人は人ではない人である。
魔族の住む世界、アレイネス。
アレイネス中央大陸の南端と中央に位置する王都の丁度真ん中くらいに位置する街、ヒュエロアレッタ。
僕とレイシアは今その街の宿場に来ていた。
「只今、宿は埋まっておりまして。ここから東に向かって頂きますと、ティムリンスアーチという街がございます。そちらですと、あまり者の航行がないので宿にも空きがあるかと存じます」
「ティムリンスアーチといえば、最近果ての大鏡の管理を任されている者がいると聞いたのだが、それは本当なのか」
「最近という程ではございませんよ。もう数百年は前の話になると思います」
小声で、そこに何かあるのかいと聞くと、親指で外を指差した。
「情報感謝するよ」
レイシアはそう言うと、颯爽と宿を出ていった。
もとよりここの宿場に泊まる予定はなく、ティムリンスアーチの情報を遠回りして聞く事が目的だった。
宿泊部屋が埋まっていることも、ティムリンスアーチへ行くことを勧められるであろう事も予測して宿場に訪れていた。
「お前なら心得てていると思うが、旅の基本は聞き込みだ。それも、あまり直接的な聞き込みは内容によってはよろしくない」
「で、果ての大鏡の話がそれに該当するという訳か」
「そうだ。私の記憶だと、果ての大鏡の管理は王の責務だったはずだ。私も数年おきに定期的に見て回っていた」
「その仕事を取って変わった者がいた、と」
「あぁ。それが出来るのならいいのだが、そんな訳はない。この世界を守るための最初の砦を他の者に任せることは出来ないからな」
面倒だとため息と舌打ちをしながら、西門を通って街を出た。
中々に栄えた街だっただけに少し残念だったが、ティムリンスアーチという街にどうやら急ぎの用が出来た様だったのでそれに合わせて付いていく事にした。
「人間界が此方よりも気温が高いせいか、果ての大鏡に近づくと周りの気温も暑くなっていくからな。今のうちにローブを脱いでおくことを推奨しておくよ」
「忠告、感謝するよ」
程なくして、陽光が雲に隠れるごとに涼しさを覚えるくらいには暑さを感じるようになっていた。
仕方がないので、ローブを魔術でしまいレイシアの後を追って歩き出した。
「着いたぞ。ここだ」
ティムリンスアーチ。アーチとは、砦という意味を含んでいるそうだ。直訳すると、ティムリンスの砦。というのが、この街の名前なんだとか。
ティムリンスというのは、元々あった地名だそうだ。
「随分と街が閑散としているな。直近で越鏡者がいたか」
「こえたもの・・・?」
「あぁ、向こうの世界から此方に渡ってくる『人』の事だ。普通なら越えられる筈はないのだがな。どういう訳か大軍まるごとという事もあったが、思い当たる理由は一つしかない」
「果ての大鏡の寿命、とでも言うのかい?」
「そうだと良いんだがな。私が持ちゆる古文書にはどれも果ての大鏡という言葉が書かれている。それだけ古い物なのだから寿命を迎えたとも考えられるが、それだけの時間傷一つ付けられなかったものが寿命を迎えるかは甚だ疑問でもある」
「なるほど・・・。となると、何者かの介在を気にした方がいいのだろうか」
自分にはまだこの世界の知識という知識、が足りていない。もっともそれを知りながら旅をするのが僕の旅の面白いところの一つでもあるのだけどもね。
「可能性があるとしたらアイツら」
彼女は少し口をつぐんでからこう言い、指を天に向けて
「|天上から見下おろす神々《クソ野郎共》だろうがな」
と、心底ゴミを見るような目を空に向けて言い放った。
「この世界には、神が実在するのか」
「ああ。続きは宿で話そう」
そう言うと、街の者に宿場の場所を聞いてスタスタと歩いていった。
「今夜のみで、二人で二部屋。空きはあるか?」
「ええ、ございますよ。二階、右奥の二部屋を今ご用意させますので、先に利用料をお支払ください。アレイネス銅貨一枚で大丈夫です」
「受け取ってください」
そう言うと、レイシアは銅貨を十枚ほど渡した。
「お台は銅貨一枚でございます。残りはお預けになりますか?でしたら、台帳に記載させて頂きます」
店主のおじさんは優しさに溢れた声でレイシアの行動に返答した。
「いいや。あなたにあげよう」
「なんと、それは申し訳ない。私には頂けません」
宿場の店主がそう返すと、レイシアは少し口角をあげて、
「最近、この街に『人』が来なかったか?」
と尋ねた。
「ええ、来ましたよ。どういう訳か、果ての大鏡を越えて数人でこの街までやって来ました。この街には結界が張られてるんで奴らは入れやしませんでしたが、数時間ほど街の周りをうろついて、また鏡の向こうへ帰って行ったそうです」
「そうか。情報提供、感謝する。その人らは私たちが明日対処しておく。身に余るというのなら、先ほどの銅貨九枚はその時の報酬として返してくれればいい」
そう言い残すと、返事も待たず指定された部屋まで小走りぎみに歩いていった。
「お連れの方、先ほどの方にこちらの銅貨をお返し願えますでしょうか」
「すみません、なにぶん自分勝手な方のもので」
「いえいえ、滅相もございません。何方かご存知は上げませぬが、心の広き寛大な方なのですな」
「そうでしょうか。私にはやはり少々身勝手に写ります」
「いえいえ。あの方は間違いなく寛大なお方です。この頃は魔王様の姿がお見えにならず、我々は日々不安と共に生きているのです」
そうか。彼女の中では、さっきの行動も罪滅ぼしのつもりだったのだろう。人が見ず知らずの人から大金を渡されても、受け取ってくれるはずもない。
きっと彼女なりに考えて、そのギリギリを攻めたのだろう。だが、今回ばかりは渡した相手が心根の優しい方だったのだ。
「こんなご時世にお金を恵んでくださる方は、誰が何と言おうと心の広いお方です」
と、ここで一つ聞いてみることにした。
「つかぬことをお聞きしますが、魔王様というのはどのような方だったのでしょうか。私の故郷は辺境にあったので、あまり魔王様の事が身耳に入らなくて」
「・・・実は、私たちもそれが聞きたいのです。ここティムリンスアーチは、果ての大鏡の一部を管理するために置かれた村。村に残された書記にも数年おきに魔王様が様子を見に来られると書かれていたのですが、ここ数年はいらっしゃっておりませんで。前回いらっしゃったのが八年前という記録はあるのですが、どういう訳か村の者にその時の記憶も、そもそも魔王様についての記憶そのものが残っている者がいないのです」
「魔王様に対する記憶がない、と?」
「ええ。名前ならこの世と首都の名にもなっていますから、『レイシア・アレイネス様』であったと解るのですが、どのうよな出で立ちであられたか、どのようなお声だったのか、それら一切の事は何も」
一体、何があったのだろうか。レイシアも、敢えて話題に出していない所をみるに、あまり軽い気持ちで触れない方が良いのかもしれない。
「そうですか」
「話が逸れてしまいましたが、どうかこちらの銅貨を」
「すみませんが、私の一存で受け取るわけには行きません。どうか、彼女の気持ちを受け取っては頂けないでしょうか」
「お連れの方もそこまで申されるのであれば、有り難く頂戴致します。どうか、私からの謝礼をお伝えください。それと、よろしければお食事とお風呂くらいはご用意させて頂きますので、その旨もどうか」
「承りました。ゆっくりさせて頂きます」
「ありがとうございます、旅のお方」
話を終えて、自分も部屋の方へ向かった。
建物の廊下の窓からは、「果ての大鏡」と思われる巨大な幕のような物がもう目と鼻の先に見えている。
「遅かったな。宿の店主と会話でもしていたのか?」
「少し、ね。というか、僕は部屋を間違えたようだね。てっきり、一番奥の部屋を取ったものかと思っていたよ」
「こっちの方が大鏡が見やすいからな。ここからでも見張りがきく」
「わかった。話の続きがあるんだったね。隣に荷物を置いてくるよ」
レイシアの部屋を出る。自分の部屋へ荷物を投げやる。戻る。
彼女は此方がしゃべっている間、片時たりとも「果ての大鏡」から目を逸らさなかった。それだけ逼迫した状況なのか、ピリピリとした空気感が伝わってくる。
「ユーリ、これから話すことは私にとってかなり虫の居所の悪い話だ。少し口調が強くなったりするかも知れないが、我慢してくれよ」
彼女にとって冷静じゃいられないような話題ということか。
「お前の故郷の世界がどうかは知らないが、この世界には神がいる。認知しているのは私含む先代の魔王らだけだ。向こうの住人の事は知らん」
「君たち魔族にとって、この世界の人とはそれほど未知な物なのかい?」
「そうだな。恐らく、お前の故郷の人とは違った技術を革新して来たんだろうと思うが、詳しいことは分からない。こちらから無意味に干渉する事もなければ、こうも無知になろうよ。私が行ってきたのは、稀に向こうの世界に赴いて『人』の動向を探るくらいだったからな」
「・・・そうか」
この世界の人間は人の進歩の可能性の一つ、という事になるわけだ。
なるほど興味深い話ではある。しかし、これまでにも他の異世界でその一端は見てきたつもりだ。今回のそれが今までとは違った形になるのか、はたまた似たような道のその先まで行くか、それともその前で留まるかは見物だろう。
「話を戻そう」
そう言って、ベットに腰を掛けながらまた坦々と話始めた。
「この世界は元々、天井の世界を治める神と下界の大地を這う魔族とで分かたれていた。元々世界の境界線はそこにあったんだ。だが、それを良く思わなかった神々は『人』という生命を生み出し、下界にまで侵攻して来た、という経緯がある」
彼女はそこから、この世界の神の悪辣な行動の数々を述べては眉間にシワの数を増やしていった。
それら一連の話の中で気になった事は、神と魔族とでは根源とするエネルギーが違うのだとか。
魔族は当然魔力をその生きる糧とし、神は自然に流れる物をその生命の糧とするそうだ。
川が流れたり、海で水が波打ったり、雨が降ったり植物が生えたり、山が噴火したり、生き物が動くことでさえ自然の一部とし、それらの流れ、円環をエネルギーとするという物であった。人という生き物も神が作った自然の一部であり、人が生きる限り神のエネルギーになっているという。
「私の目的は、同族を守ることであり、神々を一柱も残さず抹殺し天井の世界を終わらせる事。それが私の一族の悲願であり、私の復讐だ。この旅はその為の足掛かりに過ぎない」
「なるほど。ならこの世界での人間は神の尖兵とでも言うべきなのかな」
「だろうな。気の毒ではある。が、私の友や慕ってくれていた兵士を躊躇いもなく殺していった事も事実だ」
「それでも、憎しみを憎しみで返していたら何時までも終わらない。それはあなたも分かっている筈だ」
「ああ、私の目的は神であり人ではない。だからこそ、願わくは人とは和解したいんだ。私の恨みを押し殺してでもそうしたいと思っている」
「そうだね。僕も、この身がその足掛かりにでもなれたらと思うよ」
ようやくわかった気がする。僕が初対面の彼女に旅の同行を求められた理由が。
彼女がこうして魔王としての身分を隠し、魔王の不在という同族の不安を煽るような事をしているのか。
彼女が再び玉座に就くとき、この世界の人と魔族が互いの手を取れるようにと奔走しているのだ。
「明日、恐らく私は人を殺す。出来る限りの説得は試みようと思うが、私の見立てではそう上手く事が運べそうにない。お前としては少し耐え難いかもしれないが、全てを私に任せてただ見ていて欲しい」
「構わないよ。最近、碌に魔力を使ってないからそろそろ腕が鈍りそうだけど」
「フッ。それなら私と手合わせをするか?」
「それは嬉しい申し出だけど、場所も悪ければコンディションも悪いからお断りしておくよ。長旅でそろそろ足が棒になりそうだ。君と相対するときは万全でありたいからね」
「そうか。いつでも待っているぞ」
僕が知っている「魔王」という存在と比べると彼女はかなり人情味のある魔王であるようだが、やはり血の気の多さのようなものは共通しているようだった。
「では明日、君の全力を楽しみにしているよ。あ、手合わせじゃなくて、人払いの方ね」
「ふっ、もちろんだ」
そうして、部屋を出た。やはり、こちらの世界の人の住む世界というものに興味がある。
明日、少しでも対話ができるのなら聞いてみるのも悪くないかもしれない。そう思って様々想像を膨らませながら床に就いた。
「チュンチュンチュン」
旅から旅の疲れで、野宿の多かった近頃の日々。久しぶりの寝床にて、僕の意識は瞬く間もなく消えていた。
翌朝。宿場の店主の方の自作だろうか。部屋の前から朝食の匂い、焼いたパンにハムと卵。それと多分牛の乳。ティムリンスアーチに来る途中、牛の放牧を多々目にした。さぞ美味しいのだろう。
そんな幸せな匂いと共に、耳元からここ数日で聞き慣れ始めた声がある。
「おはよう、ユーリ。よく眠れたか?」
「・・・・・・ん?まだ寝起きだよ。眠い」
「ははは、そうか。宿の店主が、気を利かせてくれたのか朝食を用意してくれてな。一度断りはいれたんだが、どうしてもという事でご厚意に預かる事にした。部屋の前に御膳ごと置いてあるから、目が覚め切ったら食べておくといい」
「ありがとう」
「もうじきこの宿を出る。日が昇れば、奴ら人間の活動も活発になろう。それまでに、多少の準備運動と気付け覚ましくらいは済ませておけよ」
僕が首を縦に振るまでもなく、彼女は部屋を出ていった。
少し、沈黙した部屋と朝の心地よさを堪能してから部屋の外を見てみると、配膳机と様々朝食の乗った盆が置かれていた。
朝食の前に、先ずは眠気を飛ばす事から。体内の魔力を顔前に集めて水を作り出す。そして思い切り自分の顔に向けて打ちつける。
「朝の眠気覚ましには、これが一番だね」
タオルを取りだし、水を拭く。
善を部屋の中の机に置く。
頬張る。完食。とても良い朝を過ごせた気がする。
「飯、食べ終わったか?」
「ちょうど」
「店主に出立を伝えてある。急かしはしないが、あまりゆっくりはし過ぎるなよ。宿場の入り口前で待ってる」
そう言うと、彼女は部屋の扉を閉めてゆっくり階段を降りて行った。
窓をと扉を開けて、部屋に風を通す。宿屋の裏手に干していた洗濯物が気持ちよくなびいてる。
自室に置いた私物を回収して宿の風呂場に向かい、シャワーだけを浴びて、外の服も回収し、レイシアの元へ向かった。
「世話になった。事が済んだら報告をしにまたこの街へ戻る。その時は、礼でもなんでも受け取ろう」
「ありがとうございます。それでは、行ってらっしゃいませ」
僕も軽く会釈をして、彼女の後ろに着いて行った。
「さて、と。人払いに行こうか」
ティムリンスアーチの結界の境目まで歩く。
互いに各々深呼吸をして、その一歩を踏み出した。
「いるな。街の外に出てきた私達を狙っている」
「この世界の人というのは、獣か何かなのかい?やれやれ、だとしたら本当に意志疎通をするのは難しいね」
「そう想像を急かない事だ。じきに姿を表す。腰を抜かさないようにな」
そう告げられてから、数分。街からさらに果ての大鏡の方へ向かって歩いていくと、広大な草原の中に人影が複数見えた。途端にレイシアが足を止め、剣を取り出した。
「お前の方にも矛先が向くかもしれない。私一人でケリを付けるつもりだが、油断はするな」
そう言い残すと、一人で人影の方へ向かって行った。その後ろ姿はさながら決闘に赴く戦士のようであり、世の未来を背負う王のようでもあった。
それを見つめながら、私も少しずつゆっくり後を追った。そして、人影が人として認識できるようになるくらいに近付いた時、私は心の内を声に出してしていた。
「人、と言えるのか。あれが・・・」
その体躯は朝日を反射し、その瞳には心を宿さず、その者を私は人と認識しなかった。
だが、見紛うことはない。それは確かに人であり、人ではないものである。冷静になり今一度観察すれば端々にそれを感じる
あれは、紛う事なき人であり、「機械」だ。人が機械を操る姿は幾度と目にした。しかし、人自身が機械である事は、これが初めてだった。
自分の想像など、矮小で取るに足らないものであると、今一度世界に思い知らされた気がした。




