sideルイス5
リリベルと楽しい学園生活をおくっていた僕は、呪いの事をどこか現実味の無い遠い世界のように考えてしまっていた。
正直忘れていたと言ってもいい。
だって、本当に幸せだったのだから。
真っ黒なカラスが、一通の手紙を王城に落とすまでは。
その手紙には、【近々呪いは成就されるだろう】と不気味な予言が書かれていた。噂は瞬く間に広まった。
冗談ではない。僕はリリベルとずっと一緒にいたいのだ。婚約破棄の呪いが成就される訳にはいかないのだ。
「呪いなんて!大丈夫だ!」
鼻息も荒く声高に告げたのに、その場にいた誰もが、賛同の声を挙げなかった。
父上も母上も大臣たちも。
アドナルドも。
リリベルは静かに笑んで、ただ僕を見ていた。
「は、はは。なら良い案があります!もう、今日ここで、結婚してしまえばいい」
「ルイス。あなたは、女の子の夢であるウエディングを何だと心得ているの?ウエディングドレスを作るのにどのくらい日にちがかかるかわかってるの?まさか、リリベルに着せないつもり?」
母上の冷たい視線と言葉に、空を仰ぐ。
ヤバい、めっちゃ、見たいわ。
リリベルのウエディングドレス姿。
「周辺諸国を招待して御披露目もせずに、婚姻を結ぶと?」
あぁ、本当は独り占めにしたいリリベルの可憐なウエディング姿。けど、御披露目したい!見せつけたい!僕の嫁だぞって!周辺諸国のみならず、国民にも。結婚のパレードは花や色紙が飛び交い、僕の隣で微笑むリリベル。
未来のビジョンがはっきりと見えた!
「すみません。我を忘れて失言をしてしまいました」
父上と母上に頭を下げる。
我知らずにやけてしまう顔を隠そうとしたのだが。
「あなたという子は…」
と母上に残念な子を見る目で見られてしまった。
「良い。心を強くして過ごせ」
と父上もため息混じりで言い、その場をお開きとした。
「リリベル。僕のことを信じて。必ず呪いなんて、打ち破って見せるから」
リリベルの小さくて柔らかい手を掴み、ギュッと握りしめる。
いつものように、僕に笑いかけたリリベルの瞳は、何故か悲しそうに見えた。
なんとか言葉を続けようとしたけれども、余計に悲しませる様な気がして、何も言えなくなってしまう。
アドナルドが僕の肩をぽん、と叩いて去る。
え?ちょっと、ほんとに!僕は呪いに負ける気がしないんだけど?!
だってリリベルのことが世界一好きだし。
なんだったら、来世でも一緒になりたいくらい既に好きだし。
呪いなんて入る隙間が無いくらい好きだし。
けれども、アドナルドの後ろ姿を見ていると、少しだけ不安がよぎった。
『りんごを食べたいのに食べられない。自分の体なのに自分で動かせなくなる』
そう告げたアドナルド。
アドナルドのりんご愛は本物だ。
そして、呪いの効果も…。
僕はその日徹夜して、初めて真剣に呪い対策をした。
まずは、どれだけリリベルを愛しているか綴ったノートを五冊作成した。明日はもっと作成しよう。日々それらを読み返して脳に目に、書き記すことで体にも覚え込ませるのだ。
僕の護衛を専門にしている近衛のジョージにも、じっくり言い聞かせる。
「僕の心変わりはあり得ないから。僕がリリベルに対して何か酷い事をしそうになったり、そんな命令を出したら、必ず僕じゃなくリリベルを守って欲しいんだ。不敬罪になら無いように、僕のサインを書いた不問状を百枚程書いた。これを君に託しておくから。あぁ、心配した顔をしないでいい。こんなもの使わなくていい筈だからね」
あくびを噛み殺しながら学園へ馬車で横付けする。
寮生もここを通るので、この時間帯は門から校舎まで生徒で割りと込み合うのだ。
それでも、僕はすぐにリリベルを見つける。
リリベルも僕に気づいて笑顔で挨拶をしてくれる。
あぁ、今夜も徹夜してリリベルへの愛をノートに記さねば。
「王子様」
不意に駆け寄ってきたのは、いつも皆にパンをくれる一般学生の子。
「あ、あの。、これ」
差し出された紙袋を、受け取ろうとして。
「ダメ!」
リリベルの手がその紙袋を横に払う。
周りがシーンと静まり返った。
「あ、はは。ダメですよね。あたしみたいな庶民が王子様にこんなもの。庶民の食べ物なんて、召し上がらないですよね」
その子の言葉が、周りに浸透したのがわかった。
まずい!このままでは、リリベルが庶民の敵とされてしまうではないか!
「いやいや。もらうよ」
僕が紙袋を引ったくるように受け取る。
「いや。でも。落ちてしまったし。そんな物食べさせるわけにはいかないから」
「平気平気。落ちたといっても紙袋に包まれていたじゃないか」
そう言って中から取り出したのは激しいピンク色のクッキーで、若干引いたが、一口で頬張る。
庶民も平等に扱いますよー。
リリベルだって、そうですよー。
そういうアピールのつもりだった。
あれ?でも、どうして。
リリベルはこの紙袋を叩いたりしたのかな。
いつもは彼女からのパンをにっこり受け取って食べるのに。
そうして、彼女もいつもはパンなのに、なんでこんな激しいピンクのクッキーを渡して来たのかな。
ちらりと前を見ると、絶望した二人の顔が見えた。
え?なんで?
二人してなんでこの世の終わりみたいな顔してるの?
ごくり、とクッキーを飲み込んだ。
僕は跪き、彼女の手を取る。
「ここにいたんだね。運命の人」
呪いに落ちた瞬間だった。
「あぁ、なんて美しい緑の瞳なんだ。僕にはもう君しか見えない」
誰なんだ、この声は!
僕だ!僕なんだけど、そんなこと、欠片も思っていないのに!
ざわめく周囲の学生達。
ちょ、これ。うそだから!
ただ単に呪いにやられちゃってるだけなんだから!
彼女の手を離してリリベルに顔を向けたいのに、少しも自由にならない体。
まるで誰かに乗っ取られたかのように、言葉も体も思い通りに動かない。
彼女から離れてやっと、自分の足で歩けている。
ん?自分で動けている?
今の内に、リリベルの誤解を解かなければ!
「リリベル!」
ん?何?この尖った声は。
「先程のあれは、なんだ?彼女に失礼だろう!君を軽蔑する!」
うそだーっ。そんなこと欠片も思ってやしない。
君に謝って、さっきの誤解を解きたいだけなのに!
呪いのせいで君を傷つける言葉しか出てこないなんて。
そこからは、ただただ絶望だった。
リリベルとあのマリアとかいう女生徒が関わらなければ、いつもの自分でいられた。
二人が関わると呪いが発動し、マリアに愛を囁き、リリベルに嫌悪の目を向ける。
アドナルドに呪いだと告げたくて、この話をしようとしても出来なかった。
言いたくもないリリベルの悪口へとすり変わってしまう。
リリベルが好きなのに、こんなにも胸がこがれる程。
部屋でリリベルの愛をノートに綴ろうとして。
昨日記したノート五冊を手に掴む。
「ジョージ、これを捨ててくれ」
うそだーっ。
徹夜で書いた傑作だぞぉー!
僕の僕の愛がー。
心を落ち着け、リリベルの愛を綴る。
ひたすら、綴る。
呪いになんか、負けないんだ!
けれども、ノートに書かれたリリベルの愛の言葉は、マリアと綴られてしまうのだった。




