sideリリベル9
ルイス様に夢の中でお別れを告げてきた朝。
「お姉様!そのお顔!」
ユリリが痛ましげに私を見て涙目になる。
「目立つかしら。これでも、だいぶ腫れは引いたのだけれど」
専属メイドのジェーンが、温かいタオルを瞼にのせてくれたり手をかけてくれたのだけれど。
「リリベル。今日は学園を休みなさい」
お父様が眉を寄せ悲しげに言う。
「そうね、それがいいわ。もう、いっそのこと我が家から婚約破棄を申し出ましょう」
お義母様が涙を溢してお父様に訴えかける。
「そうだな、そうしよう」
「いいえ。私、学園に行きます。ルイス様とのことは、もう大丈夫です。あと二十日もすれば、あちらから婚約破棄が出ますから」
あと二十日。それとも日付が変わったからあと十九日なのかしら。
あぁ、たったそれだけしか側にいられないのね。
大丈夫。もう枯れ果てるくらい泣いたのだもの。
「ありがとう、お父様お義母様ユリリ。私を心配してくれて」
ルイス様が今の優しい家族を下さった。
あなたは度々私の家族と言葉を、そして心を重ねてくれた。
あなたが呪いに落ちても私はあなたに守られているのね。
昨日の私との会話で、ルイス様がちゃんと諦められたのかも確認しなければ。
ルイス様がどうか苦しんでませんように。心からマリアさんを愛して幸せでありますように。
悲しい願いを真剣に祈る。
そうして登園したのにルイス様は何にも変わっていなかった。
「なんだ、そのみっともない顔は。マリアを見習え」
(うそだろー、僕のリリベルの瞼が腫れてる?)
(もしかして僕のせいで君を泣かせてしまったの?こんな呪いにいいように体を乗っ取られて思ってもいないことを君に浴びせてしまうから!)
(ごめんよーリリベル!あぁ、君を傷つける僕を誰か殴ってくれ!)
「ルイス様、昨日のことは覚えていて?」
(あーリリベル。昨日の夢は幸せだったなぁ。あんなに近くに君がいて)
(夢でも君を悲しませてしまった。泣かせてしまった。ごめんよ、ごめんよ)
「昨日?お前とのことなど知るものか。僕に話しかけてこないでくれ!」
(わーっ!何言っちゃってるの?)
(おい、ジョージ。何のためにお前に不問状百枚も書いて渡してあるんだ!今だぞ?)
(リリベルに暴言を吐いて傷つける僕を止めてくれ!殴ってでも!)
ルイス様は、その後マリアさんを見つけると(イヤだー!そっちには行きたくないー!リリベルー!)と、心で絶叫をあげながら去っていった。
昨日のことは全くルイス様に響いて無かったのだと呆然としてしまう。
あれ程言ったのに。
呪いに呑まれてマリアさんを好きになっていいと。
そうすれば楽になれると。
それなのにルイス様は少しも諦める気はないのだわ。
私は家に帰るとダークに懇願した。
ルイス様を、ちっとも説得できていないのだと。
もう一度夢を繋げて欲しいの、と。
ダークは「いいよ。リリベルが望むのなら」そう言って再びルイス様との夢を繋げてくれた。
「あぁ、僕の愛しいリリベル」
ルイス様が私を見つけると、空から百合を何本も何本も落としてきた。
「やった!できちゃった!すごいね、夢って魔法使いになれるみたいだね!」
水色の空に白い百合が何本も何本も重みを感じさせずにふわふわと落ちてくるそれは、とても綺麗だった。
ルイス様。あなたは夢の中までこんなに綺麗なのね。
思わず微笑むとルイス様がホッとしたように笑った。
「リリベル、例え夢でもさよならなんて言っちゃ嫌だよ」
空から落ちてくる百合を一輪手に取ると私の耳元に差して飾った。
「あぁ、綺麗だな。リリベル、ウェディングドレスは百合のモチーフはどうかな?生花もたくさん髪に飾って」
「いいえ。私とは結ばれないんです。昨日話したでしょう?マリアさんを受け入れれば、ルイス様は苦しまなくてすむんです。わかって?」
痛む胸を押さえて、ルイス様に訴えかける。
「もしかして。僕が受け入れないから心配でまた夢に来てくれたの?嬉しいな。なんて優しいんだ」
ルイス様は跳び跳ねて喜びながら百合をキャッチし、大きな花束にして私に差し出した。
「僕は君が好きだよ。君以外を愛するなんて出来ないんだよ」
優しく笑って差し出された花束を、受け取らずにはいられなかった。
今日こそは泣かないようにしようと思っていたのに。
あなたが眩しすぎて涙が出てしまう。
花束に顔を埋めると、夢の中なのに香りがしたような気がした。
その香りを胸いっぱい吸い込んで、あなたの為に言おう。
涙をのんで別れを告げよう。
大好きなルイス様。
「お願い。わかって?」
そんな夜を何晩も続けた。
ダークは文句も言わずに何晩も繋げてくれた。
それなのに、ルイス様はちっとも説得に応じてくれないまま日々は過ぎてしまった。
それは切ないけれども愛おしい日々だった。
夢の中で婚約破棄までの19日間を惜しむように。
私はあなたを説得しながら、あなたの愛に絡み捕られてしまう。
あなたを苦しめたくない。
幸せになって欲しい。
例えあなたが私以外の人を愛しても。
それでもいいと思えるくらい、あなたが好きなのに。
刻一刻と婚約破棄は近づいて来ているのに。
もう会えなくなるのが、辛い。
私のあなたへの未練が膨れあがってしまう。
私に注がれ続けるあなたの愛が。
頑なな程の一途な愛が。
私の中に降り積もり胸がいっぱいで。
ついにルイス様を諦めさせることが出来ないまま婚約破棄の朝を迎えた。
とうとう、この日を迎えてしまった。
「ルイス様…」
あぁ、嫌ね。涙は枯れ果てたと思ったのに。
上を向かなければ。涙など落としてはいけない。
今はまだルイス様の婚約者なのだから。
凛としていなければ。
「リリベル」
「ダーク、あなたには迷惑をかけたわね。最期までルイス様を夢の中で説得できなかったわ」
なんとか笑って言おうとするがポロリと涙が溢れ出てしまう。
そうして、ずっと黙っていた未練が吹き出してしまう。
「ねぇ、どうしてなの?どうして、私とルイス様は結ばれてはいけないの?私、本当は魔女ねえ様が約束してくれた幸せなんていらないの。魔女ねえ様は私の瞳を見えるようにしてくれた。でも私の瞳の見える世界を綺麗に彩ってくれたのはルイス様だったの。魔女ねえ様は、将来の私の幸せを約束してくれた。けれども今までの私を、私の周りごと全てを幸せに変えてくれたのはルイス様なの。あの人が私を愛してくれた。それだけで幸せなの。それなのに」
「リリベル」
「ごめんなさい、ごめんなさい。ダーク。嘘よ。忘れて」
ダークは小さな声で言った。
「リリベル、思う通りに生きてもいいんだよ」
「え?」
「俺は何も言ってない。呪いの解き方は全て同じだとか。別に独り言さ」
「ダーク…」
ダークはそれだけ言うと、ひょいっとベランダへ出て行ってしまった。
「呪いの解き方は全て同じ…」
ダークの言葉をもう一度繰り返してみる。
そうして、自分の唇に触れ。
アドナルド王子には絶対できないと思っていた解呪だけれどルイス様のためなら出来てしまう。
そう思った。
私に婚約破棄を告げる為に全校生徒を集めた学園の広間で。
本当にその瞬間まで、ルイス様は私の為に抗ってくれた。
必死に抗う心の声。
そうして、あなたの絶望の声を聞いた。
(死のう)
そんな言葉は聞きたくなかった。
(リリベル、僕の大切な愛しい婚約者。僕のいない世界で幸せに)
いいえ、いいえ。あなたのいない世界で幸せになどなれないわ。
(あぁ、それでも。何でこんなに心が叫ぶんだろう。君と一緒に歩く未来がほしいんだって)
あぁ、私もそうなのです。あなたとの未来が欲しいの。
(リリベル、リリベル、リリベル)
私に助けを求めて何度も呼び掛けるあなた。
魔女ねえ様、ごめんなさい。
ダーク、ごめんなさい。
「仕方ないですわね」
私の気持ちもルイス様とおなじなのだもの。
ルイス様の涙を拭いながら私も覚悟を決める。
(いやだな。僕はリリベルと一緒に生きていたいのに)
(呪われた僕に残されたのは、もう死しかないのか)
(君のいない人生なんて救いがないよ)
ねぇ、あなた。そんなに泣かないで。
嘆かないで。
(それでも、それでも。リリベル。僕は君と一緒にいたかったよ)
あぁ。心漏れのイヤリングを外してしまったから周りへと私への思いを聞かれているとも知らずに。
「しょうがない方」
しょうがなくて、愛しいあなた。
私、あなたに愛されるまで惨めで寂しい子供だった。
魔女ねえ様の言う幸せを夢物語りの様ねと想いながらも、それにすがって生きていくことしか出来ない子供だった。
黒猫のダークの温もりが唯一私を支えてくれていた程の寂しい子供だった。
ルイス様に愛されても、私の心は臆病で魔女ねえ様に約束された幸せな道を進むしかないと思っていた。
亡くなったお母様が願ったように、私が幸せになれると約束されている未来なら我慢できると思ったから。
魔女ねえ様が決めた隣国の王子と幸せになる未来。
呪われた王子の婚約者になって婚約破棄される未来。
あなたを好きになっても、その気持ちを封じ込めようとした臆病な私。
何も文句をつけず誰にも逆らわず。
心を隠しながら生きてきたの。
傷つきたくなかったから。
けれども、どうしても欲しいの。
どうしても、どうしても欲しいの。
あなたとの幸せな未来が。
あなたとじゃなきゃ嫌なの。
あなたがいなければ笑えないの。
(リリベル。笑って)
亡くなったお母様の声が甦る。
えぇ、きっと笑うわ。
私、ルイス様が隣にいてくれれば、それだけで自然に笑えるの。
だから、お母様。力を貸して。
こんな薄いヴェールしか用意出来なかったけれど。
思う通りに生きていいんだよ、とダークの言葉が背中を押してくれる。
こんなに人が多いところで恥ずかしすぎる解呪だけれど。
解呪が失敗に終わったら、不敬罪で捕まるだろうけれど。
それでも。
私は願いを乗せ、愛を込めてルイス様へキスをした。
そうして呪いは無事解呪される。
「大丈夫ですわ。私がついていますから」
(あぁ、リリベル。きみがいればそうだね)
(僕はそれだけで幸せなのだから)
えぇ、私もそう。
たとえおとぎ話の1つになるくらいの幸せな未来じゃなくていい。
あなたの隣で歩いていける未来があれば。
私、自分で自分を幸せにしてあげられるわ。きっと。
そう思った時、室内なのに風が突然吹き荒れた。
色とりどりの花びらが舞っていた。
それは息をのむような美しい景色だった。
そこかしこで歓声があがる。
次々と生徒が外へと出ていく。
私とルイス様も思わず外へと駆け出した。
ルイス様に手を引かれて。
空からは赤や白、黄色や青、紫、桃色と、本当に目にも鮮やかな花びらが嵐のように舞っていた。
「あー、嬉しい。今日は私の愛し子達がしあわせになった日。なんて嬉しいんだろう!」
花吹雪の中、ホウキに乗った魔女ねえ様が空をくるくる回転して喜びの声を挙げていた。
祝福の鐘の音が、リンゴーンリンゴーンと盛大に鳴り響いていた。




