二話
何とか書き上げられました。
前回の続きです。
見てくれるだけで嬉しいです。
「すごいすごい!!おっぱい大きい!!」
「桃さん!?静かにしてください!!」
「……くすぐったい……」
「み、みなさん落ち着いて………」
「大丈夫大丈夫!どうせ他にお客さんいないから!」
「そういう問題じゃないんです!」
後ろの待合室のほうから女性陣の会話がここまで響いてきている。
申し訳ない気持ちになりながら、再度いつもお世話になっている獣医の先生の顔を見る。
この人は白い白衣がはちきれんばかりの身体つきをしているから本当に怖いんだよな……。
……後ろになんか黒いオーラが見える気がする……。絶対怒ってるだろこれ。これは待合室のみんなに対して?それともフクの予防接種にギリギリで向かおうとしてた俺?
「君に怒っているんですよありすくん」
あ、俺みたいです。本当にすいません。
「いや、本当に……俺も期限に間に合えばと思って……考えが足りませんでした」
「……まあ、別にそこまで怒ってはいないんだけどね」
いやどっちだよ。
「そもそも、このワクチンも接種していれば必ずしも人間化が防げるというものでもないんだからね」
「え?」
なんだよそれ、初耳だな。
「言っていなかったかい?そもそも、この現象もまだ完全に解明されたわけじゃないんだ。このワクチンを接種していなくても、人間にならないペットだって世の中にはたくさんいる」
「そ、そうだったんですね。なら、俺が仮にワクチンを接種させに来れてたとしても間に合わなかったかもしれないと!」
「それでも、しっかり余裕をもって予防接種に連れてくるのが飼い主としての責任だがね」
「はい、全く持ってその通りだと思います。すいません」
言い訳のしようもございません。いやマジで。
「……そもそも、ありすくんは動物が人間になるきっかけのようなものがあるのは知っているかい?」
「あー、なんでしたっけ。確か、人間に対しての強い感情からくるとかいう」
「そう、その通り」
獣医はそういうと、俺の後ろにある扉を見て、再度俺に目線を向ける。
「……ありすくん達は、本当にフクちゃんのことを大事に育てていたと思っているよ。それが、フクちゃんの人間化につながったんじゃないかな?」
「フクが俺たちにですか?」
そういうと、先生はカルテのような物を取り出した。
「さっきフクちゃんに色々質問したんだよ、普段の生活とか、君たちの世話の仕方についてどう思っているかとか」
「そんなこと聞くんですね」
「まあ、人間になってしまったペットへの確認事項みたいなものだよ」
そう言うと先生はカルテを少し眺め、ほんの少し笑った。なんか変なことでも言ったのかあいつは……。
「フクちゃんはね、本当に君たちに感謝しているようだよ、良い育て方をしたんだね。シロフクロウとは思えないほどおとなしいし」
「それは元から……」
いや、そういえばペットショップのお姉さんは、右羽の怪我の他にも、あの子が気性が荒くて飼ってもらえないとか言っていたか?でもあの子を飼いだした時からおとなしかったような気もするけど……。
「それに、フクちゃんが人間になったきっかけは、どうやらありすくん、君のようだよ」
「……俺ですか?」
きっかけが俺。まあ、基本的な餌やりとかは俺がしていたからなのだろうか。
「まあ、飼い主だから当たり前のような気が……」
そう呟くと、先生は苦笑いを浮かべた。
「いや、そういうわけではなくてね……」
「……?」
先生がなにか話そうとしたとき、後ろの扉が開く音が聞こえた。
「……ありす」
「フ、フクか……」
長く白い髪を揺らしながら扉から顔を出してきた。
「………」
「………」
お互い無言で見つめ合う。正直、俺はまだ信じられていない。今朝までモコモコしていて、餌だって直接与えないと食べてくれないような甘えん坊な可愛いフクロウが、こんな美少女になっているなんてことに。
「……まだ、帰らないの?」
「え、ああ……そうだな、まだご飯食べてないよな……帰ろうか……」
「うん」
俺は椅子から立って、先生に向き直る。
「本当にすいませんでした。でも俺、ちゃんと責任取って育てます。最後まで」
俺がそう言うと、先生は少し笑いながら、封筒を俺に渡してくる。
「人間になってしまったペットの注意事項が書かれているよ。まあ、正直君なら心配することないと思うけど、役立ててね」
「ありがとうございます。フク、先に行ってみんなと外で待っててくれ」
「わかった」
扉を閉めるフクを見送り、俺は封筒を受け取ろうとした。
「あと、注意事項の最後に書かれていることではあるけれど、これだけは言っておくね」
「……なんですか?」
「動物を人間にさせないようにしているのはどうしてか、わかるかい?」
「……それは」
先生の最後の注意事項について聞いた。そして俺は、ちょうど一年前、フクを飼いだした頃のことを思い出した。
当時、日本中で数匹の人間になった動物が現れ、ニュースになったことを。
そして、その数日後の大きな事件も。
「とりあえず、フルイさんはシャワーを浴びてきてください。その間に制服は洗濯をして乾燥機に入れておきますので。代わりの服は用意します」
「ありがとうございます、ありさちゃん」
「ありさはお兄ちゃんと違ってほんとにしっかりしてるねー!」
「桃さんもびしょびしょなんですから、早くシャワー入ってくださいよ……」
「りょーかい!フルイ先輩一緒に入ろー!」
脱衣所付近から聞こえる声を聞きながら、俺は今フクと対面で座っていた。
フクは何も喋らず、無言で俺を見ている。
俺は何を話していいのかも分からない。俺もただフクを見ていた。
そんな状況を見かねたのか、脱衣所から戻って来たありさが俺の横に座る。
「……兄さん、なんか話してみたらいいじゃないですか」
「……いや、でも……」
「大好きなペットが人間になったことに、まだ半信半疑とか言いませんよね?」
図星だった。正直、俺はまだ信じていない。
いや、信じようとしていないだけかもしれないが。
今日は何日?エイプリルフールじゃないの?ああ、でもエイプリルフールだとしても嘘ついていいのって午前だけだっけ?
いやいや、もうそんなこと考えてる暇もない。
「ありす」
「うわぁ!?」
唐突にフクから声を掛けられ驚いてしまう。
フクはそんな俺をみて、少し俯きながら不安な顔をした。
「……ありすは、私が人間になったの迷惑?」
「え?」
どうしたんだ急に……。
「な、なんでそんなこと……」
そこまで言葉を発した所で、俺はありさに腕をつねられる。
「いだだだだだだ!?」
「兄さんがいつまでも不安な顔してるからフクが心配したんでしょ!」
「あ、ああ……」
な、なるほど。いや確かに、戸惑いはあるが、今ちゃんと説明しないと、フクは今後不安な気持ちで過ごしてしまう事になるかもしれない。
少女の姿になったとはいえ、こいつは俺の可愛がっていたペットだ。そんな気持ちにはさせたくない。
「ち、違うんだフク。確かに戸惑ったし、いまだに信じられてない部分もある。でも、だからってフクが人間になったことについては、俺は嫌だなんて思ってないよ」
「……ほんと?」
フクはまだ俺に目を合わせてこない。でも、ほんの少しだけ、嬉しそうにも見える。
「むしろ、俺はフクが俺に対して怒っているんじゃないかって思ったんだ……。飼い主として、やらなきゃいけないことを後回しにしたから、フクがこんなことになって……」
「……それは違うよ」
「え?」
「私はね、私がなりたいから、人間になったんだよ」
フクは俺の目を見ながら、はっきり答えた。
「……たぶん」
「ええ……」
あれ?意外と曖昧だな?
「人間になりたいと思ったというよりは、私がありすに対して……」
「俺に……なに?」
急に黙ってしまったフクは、俯いている。あとなんか頬が少し赤い。
「ど、どうしたんだよ、体調でも悪いのか!?」
「フク大丈夫!?」
もしかして、人間になったせいで体調に悪影響が出たのだろうか?
俺たちは立ち上がってフクに近づこうとすると、フクは俺に抱き着いてきた。
「のわああああ!?」
いや、なんで!?どうしたんだよ急に!?ていうかこれはやばい!ずっと考えないようにしていたが、フクの胸のふくらみが異常すぎる!
ありさから借りたであろうノースリーブの胸の部分が、はちきれそうな程のふくらみをしていたのをずっと考えないようにしていた。でも、いざ抱き着かれて理解する。フクはめちゃくちゃ巨乳だ!!
「フク!あたってる!あたってるうううう!!!」
そんな俺の叫びとは裏腹に、フクは離れようとしてくれない。それどころか、めちゃくちゃ嬉しそうにしている。
「………」
「……フク?」
「私ね……ありすのこと、凄く考えちゃうの……」
フクは俺の胸の中に顔を埋めている。表情は見えない。わかるのは、動物としての特徴なのか、普通の人より体温が高いような気がするということだけだ。
「飼ってくれた時から、いつもいつも一緒にいてくれて、大事にしてくれて……」
「え?え?」
「なんて言ったらいいかわかんないの……ありすに撫でてもらったり、可愛いって言ってもらえると、なんか胸が変な感じがして、それで……」
フクは上目遣いで俺を見る。
「これが何なのか分からないの。でも、ありすともっと近付きたいって考えちゃうの……これはなんなの?教えて……ありす……」
俺に近付きたい?どういうことだ?だめだ、押し付けられている暴力的な柔らかさが気になって頭が回らない。
「……それって、兄さんの事が、好きってことなんじゃないの」
そんな俺に代わって、ありさが口を開いた。
「……は?」
俺の口から間抜けな声が出る。フクが俺の事を好き?
「……すき……すきってなに?」
そんな質問に、ありさは難しい顔をして腕を組む。
「えっと、聞かれると説明が難しいけど……その人ともっと一緒にいたいとか、その人が好きで……いや、こんなんじゃ説明にならないかな……」
「ありさは、ありすのこと好きなの?」
「え!?そ、そんな、なんで兄さんなんかのことを!?」
ありさは真っ赤な顔でそう言った。それはそれで傷付くが……。
ありさが唸っていると、フクは俺の顔を見る。
「すき……好き……私は、ありすのことが好きなのかな?」
「い、いや、俺に聞かれても……」
俺が困惑していると、フクは何度も自分に確認させるように繰り返す。
「好き……好き……私、ありすのこと好き……」
「……っ!?」
改めて現状を確認する。
今俺は、美少女に抱き着かれながら、好意を寄せられている。当の本人は、好きという気持ちがよく分かっていないのかもしれない。
それでも、今のこの現状は、恋愛経験皆無の俺にとって、刺激が強すぎる状況であり、到底耐えられるものではなかった。
フクはさらに力強く俺を抱きしめようとしたのか、フクの腕に更に力が入るのを感じた。
それと同時に、胸の膨らみの暴力的な柔らかさが更に伝わる。
「お、おいフク……って、いだだだだだだだだ!!??」
いや、強い!?思った以上に力が強いんですけど!!胸の膨らみとかそんなの感じてる暇ない!!サバ折!?ベアハッグ!?いや、どっちもほぼ同じだ!!!!
「好き!好き!!ありすのこと……好き!!」
「まってまって!!腰折れるううううう!!!!」
フクはそんな状況に気が付かない。俺を力強く抱きしめるのに夢中になっている。
「フクちょっと待って!兄さん死んじゃうよ!」
慌ててありさがフクを止める。ありさの言葉に気が付いたフクは、そっと俺から離れ、表情を落ち込ませた。
「ご、ごめん……この身体になってから、まだ力加減がわからなくて……」
「に、兄さん大丈夫ですか!」
「あ、ああ……なるほどね、先生の書かれた注意書きの通りだ……」
俺は注意書きに記載されていた一文を思い出す。
動物が人間になった際の一番の注意点。それは身体能力の異常な向上だ。
本来生き物が持っている力や能力が、人間大になった際に引き継がれているという事らしい。
そのため、特に力加減については、身に付くまでは私生活では注意してくれと書かれていた。
「そういえば、フクロウって人間で例えたら握力は100キロぐらいあるんだっけ……」
「……?100きろがどのくらいなのか分かんないけど、確かに手のひらは腕より力が入りやすい気がする……」
俺がそんな事を呟くと、フクは手のひらを見ながらそう言った。りんごとか簡単に握りつぶせるんだろうな……。
「ほんとにごめん……ありす……」
反省しているフクを見て、俺は再度彼女に近付き、頭を撫でる。
「……怒ってないの?」
「……いや、そもそもの原因が俺だし、何よりフクだってまだ人間になったばかりだからな。しょうがないだろ……これからこの生活に慣れていけばいいんだし」
心配そうな顔をしたフクを見て、俺は苦笑いを浮かべる。
フクはされるがままに頭を撫でられたかと思うと、目を細めて小さく微笑む。
「……ありすの手好き……優しくて、あったかい……人間になれて良かった……」
頬を少し赤く染めるフク。そんな姿を見て、俺もありさも思わず微笑んでしまう。
そして、こんな姿を見ているからこそ、俺はフクに言いにくくなってしまった。
病院で先生に最後にお願いされたこと。注意事項の最終項目に書かれていること。
それは、人間になってしまったペットは、可能な限り、動物の姿にさせておくということ。
人間になった動物は、別に元の姿に戻れないわけではないらしい。本人の意思で動物の姿に戻ることは可能で、動物の姿から人間の姿になることも可能だそうだ。
人間になったばかりの動物の中には、しばらくその力をコントロールするために時間がかかる子もいるらしいが、病院での最後の説明で、フクはほとんどコントロールできていると言われた。
余計なトラブルを避けるために、もし人間になってしまっても、動物の姿でいるようにさせることを推奨しているのだと。
俺はフクにそれを説明してお願いしようとしていた。だが、本人が人間であることを望んでいるのなら、俺がしっかりとフクのサポートをすれば良いだけじゃないのだろうか。
「ありさもいつもお世話してくれてありがとう……」
「え?え?わぷっ!」
俺が考え事をしている間に、いつの間にかフクはありさに抱き着いていた。
今度こそ力加減は間違えていないのだろう。優しく包み込むようにして抱きしめ、フクより少し身長の小さいありさの顔が胸の中に包まれていた。
「ふ、フク、わかったから、苦しいよ……」
そこまで嫌がっていない、むしろおんなじ年代の友達ができたかのように少し喜んでいるありさを見ながら、やっぱり無理にフクを動物の姿で維持させなくても良いだろうと考えていると、フクはもう一度俺に向けて手を広げてきた。
「……え?」
「ありす、もう一回」
「ああ、撫でてほしいのか?」
「違うよ、抱きしめて」
「えっ!?」
俺からするの!?いや、さっきはフクの不意打ちだったためそのまま抱きしめられていたが、今度は俺がするのか!?
「いや、それは……」
考えてくれ、たとえ元ペットだと分かっているとはいえ、目の前のいるのは美少女なのだ。
そんな美少女に、俺から抱きしめるなんて、そんなことできるわけないだろ!
「……だめ?」
フクは残念そうな顔をする。
そんな顔をしないでくれよ……。仮にフクの望む行動をしたとしても、すぐ隣で今にも怒りだしそうなありさが、やめなさいとでも言いたげな顔をしている。
あと単純に、これ以上あの暴力的なまでの柔らかさを感じるのは危険だ!
「……ありす?」
「あ、ああ!俺制服汚れたままだし、とりあえず着替えてくる!!」
近づいてきたフクから逃げるようにその場を離れる。
「あ!ちょっと兄さん!!」
「すぐ戻るから!!」
「ちがいます兄さん!!今脱衣所には!!」
ありさの話を聞き終わる前に、俺は廊下を走りだしていた。
やっぱり、ある程度は動物でいるのをお願いしようか。
そんなことを考えながら、俺は急いで脱衣所に行き上着だけでも脱いでしまおうと思い、扉を開けた。
「フルイ先輩の髪の拭き方気持ちいー!」
「ふふっ、桃ちゃんは小さいから、なんだか妹がいる気分になりま………———っ!!??」
あ、これ死んだ。
すいません、ありさが止めたのに俺が完全に忘れてました。
「あ、すけべー」
桃があまり気にしてないのは、タオルを巻いていて隠れているからだろうか。だがしかし、先輩はそんなことをしていない。
先輩は俺と目が合い、絶句していた。
何を言ったらいいんだろう。言い訳は通じるのだろうか?こんなベタベタ展開を乗り切る良い言い訳はないものだろうか。
「……ありがとうございました」
なんで俺、お礼言ったんだろう。
「いやあああああああ!!!」
先輩の叫び声と、先輩の投げた風呂桶が俺に当たる音が、家に響き渡った。
その後、二人の制服の乾燥が終わるまで部屋に居なさいとありさに怒られた。
「ありす今日先輩と私にセクハラしすぎじゃない?」
「……本当に兄さんは……」
桃に笑われ、ありさに睨まれる。だが事実ではあるので特に言い返すことが出来ない。
「すみません……それでも今日はありすくんに手を上げ過ぎた気もします……」
先輩が落ち込みながら謝る。どちらかというと俺のほうが悪いのだから、謝る必要はないと思うのだが……。そういう意味でも申し訳ない。
「結構遅い時間まで付き合ってもらって、ありがとうございました先輩」
「いいんです、今日は塾もお休みでしたし」
「桃、お前も家はすぐ目の前だけど、気を付けて帰れよ」
「もー心配性だねー、五歩先の真向かいじゃん!」
まあ、そうなのだが、それでもだ。桃にも今日はこんな時間まで付き合ってもらったのだから。
手を振りながら帰る二人を見送り、俺とありさは玄関に入る。
「兄さん、おなかすきましたか?」
「そうだな、色々ありすぎて……」
ついさっきまで感じてなかった空腹感に見舞われる。
「すぐに準備しますよ。今日は簡単なものでもいいですか?」
「全然大丈夫だよ。ありさが作れば何でもおいしいよ」
話しながら台所にくると、フクがキッチンを興味津々で見ていた。
「ありさ、ご飯作るの?」
「うん、どうしたの?」
「見ててもいい?」
「え?……あ、そっか……。うん、いいよ」
そう言いながら、ありさはエプロンを手に取る。
そういえば昔、フクを連れて台所に来た際、フクは調理中のありさの肩に飛び乗ったことがあった。
その時は、ありさ自身は嫌では無かったらしいが、火や刃物を扱うから危ないと注意され、今後台所に連れて行かないようにしようと話していた。
だが、今は違う。コミュニケーションをとれるから、ある程度は問題ないだろう。
調理をしているありさと、それをじーっと横で見るフク。ありさが少し嬉しそうに見えるのは、気のせいじゃないだろうな。
「兄さん、フクのご飯はどうしたらいいんですか?」
「ああ、それなら、人間の姿の時は俺たちと同じご飯を与えてもいいそうだぞ」
「本当ですか?でしたら3人分作りますけど」
「私も食べていいの?」
フクは目をキラキラと輝かせながらありさを見る。
「食べてみて体に違和感とかあったら、食べるのをやめるようにしてくれとは書かれてたから、もし変だと思ったらすぐに教えてくれな」
「……ありがと、ありさ!」
「うわ!?危ないよフク!?」
フクが嬉しくてありさに抱き着く。包丁を持っていたありさは慌ててフクを引きはがしたが、ありさも嬉しそうにしていた。
しばらくして出来上がったのは野菜炒め。俺たちはテーブルを囲んで食べることにした。
「……おいしそう」
「だろ!」
フクの発言に思わず反応してしまう。ありさの作るご飯は、俺が作るものに比べて格段においしい。
ありさが少し頬を赤くしているような気がする。
「いただきます!」
俺が食べ始めた時、ありさはフクを見て席を立つ。
するとありさは、フクの箸を持っている手をやさしく触った。
「ごめんね、箸使うの初めてだもんね。箸はね、こうして指の間に入れて、上の部分だけを動かすようにして……」
箸の持ち方を教える姿は、まさにお母さんと言ってもいいだろう。
見ていてとても微笑ましい。
「……何ですか兄さん……」
「いや、なんかありさがお母さんみたいだなと思って」
思ったことを口にすると、フクが周りをキョロキョロと見まわした。
「フク?どうした?」
「……お母さん」
そう言い、俺とありさの顔を交互に見た。
「……2人のお母さんは、何処かにいるの?」
「あ……」
そういえば、フクは見たことなかったかもしれない。
フクを飼い始めてちょうど一年ぐらい立つ。しかしその間、母は仕事が忙しく、家に帰って来たことはない。父が居ない今、俺たち二人を養うために必死に働いてくれているから、会えなくても仕方がないとは思っているが……。
「……まあ、仕事が忙しいらしくてな」
ありさが母の事を考えて寂しくなったのか、寂しそうな顔をしたのでこの話題はあまりしないほうがいいだろう。
失言だった。反省しなければ……。
「フク、ご飯冷めちゃうぞ?」
「……ん、食べる」
フクは俺の一言でぱっと食事に向き直る。なれない箸でキャベツを食べると、目が大きく見開いた。
「……おいしい」
「おお!そうだろう!やっぱりありさのご飯は美味いんだよ!」
そういうと、うんうんと頷きながらフクは黙々とご飯を食べ続ける。
隣のありさに目をやると、表情は少し暗いような気もする。
本当に申し訳ないことをしたなと思いながら、気まずい食事を続けることになった。
今日一日で修羅場を何度感じただろうか。
すべてを何とか乗り越え、今日はひと段落付いたと思っていた。
しかし、今日の修羅場はまだ終わっていない。
「……フクよ」
「……?」
「そこにある布団に寝てくれ……」
そうはっきり告げると、フクは一瞬きょとんとすると、段々と顔が青ざめていく。
「……ありす、私のこと嫌い?」
「ち、違う違う!!そうじゃなくて!」
俺のベットから離れようとしないフクを改めて眺める。
うん、やっぱだめだね。色々あかん。
「なんで?いつも一緒に寝てたのに?」
「いや、だってな……そん時は動物だったし……」
そう、いつも寝るときは、枕元にいるか、布団の中に潜り込むかのどちらかだった。基本夜行性だからか、寝たところは見たことないが、いつもそばにいてくれていた。
俺はそのたびに癒されながら深い眠りについていた。
だがしかし!今は別である!
なぜならこんな美少女と一緒に寝るとか、俺の心が耐えられない!
「ちゃ、ちゃんとそこに敷いた布団に……」
「……やだ」
「やだじゃありません!」
なんでこんな我儘なんだよ!
「ありすに抱き着きながら寝たい……」
直球ですね、喜んで受け入れたいところですよ。でもだめです。はい。
「……ありす……」
「……だめです」
「……むう」
むうじゃない。可愛い顔してもこれだけはだめです。
いやほんとマジで。
でも、このまま寝てくれないのも困る。
俺は明日もバイトがあって早めに寝なくてはいけない。
「……まあ、一緒に寝るぐらいなら……」
そんな言葉を言い終わる前に隣のありさの部屋から盛大な壁ドンが起こった。
え、聞いてんのこれ。
ありさが壁に耳を当て、ちゃんと寝るか聞いている構図が容易に思い浮かぶ。
やっぱ俺の妹怖え……。
「と、とにかく、今日はおとなしく布団で寝てくれ!電気消すぞ!」
「……うん」
俺は半ば無理矢理フクを寝かせて、すぐに電気を消す。
俺もベットに入り込み、フクに背を向ける形で横になる。
「………」
「………」
お互い無言。何を話すわけでもない。
しばらく時間が過ぎる。眠ってしまおうと思っても、すぐ近くで女の子が横になっているという事実が、なんとも落ち着かない。
小学生ぐらいまではありさと一緒の部屋で眠っていたのに、なんでこんなに落ち着かないんだろう。
「……ありさ」
不意に声を掛けられ、びくりと反応してしまう。
「な、なんだ」
「……やっぱり、そっちに行きたい」
「………」
俺は返答に困る。いや、なんで困っているんだろうか。
だってまずいんだろ?なぜ俺はすぐ断ろうとしないんだ。
「……フクロウの姿に戻ってくれたら……」
俺は無意識にそう答えていた。
まあ、この姿のままベットに来られるよりはいいだろう。
「……ん?そういえばどうやって変化するんだ?」
そんな疑問が口からこぼれた時、背後で小さく光り出す。
「え?」
後ろを振り向いたとき、目の前に白くてフワフワした何かが顔に突っ込んできた。
「うぼ!?」
痛くはなかったが、顔の衝撃を確かめるために優しく手でつかむ。
暗くて見えにくいが、それは紛れもないシロフクロウの姿になったフク。
「……ほんとに戻れるんだな」
なんでこんなに驚かないんだろうか。不思議な現象が起きているのに。
まあ、人間になった時点で不思議な現象は既に起きていたから、慣れてしまったのかもしれない。半信半疑だったけど。
フクは俺の腕からするりと抜けて、布団の中に入り込む。
昨日も感じたはずのぬくもりが、なんだか懐かしいように感じる。
俺は少し笑って、もう一度横になった。
一気に襲ってくる睡魔。
俺は安心してゆっくりと眠りについた。
『随分とおとなしい子ですね』
ありさが当然の疑問を俺に言う。
『まあ、言いたいことは分かるぞ。元々気性の荒い性格のはずだからな』
俺はシロフクロウに餌を与えながら、ありさにそう答える。
目の前のフクロウは与えられた餌を食べ続けながら、嬉しそうに目を瞑っている。
この子があまり人気のなかった理由は気性の荒い性格だからと言われた。でも正直、そんなところは感じられない。
でもそうか、まだ怪我のせいでうまく飛べないということも理由にあるんだったな。
『暫くはケージも床にしておいたほうがいいかな』
俺はそういいながら、餌を与え終わったフクロウをケージに入れようとする。
『うお!?』
するとフクロウはそれを嫌がる。手の中で暴れながら、俺の服に爪とくちばしをひっかける。
『……入りたくないみたいですね』
『そうだな……』
まあ、困ることはないだろう。特に危ないものも無いし、俺の部屋に居る限りは問題ない。
『そういえば兄さん、その子の名前決めたんですか?』
『え?』
『だから、名前ですよ、名前』
そうだ、ずっと迷っていたんだ……。結局ピンとくるものが思いつかない……。
『……深く考えすぎなんじゃないんですか?』
『うーん、でもなあ……可愛いペットだし、せっかくならもっと考えてから……』
『白い子ですしシロとか、元々雪国に生息する子ですから、ユキとかどうですか?』
『いや、それは安直過ぎるだろ』
俺がそう言って笑うと、ありさはムッとした顔をする。
まあ、もっとしっかり考えてみてもいいだろ。
『とりあえず今日は学校に行こう、名前はもう暫く考えてみる』
『……まあ、兄さんがいいならいいでしょう』
そう言いながら、俺たちはフクロウに別れを告げて部屋を離れた。
この時、部屋の確認をしっかりしておけばと、今でもすごく後悔している。
アラーム音で目が覚める。
ぱっと目を開けると、朝日が入り込んでいるのが見え、まだ肌寒い部屋の空気を鼻に感じた。
時間を確認すると4時半。バイトに向かうには、まだ時間に余裕がある。
そう思いながら、部屋の空気と違い、暖かいベットのぬくもりを感じる。
昨日はフクがベットに潜り込んだんだっけ。そう思いながら、布団を捲ると、白い髪が見えた。
「……ええ!!??」
いや、昨日フクは動物の姿でベットに入らなかったか?
フクは目をぱっちりと開いたまま、俺を見てニコリと笑う。
「……おはよ、ありす」
「お、おはよう……」
俺の気持ちを知ってか知らずか、フクはむくりと起き上がる。
「……えええええええええ!!??」
俺は思わず自分の目を覆った。
「なんで全裸なんだよ!?」
そう、フクは生まれたままの姿でそこにいた。
フクは自分の体を見た後、元々寝る予定だった布団を見て指をさす。
「……姿変えた時に、服も脱げちゃったみたい」
「脱げちゃうの!?」
いや、でも考えたらそうか、服を着たまま変化出来たら都合よすぎるのか?いや、そんなことは今はどうでもいい!この絵面はやばい!
「と、とにかく!服を着てくれ!こんなとこありさに見られたら……」
「……私が見たら、なんなんですか?」
「———————っ!!??」
声の方向を見て絶句した。なんでもう起きてるんでしょうか……。
「朝からうるさいので来てみれば……兄さん……」
「ち、違う!話を聞いてくれ!これにはちゃんと事情が!!」
そう声をかけたが、冷ややかなジト目で俺を見ているありさが、速足で俺に近づいてきた。
「ま、待っ……!?」
「兄さんの変態!!!」
「ああああああああああああああああああ!!??」
朝早くから平手打ちの音が家に響き渡った。
昨日から何度怒られたかわからん。
俺は今後大丈夫なんだろうか……。
ここまで見てくれたあなたに大感謝。
ほんと嬉しいです。
最後まで見てくれてありがとうございました