触れ合う気持ち
シアンに別れを告げ、寄り道せずに宿屋へと戻る事にした。
今回の件を疑ってるわけではないが、近くの村で起きた事件なら、この街の連中も耳にしているはず。
それでいてどの程度の危機感を持っているのか把握しなくては、事の重大さが身に染みてこない。
冒険者と言うからには戦死する者も少なくないだろうし、魔族相手にどこまでやれる戦力なのか、魔術師を見る秤とは別の視点が必要になる。
だから立ちはだかる危機の大きさを、街の住人目線からも知っておきたいのだ。
俺の後ろを引きずられる様についてくるシャルは、さっきから俯いたままで元気が無い。
当然理由はわかっているけど、こちらの気持ちも多少は察して欲しいところ。
二十分ほど歩いた先に見えた宿屋で、ふと思い立った様に店の看板を見上げた。
「アンリノット……か。あの夫婦、自分らの名前をそのまま店名にしてたんだな」
「ショーマ様って、あまり名称を気にされませんよね。覚えるのが苦手なのですか?」
「むしろ物覚えはいい方でな。人を顔で覚えるから、昔から名前を軽んじる傾向にある」
「それは素敵な特技ですね。その人との思い出なども、鮮明に思い出せそうです」
「あぁ。良い記憶も悪い記憶も、顔と共に浮かび上がる。俺はシャルの悲しい時に見せる顔が嫌いだ。一度見たら頭から離れない」
病に苦しむ仲間の話をしてる最中や、俺が単身で村を去ると言った直後のシャルの表情は、それまで感じた事の無い苦痛となって胸の奥に刻み付いている。
力を得て余裕が生まれた為か、初めて信頼されていると感じさせてくれた人。
俺に仲間意識を持たせてくれた特別な存在。
考え方の違いはあれど、大切だという想いは誤魔化せないから、出来る限り悲しむ理由から遠ざけたい。
優し過ぎるシャルの事だ。今回の調査依頼で先遣隊や他の冒険者が骸にでもなれば、酷く心を痛めるだろう。
もちろん彼女自身が危険な目に遭う可能性もある。
考えれば考えるほど、俺との行動を控えるべきではと思えてくる。
しかしそんな絡まった思考は、シャルの凛とした声で直接解かれた。
「ショーマ様、私はきっとこれからも悲しみます。私には感情を殺すことなんて出来ないからです。ですがなるべく、その――……好きだって思って頂ける顔でいますので、どうか私を置いていかないで下さい!」
「かなり強引な理屈だし、俺はどこに行っても戻らないなんて言うつもりはないが、どうしてそこまで一緒にいる事にこだわる?」
「ただあなたのお傍にいたい……お役に立ちたい、という理由ではダメですか?」
「……だいぶシンプルだな。まぁ他の冒険者よりシャルの実力の方が信用出来るし、魔人から助けられた借りがあるからな」
「……っ! それでは――」
「あぁ、行く時は一緒に行こう」
利害は一致していなくても、互いが相手を思いやる意思で動いている場合、折れる事で得られるのは大きな喜びらしい。
さっきまでの霧がかった胸の内も晴れて、満面の笑みを浮かべるシャルが尊く思えた。
気を取り直してアンリノットの店内に入ると、まだ夕方前だからか客が見当たらない。
出迎えてくれたアンリは、不気味なくらいニヤついてるけど。
「おかえりーふたりとも! 楽しいデートになったみたいじゃないか! ショーマサマはいつも仏頂面だから、結構心配してたんだぞー?」
「その呼び方と冷やかしを辞めない限り、この仏頂面がたゆむ日は来ない」
「あっははは! やっぱオモロいからそのままでいいや! シャルちゃんはニコニコねー!」
「はい、とっても幸せな時間でしたので♪」
「本当か? 遠慮ばかりで何も欲しがらなかったじゃないか。あれじゃ退屈だったろ」
「はぁ!? ショーマ君ちょっと来なさい」
いきなりアンリに腕を引かれ、店の奥へと連れていかれた。
なんのつもりだこの牛女。
「あなたね、とんでもない大金ぶら下げといて、あの子にプレゼントもしなかったの?」
「要らないと言うならそれまでだろ」
「そりゃ遠慮するさ。あなたとシャルちゃんって、なんか主従関係みたくなってるし」
「俺は対等なつもりなんだがな。シャルが変に恩義を感じてるから、こうなってる」
左手で頭を抱えながら溜め息を漏らすアンリを見ると、乙女心も分からないのかこいつは――…なんて心の声が聞こえそうな気がした。
しかし続けられたのは予想外の言葉である。
「まぁさっきのシャルちゃん見たら、今はそれで良いのかもしれないね。気持ちを形と一緒に贈ればもっと伝わり易くなるから、覚えておくといいよ。感謝してるんだろう?」
「……あんた良い人だな。参考にするよ」
「素直でよろしい。あなた達は初々しくて可愛いから、つい口を挟みたくなるよ!」
「それは鬱陶しいな。――話は変わるが、夕食前に少し聞きたい事がある。時間取れるか?」
「ん? 料理の仕込みしながらでいいなら、今すぐにでも平気だよ」
「感謝する。シャルの所に戻ろう」




