うさぎ耳の少女(2)
「うわぁー、はやいはやい! ホントに馬より速くて、エクル超びっくりだよ!」
「うるせ、道案内しろ。つーかなんでこの抱え方なんだよ? 背中にでも乗せりゃ良かった」
「えー、抱っこって言ったらお姫様抱っこでしょ! ショーマちんも嬉しいっしょー?」
「どういう理屈で俺が喜ぶんだよこれ」
ギルドに正式な依頼として手続きさせ、出発してからすぐに走り出した。
腕の中のうさ耳は百六十センチも無さそうな小柄な少女だが、体重はシャルくらいだろうか。
とりあえずどちらも綿毛みたいに軽い。
全力疾走なんて久しぶりだけど、以前とは身体強化の度合いが段違いだから、時速百キロは軽く超えている。
道が平坦な上、信号などこの世界には存在しないし、これならすぐに到着しそうだ。
「よーし、もちっと疾くしたげるねー!」
【クイックムーブ】
突然エクルが唱えた魔法により、三百メートルくらいを一瞬で滑るようにして移動し、上手く止まれずにあわや転びかけた。
この魔法、便利そうだと思ってついさっき本から書き写したやつだ。
「お前、魔法が得意なのか?」
「エクルは獣人だけど、生まれ育ちはモートリア帝国の村だからねー。魔法も魔術もちょいちょい使えるんだよ!」
帝国は特に人種差別などしていないから、各所に亜人も暮らしていると聞く。
大多数の亜人はクリミナに集まるけど、この子にとっても帝国は住み心地が悪かったのかも。
そんな懸念をよそに、エクルの口から出た理由は拍子抜けする内容だった。
「でもセピアさんみたいにMPぶっ飛んでるわけでもないしぃ、村のみんな氷の適性あるのに、エクルは水属性オンリーなんだもん。なんか不公平で飛び出したくなるよねー」
「氷属性なんて珍しいな。まぁ要するに、村の連中に魔法や魔術では勝てないから、こっちに来て冒険者を始めたってわけか」
「だって特別になりたいじゃん!? エクル、獣化も魔術も使えてけっこー強いんだよ!?」
「俺も似たような鬱憤から故郷を捨ててきた。自分くらい、自分を認めてやりたくてな」
「めっちゃわかるー! ショーマちんとは気が合いそう! いい友達になれそうだね♪」
「まずはお前の仲間を助けてからにしようか」
魔法は魔力が変換されるプロセスと効果を鮮明にイメージした時、潜在的な素質があれば行使する事が可能。
少しだけエクルを身近な存在だと思えた俺は、彼女が先程かけてくれた魔法を、自分でも使えると盲信した。
重力や空気抵抗を全く受けず、たった一歩が極限まで加速するあの感覚。
体が覚えたそれを、魔力を運動エネルギーに変換して再現する。
俺は魔法名を唱えた。
【クイックムーブ】
ただがむしゃらに信じただけで、あっさり発動出来たではないか。
この出来そうという手応えは、これまでの魔法も同様だった。
「うわっ! ショーマちんも使えるじゃん!」
「試してみたが、コントロールが難しいな。それにMPもガクッと減ったぞこれ」
「うん。だからエクルはMPポーションたくさん持ち歩いて、なんとか使えてるんだー」
キサラディを出て十五分ほど経過しただろうか。
辿り着いたべレンズの街は物々しい雰囲気に包まれ、逃げる準備をしている住人も目立つ。
ここから五キロ先なら千里眼が届く範囲だ。
すぐに使用すると、確かに三体の真っ黒な化け物と、冒険者の姿が映る。
だがそこにはひとりしか見当たらない。
刀らしき武器を構えた男が、傷付きながら立ち向かっている。
戦況は最悪の一歩手前といったとこか。
「エクル、犬型獣人の剣士は強いのか?」
「リーダーのスマルトだよ! スマルトが一番強いけど、他のみんなは見えた?」
「急ごう。そのリーダーも危ない」
青ざめながらも同行すると言うエクルを再び抱きかかえ、気温の高い草原を全力で駆け抜けた。
見えてきたバーゲストの口元には、赤く滴る血の様な物も確認出来る。
俺はエクルを左腕一本で担ぎ、右手を前に突き出した。
「そいつらから離れろ! 攻撃する!」
驚いた犬人間が振り返ったタイミングで、一番右の魔獣が飛びかかる。
咄嗟にエミッションを発動させ、人間大に解き放たれた魔力を直撃させた。
コントロールを失えば味方を巻き込んでいたな。
すぐにエクルが腕の中から飛び降り、大きな声で仲間の名前を呼ぶ。
「スマルト、こっち来て! 早く!!」
「ハァ……ハァ……。エクル、ごめん……」
息を切らしたスマルトは顔を向けるのみで、一歩も動けないといった様子だ。
すかさずクイックムーブでバーゲストに突っ込み、奥に向けて思い切り蹴り飛ばす。
象も丸呑みにしそうな巨体は、かなり重量感があったけど。
あと皮膚が硬い。
十分に距離はとれたから、あとはエミッションでとどめを刺すのみだ。
「す、すごいショーマちん。一体何者??」
「故郷を捨てた大馬鹿者だと言っただろう」




