sideルイス
ルイス・フォン・サウダーはイグル国の第一子でありながら、物心ついたころから既に呪われていた。
「おかわいそうに」
「こんな天使のように可愛らしいのに呪われているなんて」
僕を誉める言葉と憐愁の言葉はセットだった。
「呪われてるって、どういうことでしゅか?」
まだ3歳ぐらいの頃、母上に訊いてみたことがある。
そのときの母上はブルブルと震えだし顔色を白くして、最終的には顔を覆って泣き出してしまった。
僕は幼心に、これは訊ねてはいけないやつなのだ、と察した。
それ以降、呪われたの単語には無意識に耳を閉ざし、天使のようにかわいらしい僕とだけ自己認識するようにした。
実際、金色に淡く輝く髪にブルーに銀を散らばめたような瞳の僕は、どこに行っても、この国のプリンスに代々受け継がれてきた見た目で愛らしいと敬愛を受けて来た。
父上も母上も僕を愛し家臣も僕を愛でる。国民にも人気がありバルコニーで手をふれば喝采を浴びた。
こんな僕のどこに可哀想がる必要があるのだろうか?
僕が10才の頃に婚約者が決められた。
そのためのお茶会が開かれた時、僕は運命の人と出会ったのだ。
昔からよく遊ぶ従姉妹の公爵家のミラーが、こっそりと僕の耳元で「お願いだから、わたしを選ばないでね。婚約破棄の後なら選んでくれていいから」と言われ、何を言っているのか?と首を傾げた。そこに、彼女がいた。
真っ黒な艶々としたストレートの長い髪は、吹く風にサラサラと音を立ててなびいているのだと。
その黒い髪に真っ白な肌が余計に白く見えて。
金色に輝く瞳は、眩しく、僕の心を捕らえて離さなかった。
ただ口をポカーンと開けて、彼女に見惚れて立ち尽くす僕。
彼女、リリベル・ジル・スペンシアは、ふんわりと優しく笑った。
心を撃ち抜かれた僕は顔を真っ赤にさせて「君と結婚したい!」と口にした。
その瞬間、会場はざわめいたが僕は彼女を見つめて手を差し出した。
「あぁ、なんてこと!」
母上が慌てて僕の肩を掴んできたけれども、そんなのはどうでもよかった。
もちろん、こんなことは打ち合わせにはなかった。
僕の気に入った子がいたら何人か名前を聞いて覚えてなさい。あとで打診をしてみるから、と言われていたけれど。
それでも、出会ってしまったから。
彼女に。
名前を訊ねるよりも早く。
何人かなんて、知らない。
僕は彼女しかいらない。
「あなたは?」
母上が戸惑い気味で彼女に訊くと。
「リリベル・ジル・スペンシアです」
天使の声だった。
鈴を転がしたような。
「あら!リリベル!見初められたの?良かったわね!」
リリベルとは似てない婦人が、いつの間にかやってきた。横には婦人そっくりの茶色の髪に茶の瞳の娘を引き連れて。
「スペンシア侯爵夫人。よろしいの?」
母上の言葉に満面の笑みを見せ頷く。
「喜ばしい限りですわ。婚約破棄の後にこちらのユリリを選んでいただけたなら尚更ですけど」
「それは魔女のみぞ知る、ですわ」
母上の声が固く告げる。
「ほ、ほほ、そうですわね。ですがルイス王子の婚約者にリリベルを選んでいただけるなんて光栄ですわ。もちろん、呪いで被った損害分以上のものは補填して頂けるのですよね?」
「それは、もちろん」
僕の婚約者を決める場だと言うのに、さっきから婚約破棄だとか魔女だとか呪いだとか散々な不穏な言葉が飛び交っているが、僕は一心に彼女を見つめていた。
「リリベル、あなたはいいの?」
母上の言葉に一度まばたきをして、リリベルはやっぱり、花のようにふんわりと笑った。
そうして先程から差し出し続けていた僕の手を、優しく握った。
「よろしくお願いいたします」
「一生、大事にします!!!」
生きてて良かった!と十歳にして、こんなに幸せなことがあっていいのか!と天にも昇る気持ちを味わった瞬間だった。
あまりにも幸せすぎて周りの憐れみの瞳に気づくことなく、リリベルを婚約者にしたのだった。
その日の夜に父上と母上に呼び出され告げられたのは、僕の呪いのことだった。
「イグル国の王の子息は魔女に呪われることがある。前回はおよそ60年前、祖父の弟が呪われたそうだ。その時は魔女を招待しなかったから、呪うと。お前の百日を祝う会にも魔女は現れた。忘れず招待したからな。しかし、彼女のグラスに赤ではなく白のワインがそそがれたから、と呪われてしまったのだ。」
「え?そんなことで?」
思わずもれてしまったことば。
「でも僕は呪われていると言われていますが、幸せに生きてますけど」
「魔女は告げた。【ルイス王子は婚約破棄をする。どんな女を婚約者にすえても、必ず破棄する。相手に何の非がなくても。あははは。こんな王子に嫁が見つかるだろうかねー。あーはは。必ずだよ。あたしの呪いは必ずだよ】と。そうして【婚約破棄の後、運命の相手を見つけられたなら呪いは解けるけれど、無理だろうね】と」
父上が伏し目がちに呪いの全貌を語ったのだった。