1.洗礼の日
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「おはよう、レイ」
「おはようございます、母上」
朝日が差し込み、木々がキラキラと輝く早朝に、レイとその家族はダイニングに集まっていた。卓上には、いつも通りの質素かつ洗練された朝食が並んでいる。
「今日は洗礼の日よ。心の準備は大丈夫?」
「はい、もちろんです。どんな職業、スキルを頂いても私のやるべき事に変わりはありません」
「そうだな、お前は聡く賢い。それに、たとえどんなものを頂いたとしても、お前の人としての価値は少なくとも私達家族の中では変わらない。その事だけは頭に刻んでくれ」
そう言って、レイの頭を鷲掴みにしてワシャワシャとしているのが、彼の父である。
洗礼は8歳になると誰もが教会で受ける儀式のことであり、一説によれば、神から職業やスキルを授かるとされている。
レイは、伯爵家の当主である父、オルクス・メビュールの三男である。サークレ家は、比較的名門と呼ばれる家であるが、実のところは平民からの成り上がりであるのだが、その事を知るものは限られている。
「そうだよ、それにレイは今までいっぱい頑張ってきたんだから、怖がることは無いよ。僕だって望んでたものは授からなかったけど、それでも今ではすっかり馴染んでるし、父上や母上は変わらずに僕のことを愛してくれている。だから、安心して洗礼を受けてくるといいよ」
そう言って優しげに微笑むのはレイの2歳年上の兄であるオーバだ。彼は2年前に洗礼を受け、『鍛冶師』の職業を授かった。貴族では異例ともいえるものであり、最初は深く落ち込んだが、今ではその影は何処にもない。
そんな彼に励まされたレイは、少し気が楽になる。噂で聞く程度ではあったが、他の家で追放された子息や子女がいるという話を聞いていたので尚更だ。
朝食を食べ終えたところで、早速メイドがレイの身支度を行う。
「レイ様、何処か気になるところはございますでしょうか」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
「いえ、それが私の仕事ですので」
そう言いつつ、満更でも無い様子を隠せていないこのメイドは、レイが生まれてからずっとレイに仕えてきた気心の知れた存在である。
手馴れた様子で服を着せ、髪を丁寧に整えていく。三男とはいえ、伯爵家の子息であるため、度々貴族のパーティーに出席しなければならない。その為、この一連の動作は何ら特別な事ではない。
レイ当人としてみればパーティーはただ退屈なだけである為、参加するのは渋々、といった様子であるが、仕方の無いことなので諦めていた。
この国の成人年齢は16歳であり、その頃からこのメイドはレイに仕えている。長い間一緒にいるだけのことはあり、まさに以心伝心といった様子である。
「全く、レイ様は外見もよろしいのに本人の無頓着さときたら……」
メイドは思わずそう、独り言つ。いつも彼と一緒に過ごし、彼を熟知しているが故の発言である。
彼女のメイドとしての仕事は、多岐にわたる。身の回りの世話から、家庭教師までもやってのける。その有能ぶりは誰の目から見ても明らかである。
国で一番の高等学院を主席で卒業した彼女は、就職先に困らなかった。どこに応募しても間違いなく、即採用の人材であった。それにも関わらず、一伯爵家のメイドとして働いているということで、ある意味この高等学院における伝説となっているのだが、それはまた別の話である。
そんな彼女から見ても、レイは異質な存在であった。彼は、8歳にして剣術も魔術も一通り修了しているのだ。しかも、実戦的な内容のものを、である。
彼の剣の師匠は、とにかく実践派、簡単に言えば脳筋であった。その為、身についた戦い方も一般的な貴族に有るまじきもの、所謂『冒険者の術』である。これに対するものとして、貴族は一般的に『貴族の術』を習得する。
優劣などは目立っては存在しないが、華麗で優雅なものが『貴族の術』、より実践向けで無骨なものが『冒険者の術』と呼ばれている。結局は使い手の力量次第なのだが、それとこれとは話が別で、一般に『冒険者の術』は見下される傾向にある。
彼女から見て、彼の何が異質かと言われれば、間違いなく「思考」と答えるだろう。彼の魔術の師でもある彼女は、間近でレイの魔術を見ている。故に、その特異性も彼女が一番理解しているつもりだ。もっとも、当の本人にその事を理解している節はないが。
さて、そんな彼であるが故に、社交界の場での名の通りは非常に良い。『神童』という渾名がつけられる程である。
そんな彼が洗礼を受けるのだから、貴族達の間では良くも悪くも話題にならざるを得ない。
「あの『神童』が今日洗礼を受けるそうよ」
「きっと素晴らしい職業を授かるはずよね」
このように肯定的な見方をする者もいれば、
「なにが『神童』だ。クソみたいな職業を授かったあとの面を拝みたいものだ」
このように否定的な見方をする者もいる。このあたりは、有名税ということだろうか。もちろん、そういった声はレイの耳にも入ってはいるが、特に気にした様子はない。
レイが身支度をしていると、トントン、と扉が鳴る。
「レイ様、馬車の用意が出来ました」
「わかった、今行くよ」
そう言って、レイはとあるアミュレットを懐に忍ばせる。彼が外出する際に必ず身につける、お守りのようなものだ。
「さあ行こうか、アリー」
「かしこまりました、レイ様」
気心のしれたメイドに声をかけると、レイは馬車に乗り込む。その中には、もちろん彼女と、レイの両親も一緒である。基本的に親バカな2人が、この特別な日を逃すはずがないのだ。
◇◆◇
レイ達一行が向かっているのは、王都にある聖教会総本山である。貴族の一員として生を受けた数え年8歳の子供は、全員ここで洗礼を受けることとなっているのだ。
「さて、と……」
レイが馬車から降りると、視線を集めているのが容易に感じ取ることができた。いやでも『神童』という渾名の影響力の大きさをその身をもって体験する事になる。
値踏みするような視線や、羨望の視線、更には敵愾心を持った視線をその身に受けていたレイは、アリーと一緒に教会内の祭壇へと歩みを進めていく。
コツ、コツ、と曇りのない足音が響く。いくら貴族の子だろうと、教会内では私語は厳禁。教会内はいわば、一種の聖域なのである。
その中でレイとアリーは淡々としていた。辺りには洗礼を受けに来た数多の貴族の親子が並んでいる。端的に表すならば、順番待ちをしているのだ。様子を見ていると、ソワソワとしていてどこか落ち着かない様子であるのが簡単に見てとれる。
ある意味人生において一番残酷な日であると言っても過言ではない。この洗礼の儀こそが、彼ら彼女らの今後の人生を決定づける契機である(と少なくとも思われている)。
この洗礼の儀では、主に職業とスキル、及び祝福(稀に加護)を授かると言われている。その為、この日ほど人々が敬虔な信徒になる日はないだろう。
ある者は自身の将来への展望を膨らませ、またある者は見通しの立たない不安感に襲われる。それが人々のあるべき姿とも言えた。
「……神々の奇跡を」
大司教が、祝福の言葉をかけると、とある貴族の子供の体が薄らと輝きを放つ。これが、無事に洗礼を終えた証である。
人々が固唾を呑んでいる中、大司教がその子供に向かって歩みを進めていた。その瞬間、既に、息を潜めるように静寂が場を支配していた。
「この者に与えられし術を示せ『仮初ノ神眼』」
大司教が魔術を発現させると、半透明の板状のものが可視化される。神から賜ったものを確認するためのものである。
「ふむ。この者が与えられた職業は『弓兵』だな。スキルも祝福もそれに準ずるものだ」
瞬く間の静寂の後、一人の男性が洗礼を終えたばかりの少年に向かって、険しい表情を浮かべながら近づいていく。
次の瞬間、高く乾いた音が響き渡った。少年の頬は熟れた果実のように手の形で紅く染まる。
「お前はもう、我が家の子供ではない。何処へでも好きに行くがいい」
「待ってください!例え弓兵でも、魔術は使えます。ですから!」
魔術の名門と名高い系譜の家の子なのだろうか。やたらと魔術に拘りを持つ親に絶縁宣言をされた子供が慌てふためく様子を、参列の一同は同情の眼差しで見つめていた。
誰が好き好んでこのような場面を見たいだろうか。「うわ、リアル追放劇だ」と内心では溜息を着く者も少なくない。
「騒々しい!我がケームナー家にて生を受けたからにはそれ相応の才覚を持っていなければならない。それなのにお前ときたら弓兵だと?論外にも程がある。とにかく荷物を纏めて今日中には家から出ていけ!二度とその面を我が前に現すな!」
「……っ」
歯ぎしりを立てながら俯いた様子の少年が「僕だって望んでこんな家に生まれた訳じゃないのに」と父親だった貴族には聞こえない程の声で独り言ちる。
その時の少年の表情は、誰からもはっきりと確認することは出来ず、ただ頬を伝う一筋の光のみが彼を心情を物語っていた。
「では次!レイ・メビュール、前へ」
無情にも聞こえるその声が、教会内に響き渡る。人々の関心は完全にレイに移っていた。
淡々とした表情で歩みを進めるレイ。
周囲の関心を一身に受けるようにして歩く彼は、1人の少年へと目を向ける。その目には、神殿のシスターに連れられる少年の様子が映り、少し安堵の表情を浮かべる。
「それでは、これよりこの者の洗礼の儀を執り行う」
その一言で、場の空気がピリッと引き締まる。
「嗚呼、主なる創造神様よ、無知蒙昧にして不完全な我らに敬虔な人たらしめる奇跡を、我らにお与えください!この者に神々の奇跡を」
レイの身体が薄らと輝く。その後の行方にその場の者達が注目する。
「『仮初ノ神眼』」
大司教が再び魔術を発現させる。
「……」
静寂が場を支配する中、その空気を壊すように大司教が言葉を発する。
「この者が与えられた職業は『魔剣士』だ。そしてスキルは……」
――『循環』だ
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