魔王軍四天王との対峙(1)
ヒュドラを撃退した場所から、更に数百メートル北東。
エクルが指差した先には、小さな遺跡に似た石造りの人工物があった。
大きさは都心の歩道に設置される、地下鉄の入口くらいか。
中で暮らすには狭く、小屋とも思えない長方形のそれを目にして、俺はすぐにピンと来た。
「なるほど。四天王の居城は地面の下か」
「ショーマ殿、あれに見覚えがあるのか?」
「恐らくこちらからの死角が開いてるはずだ。あれは階段を守る屋根みたいな物だろう」
「そういうことか……。私はてっきり倉庫か何かを想像してしまった」
ミモザが感心している頃にシャルも追いつき、俺達は遺跡をじっと見据える。
建造物の佇まいからしても、魔人が関与しているのは間違い無い。
そして千里眼によって地下へと続く階段も確認できた。
その先を見られないのが気掛かりだけど、さっきの霧みたいに妨害する術があるのだろう。
ゆっくり近付いていくと、足を止めたミモザが不意に身構える。
「近くに何者かがいる。強烈な殺気だ」
「えぇ、足音が近付いてきますね……」
腰の物に手を掛けるミモザに次いで、シャルも耳を澄まして察知したらしい。
呼吸を整えながら北方を向いている。
しかし次の瞬間、シャルは右へ九十度首を回した。
「そこです! すごい速さで移動しました!」
「あー、うん。音はまぁバレるか」
気だるげな声を出しながら歩いてきたのは、見るからに魔人の男。
クラレットに似た赤褐色の肌に、髪まで炎のように赤い。
体格は大柄だったチェスナットより一回り小さいが、鍛え上げた細マッチョって感じだ。
上半身裸で髪を掻く姿に、緊迫感は微塵も無い。
それが逆に不気味さを醸し出している上、強さ故の余裕とも受け取れる。
こいつが魔王軍の四天王で間違いなさそうだ。
とぼけた態度のそいつに、俺から確認した。
「お前がバーガンディだな?」
「あぁ〜……あー、お前か。人間とエルフは聞いてるからまぁいい。そっちの動物達はなに? 強いの?」
「肯定ってことでいいんだな。セピアはどこにいる? お前が捕らえてるんだろ?」
「ん〜、あー、あの羊か。あれってお前らの敵じゃなかったっけ? 助けに来たの?」
「一方的に敵視されてただけだ。理由も知ったし、仲間とも彼女を助け出すと約束したんでな」
片方の眉を上げて頭をポリポリ掻く男は、ひたすら面倒くさそうな様子を見せる。
敵の親玉として、俺が思い浮かべていた人物像とは、だいぶ違った印象だった。
その態度を崩さないまま、バーガンディがボソッと呟くように発言した。
「まーなんでもいいか。ヒュドラを倒して来れたんなら、ちっとはやり合えるんだろ?」
不敵な笑みを見せた直後、ゆらりとした動作で距離を詰めてきた敵は、連続で拳を繰り出してくる。
身のこなしは軽いのに一発一発が非常に重く、まともに喰らえば即死しそうなレベル。
さっきの速さもクイックムーブの直線的なものではなく、恐らくこの暴力的な攻撃と同様に強化魔法のみ。
基礎的な運動能力が、他の人類種と桁違い過ぎる。
皮一枚避けるだけで精一杯の中、両者の間を鋭い刺突が貫いた。
「あー、うさぎの方が強いの?」
「侮られては困る。これでも私は伝説級の冒険者なのでな」
「伝説級? お前らの基準で言われてもさっぱりだから、その剣で力を示してくれ」
標的を変更したバーガンディは、容赦なくミモザに襲い掛かる。
しかし接近戦の技術や場数で俺の遥か上を行くベテランは、魔人の猛攻を易々といなし、レイピアで上手く間合いを取っていた。
見えるのと体現するのとではまるで違う。
目で捉えた攻撃に必死だった俺に比べ、流れに逆らわないミモザの体配は、熟練の風格を漂わせている。
高度な戦闘に目を奪われる俺の肩を、背後からシャルが軽く叩いた。
「ショーマ様、あの魔人の魔力は途方もないです。ショーマ様に匹敵するかもしれません」
「ようやく魔力の流れを感知出来たのか?」
「間近にいる人の魔力でしたら、多少は感じ取れます。そしてショーマ様と魔人だけ別格なのは、この距離なら明らかです」
「つまりこのまま長期戦になると、ミモザの強化が先に切れて反撃に遭うわけか……」
シャルの見立て通りなら、奴のMPの絶対量は常人のおよそ十倍。
現状の能力値をしばらくは維持してくるだろう。
だが自動回復する俺には、揺るぎない圧倒的なアドバンテージがある。
なんとか遠距離の撃ち合いに持ち込めれば、俺よりMPが数倍高い敵だったとしても、そう簡単に負けはしない。
俺は右手を前に構え、動き回る四天王に向けてエミッションを放った。
「ぐっ! なんだぁこれは?」
「マジか……下位の魔獣なら即死する弾を受けても、傷ひとつ付かないのかよ」
「あー、俺は身体能力だけじゃなくて、肉体強化も使ってんだよ。結構硬いぜこの身体は」




