敵意に応じる殺意(1)
未開拓地からとんでもない速度で出てきた魔人は、筋骨隆々な長身の男。
さっきの動きは尋常じゃない。
身体能力以外に、恐らく高速移動か何かの魔法を使ったのだろう。
俺はそれよりも疑問だった事を、無粋な敵に問い掛ける。
「しかし解せないな。クラレットだけじゃなく、わざわざ俺にも念話を聞かせた目的はなんだ? 傍受したつもりはないのだが」
「それに気付かぬとは、貴様は戦闘の素人か」
「生憎だが、戦いに身を置き始めたのは最近でな」
奴の意図が掴めずにいると、シアンがなにか納得した表情で俺に語り掛けてきた。
「さっきのショーマくんはそれで気が逸れていたのか。あいつが君に突っ込む際に、君が前を向いてるのが不都合だったんだよ」
「なるほど。念話の発信源探しに集中すれば、正面側に隙が生まれる。それが狙いだったか」
「エルフの反応の良さは想定外だったがな。それにしても貴様ら、今すぐ引き返す気はないのか?」
「まずはボルドーとセピアに会わせろ。交渉相手と面会もせずに帰るつもりはない」
「それは無理な相談だ。役目も果たせない半獣人など、人質くらいにしか利用価値が無いんでな」
想像はしていたけど、やはりセピアは魔人族にいいように使われていただけらしい。
奴の発言を聞いたシアンは、激高寸前の様相で声を荒らげる。
「どういうことだ!? お前達とセピアは仲間同士だったんじゃないのか!?」
「なにを言っている? あの女は瘴気も持たない出来損ないだ。そんな奴と仲間になれるわけがないだろう」
魔族は例外無く瘴気を帯びた魔力を宿しているが、人類種の魔力に不純物はない。
だから浄化という瘴気を祓う行為を可能とし、自分らのテリトリーを拡げられる。
魔族である魔人にとって、他の人類種は侵略者に他ならない。
そしてセピアもまた、そのひとりと認定された。
お互いの領域で生きられないわけではないのに、この違いが決定的な溝になってしまうのか。
無慈悲に吐き捨てられた魔人の言葉に、シアンは表情を凍り付かせている。
だがそれはただ絶望しているのではなく、大切な人を救う光明、そんな可能性を感じた硬直にも思えた。
「……今頃彼女は後悔していることだろう。だから必ず僕の手で助ける! 大人しく彼女の居場所を教えろ!」
「寝惚けたことを言うな猫が。自分の手駒をみすみす捨ててなんの得がある」
「だったら力尽くで吐いてもらうよ!!」
「クラレット、その獣人共の相手をしろ。俺は人間の面倒を見る。油断するなよ?」
「はいはい、わかってるよ!」
男の魔人に斬り掛かるシアンの行く手を、クラレットが渋々といった様子で阻んだ。
アンバーとオーカーも加勢に入ってるから、簡単にはやられないだろう。
俺はシャルを後方へと下がらせ、男の方と目を合わせた。
奴は睨み返しながらも、無表情で口を小さく開く。
「素人でも、貴様が最も厄介なのは知っている」
「俺も知ってるぞ。お前がボルドーやクラレットを、裏で動かしてたって事実をな」
「だったらなんだ? 貴様はなにがしたい?」
「エルフの村を襲わせたのもお前だよな?」
「だからなんだと言っている。貴様はなぜ我々の邪魔をしながら、同時に情けをかけた?」
「お前とは違う奴がいるからだ。ただ奪うだけではなく、誰かの為に動ける奴がいた。あの時のボルドー達を殺す気にはなれない」
「理解に苦しむぞ。我々にとって貴様らは敵であり、貴様らもまた同じはず。敵の内部事情に感化されるとは、愚か者の極みだろう」
徹底的に敵意を崩さないこいつは、やはり今まで会った魔人とは違う。
断固として心の隙を見せず、意思疎通の出来ない兵器とでも会話しているみたいだ。
次の瞬間、目の前の奴は視界から消えた。
背後から叫び声が聞こえ、慌てて振り返った先ではシャルが殴り飛ばされている。
腕に抱えられていたミィが心配そうに寄り添い、横たわるシャルの口からは真っ赤な血が流れていた。
「お前……なにしてやがる!」
「まだ意識があるのか。頑丈なエルフだ」
「なんでいきなりシャルを殴ってんだよ!!」
「また躱されては面倒だ。反応の良い者から先に無力化するのは、戦闘において常套手段だろう?」
【クイックムーブ】
俺は魔人の懐に高速で突っ込み、グローブを嵌めた左拳を力いっぱい顔面に叩き込む。
この魔法は想定外だったらしく、大柄な体が軽く十メートル以上後方にふっ飛ばされた。
すぐにシャルの下に駆け寄り、回復魔法を唱える。
【グローヒール】
「も、申し訳ありませんショーマ様。巧みに意表を突かれ、不覚を取ってしまいました……」
「無理に喋らなくていい。もうすぐ傷が癒える」
「ありがとうございます。もう油断は――」
「離れていろ。あいつは俺ひとりでやる」
「ショーマ? 怒る? もう、怒ってる?」
「ミィもシャルと一緒に居ろ。危ないから」
フツフツと煮えたぎる感情は、一発では到底収まらない。
こんなに腹が立つのはいつ以来だろうか。
むくりと起き上がったあの男が、とにかく憎くて仕方がない。
ゆっくりと距離を詰めていき、改めてそいつの顔を目に焼き付けた。
もう絶対に見逃さないようにと――




