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五話

お久しぶりです。

続きが気になってここまで見てくれている人がいるのならば、私はこの画面を開いてくれただけで嬉しいです。

 明日も学校だ。手早く荷物の確認をして、目覚ましを掛けて最終確認する。

「……うん、問題なし」

 明日は何が特売だっただろうかと考えながら、帰りに買いたい物もリストアップしておかないと。

 そんなことを考えていると、私の部屋にフクが静かに入ってくる。

 フクは落ち込んだ顔のまま、片手に枕を持っていた。

「……ありさ」

「どうしたの?」

 私が声をかけると、小さな声で話し始める。

「……今日も一緒に寝ていい?」

「……兄さんはなんて言っているの?」

「……今日もダメだって……」

「……そっか」

 私は自分より身長が高いフクの頭を撫でる。

 そんなことをしても、フクの顔は全く変わらない。兄さんがした時は、どんな時だって笑顔になっていたのに。

「……これは重症ですね……」

 思わずそう呟いてしまう。

 三日前、私が公園で自動販売機に向かった時、コーヒーを買って戻るまでの間、誰かと話をしていた。

 それ自体は、遠目から見ていたのでよくわかっている。

 でも、話が進んでいくにつれ、兄さんの顔色が悪くなっていくのはよく覚えている。

 慌てて近くに寄ろうとしたら、兄さんと話をしていた人は私を見て茂みに隠れてしまった。

 どんな会話をしていたのか、帰りに聞いてもはっきりとは答えてくれない。

 その日から、今日までの3日間、兄さんがフクを避けるようになった。

 嫌いになったわけではないと思う。それだけは絶対にありえない。

 でも、何を話して、何で悩んでいるのか、家族である私にすら話してくれないのは、少し傷付いた。

「……私も信用無いんでしょうか……」

「……ありさ、大丈夫?」

「……え?」

 ふと視線を上げれば、フクは私を心配した表情で見つめていた。

 本当にこの子は、自分が寂しくて辛くても、私の事を気にかけるような優しい子なんだ。

「ごめんね、大丈夫だよ。兄さんもちゃんと悩みがなくなったら、いつも通りに接してくれるよ」

「……本当?」

「うん、本当。だからほら、ベットに入って。今日はもう遅いから……」

「……うん」

 フクは素直に私のベットに潜り込む。

 私より身長は大きいはずなのに、毛布に潜り込む背中はとても小さく見えたのは気のせいだろうか。

「……本当に、何に悩んでいるんでしょうか……」




「……ありすくん」

「………」

「ありすくん!」

「え?あ、はい」

「……如雨露の水、あふれてますよ?」

「え、ああ……そうですね」

 俺は濡れた手で水道の蛇口をひねる。

「うお!?」

 間違って水道の勢いを強くしてしまい、袖がびしょびしょになってしまう。

「ちょ、ちょっと大丈夫ですかありすくん!」

「す、すみません……」

 俺は蛇口を閉めてハンカチを取り出そうとする。

「……あ、あれ?ハンカチ……」

 左右のポケットに手を入れるが、何も入っていない。今日は忘れてしまったようだ。

「はい、どうぞ」

 慌てている俺に、先輩はハンカチを差し出してくれた。

「あ、ありがとうございます……」

 今日一日、ずっとこの前の事を考えていて、全く授業も覚えていない。

 休憩時間も昼休みも、一人になれば答えが出るだろうかと考え、トイレの個室に籠り、考えたりしたが、結果結論は出なかった。

 上の空のままで午後の部活に来た結果がこれである。

 俺がハンカチを受け取り、拭き取れる水気をとっていると、先輩はため息をついた。

「……どうしたんですか?なんだか上の空ですけれど……」

「いや……」

「……何かありましたか?」

 先輩にそう言われ、ふとこの前の事を思い出す。

 しかし、これを先輩に相談したからと言って、何か解決するものなんだろうか……。

「何かお困りですかー!!!」

「うおおおおお!?」

 いきなり後ろから大声を掛けられ、思わず叫んでしまった。

 後ろを振り向くとそこにいたのは満面の笑みの桃であった。

「ありす!この前のフクちゃんたちのデートどうだった!?なんか甘い展開とかになったりしなかった!?」

 桃はウキウキとした様子で更に話し続ける。

「気になってはいたけど、この手の話は通話やメールじゃなくて直接聞きたいと思ったのに、休憩時間もお昼もどこか行っちゃって話しかけられなかったし……」

「お、おお……」

 返答に困っていると、何かを察したのか桃は真面目な顔になった。

「……何かあった?」

 俺は少し悩んだ。

 しかし、この問題は解決しないといけない。

 みんなになら、話してもいいのだろうか?

「……ありすくんは、私たちが信用できませんか?」

「っ!?い、いや、そういうわけではないんですけど……」

 先輩は不安そうな顔で聞いてきたので、反射的にそう答える。

 まあ、この人たちなら……。

「じ、実は……」




『おいお前』

 後ろからいきなり声を掛けられた。

 恐る恐る後ろを振り向く。

 ベンチのすぐ後ろ。茂みの奥から何かが来た。

『……だ、誰だ?』

 そこには、フードを被って顔がよく見えない男が、俺たちを見ていた。

『その女、人間じゃないだろ?』

『っ!?』

 いきなりそんなことを言われて、思わず驚いてしまう。

 背中にじっとりとした汗がにじむのを感じる。

『な、なんでそんなこと……』

 あわてて否定しようとすると、男は話を遮ってくる。

『匂いが違う。いくら見た目は人間でも、獣の匂いそのものを消せるわけじゃない』

『匂いって……』

 改めてその男の身なりをよく確認する。

 パーカーにジーンズを身にまとっているが、靴は履いていない。

 服も全体的にボロボロだ。

『……お前、なんなんだよ』

 俺がそう聞くと、男は俺を睨む。

『……その女と同じだよ』

 そう言われて、俺は理解する。この男も、フクと同じで人間になってしまった動物なのだ。

『お前は、なんでその女に人間の姿でいさせようとするんだ?』

『な、なんでって……お前だって人間の姿を維持しているじゃないか』

『俺はこうしていないと生きられないからしているだけだ。必要なければこんな姿は御免だ』

 男はフクに視線を移す。

『……その女は、住む場所もあって、お前みたいな世話をしてくれる飼い主がいる。それなのに、わざわざ人間の姿を維持しようとして、生活に溶け込むための努力もしている。……なぜそんなことをする必要がある?』

『……俺に聞くなよ。俺はあくまで、フクの意見を尊重してるだけだ……それに、こうなってしまったのは俺の……』

『……私が……』

 俺の言葉を遮るように隣から声が聞こえる。

 どうやら、いつの間にかフクが起きていたようだ。

『私が望んだから……人間になりたいって……。だから、この姿になれたことに後悔は無いよ……』

 フクは立ち上がり、男の見つめる。男は、フクに話しかける。

『お前は、いつ裏切るか分からない……自分勝手な理由で捨てるかもしれない人間に、あこがれたのか?』

 男は俺に指を向ける。

『そもそも、お前が人間になってしまったのは、こいつの不注意が原因なんだろ?そんな奴、信用していいのか?』

 その言葉で、俺の心臓が大きく高鳴る。

 今の今まで、フクが自ら望んでいたことや、人間になったことを周りから大きく責められることは無かったから忘れかけていたこと。

 そもそも俺が、しっかりと気を付けていれば、こんなことにはならなかった。

 俺は何も言えなくなってしまった。

 そんな様子の俺をみて、フクが心配そうに見つめてくる。

『……ありす?』

『………』

 俺は反論もできず、ただ黙っていた。

 フクは男の目をぎろりと睨む。

『……確かにそうかもしれないけど、私は満足だよ……人間になりたかったんだもん、あなたに口を出される必要はない……!』

『俺が言っているのは、お前のためにやらなければいけなかったことをできなかった人間が、本当に信じ切れるのかを聞きたいんだ』

 男は、視線を落としながらそう言った。

 フクはそんな動作を見て、首を傾げる。

『……あなたは、人間に裏切られるのが怖いの?』

 フクがそう聞くと、男はビクリとする。

『……っ』

『あ、待って……!』

 男は茂みの奥に隠れてしった。

 そしてパタパタと駆け足で近づいてくる音が聞こえる。

『兄さん、お待たせしました……って、どうしたんですか?』

『……いや』

 俺は何とかそれだけの言葉を絞り出し、重い体を持ち上げる。

『……帰ろう』

 俺が歩き出したのを確認した二人が、心配そうな顔で俺を見ながら後ろから着いてきた。




「ほお」

「……なるほど」

 桃と先輩は、俺の話を聞き終えたあと、少し考えだす。

「……俺は、あの言葉が離れないんだ。フクがこうなってしまったのは俺の責任で、いつかフクを裏切るかもしれないって……」

 だから最近は、必要以上にフクに接することもできなかった。

 フクに合わせる顔が無いと考えてしまう自分がいた。

「ありす、私の意見を言っていい?」

 桃が手を上げてこちらを見ている。俺は小さく頷いた。

「ぶっちゃけ、ありすがフクちゃんを裏切るとは到底思えないんだけど」

「え?」

 あっさりとそんな発言をした桃に俺が驚いていると、桃は笑いながら答える。

「だってさ、ありすだよ?今までのフクちゃんの溺愛っぷりを見てるし……。それに人間にならないための予防接種を受けられなかったのも、ありすが自分のバイト代をほとんど生活費に入れてるのに、それから補ってたから給料日の次の日に行こうとしてただけでしょ?」

 桃がそう言うと、今度は先輩が静かに話し始める。

「ありすくんは優しいから、ありさちゃんに迷惑を掛けたくなかったんですよね?それに獣医さんも言っていたじゃありませんか。動物が人間になるきっかけは、動物自身が人間に何かしらの思い入れがあるからだって」

 そこまで言うと、今度は桃が話し始める。

「フクちゃんはさ、ありすが大切に育ててくれてるから、ありすの事が好きになって人間になりたいと思ったんでしょ?動物に恋愛感情持たれるって、普通に飼い主としてしっかりお世話が出来てたってことじゃないの?」

 そこまで言うと桃は、やれやれといったしぐさで目を細めた。

「確かに、本来であればそもそも人間にしないことがベストだけど、フクちゃんの場合はそれで喜んでいるんだからいいんじゃないかな?」

 そう言われて、俺は改めてこの前出かけた日の事を思い出す。

 あの日のフクは、楽しかったのだろうかと。

「まあ、あとは後ろの人にでも説教でもされれば目が覚めるんじゃない?」

「ど、どういうことだ?」

 俺がそう聞くと、桃と先輩は笑顔で俺の背後に指をさす。

 振り向くと、鬼の形相のような顔をしたありさが立っていた。

「……何かあったのかと心配していれば、そんなくだらない理由ですか……」

「え、あ、待ってくれ、話を……」

 俺が慌てて話そうとすると、問答無用でありさが話し始める。

「確かに兄さんは、フクにしなければいけなかった予防接種を遅らせてしまいました。でも、兄さんはその過ちを受け入れて、フクが人間として楽しく生活できるように努力をしてくれたじゃないですか……」

 ありさは、少しだけ悲しそうな顔で話を続ける。

「……この数日間、兄さんにかまってもらえないフクの顔を見るのが本当にかわいそうです……、そうやってフクを悲しませていることのほうが、飼い主失格だと私は思います!」

 そう言われ、俺はやっと考えがまとまる。

 フクが人間になってしまってから、俺が一つだけ疑問に思っていたこと。

 フクは本当に人間になれて幸せだったのか。俺の事を気遣って言っているだけなんじゃいのか。

 そうじゃないんだ。

 俺が、人間にしてしまったようなものなんだから、フクにできることをしなければならない。

「……先輩、水やり願いします!!」

 俺は反射的に教室を飛び出した。

 それをみたありさと桃は、慌てて追いかけてくる。

「ちょ、ちょっと兄さん!!」

「ありすー!?どこ行くの!!」

 三人がいなくなった教室で、先輩が一人取り残されてしまった。

「……また独りぼっちです……」




 俺は家までの道を全速力で走る。

 少しでも早く家に着いて、この気持ちをフクに言いたい。

 そんな思いで俺は家に向かった。

 しばらく走り、息を切らしながら足を止める。あっという間に、家に着いた自分自身に驚きながら、玄関の扉を開ける。

 家はしんと静まり返り、まるで誰もいないかのような雰囲気が感じられた。

「フク!フク!?」

 声を掛けるが反応は無い。

 慌てて靴を脱ぎ、家の中に入ろうとすると、インターホンが鳴った。

「こんな時に誰が……」

 俺は脱ぎかけた靴を履きなおし、玄関の扉を開ける。

 扉を開けた時に見えたのは、作業着を着た男性が2人。

「あ、すみません、保健所の者なのですが、お聞きしたいことがありまして……」

「は、はい、なんですか?」

 営業スマイルで話す男性は、淡々と話し始める。

「最近、野良犬が勝手に家に入り込んで食べ物を漁るという事象が発生しているそうで」

 俺はその言葉を聞いて俺は思い出す。あの女子会をしていた日、俺の家にも上がり込んでいた犬の事だろう。

「実は、被害が思った以上に多く、我々のほうでも対処しないといけないという話になり、探してはいるのですが、中々見つからず……」

 男性は苦笑いを浮かべながら頭を搔いている。要するに、何か知らないかという事なのだろうと思った。

「その犬でしたら、先日……」

「……どうするの?」

 いきなり後ろから声が聞こえ、驚いて振り向く。さっきまで家に居ないのかと思っていたフクが立っていた。

「お、お前、てっきり家に居ないのかと……」

「その犬を見つけて、あなた達はどうするの?」

 フクの問いかけに俺は目を逸らし、保健所の方は苦笑いをする。

 連れていかれてどうなるか。その問いに対して、正直にフクに話していいのか、俺には判断が付かなかった。

 そのあいまいな行動が、フクに何かを悟らせたのだろうか、フクは真っ青な顔をして俺達を通り過ぎて玄関から飛び出した。

 あまりに突然の行動に、一瞬何が起こったのか分からなかったが、俺は慌ててフクを追いかける。

「お、おいフク!どこに行くんだ!!」

 ぽかんとしている保健所の方には目もくれず、俺も家を飛び出す。

 道に出ると、ちょうど追いついたのか、桃とありさが息を切らしながらふらふらと俺に近づいてきた。

「に、兄さん……落ち着いてください……」

「ぜはー!ぜはー!!足早いねありす……」

「二人とも!フク見なかったか!?」

「それなら、ついさっきあちらに向かって走ってましたけど……また何かあったんですか?」

 ありさに言われた方向を見ると、フクが走っている後姿が見えた。俺はその方向に向けて走り出す。

「ちょ、ちょっと兄さん!?」

「ま、また走るのぉ~~?」

 俺は二人を置いてフクを追いかける。

 どこに向かっているのかは分からないし、フクが何をしたいのかは分からないが、それでも俺は、フクを追いかけなければいけない気がした。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

そんなあなたが大好きです。


あと、急いで上げたので誤字脱字が目立つかもしれません。気になった方は遠慮なく教えてくれると嬉しいです。


※以下弱音

頭の中で話が出来上がっていたとしても、いざそれを物語として作り上げるのはなかなか難しいものです。限られた時間で素晴らしい作品が作れる人は本当にすごい人なんだなと思います。

「時間が無い」と自分自身で言い訳を作ることは簡単なのですが、その時間が無いなかでも物語を作り上げられるように努力をしていきたいと思います。

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