魔人との約束の日
「おや、今日はミィちゃんも一緒なのね」
「二日間ずっと留守番させてたし、たまには掃除以外の気晴らしも必要だろうからな」
「それもそうね! いってらっしゃいみんな」
「アンリ、いってくる! お菓子、作って!」
今日はセピアの様子を確認しに、ボルドー達に会いに行く約束の日。
前回と同じ面子で向かう為、この日はミィも宿屋を離れる。
手を振りながらお菓子を所望する姿は、とても謙虚なブラウニー族とは思えない。
だからこそこの子が俺達と馴染めているのもあるけど。
リーヴァルの外れの厩舎でシアンのパーティと合流し、北の山脈に向けて馬を走らせた。
俺達三人は通例通り馬車の中だけど、顔を出して景色を眺めれば、晴れ渡る青空と澄んだ空気が心地好い。
「ショーマ様、振り落とされないで下さいね?」
「落ちても走って追いつけるから、なにも問題無いと思うぞ? もし怪我してもヒールで――」
「そういう問題ではありません! 万が一首の骨でも折れてしまえば、命に関わります!」
「……たぶん普通に着地出来るけどなぁ」
「あははっ! ショーマ、怒られてる!」
キッサ村で馬を降り、見渡す限りの平原を六人で歩く途中、特に不穏な気配はないのになんとなく胸騒ぎがした。
千里眼で先に山のふもとを見ていると、突然シアンが大きな声を上げる。
「向こうになにかいるよ! まだだいぶ遠いけど」
「あれは……ヘルハウンドですね」
「え? シャルさん、この距離で見えるの?」
【エアカッター】
「――はい。この腕輪のおかげで、三キロくらいは肉眼で確認できます」
「しかも魔法があっさり届いてるよ……。さすがショーマくんの仲間と言うべきかな」
千里眼はどうしても焦点をズラす時間が掛かるのに対し、シャルは視力が強化されてるだけなので対応が早い。
昨夜渡した魔術武具を、思いのほか使いこなしてくれている。
さっきシャルがかまいたち的な魔法で倒したのは、黒い体の犬っぽい魔物。
魔獣に比べたら弱いとは言え、一キロ以上離れた位置から首チョンパとは、威力減衰を踏まえると驚異の腕前だ。
コントロールも完璧だったし、このエルフ前より強くなってるかも。
「ガッハッハッ! どうしたショーマよ? 今日は娘っ子に全部持っていかれてるぞ!?」
「アンバーさん、本当に懲りないですね。またショーマさんを怒らせても知りませんよ?」
「お主はいつも保守的じゃのうオーカー! 人生遠慮するより、笑いまくったもん勝ちだ!」
「それで前回死にかけたの、アンバーさんですけど……」
もし今日も戦闘になれば、真っ先に死ぬのはアンバーだな。
そんな余計な事を考えていると、正面の遥か遠方に人影が映る。
俺の目が届くギリギリの距離だが、どうやらそれはクラレットらしい。
独りでポツンと佇んでいて、他の二人が見当たらない。
全員に伝えて警戒しながら向かうと、やはり単独で来たようだ。
罠じゃないとは言い切れない状況だな。
「遅かったなぁ、変態とその取り巻きども!」
「お前は来なくてもよかったんだけどな、クラレット。ボルドーとセピアはどうした?」
「ホンっトにムカつくなアンタ! こっちにも色々と事情があんだよ! ちょっとツラ貸せ」
「断る。この場で話し合えないなら、まずは理由を言え。お前達を信用したわけじゃない」
山へと連れて行こうとするクラレットに、ホイホイ流されるのは愚の骨頂。
敵陣で俺だけならどうにかなっても、あとの五人を守りきれる保証は無い。
苛立つ魔人を黙って睨んでいると、向こうは諦めたように大きな溜め息を吐いた。
「あの二人は別件でここにはいない。代わりにアタシが対応してやるから、ありがたく思いな!」
「ふざけたことをぬかす。お前みたいなガキが交渉相手じゃ、まともに話しが進まん」
「アタシはガキじゃねぇ!! 二十二歳の立派な大人の女だ! バカにすんな!!」
「嘘だろ……? 今日一疑ってしまうわ。魔人族も歳食うのが遅いのか……?」
「てめぇら人間と寿命は変わらねぇよ!!」
(もういいクラレット。貴様は下がれ)
不毛な言い合いに割り込んできたのは、聞き覚えの無い男の太い声。
しかも脳内に直接語り掛けられた感じだ。
これは恐らく念話。
だがクラレットだけに聞かせればいいものを、なぜ俺まで……?
周囲を探っても声の主は気配すら無く、シャル達には念話も届いてない様子。
厳戒態勢で四方に目を配っていると、俺より先にシャルが敵を発見し、全員に注意を促した。
「前方から新手です! 魔人の仲間が!!」
感知出来るギリギリの速度で移動してきたそいつは、シャルが呼び掛けたのとほぼ同時に、迷わず俺の喉笛を握り潰しにくる。
反射的に右手で攻撃を払い除けた俺は、すぐにミィをシャルの懐に移した。
危うく殺されてたかもしれない。
普通の動きじゃなかった。
「聞いてた通り、人間の常識を外れているみたいだな。エルフの邪魔立てもあったが」
「おい、手荒な歓迎を受ける理由はないぞ」




