王の戴冠
「ユーリ、すまなかった。取り乱し、迷惑を掛けてしまった」
「しっかりしてよ」
レイシアはその場で、周りの者に深々頭を下げた。
中々上がらない頭を、ゆっくり諭すように持上げたのは他でもない龍の巫女だった。
「誰も咎めてはいない。誇らしくしなさい、魔王」
その小柄な体軀からは想像するに難しい程の覇気と気迫の籠った、龍の巫女から魔王への最大の激励であった。
レイシアは体熱で涙を渇かし、決して拭う姿を見せず面を上げた。
ゆっくり深呼吸をする。周りはそれを暖かく見守るのみである。
「私と彼」
「ユーリと言います。どうぞよろしく」
「私達は、これから王都の城に戻ろうと思う。君たち龍族には、この森の統率を取ることと、西の果ての警戒に努めて欲しい」
龍の巫女は直ぐには返答をしなかった。
数秒、顎に手を当てて考えてからようやく口を開いた。
「西の果ての警戒の件、承知しました。この際ですから、そこの人間についてもお聞き致しません。魔王様の判断あっての同伴。余計な詮索は無用だと考えました」
「助かる」
しかし、この巫女の統率力には恐れ入った。
少しずつ、森の離れにいた龍族らがこの場へと群がって来たが巫女の眼差し一つで一切の咆哮や雄叫びを上げず、大人しくその場に居座るように集まった。
集まった龍族同士も、互いに目を見合わせての沈黙の会話をするのみで、レイシアの様子を見守っていた。
「うちの子を二人貸してあげる。王都まで乗っていきなさい」
「いいのですか?」
箒に乗ってまた移動するのは尻が持たない。
痛い。正直痛い。今しがたそれを憂いていた所だった。
巫女が周りに視線を向けると、オーディエンスと化した龍達が一斉にその目を反らした。
魔族の世界において、人の身である自分が敬遠されるのは必然である。寧ろ、隔たりなく接してくれているレイシアや巫女様の方が珍しいと言えるだろう。
幸い見た目に然程差はない。言葉にしなければ伝わることはあるまい。
はぁ。それはさておき、これは帰路もまた箒の飛行。箒から逃避行したい。飛行だけに逃避行(飛行)。頭が可笑しくなりそうだ。
「仕方ないですね」
不意に巫女がそう言葉吐くと、口笛を一吹き。森の南の方角から群衆となった龍達より一回り大きい龍が一匹、頭上まで翔んできた。
周りの龍らを押し退けて巫女の前に降り立つと、首を下げ、巫女の手が届く所まで持っていった。
巫女はそのまま首筋をさすり、二、三回ぽんぽんと叩くと今度は自分の方へ歩き出し、
「乗れ、送ってやる」
と一言。想像通りの低く鈍い声で話し掛けられた。
「ご厚意、感謝します」
「私ではなく、巫女様に言え」
そう言うと、首をくっと振って乗れと合図をしてきた。言われた通りすっと龍の背中に股がり、巫女に会釈をして、龍に準備出来たと伝えた。
「振り落とされないよう気を付けろ。急ぎと聞いている」
「念のため箒も手元に用意しておくといいだろう」
レイシアも横から声を投げた。
少し、また少しと地面から離れていくのを感じる。目線が森の木々の先と同じ位になり下を除くと、龍の巫女が先ほどまで周りに群がっていた龍たちの足を地に着けさせ、一帯でお辞儀をしているのが見えた。
「風が気持ちいいな~」
横目をやると、ちゃっかり龍を一匹手懐けて自分もと、僕同様に龍の背中に股がるレイシアの姿があった。
「セラフィーナ、もとい巫女には迷惑を掛けてしまった」
「いつまでも気にしてると、また怒られると思うよ」
「そうだな」
そんな会話を重ねながら、幾つもの川や湖を目下にし、王都へと空を翔けていった。
それなりの時間を掛け、ようやく王都の城が薄目で見える程の距離にまで来た時、それまで口を利かなかった自分が乗った龍の方から喋り掛けてきた。
「人の子、何故魔王様と行動されるのか」
「うーん、興味?関心とかだろうか。ここに来て初めて出会ったのが彼女だったからね」
「偉く気に入られているようだな」
「一度、本気で魔力をぶつけあった仲だからね。その者の成りを知るのはそれが一番だと本人がね」
そう応えると、ふっと若干こちらに向けていた顔をまた正面に戻した。
「龍さんは、やはり魔王様より巫女様の方を慕っているのかい?」
「イグニスだ。私の名はイグニス」
少し誇らしげにそう名乗った。
巫女様が付けて下さった名なのだそうだ。
「巫女様と魔王様を天秤に掛けようなど、我々に出来る筈もあるまい。勿論巫女様は我々にとってこの世で最も大切な存在であるが、それと同じように巫女様にとって魔王様は唯一遣えるに値するお方なのだ。もう一度言うが、お二方を天秤に掛けるような事は出来よう筈もない」
天秤に掛けられたのが人間のお前なら話は別だ、と冗談混じりで一笑された。
その後は特段会話といった会話はなく、そのまま王都正門前まで辿り着いた。
「運んで頂いて感謝する。よければこのまま、私が玉座に座る所を見ていかないか?」
僕らを降ろして颯爽と飛び立とうと背を向けていた二匹の龍たちはその足をピクリと止め、それならばとまた此方の方へ歩んできた。
「正門を超えて、一気に我が城の城門まで行く」
西の果ての森を去ったときよりも軽やかに、僕とレイシアは龍の背中に再び股がった。
そのままほぼ直角に飛び上がる。
王都の中心に悠然と構える魔王城。魔王城もまた、城壁に囲われている。その城壁を超える事の出来る唯一の門が魔王城の正門である。
そしてその魔王城の正門を開けるのには当代の魔王の権限が必要不可欠である。
「私は、再び戴冠する・・・!」
魔王城の正門は、二千日余りの月日を経てその日再び内なる城に陽を差した。
近くにいた王都の民々は一斉にこちらに視線を向けた。
正門から城の入り口までの間、レイシアはその堂々たる振る舞いを持ってして、完全に魔王としての威厳と自覚を取り戻していた。
周りが更に騒がしくなる。
両脇に立っていた甲冑たちが一斉に目を覚まし、手に持つ武具を打ち付け、王の帰還を街中に知らしめた。
レイシアは眼前に城の全体を収めると、空高く舞い上がり、その城を背にし、声高らかに叫んだ。
「魔王レイシア・アレイネスが、今日にて帰還を果たした」
その声は王都を越え、魔族の世界全土にまで及ばんとする勢いである。
城内に眠る戦士達は、彼女の雄叫びと魔力の波動に寄って目を覚まし、彼女の帰りに皆示しを合わせたかのように活気だって声を上げた。
後に聞いた話だが、城内の兵士達はレイシアからの命が一定期間途絶えるとその城と共に自身も眠りに就くのだそうだ。
「フッ・・・」
レイシアは小さく、口の端で笑みをうかべた。
城の離れに併設された鐘屋は、十数回もの声を上げ、王都全体に響き渡った。
二頭の龍が城の屋根にその体軀を預け、魔王は一人の人間を侍て城の入り口へ続く階段を一つ、また一つと登って行く。
城の中を少し懐かしげに歩く彼女を後ろから見守っている。なにやらお付きの人のような気分だが、今まで対等に話していた分少し違和感がある。
玉座の間に着くと、レイシアは念思で城中の兵士達を玉座の間に来るよう召集を掛けた。
城の中にいる兵士達はあくまでも城の警備が主たる任となるため、戦争をする魔王軍とは異なり人数もそれほど多くはない。
「召集に応じてくれたこと、感謝する。それと、暫くの間この城を空けてしまっていた事、誠に申し訳なく思う」
統率された彼ら城の兵士達は、当然の様に彼女を自らが仕える主君と認識し、彼女の言葉に耳を傾けていたが、これまでの道中出会った者らと同様に、彼女に関する記憶は無いようであった。
「魔王様、城内衛兵隊グランドフロアの統括を勤めます、イシュリアが恐れながら申し上げます」
と、城内の衛兵らの中から一人。イシュリアと名乗った男が立て膝を着き顔を下げたまま、自分達衛兵にレイシアの記憶がない事を打ち明けた。
「貴女様が我々がお仕えする魔王である事に関しましては、我々は間違いないと確信しております。ですが、貴女様に関する記憶に関して、我々はその一切を有していないのが現状でございます」
「そうだな。私もそれは把握している。恐らく都の民もそうであろう。龍の巫女ですら、そうだったのだからな」
と龍の巫女の名を出すと、口には出さずともどよめきの空気が流れた。
レイシアは続けて、自身が本物の「レイシア・アレイネス」であるという証明こそできないが、龍の巫女の信任を経ている事と、その証拠に城の屋根に二匹の龍が留まっている事を結び付けた。
「しかし、如何いたしましょう。こうも何の前振れもなく突然お戻りになられては、大変嬉しくはあるのですが、反面民達には示しを付けなくてはなりません。先ほどから、民の間で本物の魔王様かどうか疑わしい、などと無礼な文が届いているのも事実にございます」
思ったよりもイシュリアと名乗った兵士が躊躇い無く物を口にするので、自分の中では少し驚きがあった。
「迷惑を掛けるな」
その文を手に受け取り、手前二つの指で軽く握り締めると、一つビラを撒けとイシュリアに命じた。
内容は、以下の通り。
一つ、このビラは魔王レイシア・アレイネスが出した正式な物である。
一つ、私が魔王を名乗ることに疑問を覚える者は翌明朝にて城の正門に集り私に異を唱えられたし。
一つ、上記時間、上記場所にて異を唱えた者に私と手合わせをする権利を与える。
一つ、手合わせについては翌追って詳細を説明するが、闘技場を使用しての大々的に行うつもりである。
一つ、上記手合わせにて異を唱える者らが私に膝を着かせる事が出来なければ、今後一切の私に関する疑念を抱く事を認めぬ。
一つ、逆に膝を着かせる事が出来たのならば、私は王の席から身を引く事とする。
このビラは魔王城近衛兵らによって王都中に広められ、ひいてはその日行き交う行商人らの手によって街から街へと伝えられていった。
その時の自分には、まさか自身も彼女と同じ舞台に立たされる羽目になるとは、思いもよらなかったのである。




