sideリリベル1
私リリベル・ジル・スペンシアは、産まれた時から、呪われた存在だった。
産まれた姿からして異様だったのだ。
透けるような白い肌に漆黒の髪。
そして、瞳は、白く濁って、盲目だったそうだ。
お母様は、私を出産すると、体調をひどく崩され、ベットで過ごさなければならないような体になってしまった。
それでも、お母様が生きていた頃は幸せだったのだと思う。
光の無い世界でも、愛してもらえていると実感できていたから。
お母様の口癖は、「リリベル、笑って。あぁ、なんて可愛らしいの。リリベル、どんなに辛くても笑顔でいれば幸せを掴めるわ。あなたの笑顔は世界から祝福を得る素敵な宝物よ。ねぇ、忘れないで。いつも笑っていてちょうだいね」だった。
私が笑えばお母様が喜ぶ。お父様が喜ぶ。そう思うと、顔は自然に綻ぶように笑顔になるのだった。
私が五歳になった冬にお母様は亡くなった。
そして、その頃から、私の瞳は金色に輝き世界を映すようになったのだ。
お母様を亡くしたお父様は、その奇跡を喜ばなかった。
私がお母様の死を利用して、視力を得た、恐ろしい魔女に見えたらしい。
いくら笑顔を浮かべても、私を可愛がることは無かった。
出来る限り私を遠ざけ、後妻を迎えた。
お義母様と連れ子のユリリは、最初こそ私をこの家の長子として、尊重してくれていたが、お父様の態度を見て、すぐに私を遠ざけ、蔑むようになった。
食事はいつの間にか一人となり、メイド達も、お父様に右へ倣えと、態度は悪くなっていった。
ナニーやお母様に昔から仕えていた者達が、私を庇う度に一人づつ解雇され、私の味方は一年もせずにいなくなってしまっていた。
そんな私の家に一匹の黒猫が現れた。
この国では、魔女は禁忌だ。魔女の使いとされる黒猫も忌み嫌われる。
「おぉいやだ。お前と同じ色味」
「お母様、怖いわ!お父様、あの猫を捨てさせて!!」
「誰か!あの猫を捨ててこい!」
家族は口々に捲し立てたけれども、黒猫は、どこ吹く風、と悠々としていた。
何故なら、皆、黒猫に危害を加えたら呪われる、という迷信を信じていたから。
誰一人として、黒猫を恐れながらも、外に摘まみ出すことはできなかったのだ。
家の厄介者である私に、黒猫はすり寄ってきた。
抱き上げてみると驚くほど温かく柔らかかった。
思わずうっとり黒猫に頬擦りをすると、皆が悲鳴をあげた。
「リリベル、その猫を捨ててきなさい!」
「いやですわ。呪われてしまいますもの。呪われたいのでしたら、お父様、どうぞ」
いつもの笑顔を浮かべてお父様に差し出せば「お前が呪われればいいんだ」と決して黒猫に手を差しのべては来なかった。
お義母様にも、黒猫を差し出すと、悲鳴をあげて卒倒した。
「お母様!お姉様ひどいですわ!」
捲し立てるユリリに黒猫を差し出すと、悲鳴をあげて脱兎のごとく部屋から逃げ出した。
私はやっと得られた温もりを手放すつもりなどなかった。
「皆様、黒猫を大事に扱わないと、家が瞬く間に没落しても知りませんけれど」
半分脅しのような言葉を吐いて、私と黒猫は部屋を後にした。
部屋に入って、ほっと息を吐き、黒猫の顔を覗き込む。
漆黒の毛に金色の瞳。
あんなに怯える両親や妹、メイド達がおかしかった。
「ふふ。あなたと私、なんて、愉快な存在なのかしらね」
そう言いながら、涙がこぼれた。
何もしていないのに、こんな見かけだけで忌み嫌われる存在。
なんて悲しい事実なのだろうか。
「泣くな」
不意に響いた声に顔をあげる。
私をじっと見つめる黒猫。
「まさか、あなたじゃないわよね?黒猫ちゃん」
「はは、何を言っているんだ。ここには、お前とオレしかいないじゃないか」
「黒猫ちゃん!あなた。しゃべれるの?すごいわ!」
「黒猫ちゃんは、やめてくれよ。世の中にどれだけ黒猫がいると思ってるんだ。全員黒猫ちゃんで振り向くぞ」
なるほど、と頷くと、黒猫は私の腕からするりと降りて、ベットに飛びのった。
「オレはな、魔女様の使い魔、ダークだ」
「魔女様?使い魔?」
「つまりは、お前の味方だってことだ」
よく、わからなかったが、味方と言うことだけは理解できたので、ダークに手を伸ばし再び腕の中に納める。
「おい、気安く抱き上げるな!誇り高い使い魔だぞ!」
ダークは身をくねらせたけれど、私は、久々の温もりを離したくなかった。
ぎゅっと、抱き締めると「頼む、離してくれ。キツすぎる、痛いんだよ。逃げないから。な。な」
流石にそう訴えられれば、ダークを離すしかなく、ベットで毛繕いをするダークに手を伸ばして撫でるに留めた。
「あのな、お前の運命は幸せになるって決まってるの。お前はさ、隣国の王子の呪いを解いて、幸せに暮らしましたって、おとぎ話の1つになるくらい幸せな未来がな」
おとぎ話は好きだ。必ず最後は幸せになれるから。
「へー。そうだったら、いいわね」
「魔女様がそうするんだって言ってたから、必ずそうなるんだ。」
ダークは得意そうに胸を張った。
「だけどな、現状あまりにもお前が可哀想だと、魔女様がオレを遣わしたのさ」
私を哀れんで、ダークを遣わしてくれるなんて、魔女は言われているほど邪悪な存在じゃないのかしら?
「お前の色味は、魔女様とそっくりなのさ。きっと遠い昔に人と交わった魔女様の妹の子孫なのだろう、と大層懐かしがっていたよ」
「え?私、魔女になんて、会ったことないわ」
「魔女じゃない。魔女様だ」
「魔女様」
「いや、お前には魔女ねえ様と呼んで欲しいと言っていたな」
「魔女ねえ様」
「うん、そう呼んでくれ。魔女様はさ、お前みたいな色味が大好きなんだ。ほら、だからオレも」
ダークは得意げに笑ったように見えた。
猫って笑えるのね。
「魔女様はさ、遠い遠い血縁のお前の母親の最期の願いを聞き届けてやったんだ。お前の瞳。見えるように魔法をかけたのは魔女様だぜ」
なんと!それでは、魔女ねえ様は、私の大恩人ではないか。
「とにかくな、オレが側にいてやるから、もう一人じゃない。お前の幸せな未来も確定されている。お前の母親が願ったように笑って暮らせばいいんだ」
「そうね」
一人で孤独に悲鳴をあげていた心が、救われるようだった。
「ダーク、あなたがいてくれるなら、私それだけで幸せよ」
ダークと私は、目を合わせると祟られる、けれども粗末にしても祟られる、と嫌悪されながらも、最低限の衣食住を与えられ、日々過ごしていた。
私が十歳になる春に、皇太子のお茶会に呼ばれた。
普段は私を公の場に出さないのに、この日ばかりは、お義母様がメイドを指図して、ユリリよりも、丁寧に着飾らせた。
「うふふ。リリベル、素敵よ。是非とも王子に選ばれてね。ユリリ、いいわね。あなたは隅にいるのよ。誰の目にも留まらないように心がけなさい」
「はぁーい、決して呪われた王子に選ばれないようにします」
ユリリは、その後わざとらしく口を押さえて、言っちゃった、と舌を出した。
「呪われた者同士、引き合ってくれればいいのよ」
私は、この時初めて、この国の王子が呪われていることを知った。
その王子の婚約者は必ず破棄される呪いがかかっているという。
その婚約破棄のあとに、真実の愛で呪いを解いて、他の女性と結ばれるのだそうだ。
そんな、婚約破棄が決定している婚約者になど、大事な娘にならせたい筈がない。
しかし、大事では無い娘になら、婚約者にならせたいらしい。王家から慰謝料的な多額の金銭が約束されているというので。
まぁ、そんなことは、いくらお義母様が期待をしても無駄だけれども。
ダークが言うには、将来私は隣国の王子の呪いを解いて、あっちで幸せな結婚生活を送ると約束されているので。
それでも、呪われた王子という存在に興味が湧き、お茶会で笑顔を振りまいてしまっていたのだが。
まさか、選ばれるとは。
王子と瞳があった時、王子は目を見開いて、息をするのも忘れたように、こちらを見ていた。
まるで、恋しくてたまらないと言った表情で。
顔を紅潮させ、私と、結婚する!と声高に叫んだのだった。