不吉な予兆とブラウニー(1)
キッチン前のカウンター席に座り、店の夫婦とネズミ耳の従業員に、一ヶ月前の事件について知っているか尋ねてみた。
三人ともすぐにピンと来た様子で、互いに目を合わせている。
最初に話し始めたのはアンリだった。
「キッサ村に魔物が大量発生した事件だね。あそこは国境沿いだけど山と川に挟まれてるから、普段は割と平和なんだ。でも先月なだれ込んだ魔物達は、五百体を超えてたみたい」
「それはやはり珍しいのか?」
「人里じゃ聞いた事ない数だよ。幸いコボルトくらいの弱い魔物しかいなかったから、村人達に被害は無かったらしいけどね」
コボルトか。ゴブリンを獣に寄せた様な見た目で、集団で棲息している下位の魔物だ。
イヌイルの周辺には数が少なかったけど、タイマンなら当時の俺でも身体強化して短剣で勝てたから、確かに数以外は驚異にならない。
淡々と受け答えするアンリを見ていても、さほど重く捉えていないと分かった。
そこに口を挟んだのは、ネズミ型獣人の青年である。
「ただ問題なのは、瘴気を祓った人里にその大群がいた事です。魔族の地である北の山脈と隣接したキッサ村は、高い頻度で瘴気を祓っているので、魔物にとっては空気が薄いのと同じです。普通はわざわざ降りてきません」
「あの穢れた魔力は魔族の生命線だもんな。瘴気が無い所での事件、お前はどう思う?」
「ボクは山に原因があると思います。調査しても問題無くて、そこで事件は終わったそうですが、それ以外に考えにくいので……」
「調査された件も知ってるのか」
「えっ? えぇ、もちろん知ってますよ。事件の一週間後に、冒険者達の調査隊が山に入りましたよね?」
結局それ以上の情報は得られなかった。
どうやら冒険者ギルドでは、二度目の調査に踏み込んだ事を伏せているらしい。
原因不明のまま、一旦解決した事件として広まっている。
冒険者の強さについては、駆け出しの九等級は論外として、七等級以上ならゴブリンやコボルト程度は複数相手にしても討伐可能。
魔術師で言えば、低級魔法を連発出来るくらいの実力者がそれに当たる。
改造前の俺なら、せいぜい七等級が妥当だろう。
状況を整理する為に部屋へと戻った俺は、シャルにも意見を求めてみた。
「シアンに聞かされた内容と比較して、シャルはどう感じた?」
「だいぶ温度差があると思いました。地域住人の不安を煽らない為か、冒険者ギルドの威厳を保つ為かは分かりませんが……」
「それは俺も思った。両方の理由を含めてる可能性もあるな。それから冒険者の強さについてだが、彼らはどの程度なのだろうか?」
「仮にエルフがコボルト五百体を相手にした場合、十人もいれば殲滅可能でしょう。冒険者達は三十人以上で討伐したそうですし、それが平均であればエルフよりは下かと」
肉弾戦を得意とする獣人やドワーフの冒険者達は、魔法や弓で戦うエルフよりも雑魚を一掃するには向かない。
それは間違い無いとして、千を超えるオークの大軍勢もシャルの村の連中は退けた。
コボルトより遥かにデカくて強い魔物がオークだから、それを踏まえると尚のことエルフの強さが際立つ。
その日は明日の事を考えながらゆっくりと休んだ。
翌朝。
俺達は昨日の一件ですっかり忘れていたのだが、隣の部屋の掃除に向かったアンリが、ただならぬ様子で声を掛けてきた。
「ショーマくん! シャルちゃん! 空き部屋にこんな置き手紙があったの!」
それは一昨日の夜に聞いた、ブラウニーが時々残していくという手紙である。
「『北のお山にたくさんの悪者がいます。降りてきたら危ないから逃げて』―――ショーマ様、これってもしかして……」
「あぁ、恐らく関係ある。しかしブラウニーはどうやって山の危機を知り得たんだ?」
「ブラウニー達の多くは、山の中でひっそりと暮らしてるんだよ。時々村や街の掃除をしに来るだけで、ずっといるわけじゃない」
「なるほどな。つまり仲間がこれを知らせに来て、アンリにも伝えたかったんだろう」
「あの子はアタシにとって家族みたいなもの。その仲間が危ないなら、すぐに助けに行かないと」
「落ち着けアンリ。実はシアンから調査の同行を頼まれてたんだ。俺達はすぐにギルドに向かうから、いつも通り店を運営しておけ」
「シアンって、あの三等級冒険者のシアンかい? なんでまたあなた達に……?」
全ての事情を説明し、この件は他言無用だと念を押した。
驚きながらも納得したアンリは弁当を用意してくれて、俺とシャルはすぐに出発する。
せめて置き手紙を残したブラウニーがいてくれれば、もう少し状況を詳しく知れたのだが……
冒険者ギルドはリーヴァルを西に進んだ先の、キサラディという街にある。
普通に歩いたら二時間近く掛かるらしいから、この商業の街もかなり広いな。
「ショーマ様、あそこを見て下さい!」
「ん? なにかいるのか……?」




