている。
さて、その魔力だが、お考えの通り魔術や魔法に使用される。では魔術と魔法にどのような違いがあるのか。それは明確に規定されている。
魔術とは、術式さえ組めば誰でも使用できる物のことだ。主に自然にちなんだものが多く、例えば火を付ける、水を生成する、といったものだ。魔術は汎用性に優れており、生活に活用されるものや戦闘に用いられるものなど幅広く多岐に渡っている。
一方で、魔法とは、この世に生を受けた時に魂に一つだけ刻まれた術式を行使するもので、誰一人として同じ魔法を持つ者は存在しないとされている。魔法は魔術と違い、自然に由来するようなものもあれば、概念的なものまで存在する。魔法は魔術の完全上位互換であり、例えば水を放つ魔術と、同じく水を放つ魔法があったとしよう。その威力は目に見えて魔法の方が強力なのである。
「ここまでは、花もアカネも知っているね」
そう尋ねると、二人ともこくりと首を縦に振った。
「魔力は、身体中を巡っている。この体こそが、魔力を蓄えておく一つの箱だと考えてみて欲しい」
魔力は体内を循環する。その魔力を手のひらや指先、杖等に集め、魔術や魔法を放つ。この身体は、魔力を蓄えていく箱であると同時に、魔力を自身の脳内で描いた術式に通して様々な事に応用する事ができるある種の装置でもある訳だ。
「魔術や魔法を扱うときにその威力を加減できないのなら、それは体内の魔力をもて余してしまっているということだ」
アカネから相談を受けた、魔術、魔法を制御できない、押さえ込めない、加減が難しいということは誰しもがぶつかる壁である。
制御できていないというのは、要は中途半端な状態である。蝋燭に火を付けようとして、家が火事になりかけたり、逆に火事を消化しようと水を出そうとしてもコップ一杯程し程度しか出なかったりする。
「放出する魔力を抑えたいのなら、日頃から空気と一緒に体内に入ってくる魔力を感じる事から始めてみるといいと思うよ。そうすれば、その内体中の魔力を感じ取って自由に扱う事が出来るようになるさ」
「ありがとう、ユリ兄。明日、試してみてもいい?模擬戦」
「いいよ。僕も最近、大学では座学ばっかりだったから、いい肩慣らしになる」
「お兄様、花もお願いします」
「ああ。じゃあ二人とも、明日は少し早めに起きて外が涼しいうちにランニングを済ませよう。身体を動かしてからの方がいい」
「わかりました」
「よし、じゃあ今日はもう寝ようか」
そう提案すると、花がどうやら言葉に詰まっているようだったので、構わず質問するように勧めた。
「あの、お兄様に聞く事ではないのかも知れませんが、それでも良いでしょうか」
「構わないよ、言ってごらん」
「この前読んだ本に、この世界には昔、魔法使いという方達が存在したと書かれていたのですが・・・」
「そうだね。僕も気になってよく調べる事があるよ。彼らの伝説はどれも目まぐるしいものだからね」
「魔法使いと魔術師では、具体的にどう違うのでしょう」
「実際どうだったかはわからないけど、僕が読んだ古文書なんかには、『彼らの扱う魔術、魔法は魔術師の扱うそれではない』といった風に、凄まじい練度の技を放つ事や『彼の者らは体内に取り込んだ魔力だけでなく、空気中に漂う魔力をも使用し、底無しの魔力量を誇る』とも書かれていた」
「魔法使い」という存在は、僕としてもかなり興味がある。だから、よく大学の図書館に籠って一日中関連書物を読み漁っているのだ。
かつてこの世界全体に広がった戦争を、埒が明かないと判断した彼らが話し合いによって治めた、という話もある。魔法使いが一人いれば、国一つは容易に滅ぼせる、と書かれた書物もあった。
「興味あるのかい?」
「とてもあります」
「そうか。なら、今度大学の図書館に連れていってあげるよ。いや、明日の模擬戦の後にしようか」
そう言うと、目を輝かせながら首を縦に振っていた。何かに夢中になっている花は、小動物みたいでとてもかわいらしい。
明日は妹達の稽古をすると決めたわけだし、大学の授業はサボタージュしよう。どうせ、頭の固い御老人共が実践で何の役にも立たないような事をツラツラと語っているだけだろう。
「あのさ、ユリ兄」
今度はアカネの方が口を開いた。
「ユリ兄は、なんで刀なんて持ってるの?魔術師なら、杖を使うんじゃないの?」
「そうだね。杖を使うのが一般的だけど、僕から言わせると、それは二流がすることさ」
「本当?見たことないよ?刀持ってる魔術師なんて」
「そりゃあそうだろうね。こんな事を言ってるのは僕とシンくらいだしね」
そんな事を言うと、アカネは一層疑問を深めるのだった。そりゃあそうだろう。魔術師が杖を持って戦うのは極々当たり前の事だ。
「魔術師は、杖を使う。故に近距離で戦うのが苦手なんだ。それは実践において致命的な弱点となる。なら、その穴を埋めるのは当然だよ」
とは言うものの、普通の魔術師では不可能だ。魔術も魔法も、体内で組んだ術式に魔力を流してから発動させる。この作業を殆どノータイムで行えなければ、杖を捨ててまで刀を持つメリットを最大限活かせない。
「戦闘において、魔術師が刀や剣を持つことには二つのメリットがある。一つは、同じ魔術師に対して距離を詰めて近距離戦うことにより多くのアドバンテージを受けられること。二つ目は、魔術師以外の剣士とも近接戦で渡り合っていける事だ」
魔術師がいるなら、剣士も当然いる。魔力量が少ないもの、運動神経が優れている者、自身の魔法が剣術に関する者は魔術師ではなく剣士を目指す職業だ。魔術師と違って近接戦闘がメインなので、貴族やお偉いさん方の護衛は剣士の仕事になる。
「明日、杖を使った模擬戦が終わったら、武器屋に行ってみよう。そしたら、剣の扱い方も教えてあげるよ」
「ありがとう、ユリ兄」
「明日は早いから、今日はもう寝た方がいい」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい、お兄様」
「おやすみ、花、アカネ」
妹たちの部屋を出ると、夕飯を作っていなかった姉と葵のことなどすっかり忘れて、少し本を読んでから自分も寝床についた。やれやれ、明日が思いやられる。