帰る居場所
今朝出ていったばかりなのに、なぜか数日ぶりに見た気がするアンリノットの看板。
店を外から見つめる俺は、僅かな緊張感を覚えていた。
それは今も右肩の上に、幽霊部員ならぬ幽霊従業員がいるからだ。
アンリはミィの顔を見た事があるそうだが、普段から隠れ癖のあるこの子がいきなり現れて、一体どんな反応を示すのだろう。
考えると余計に緊張する。
「ミィ、まだ姿を見せちゃダメだぞ」
「うん! ミィ、まだ透明ー!」
「ショーマ様、他のお客さんがいない時間に、改めてミィを紹介しませんか?」
「あー、シャル。それなんだが、ほれ」
扉の前に近付くと、どういうわけか営業中の札が裏返されている。もちろん反対側は準備中の表記だ。
「あれ? もう夜の営業時間ですよね?」
「そのはずだ。とりあえず中に入ろう」
入り口を開いてみれば、中はいつでも客を迎えられそうに整っている。
しかしキッチンでキビキビ働くノットとは対照的に、アンリはカウンター席に突っ伏していた。
ちょっと顔を上げて俺達に向けても、まるで魂が抜けた様な顔だ。
「ふぁ〜……シャルちゃん、ショーマ君、おかえりぃ〜。無事だったのねぇ〜……?」
「アンリさん、ノットさん、ただいま戻りました。アンリさんはどうされたのですか?」
「まだあの子がこの街にいると思って、街中走り回ったのよぉ。でもどこにもいないし、店にも戻ってこなかったのぉ〜。もう心配で心配で……」
どうやらブラウニーの捜索で体力と気力を使い果たし、いつものエネルギーに満ちた名物店員っぷりを発揮出来なくなったらしい。
ノットは俺と目が合い、苦笑で誤魔化している。
「ほれ、ミィ。客もいないから、今なら大丈夫だぞ」
「んー、アンリ、元気ない?」
「ミィが見つからないから落ち込んでるんだと。顔を見せてやればすぐ元気になるさ」
「ホント? ミィ、隠れなくていい?」
「ねぇショーマ君、さっきから誰と話してんのさ? アタシじゃないよね?」
「俺の肩に乗ってるこの子だ」
クイッと軽く肩を上げたと同時に、ミィが魔法を解いて小さな体を現した。
「ミィ! ショーマとシャル、仲間!」
簡単な自己紹介までを含めた一瞬の出来事に、店の夫婦は目を丸くして硬直している。
だが次の瞬間には、二人して大粒の涙を零し始めた。
「ブラウニーちゃあん! あなた無事だったのね! しかもみんな仲良くなっちゃって!」
「アンリ、お菓子食べたい! ミィ、あれ好き!」
「あーん、もう! もっと可愛いお顔をよく見せてー。――わぁー、茶色くておっきな瞳。髪も綺麗な茶髪でサラッサラねぇ〜」
「アンリ、痛い! ほっぺ痛い!」
「あの〜、アンリさん、もうその辺で……。ミィとショーマ様がすごいお顔をされてます……」
頬をこねくり回されたミィはいい迷惑だっただろう。
しかしアンリの横に伸びた角が俺の顔面にグイグイ押し当てられ、痛いし鬱陶しいし腹立たしいしで、表情筋にも自然と力が入る。
念願叶って嬉しいのは理解出来るけどさ……
「ごめんねーショーマ君。でもブラウニーと普通に触れ合うなんて、あなた達って本当にすごいのね! どんな魔法を使ったのさ!?」
「回復魔法だよ」
「回復魔法!? ブラウニーに回復魔法を使うと懐かれるの!?」
「アホか。ミィの仲間の傷を俺が治癒した。そうしたらこうなった。それだけだ」
「なるほどね――って、怪我してたの!?」
「あぁー、もううるさい! 店開けろ! 腹減ったから飯食わせろ!」
「ショーマ様……暴君みたいになってます」
アンリの不安が消えた事で店は日常風景を取り戻し、ミィも一緒に食事ができるよう、特別に宿泊部屋で食べさせてもらった。
こうして三人がプライベートな空間で揃ってると、なんだか家族にでもなった気分だ。
家族なんて必要無いと思っていたはずなのに、今日はセピア達に少し毒されたかもな。
和やかな雰囲気に心地好さを感じているのは、シャルとミィも同じらしい。
料理の味だけではなく、この時間そのものを楽しんでいる様子だ。
「ショーマ、シャル、ご飯、おいしいね!」
「そうですねミィ。家族みたいにみんなで食べるご飯は、より一層美味しく感じますね♪」
「あっ、シャル、それ俺も思っ―――いや、ここらじゃノットの作る料理が一番だな」
「ふふっ。ショーマ様は素直じゃないですけど、気持ちを隠すのがあまり得意ではありませんよね♪」
「いや、シャルやミィにはそんなに隠してないぞ。割と本心で接してると思う」
「ショーマ、シャル、魔力減ってる! ショーマ、シャルに、またちゅー!」
「ぶふっ!! ゲフンゲフンっ!!」




