sideリリベル8
「ダーク。魔女ねえ様と話がしたいの」
私の思い詰めた顔を見て、ため息を吐いた後、ダークは走って転がり手鏡へと変わった。
手鏡には魔女ねえ様が映る。
「どうしたんだい?リリベル」
「ルイス様が可哀想過ぎます。どうして本当の愛に落として下さらないの?」
「おやおや、何を言い出すのやら。お前はとっくに王子の暴言に愛想を尽かしている頃かと思ったのだがね」
「心と違う暴言で、嫌いになったりしないわ」
「随分と王子を買っているようだが…。おや!あたしとしたことが見落としていた。お前のつけているイヤリングはもしかして、心漏れの呪具ではないか。400年前に私が作った小遣い稼ぎの出来損ない。誰も使いたがらない下らない呪具を金貨50枚で売り付けてやったのだ。なんで、これを」
「婚約式にルイス様が下さったのですわ」
「普通、渡すなら逆だろ」
魔女ねえ様は大笑いする。
「ルイス様は、そういう方ですの」
「あいつは、まだ心ではお前を想っている、と言うんだね」
「えぇ。自分の言動に苦しんでます」
「へぇー。あれから10日。中々根性があるじゃないか。あたしはね、あのクッキーにマリアを好きにさせ、リリベルを嫌いになる魔法をかけてやったのさ。すんなりと、婚約破棄に及ぶようにね。それなのに、心の中では抗っていると」
「えぇ」
「大丈夫。今だけさ。すぐに心が折れて魔法に心身ともに飲み込まれるだろうよ」
「でも、魔女ねえ様!」
「あと20日。それで呪いは成就する。そうしたら、お前は幸せになれるんだよ」
うっとりとした顔で語られ、私は激しく首を振った。
「まさか、幸せになりたくないとでも言い出すつもりかい?」
「魔女ねえ様…」
「王子の心の声が辛いなら、今すぐ呪具を壊してやろうか?」
「それはダメ」
思わず耳に手を当てる。
「もう少し、もう少しさ。王子の心が折れてしまえば、あいつも楽になる」
魔女ねえ様はにこりと笑う。
あぁ、それが本当に幸せなのだろうか。
「それなら、私にルイス様とお話をする場所を作って欲しいの。今のルイス様は魔法にかかっていて、まともに会話もできないわ。夢の中でいいの。ルイス様を説得するわ」
魔女ねえ様は唇に指を当てて、ふうん、と首を傾げた。
「それに、このままじゃアドナルド王子と幸せになれないわ。ルイス様にちゃんとさよならを告げたいの」
「そうか。それならしょうがないね。ダークに頼みな。あのこは、夜の綱渡りが上手だから。お前と王子の夢を繋げてくれるだろうさ」
「可愛いリリベル。お前に祝福を」
愛情のこもった魔女ねえ様の言葉と共に手鏡はダークに変わった。
「それで夢を繋げればいいんだな」
「お願い、ダーク」
そうして私はダークに言われるままベッドで横になった。
ダークの尻尾が左右に揺れて私の額をくすぐる。
これじゃ眠れないわ、と言おうとして既に自分が現実ではない場所にいることに気づく。
「リリベル!」
「ルイス様」
ルイス様が慈しみの瞳で私を見る。
「愛しい僕のリリベル」
夢の中だからか、心の声は聞こえなかった。
「あぁ、なんてリアルなんだ!僕の会いたい愛でたいという願望がこの夢を見せているのか?凄いな!まるで本物のリリベルがここにいるかの様だ!」
その代わり心の中で話す様なことも口に出して話していた。
「ルイス様。話があって参りましたの」
「嬉しいよ!僕も君が足りなくて死にそうだったんだ」
声を弾ませ話すルイス様。
「呪いにかかって、苦しいのでしょう?」
ルイス様は、そうっと私の手を握ると首を振った。
「僕は大丈夫さ。それよりも、君に心無いことばかり告げてごめんよ」
ルイス様は、夢の中でも優しかった。
「なんともありませんわ」
「あぁ、リリベルの微笑み!尊い!」
「ルイス様」
「あぁ、話があるんだったね。ちょっと待って!」
ルイス様は、目を閉じてうーんっと唸るとパッと手から白い百合を咲かせた。
「やった!夢だからできるかなって試して良かったー!はい、リリベルの好きな百合だよ」
「…ルイス様」
私は胸がつまって何も言えなくなってしまう。
「どうしたんだい?リリベル、大丈夫?」
優しくてキラキラしているルイス様。
あなたは、私のお日さまだった。
「お別れを言いに来たんですわ」
「え?」
「呪いに呑まれて、マリアさんを好きになってくれていいんです。婚約破棄をしていいんです。」
「いやだ!そんなこと、言わないでおくれ」
いつもいつも私を愛しんでくれたのは貴方だった。
真っ直ぐな愛で、私を。
ルイス様の頬にそっと手を添える。
「あの時、貴方が私を婚約者に選んでくれた」
「あの時も今も、選ぶのは君しかいないよ」
「私、あの時まで誰にも望まれない子供でしたの」
私のために、傷付いた顔をしてくださる優しいあなた。
「そんな私に魔女ねえ様がダークをくれた。将来を約束してくれた」
「魔女ねえ様とは?」
「あなたを呪った魔女様です。私を憐れんで、目も見えるようにして下さった方です」
「あぁ、良かった!君には善き魔女だったんだね」
そんな喜んだ顔をして。
あなたは呪いをかけられて苦しんでいると言うのに。
「その魔女ねえ様が言ったのですわ。私は隣国の王子の呪いを解き、隣国で幸せに暮らすと」
「それはダメ!それだけはダメだよ。お願いだから僕の元にいて!君が好きなんだ!僕から離れないで!」
「そんな気持ちは捨てて下さい。そうしたら楽になれる」
「イヤだ!嫌だよリリベル」
本当は、私だって…
あなたが好きだと、あなたと共にいたいのだと想ってしまう。
あなたと離れたくないと、心の底から願ってしまう。
ボロボロと涙が零れ落ちる。
「私っ、ルイス様に想われるような女ではないのですわ。婚約破棄のその時まで、あなたが私を温かくしてくれたら幸せだなって、そう思って生きてきましたの。お妃教育もあちらの国で必要になるだろうと頑張っていただけですわ」
「僕の愛が君を温めてこれたのなら本望だよ。これからもずっと温めていきたいよ。お妃教育、向こうの国で必要な物だけではなく、全てに頑張っていただろう。僕は知ってるよ。愛しているよ、リリベル」
そうやって、あなたが私の全てを愛して下さるから。
「あなたを好きにならないと、決して好きになったりしないと、心に呪文をかけていたのに」
私はとっくにルイス様を、好きだった。
ルイス様を、愛してしまっていた。
本当は出会った時、あなたが私を惚けたように見つめた時から。
私はあなたを好きだったの。
言葉にならずポロポロこぼれる涙。
それでも。
「さよなら、ですわ」
その言葉が合図のように、ルイス様の姿が消える。
私は私のベッドの中にいた。
ダークが何も言わずに私の涙をザリザリする舌でなめた。
「さよならを言えたわ。ありがとう、ダーク」
私の涙は朝まで止まらなかったのだけれど。




