sideマリア6
フレッドと欠けた月夜の道を歩いた。
二人で手を繋いで寄り添うように歩いた。
フレッドは二人でどこか遠くに行こうって言ってくれた。
あたしが、欲しくてたまらなかった言葉だった。
だから、夜道を歩いたのだ。
頼りない欠けた月の夜道を。
二人で寄り添うように。
「教会まで送ってよ。それでさよならだから」
フレッドを道連れにすることが出来ないくらい好きだから。
欲しくてたまらなかった言葉に返せる物はそれしかなかったから。
フレッドはきつくあたしの手を握った。
もう離さないとでも言うように。
何にも喋らず歩く道のり。
ただ、寄り添うように歩いた。
いつもパンを寄付する教会に着いてもフレッドは手を離さなかった。
「一緒に行く」
フレッドがガラスを炉にくべる時と同じ真剣な眼差しであたしを見るから、止めた筈の涙が再び盛り上がって来てしまう。
あたしの大好きな眼差しで。
あたしの大好きな声で。
あぁ、大好きだなぁフレッドのことが。
もっと早く認めれば良かった。
もっと早く告げれば良かった。
そうしたら、ずっと一緒にいれたのかもしれないのに。
泣きじゃくるあたしの目元にフレッドがキスをする。
やめてよ、これ以上好きにさせるとか。
本当に意地悪なんだから。
「好きだよ」
あぁ、本当に意地悪。
「あたしの方が、フレッドのこと好きなんだから」
負けずに涙を溢して言うと、フレッドがあたしを強く引き寄せ抱き締めた。
「えー。こほん」
不意に咳払いが聞こえて、慌てて二人で身体を離す。
教会の扉から、神父さまが蝋燭片手に顔を出していたのだった。
「えー、あー、ごめんなさいね?なんか良いところだったのかもしれないけれど。こんな時間に迷える子羊ちゃんが来たのかな?って思って中に入ってくるのを待ってたんですけどね。気配がしてから一向に入ってこないので、こうして迎えに来たのですが。お邪魔だったでしょうかね?」
「いえっいえ神父さま」
お陰で一瞬で全て吹っ切れた気がする。
「懺悔しに参りました」
その場で地面に跪こうとして神父さまに止められる。
「とりあえず、中にお入りなさい。二人で。話を聴きましょう」
フレッドがぴったりとあたしに寄り添い見つめあって、二人で中に入った。
「なんだか、あなたが来るような気がしてたんですよ、マリア」
神父さまは優しく言った。
「あなたは毎朝何年も何年も休まずに焼きたてのパンを寄付しに来てくれていましたね。そのマリアを見初めたとは、さすが王子さまだと感心していたのですが。日に日にあなたが元気を無くしていくようで気になっていたんですよ」
あぁ、ここにもあたしを見ていてくれた人はいたのだ。
「心のままに全て話して下さい」
優しい神父さまに促され、あたしは全てを語った。
幼い頃に魔女様に会った話から、魅了の魔法のこと、罪悪感から寄付していたこと、魔女様に渡された毒々しいクッキーによって王子さまに好きになられてしまったこと、明日罪の無いリリベル様が断罪され婚約破棄をされてしまうこと。
最後まで口を挟まずに聴いていてくれた神父さまが、語り終えたあたしを見て、メガネを押さえ身を乗り出して言った。
「実に面白い!」
「え?」
「まず、魔女様と!この城下では王族に呪いをかけると恐れられ忌み嫌われ魔女と敬称抜きで呼ばれていますがね、私の産まれた故郷では、魔女様と崇められていたんですよ。気まぐれで村に幸運を運んで下さる方だと」
いつもはおっとり話すおじいちゃん神父さまなのに、白髪を振り乱す勢いで弾丸の様に喋り出す。
「元々は私、魔女様に憧れて、魔女様を調べたくて王立図書館の古文書を読み解くのが唯一の趣味で」
「は、はぁ」
「いやぁ、国境に近づけば近づくほど魔女様信仰は強まるんですよ。あぁ、感動だな。伝承の通りだ。泣いている女の子の所に現れる優しい所も。その子が幸せになれるように手を添えるところも」
神父さまの語る魔女様は、あたしの知る魔女様の様で、また全然違う魔女様の話のような気がした。
「まず、最初に憂いを解いておこうと思いますが。マリア。残念ながらどんなに呪文を唱えてもあなたに魅了は使えません」
「は?」
「何故なら、あなた魔力測定0ですよね」
「はぁ」
「私が測ったから確かです。5歳の時も、10歳の時も。そして15の時も」
「はい、そうですけど」
「あれね、無くて幸せですよ。あるとね、強制的に国の所属にさせられて適性魔法で各所に振り分けられる。私は聖魔法に少しばかり適性があったせいで、王立図書館の司書になりたかったのに教会所属にさせられてしまった。おっと、また話が脱線。えっとですね、魔力がなきゃ魔法使えませんから、どんなに呪文を唱えても」
「えぇーっ?!」
「だって、そりゃ火の気が無いのに炭をくべたって燃え上がらないでしょ」
え?ちょっともういろい追い付かないんだけど。
「でも、パン屋さんに人が…」
「それはね、小さいあなたが必死にパンの試食を配る姿が皆の胸を打ったからですよ。ご両親もね。以前ここに来て話されてました。あなたの姿に自分達がもっと、頑張らなくてどうするんだ!と背中を押されたと。それで、あんなに美味しいパンを作り続けるようになった。マリアはそれを日々試食で配って、両親想いのパン屋の立派な看板娘ですよ。えーと。それから罪悪感で寄付してたでしたっけ?それのどこが悪いんですかね?毎日ね寄付して下さる方はいますよ。売れ残ったからとか。余ったからとか。でもね、あなたは自分の欲しいものも買わず、焼きたてのパンをお小遣いの分欲しいと願って、それを毎日。暑い日も寒い日も嵐の日も雪の日もほかほかの温かい美味しいパンを届けてくれた。それが施設の子供たちの幸せだった。大きくなり施設から旅立つ子は言いますよ。今度は自分のお金でマリアのところのパンを買って食べて生きていくんだって。」
「神父さま」
あたしが、パンを寄付してきたことは無駄じゃなかったんだ。
明日を頑張って強く生きていこうとする誰かの背中を押せていたのかもしれない。
そう思えた。
「今ね、ようやくなんで魔女様が王家に呪いをかけるのか、ちょうど古文書解読最中のとこなんです。たぶん、私の推測では、このままで大丈夫なんとかなりますよ。悪いようになる筈がありませんよ」
たぶん、とか。なんとか、とか。大部あやふやな箇所が多いけれども。
肩の荷がすっと降りた気がした。
フレッドと顔を見合わせる。
そして、ふっと一緒に笑った。
そんなあたし達を見て神父さまがほっとした顔をする。
「もう大丈夫そうですね。もう遅いですからお帰りなさい。また明日」
「はい!」
家への帰り道、あたしは、フレッドの手に指を絡めた。
ずっと一緒にいられるのかもしれない、と胸の高鳴りをおさえるように。
握り返すフレッドからは同じ気持ちが聞こえた気がした。
晴れて空気が澄んだ月夜だった。




