2 .『試練』
まったり投稿していきます。
『循環』……?というような、困惑の空気が場を包み込む。
それもその筈だ。そのようなスキルを聞いた事のある者はこの場には存在しなかったのだ。そんな空気を読んだ大司教が、スキルの説明文を読み始めた。
「『このスキルは常時発動型であり、物理攻撃力が半減する代わりに最大魔力量が1.5倍になり、スキルツリー《循環》が解放される』との事だ」
この説明を聞いたレイはまだ、このスキルの有用性を測りかねていた。何故なら、魔剣士のスタンダードな戦闘スタイルと言えば、補助魔法による自身へのバフ効果とそれに影響を受けた手数の多い物理攻撃だと彼は考えていたからだ。しかし、この説明によってそのスタンダードな運用は最早考察の余地が無くなっていたのだ。
「スキルツリー次第かな」と内心では考えていたが、周囲の様子は芳しくない。そもそも、一般では魔剣士の評価があまり良くないというのが一つ、さらに『循環』のスキル効果が分かりにくく、弱体化しているようにも見えることが一つである。
明らかに嘲笑を浮かべる者もいる中で、大司教はさらに言葉を重ねる。
「そして、『金剛石の試練を受ける者』という称号が与えられている」
「……!?」
その言葉を聞いた聴衆は動揺を隠せずにいた。『金剛石』の名を冠するこの試練は、今まで誰1人として天命をまっとうしたことが無い為だ。計20もの試練が与えられ、それら全てを達成するまでは全てのステータスが半減する。更にはこの『試練』と呼ばれるものは、宝石の名を冠しており、その宝石によって20段階に分けられている。金剛石、すなわちダイヤモンドはその中でも最上位のものである。
従って、この称号は『死刑宣告』とも考えられていた。そのため、この衝撃はこの国の貴族社会で瞬く間に伝播していった。
試練の内容はその本人にしか分からず、他人が知ることはできない。その為、他人に手伝ってもらうようなことも出来ず、正に『試練』なのである。
さて、そんな『試練』についてだが、興味深い話がこの国では伝承されていた。
『この世に憚る巨悪が跋扈する前兆として、『試練』を賜りし若人が多く誕生する。それは偶発的な事象ではなく運命によるものである。その兆候を確認したならば、早急に備えと支援を最大限に行わなければならない。そうでなければ、この国は瞬く間に亡きものとなるだろう』
そんな古文書があったな、と記憶の片隅にあったその言葉を思い出しつつ、レイは自分の今後について逡巡していた。
そんな中、動揺と困惑が場を支配するこの空間で、その環境を崩す悪意を孕んだ笑い声が聞こえてくる。
「ンクフゥアッハッハッ……つまり神はこの俺に味方したという訳だな。この卑しい『偽貴族』では無く、ヘクトリウス公爵家に生まれし『選ばれし者』のこの俺にな!」
甘やかされて育ったことがひと目で分かるような様相のヘクトリウス公爵家の次男、ヘクトリウス・ハンドレーがそのお腹をぷるんと震わせながらレイを見下すように宣言する。
「だいたい、前から気に食わなかったのだ。お前のような平民同然の『偽貴族』のお前が至る所でチヤホヤされているのがな。だが、今日でハッキリと理解した。それは神が俺の為に敷いた『栄光のレール』だということをな!今に見てろよ、レイ・メビュール。これから俺は、お前よりも遥かに格上の職業やスキルを得てお前を失意のどん底に突き落としてやる!全ては俺の覇道の為にな。お前にはそのための犠牲第一号として俺の名誉のための贄となってもらおうか」
「ギャハハ」という声が聞こえてきそうな程、優越感に既に浸っているハンドレー。その瞳に映るのは、己の栄光と勝利の姿、ただそれだけであった。
「……では次!ヘクトリウス・ハンドレー!」
待っていました、と言わんばかりの自信に満ちた表情を浮かべる彼は、ゆったりと、しかし逸る気持ちを抑えられない様子で歩みを進めていた。
「それでは、これよりこの者の洗礼の儀を執り行う」
そして、他の者へとやったのと同じように儀式を進めていく。そう、少なくともこの大司教の前には権威も通用しないのだ。
政教分離が比較的進んでいると言われているこの国であっても、やはり貴族と神官の癒着は少なからずある。とは言えども、表舞台からは姿を消しているので、一般人にとっては知る由もない事である。
大司教が祝福の言葉をかけ終えると、ハンドレーの身体が薄らと光輝いていた。心做しか、少し強く発光しているようにも感じられた。
大司教が魔術を発現させると、ハンドレーの職業やスキルが間もなく明かされた。
「この者が与えられた職業は『聖騎士』だ。そしてスキルは《守護者》だ」
聖騎士にして、《守護者》。それは即ち最硬ともされる盾役の組み合わせの1つとされている。
「なるほど、これは悪くないな」
クックッと喜びを噛み締めるように笑うハンドレー。彼が狙っていたのは攻撃に重きを置いた職業であったが、その有用性に気がついたのか、あまり気にした素振りはない。
そう、ヘクトリウス・ハンドレーは選民主義的で差別思考が強いが、間抜けではないのだ。
「レイ・メビュール。今でこそ俺はお前に遅れをとっているかもしれないが、今に見ていろ。絶対にお前を跪かせてやるからな!」
そう言って気が済んだのであろうか。ハンドレーは軽い足取りでこの場から立ち去って行った。
何はともあれ、この後は洗礼の儀は恙無くその全てを終了したのだった。
◇◆◇
魔剣士。それは、補助魔術と付与魔術を使いこなし、幅広い役割をこなす攻撃役である。中でも瞬間火力、すなわち一撃の重さを重視したスタイルが流行っている。
攻撃魔術を併用し、爆発的な火力をもたらすこのスタイルは、『魔剣士』達の間ではメジャーであり、定石であった。
帰宅の途についたレイは自身の将来について思考を巡らせていた。その身に受けた、あまりにも重い運命に困惑しつつも、その思考はいたって冷静であった。
何故なら、結局のところレイにできるのは己を磨き、鍛えることのみであるからだ。とはいえ、急に変化した身体能力に自分の感覚を合わせるのは簡単にはいかない。
「おっと……」
毎日の日課である鍛錬のメニューをこなそうとしている時、それは顕著に現れる。日常生活では誤差の様なレベルの感覚の違いが、戦闘時においては致命傷となる。
現にレイは剣で鋭く、縦の直線軌道を描いたつもりであったが、身体の方が追い付かず、なんとも間抜けな一振りとなってしまう。
感覚と肉体との間の乖離は想定よりも遥かに大きい。
そんなレイの苦労を知ってか知らずか、長い間別件で暇を取っていた『剣の師匠』が彼の元を訪れたのだった。
「よう、レイ。長い間来れなくて悪かったな。ちょっと立て込んじまってよ」
「いや、大丈夫だよ。むしろナイスタイミング」
「柄にもないことを言ってんじゃねぇよ」
気兼ねなくそして気楽な様子でレイが会話するこの男こそ、レイの『剣の師匠』である。
一見だらしがないが、やる時は別人になる男。彼が大陸で名の通った冒険者であるという事実は、今のレイには知る由もなく、ただの凄腕剣士のおじさんという認識であった。それも、両親どちらかのパイプだろうという事を考えていた。
「よし、そんじゃ早速立ち合うぞ。構えろ」
そう言うとレイの方向に身体の正面を向け、剣を構える。今彼が構えるは模擬戦用の大剣。木製なので斬れ味は無いに等しい。とはいえ叩き斬るくらいのことは可能ではあるが。
数々の死線を超えてきたであろう雰囲気を醸し出す彼には、間違いなく強者としての風格が漂っている。
「いつもながら突拍子もないね。わかった、ご指導よろしくお願いします」
レイも同様に剣を構える。その様相は、彼がまだ8歳である事を考えれば明らかに異質であるが、彼等にとっては当たり前のことであった。
「しばらく見ないうちに、構えはだいぶ良くなってるな。最後に見た時よりもずっと圧を感じるぜ。だが……」
瞬く間、横薙ぎの一閃がレイに襲いかかる。しかし、身体能力が以前の半分となってしまった彼には対処しきれるものではなかった。
「ぐっ……」
辛うじて剣を当てることは出来たが、勢いを殺すことは出来ずに大きく吹き飛ばされる。
「お前、弱くなったか?」
「……っ!」
すぐに受身をとり、体勢を立て直したレイは、慣れない感覚に襲われながらも必死に思案する。
(あの顔はどうやって痛めつけるかを考えてる顔だ)
流石に何かしらの異変は悟られるかな、と思っていたレイであったが、こんなにも早く勘づかれるのは完全に予想外だった。
「動きがぎこちない、というかびっくりしてるってのが適切か?技術が運動能力に追いついてないパターンはよくあるが、その逆は初めて見たぞ」
口ではそういうものの、追撃の手が留まることは無かった。レイがどれだけ躱し、防いでも気がつけばその身体に痣が増えていく。
「そろそろ終いにするか」
その瞬間、フッと姿が消えたかと思えば、レイは後頭部の辺りに強い打撃を受ける。
意識が飛んだレイをその腕に抱えた凄腕のおじさんは形容しがたい表情で独り言る。
「『試練』ねぇ……」