相対する意地と意志
「ショーマくん、この場で決闘だ。サシの勝負で僕が勝てば、君はここのギルドさえ味方につけられないと証明される。手段を変えるしかなくなるね」
「……開始前に獣化していいぞ。本気の状態で潰されないと、お前は諦めそうもない」
「その提案、後悔するかもしれないよ?」
「言ってろ。エミッションも不要だ」
薄いプレートの鎧を外したシアンは、上半身裸になったかと思うと、全身に力を込め始める。
白い牙が膨らむと同時に、顔や腕が黒とオレンジの毛に覆われ、大きな虎の姿へと変貌した。
元から百八十センチ以上で細マッチョな体格だったが、今は二メートル半近くあるだろうか。
軽く見上げないと目線が合わない。
「四足歩行にはならないんだな。下半身の装備もそのままだし、半分獣って感じだ」
「僕はこの姿になっても剣が使えるから、全ての装備を外したりはしないよ。服は形状記憶の特別製さ。金属の鎧はさすがに外すけどね」
「そうか。思っていた獣化と少し違うが、まぁいい。いつ始めても構わないぞ」
すぐに戦闘態勢に入ったシアンの踏み込みは、重そうな巨体に似つかわしくない速度で距離を詰め、鋭く尖った爪を力任せに振り下ろす。
しかしミィの付与魔法を受けて以降、書き換えられた紋章は俺の知覚までも強化し、虎男の素早い動きも完全に捉えている。
「速いね! その強化中は何倍速で動けるんだい!?」
「一昨日までは三倍程度だった。昨日の一件から、今は体感で五倍以上はあるな」
幾度となく繰り返される攻撃を全て躱しながら、受け答えする余裕もあった。
向こうも余力は残しているみたいだけど。
細かくスピーディな動きにも飽きてしまい、わざと懐に隙を作ってみると、躊躇無く大振りを繰り出してくる。
「ボディがガラ空きだ」
思い切りの良い左の突きを一歩で逸らし、シアンの腹部に拳を叩き込む。
加減はしたつもりだったけど、思いのほか軽く感じた奴の体は、トラックにでも撥ねられた様に後方へと吹っ飛んだ。
五メートル以上は飛んだけど平気だろうか。
「これで一本取ったぞ。まだ続けるのか?」
「効くなぁ……フゥ……。ショーマくん、これは決闘だよ? どちらかの心が折れるまでは終わらない。君が考え直すまで、僕は決して倒れない!」
「暑苦しいな。もういい、剣を取れよ」
「剣術で勝負するのかい? 君は素人だろ?」
「なに言ってやがる。俺は殴り合いだって素人だ。お前は魔力量だけで圧倒されてるんだよ」
挑発に乗せられたのか、シアンは無言で立ち上がり腰の物を引き抜くと、魔法で刃に気流を纏わせる。
全力を出そうという心意気は分かるが、獣化後だと爪の方が迫力があるな。
「すまない。君は魔術師として決闘に望んでるのに、水を差す言い方をしてしまった。僕は剣士として、真っ向から挑むべきだね」
「講釈はいいからかかってこい。俺はさっさと終わらせてギルドに行きたいんだ」
剣先を正面に向けた独特の構え。
多くの魔族を討伐してきた熟練の風格に対し、俺は唯一常備している短剣に魔術を使い、ただ刀身を伸ばしただけの得物で応戦する。
本来の戦闘スタイルで戦うシアンはなかなか手強く、反応も動作も俺が勝っているのに、いなすのがやっとの状態。
獣化のパワーも相まって、鍔迫り合いの度に俺の武器が軋んでいる気がした。
「剣の長さを変えるなんて、魔術師らしい戦い方だね! でもそろそろ限界かい?」
「柄が短くて力が入れにくい。剣技を知らないからコイツで充分だと思っていたが、こういう戦闘では確かに無理があるな」
腕力だけで振り回す俺と、剣術と魔法を用いたシアンのぶつかり合いは、ひたすら武器への負担を強いていく。
腰を入れたシアンの一刀に、ついに短剣の耐久力が追い付かず、刃が真っ二つに折れてしまった。
すかさず後方に間合いを取ると、奴はチャンスとばかりに斬りかかってくる。
しかしそれは俺にとって好都合。
勢いを増したシアンは、すんでのところで俺が張った障壁に激突し、足が止まった奴の背後に回り込む。
そのまま折れて歪になった刃先を、毛皮に包まれた背中に突き刺すと、シアンは呻き声を上げながら膝を着いた。
すぐに獣化も解けて元の姿に戻っていく。
「今度こそ勝負あったな」
そう思っていたのは俺だけだった。
低い姿勢から振り返った奴は、その回転に乗せて剣を振り抜いた。
間一髪で避けたつもりが、エアフローの風だけが俺の胸部をかすり、服が裂かれて中から血が垂れてくる。
痛みはあるが悪い気はせず、むしろ爽快な気分だった。
「俺の負けだシアン。あれだけ深く刺したのに、気持ちだけで反撃するとはな。お前の意志力には完敗だ。潔く計画も見直すよ」
「君は目的と手段がちぐはぐで、強がってるだけに見えたんだ。僕はただ目を覚ますキッカケを作ったに過ぎないよ。背中は痛いけどね」




