散花は、祖国の未来を視る
英国、国境付近にて――――――。
「撒けたか・・・?」
「いや、まだだ。奴らを甘く見るな。ねちっこさで言えば、手についた納豆の粘々より酷い」
軽装をした男性が五人、森の中の茂みに腰を低くして身を隠している。木々の上空には、杖に乗った魔術師が数名、目標喪失のハンドシグナルを送り、散り散りになって森の中へと入っていった。
「全員で逃げ切るのがベストだが、奴らもそうはさせまいと必死だろう。なんなら一人も逃がす気は無いはずだ。いざという時は、お前らの中の誰か一人だけを逃がす」
「いや、それなら隊長が逃げて下さいよ」
「俺もそれに賛成だ」
隊長、と呼ばれた男以外その場にいた全員が、隊長を逃がすという案に賛同した。
「てめぇら、本当クソだな。ったく、なら全員で逃げ切るか。もちろん、追っ手を全部ぶちのめしてな」
たかだか数人グループの隊長ではあったが、彼らにはその隊長の一言が生きる事への執念となった。
全員で円となり、右腕を前に突き出す。
「俺らは英雄なんかじゃない。それに、千年前この地に溢れんばかりといた魔法使いでもない。しがない魔術師の寄せ集めだ。だが最後の瞬間ぐらい、彼の魔法使いたちのようにカッコでもつけてみようじゃねぇか!今は昔、我らの故郷である日本にも実在したという、勇敢なる魔法使い達のように!」
他の魔術師たちも声を上げていく。
「数人で大国から祖国を守り抜いた、英傑たちのように!」
己の突き出した拳と、差し出した命を、また紡ぐために。祖国に託すために。
「何度仲間が殺されようと、決して平和を望むことを止めなかった、賢者たちのように!」
彼らは、祖国の英雄を語る。そう、今は世界に一人として存在しない、魔法使いを。
「俺たちの魂は!」
「彼の魔法使い達より受け継がれる!」
彼らはその拳を天に掲げる。それは、かつて日の本の魔法使い達が大戦を前にした際の喝だという。
「この世界に、桜を咲かせろ!!!」
先のように、隠れて逃げ延びようとはせず、寧ろ今度は堂々たる立ち居振る舞いを見せた。彼らの心には桜が咲いている。そして彼ら自身、日本国という大きな桜の花びらの一片一片でしかない。
桜の花びらは、散ってなおも輝き、大木を輝かせる。そして、花びらとは散りゆくときこそ美しい。
物語を物語で終わらせてはならない。
全ての物語は人生の教訓足り得るものであり、その中の愚行を繰り返し犯すことこそが最大の愚行である。
――――ユーリ・リリィ・アンブローズの手記―――