話が通じるなら話はそれまで。
おおよそ人であるであろう、目の前の人型の金属の塊。まるでプログラム通り動く機械のようである。
手には重火器。おおよそ魔法などとは対極にあると思われる物を装備していた。
「ね、この果ての大鏡の反対側って何があるんだい?」
ふと、疑念を呈する。するとすぐさま、人(機械のような)をバラバラにしたレイシアがやってくる。
「それは、人の世界だ。この前話しただろう」
「そうではなくて、この魔族の世界の両端のうち片側にこの果ての大鏡があるのなら、その反対側、大鏡が東にあるから、つまりは西の果てには何があるのか、という話さ」
「・・・。何もない。正確には、何も存在しない。少なくとも、此方からはそう見える。ただ黒いものが視界に写るだけだ」
「先にも進めないのかい?」
「進めないな。つまるところ、その先は神の領域というヤツさ。エデンの園とでも呼ぼうか。天井に位置する神の世界の唯一地上にある部分。気まぐれに降りてくる、ヤツらのお庭のようなものだ」
「神」という単語は、やはり彼女の機嫌を損ね身を逆立たせるようだ。振る舞いでは平静を装ってはいるものの、手の内の鉄塊は粉々になって砂ように化していた。
バラバラにした機械をそこらから集め、お前らに恨みはないと手を合わせてから跡形もないように消し去った。
「私にもお前にも、この世界の『人』の弔い方は分からないからな。こうするのが一番、というより、こうするより他はない。少し申し訳がないが、仕方がない」
粉塵と化した機械の人らを土に埋めて手を合わせ、僕らはその場を後にした。
去り際、レイシアはティムリンスアーチの街の方へ文を投げ、どこからともなく現れた黒鳥がそれを掴んで街の中まで飛ばしていった。
「次の行き先はどうするよ」
「今日だけでも向こう側の人を七人は見た。こうなったら果ての大鏡は機能しない。ただ世界を分かつだけの壁に過ぎない。向こう側が、七人が消息をたったと知ればすぐまた人が送られてくるだろう。とんだプレゼントだが、今はそれに構ってはいられない」
そう言うと、彼女は地図を広げた。地図には全体の七分の三程が細かく記されており、残りは果ての大鏡の文字と文字を挟んで『人の住む世界』を表す文字列が大きく記されているだけであった。
レイシアが、現在地と目的地、その過程を順を追って指を指していく。
「西の果てへ行く。あそこには魔人ではなく魔物が住んでいるからな。少し顔を見せなくてはならない者もいる」
そう言うと、少し急ぎたいとおもむろに箒を渡してきた。
「思ったほど時間に余裕がなかったようだ。箒を貸してやるから、空を飛んで行くぞ」
「自前のがあるから大丈夫だよ」
「ほう、自作か?」
「まぁね。機能面ではそれなりに自信があるさ。見た目に関しては、僕好みの至ってザ・シンプルだけどね」
「なら問題はないな。とばすから、しっかり付いてこいよ」
束の間。既に豆粒ほどになるまで遠くに行ってしまっていた。仕方がないので、本当は苦労して作った箒をこうしたくはないのだが、仕方なく思い切り投げやって初速をつけた状態で飛び乗り、全速力で彼女の向かった方角へ舵を切った。
「ずいぶん焦った顔をしているじゃないか」
「・・・。地図、持って置いて行ってしまったのは、いったいどこの魔王様なのかな?」
「悪かったよ。ただ、お陰様でもう西の最果てが見えてきた頃だ」
既にもう数時間は飛び続けている。逆に言うと、数時間必死で追い掛け回して、ようやく追い付いたのである。全く容赦のない様だ。
箒に股がるというのも案外楽ではなく、細い柄の部分に自分の全体重を預けるとなると箒と接ってしている部分にはかなりの負担がかかるのである。
「先程から、ちらほらと視界に写り込んでくるあの生き物は、まさか翼竜かい?」
「ご名答。翼竜は賢い個体が多いから、基本的には向こうから襲ってくることはないだろう。心配するな」
道中、僕らはその翼竜の群れと遭遇した。どうやら向かうべきは同じ所のようだ。
小柄な個体でも両翼の先から先までで百メートルは下らなかった。
翼竜との飛行に多少の思いを馳せながら飛ぶこと半時間。横ばいに広がる広大な森、中に流れる川や湖が見えてきた。
「あそこだ。降りるぞ」
レイシアに続く様に地面へと着地していった。翼竜たちはどうやらまだ森の奥まで行くらしく、僕らが彼らの腹下から森の中に入っていった。
「ここには、色んな生き物がいる。私はともかく、人間であるお前は襲われるかもしれない。常に魔力を放出しておけ。そうしたら向こうも近づいては来ない」
「君らにとっては造作もないことかも分からないけど、いくら魔力量がそれなりにあるからって、結構辛いんだよ?それ」
「進む先々で魔物に絡まれていては面倒だ」
「・・・っ」
かなり渋々ながら、彼女の言った通りに身体中に溜まった魔力をそのまま垂れ流し、生い茂る草木を掻き分けて彼女に付いて進んだ。
道中、幾度となく視線は感じたが、かなりの数の魔物が住んでいそうだ。
「この森の空気はお気に召さないか?」
「いや、慣れたものさ」
上を見上げれば、葉と葉の間から空を翔ける龍が見えた。先程の翼竜とは違い、翼はなく細長い。
身体のように細長い髭と鬣を携えて、悠々自適にこれまた森の奥の方へ向かってゆく。
「あの手の龍は珍しいタイプだ。翼竜同様、賢い。そうは言っても次元が違う。細長い龍は言葉を話せる」
「僕の世界じゃ雷を宿すことが出来たよ。同じく、龍族の中でも珍しい部類だったけどね」
「その龍やさっきの翼竜ら総じて龍族をまとめる巫女様に会いに行く。粗相の無いようにしろよ。龍族は賢いが、その分プライドも高い。自分等を取り纏める巫女に失礼を働いたら、命がいくらあっても足りない」
その時、ふと疑問が涌いた。
「その巫女様は、君のことを覚えているのかい?」
「・・・・・・・・・。やはり、勘ぐられてしまっていたか」
「行く先々の人が君の顔を見ても何も思わないのには訳があると思ってね」
「・・・そうだな。きっと彼女も私を覚えてはいないだろう。だから、本能で感じてもらうしかない。大丈夫さ、初めてのことではない」
ならよかったよと、自分から切り出した話ではあったが早々に切り上げてしまった。
「話すべき時が、仮に訪れたのならその時は話すことにする。それまでは、少し待ってくれ。私としても、そうあって欲しいと願っているんだ」
「・・・。」
まずった。二人きりだと言うに、少し気まずくなってしまった。悪いのは僕だ。ほんの興味本意だった。
その間にも、一歩また一歩と森の奥の方へ歩みを進めて行く。
「そろそろ、出迎えてくれる筈だ」
と、直後だった。激しい雄叫びと共に耳を劈くように呼応する龍族らの叫び声が聞こえてきた。
森中が一気にざわつき初める。レイシアも足を止めた。
「構えろ」
「えっ」
視界が開けてゆく。辺りの木々が薙ぎ倒され、陽光が自分たちを差している。
見渡すなりいきなり蹄で顔面を掠め取られる所であった。
「龍族は賢いのでは?」
「運が悪かったみたいだな」
彼らからの攻撃を躱す躱す、箒を投げて宙へ出る。
僕の世界では、龍族を倒すまたは躾る際は一撃で彼らのプライドをへし折る必要がある。初手で舐められてはいけない。
丁度まだ、先程から垂れ流し続けていた自身の魔力が少し空気中に残っている。それらをかき集め、即席の魔法を放つ。
「奈落の太刀・別府神禪『葬祠宗仙』」
全く、運のない日だ。龍族の相手なら、刀ではなく杖を使いたかったのに、武具を納めている異空間に手を突っ込んで最初に手に触れたのが刀だとは。
お陰様でヤツらの懐に潜らなければならない。
「でもまぁ、問題はないかな。ちょーっと、皮膚が硬すぎる気もしないでもないけど」
周りに見えるのは、細長いタイプではなく翼を持ったガタイの良いタイプだ。それなら、電気は通るかもしれない。
身体から魔力を放出したように、今度は杖から魔力を電気に変質させて広域に急速に放出させる。
「万雷」
杖を起点に発動者以外の者に雷を撃つ魔術。
電撃系統では割と基礎的な部類の魔術だが、もちゆる魔力量と技量によってはかなりの広範囲になる術だ。
デメリットは、対象を選べないこと。もちろん今の場合は、レイシアもその対象に含まれてしまう。
「前もって、ウインクくらいはしてくべきだったかな」
「侮るなよ。電撃とはいえ、あそこまでスピードを殺してちゃ、本来避けられないものも避けられるぞ」
と、不意に真横に現れては旅仲間とはいえ魔王に向かって背後から攻撃するとは良い度胸じゃないかどういう了見だ、と口散々に詰めよって来た。
「ま、取り敢えず今ので龍の巫女も此方に出向かずには居られなくなっただろう」
森の木々の上から全体を見渡す。西の更に西の果てから、恐らく龍族の群れが僕らをめがけてか仲間をめがけてか、ともかく此方に羽を広げていた。
悠々自適に、なんとも統率の取れた綺麗な群れを成している。
一匹が咆哮あげ、それに続くように一匹、また一匹と咆哮する。
「僕ら、怒らせたかな」
「さぁ。私には分からない。龍の巫女は気まぐれだからな」
あっという間に竜の群れに取り囲まれたのであった。敵意はないと、杖は納める。対するなら逃げの一手である。
睨むもの、興味本意で除くもの、旨そうだと唾を滴らせるもの。
「龍の巫女と御対面願えるか」
「お前ごときがか?」
竜の群れの一匹が喋った。
「すまない、これは誤解なんだ。此方から手を出してはいないと誓って言わせてもらうよ」
「それは問題ではない。巫女様が弱られている。私には全ては分かりかねるが、森に貴方が足を踏み入れた瞬間、少しだけ巫女様の四肢に反応があった」
話を聞くと、巫女様は今大変脆弱し痩せ細ってしまっているのだそうだ。普段は賢い竜達がやけに敏感になっていたのはこの為だった。
敵意こそ完全に緩めては貰えなかったものの、竜達の一縷の希望と共に森の奥へと連れて行ってくれた。
「見ろ。これが今の巫女様だ。可哀想に、当代の魔王が姿を消してからこうなった」
「恨んでいるか」
「当たり前だ。我々にとっては魔王よりも巫女様の方が遣えるべき主君である」
そして彼らは、次いで僕に目を向けた。
当然と言えば当然。賢い彼等なら、やはり僕に魔族の特徴、細長い瞳孔の目やエルフのように細長い耳や、角が生えている訳でもない。「人」だから。
「人間を連れているな。まだ確信した訳ではないが、仮に貴様が魔王であるのなら、余計に分からないぞ。なぜ、人間を連れ歩いている」
「彼とは肩を組んでいる。余計な口は挟ませない」
沈黙が流れた。譲らない意思同士で静かに威圧し合っている。魔王は睨む。竜は口を奮わせ、食い殺そうとかという本能を理性で抑え込んでいる。
「ともかく、巫女には声を掛けておく。恐らくお前ら同様記憶はないだろうから、感覚を刺激させるしかない」
ゆっくり、ゆっくりと龍の巫女の御座の方まで階段を、数段数段と上がって行く。
すっと、耳元まて顔を持っていくと。
「私は戻ってきた。覚えていないかも知れないが、魔族の王、レイシア・アレイネスが今戻った。すまなかった」
虚ろに開いた目元から自然とオアシスのように涙がこぼれ落ちた。が、依然としてそれ以外の反応はなく、レイシアが巫女の涙を拭って階段を降りてきた。
少し、いや、それなりに長い時間が沈黙と共に過ぎていった。
「帰ろう。もうここに用事はない」
そう言って、僕の肩にぽんと手を置き、何かを押し殺したように黙って元来た道に踵を返した。
「待たれよ」
「どうした。私は魔王ではない。その証拠に彼女は目を覚まさなかった」
「我々には、涙一つ流しはしませんでした。ただの魔族に我々よりも巫女様と親交のある者はおりません」
ふっと嘲嗤うかのように返した足を止めなかった。
本来は、龍の巫女と対話をし助力を得る事が目的だった。しかし、龍の巫女が植物状態とあってはお手上げだ。
「私達は龍の巫女に用事があった。君たちに多少なり手を出してしまったことは申し訳ないと思っている。だがこの様子では、私達はてんでお尋ね者だ。他の龍族の者らにも不用意に刺激はしたくない」
「何を怖じ気付いているのです。我らが魔王たるお方が」
彼女は足を止めた。しかし、再び歩み出す。
一歩また一歩と森を離れて行く。
「いいのかい?彼らは君を認めてくれているんだよ」
「もうよい。期待した私が愚かだったのだ。付き合わせて悪かった」
あぁ、こうなってしまってはもう誰にも彼女を止められない。僕にはただ彼女に付いていく事しか出来なかった。
出会って数ヵ月余り。彼女の心に響くような言葉を掛けるにはあまりにも共にした月日が短かった。
「・・・・・・・・・っ」
ハッとした。自分の横を、冷たい何かが一瞬の内に通り過ぎる事だけを感じとった。
目の前に目をやると、レイシアの服にしがみつく少女が一人。まさかと思い急いで振り替えると、先程まで御座にいた龍の巫女の姿がなかった。
「お帰りなさいませ。魔王様」
レイシアは再び歩みを止めた。肩を震わせ、込み上げる思いを口にした。
「ただいま戻った」
その場にいた全員の涙を、夕陽は輝かしく照らした。龍の巫女と魔族の王は深く抱擁を交わし、互いに互いを見つめ合っていた。




