sideリリベル7
ルイス様が、呪いに落ちた。
私は見ているだけだった。
運命の愛に落ちたのならば、私の気持ちも仕方無いと思えたのだけれど。
ルイス様が落ちたのは、まさしく呪いだった。
王城でルイス様の呪いがもうすぐ成就すると聞かされた日の夜、ダークも私に同じことを告げた。
わかっていたことなのに、何だか胸が苦しくなって目元が潤んだ。
「リリベル…」
「大丈夫、大丈夫よ」
ダークを安心させるように撫でるが、心許ないのは私だった。
「大丈夫、わかっていたのだもの。ルイス様とは結ばれないと」
言い慣れている言葉なのに震えてしまう。
何度も何度も繰り返し、心に言い聞かせていたのに。
それでも学園にいる間くらいは一緒に過ごせるのかもしれない、と淡い期待を抱いてしまった。
「私はアドナルド王子の呪いを解いて向こうで幸せに暮らす」
ぽつりと呟けば、ダークが頷いて「ルイス王子もマリアと運命の愛に落ちて幸せに暮らすのさ」と付け足した。
「ええ。わかっているの。だから、大丈夫。でも、もう少しだけ撫でさせて」
ダークは何か言いたげに私を見たが、無言で毛を撫でさせてくれた。
私は何かを諦める様に何度も瞬きをして、涙の粒を堪えたのだった。
そう、諦められる。
そう思っていたのに。
ルイス様が落ちたのは呪いだった。
マリアさんの様子がいつもと違っていて胸騒ぎがした。
何だか良く無い物がルイス様に手渡されたと、思わず紙袋を叩き落としてしまった。
マリアさんは明らかにホッとした顔をしていた。
早口でまくし立て、紙袋を回収して撤退したい様子だった。
けれどルイス様は、落ちたことは気にも止めず、毒々しいピンクのクッキーを食べてしまった。
私のために。
私が庶民を蔑ろにしていると思われないように。
あなたの私への優しさが、あなたを呪いに落としてしまった。
言葉ではマリアさんに愛を語るのに、心で私への想いでもがき苦しむルイス様。
あぁ、本当にこれは呪いなのだわ。
私へ暴言を吐きながら必死になんとかしようとする姿は、痛々しくて心の声を聞くのが辛い程だった。
「ルイスは、酷いね」
校舎の裏手でこっそりと涙を拭う私にアドナルド王子が寄り添って来た。
「…。いいえ。全て呪いのせいなんですわ」
「そうだとしても、君に対する暴言は許せない」
「いいえ、いいえ。…呪いのせいなんです」
「君はどうしてそんなにも、ルイスの事を信じていられるんだ」
「…婚約の時から、ずっと守られて来たからですわ」
そう言って、そっとイヤリングに触れる。
ルイス様の心に触れる様に。
ふっと微笑むと、アドナルド王子は痛ましげに目を細めた。
「見ていられないよ!君から婚約破棄を申し上げてしまえばいい!そして、どうか僕と…」
「私からは、破棄するつもりはありませんわ」
「君は…。ルイスが羨ましいよ。どんなに呪われていたとしても、こんなに想ってくれる君がいて」
いいえ。いいえ。呪われていても、こんなにも想ってくれているのはルイス様なのです。
「リリベル!」
不意にルイス様の声がして、アドナルド王子と振り向く。
(あぁ、またこんな冷たい声で君の名を呼んでしまうなんて)
(リリベルが悲し気だったから、どうしても気になって来てしまったが)
「婚約者がいながら他の男と一緒とは、不貞で婚約破棄されたい様だな」
(嫌っ!したくない!したくない!婚約破棄なんて。絶対したくないし!)
(アドナルドがリリベルを慰めてくれていたみたいだけれど、僕が代わりに君に寄り添いたいだけなんだ!)
(こんな言葉しか告げられないなら、ここに来るべきじゃなかったー!)
(でも、でも!リリベルが心配なんだ。君を悲しませたく無いんだ)
「随分な言葉だな。自分はマリアとか言う女にうつつをぬかしてるのに」
「マリアは僕の運命の人だ!」
(そんなわけあるかー!)
(僕の最愛はリリベルしかいない!)
「父上に婚約破棄を認めてもらいマリアと一緒になるんだ」
(父上ー!お願いだから認めないで下さい!マリアとやらは僕に何をしたんだ?!あいつが魔女なのか?こわっ!)
「あぁ、そうすればいい。そうなったら彼女は、リリベルは僕が貰う」
(アドナルドー!リリベルは僕の婚約者だ!まさかまだ諦めてなかったのか?)
(リリベル、お願いだからアドナルドの元になんか行かないで)
(早くなんとしてでも、この呪いを解かねば)
(リリベルが涙目で僕を見てる!)
(早く、早く、この呪いを解かなければ)
「はは。それは良かったな、リリベル」
(良くないから!)
(あぁ、苦しい。君にそんな顔をさせるなんて)
(早く。早く解かなければ)
(なんて苦しいんだろう)
(これは、まさしく呪いだ)
(愛する人に暴言を吐き、好きでもない女に愛を囁く)
(辛すぎるだろー)
(もう、いっそのこと泣きたい)
「ルイス様」
(悲しげなリリベルの声)
(ごめんよ、ごめんよ。リリベル。心配しないで。必ず呪いに打ち勝つからね)
「沙汰を待て」
(ノー!!!!!)
(まだまだリリベルを見ていたいけれど、これ以上ここにいても彼女に暴言を吐くだけだー!)
(撤退だ。撤退!)
(戦略的撤退だ!呪いになんか負けるか!)
(うぅ、辛いーっ。リリベルと離れたくない)
私は涙を堪えてルイス様を見送った。
「君は、あんなルイスを見ても、まだルイスを信じるのかい?」
「えぇ」
「リリベル、君を尊敬するよ」
それはアドナルド王子の本心だったのか、頑なな私への嫌味だったのかは、わからない。
「ルイスとの婚約破棄が成立したら、我が国に、僕の元へと来てくれないだろうか」
跪き、私の手を取り手の甲へキスをする。
頷いて、私の幸せな人生を掴むのだ。
そう思うのに、無理だった。
頷くことはできなかった。
どうして魔女ねえ様はルイス様を真実の愛とやらに落としてくれなかったんだろう。
心も何もマリアさん一色に染まっていれば、諦められた。
私は迷わずアドナルド王子の元に行けたのに。
涙に暮れる私にアドナルド王子は、僕は待つよ、と優しく告げたのだった。




