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一話 

これを開いてくれてありがとうございます。

最後まで見てくれたら、それだけで満足です。

 我々が普段生活する中での、癒しとして存在するペット。

 愛らしく、常に飼い主に寄り添ってくれる存在。

 アニマルセラピーなんてものが存在するほどなんだから、その癒しの力はさぞ素晴らしいものなんじゃないかと俺は思っている。

 当然、その癒しの効果というのは自分が一番実感しているのだ。

 中学生の頃に、貯めに貯めたお小遣いを握りしめて向かったペットショップで出会ったその子は、本当に可愛らしく、ひとめぼれのようなものだったのだ。

「………」

「…ありす?」

 今目の前にいる、元シロフクロウの俺のペットだった少女は、俺の名前を呼びながら首を傾けていた。

 俺は扉を開けたまま思考が止まっていると、後ろから女性陣の声が聞こえる。

「…兄さん、だから言ったのに…」

「あーあ、やっちゃったねーありす」

「…かわいい…」

 そんな声を聴いている間も、俺は目の前の少女から、目が離せなかった。

 少女は、ほんの少しにっこりと笑って、

「…フクです。なってしまいました…人間に…」

 そう嬉しそうに、話していた。




 時は遡ること約半日前。

 俺、朧ありす(おぼろありす)はいつも通り餌を与えようと、ふわふわの白い毛が可愛らしい、シロフクロウの前に立っていた。

「おはよう、フク」

 そう名前を呼ぶと、首を180度回転させて、こちらを振り向き、小さく鳴いた。

 俺は餌を入れたカップを、机に立って体の向きをこちらに回転させたフクの前に置く。

「ほーら、フク。ご飯だぞー」

 そう話してみるが、フクは全く食べだす気配がなく、俺から視線をそらそうとしない。

 しばらくそのまま待ってみるが、全く動く気配がないので、今度は餌を入れたカップを視線に入れてから、もう一度与えてみる。

「…おなかすいてるだろー、ご飯いらないのかー?」

 そう言ってみるが、やはり反応はなく、俺から視線を逸らすことはなかった。

 俺はまた少しため息をついてから、持ってきていた箸を取り出した。

「やっぱりダメか…」

 俺は箸で餌をつまんで、フクの口元までもっていく。

 するとフクは、嬉しそうに餌を食べだす。

「…昼頃に食べられるようにカップごと置いておくと食べるのに…」

 これは俺の最近の悩みだった。

 フクを飼い始めてから約一年が経過しようとしていた。

 しかし、なぜか俺や妹のありさがいるときは、絶対に食べさせないとご飯を食べてくれないのだ。

 普段は母も仕事の都合で家にいないので、もし今後忙しくて一日中家に人がいないという状況になってしまえば、フクはちゃんとご飯を食べてくれるのかと心配になり、普段からご飯を一人で食べられるようにしたいのだ。

 そんな俺の心配事など気にしていない様子で、おいしそうにご飯を食べるフクを眺める。

「……ふへへへへ……」

「…兄さん…」

「わああああ!?」

 突然、部屋の入り口から聞こえた声に俺は飛び上がる。

 そこには怪訝な表情でこちらを睨む妹のありさの姿があった。

「……フクの餌やり、かわいいのはわかりますけど、そのにやけ顔はやめていただけませんか?」

「あ、ああ、そうだな…気を付ける…」

 ありさは、「まったく…」とため息をつくと、フクに近づいて、指先で頭を撫でた。

「おはよう、フク」

 ありさがそういうと、フクは小さく鳴いて、ありさの指を甘噛みする。

 その姿にありさも小さく微笑んでいた。

「…まだ、ご飯は一人では食べられそうにありませんか?」

 不安そうな顔で、ありさは俺の顔を覗き込む。

「…いや、食べられないわけではないんだろうけどな…昼とか餌入れ空っぽになってるし」

「うーん、単純に甘えられる時は甘えたいだけなのかもしれませんね」

「でもなぁ、ありさも高校生になったし、みんな忙しくなると、餌を直接与えるなんて暇も、無くなっちゃうかもしれないしなぁ…」

 俺がそう答えると、ありさも腕を組んで少し考えだした。

 俺は毎朝新聞配達の仕事をしている。朝に配る量は決められているとは言え、休みの人がでた際は、その人の分もみんなで分け合って配るため、遅いと学校に間に合うギリギリの時間に家に帰ってくることも多い。

 そんな時はありさに餌やりをお願いしていたが、ありさも高校生だ、時間に余裕がなくなることだってあるかもしれない。

「…とりあえず、今はお昼だけでも一人で食べてくれているだけで感謝しましょう、そろそろ学校に向かわないと遅刻しちゃいますよ?」

「え、もうそんな時間?」

 俺は視線を部屋にある時計に向けると、確かにありさの言う通り、ギリギリの時間になりつつあった。

「向かわないとまずいな…フク行ってくるからな」

 俺はフクを軽くなでて、餌が入ったカップをその場において、部屋を後にすることにした。




「兄さん、忘れ物はないですか?」

「ああ、大丈夫だよ」

 俺は玄関で靴ひもを結びながら再度頭の中で忘れ物がないか考える。

「お弁当は持ちましたか?ハンカチは?あと何かあった時のための予備のお金などは?」

「だ、大丈夫だって…心配しすぎだよ…」

「だって兄さん、自分のことになるとだらしなさ過ぎるんです」

「う…」

 正直、ありさの言葉に完全に否定はできない。

 普段の生活における食事・洗濯・掃除などに関してはすべてがありさの管理において成り立っている。

 それだけではなく、母から送られてくる毎月の生活費もすべて管理していて、食事に関しては特売やセールなどを考えながら切り盛りしているのだから本当に頭が上がらない。

 俺自身、家事はフクを飼うためのお小遣いを貯めるために手伝っていた経験もあるのでできなくはないのだが、ありさの仕事を手伝おうとすると、「私がやったほうが早いです」と言われてしまう。

 確かに、洗濯ものの色分けや畳み方、食事を作る際の栄養のバランス、掃除をするときの最適な順番など、自分ですると必ずと言っていいほどありさになにかしら指摘されてしまう。

結局、出来る妹に何から何まで甘えてしまっているのだ。

 そんな生活をしていれば、だらしないといわれても仕方がない…。

「寝ぐせがひどいのに気づかないこともありますし、部屋なんてすぐ散らかして、着終わった服も脱ぎ散らかすし、それに…」

「すいません…」

 何も言い返せない。

「…女の子にもだらしないですし…」

「…え?」

「なんでもありません!!」

 なんで怒っているんだ……?

 今日はもう怒らせないようにしなくてはと思いながら立ち上がると、ありさは玄関の靴箱の上に置いてある紙を見ていた。

「…兄さん、これ行ったんですか?」

「え、ああ、それは…」

 ありさが俺に見せてきた紙をみて、俺は思わず目を逸らしてしまう。

 その紙は、フクのワクチン接種に関するお知らせの紙だった。

「…まさか、行ってないんですか?」

「いや…まぁ…」

 歯切れの悪い俺の反応にありさはため息をついた。

「まったく、兄さんは本当に……」

「い、いやぁ、バイト代が入るのは今日だったし、期限ギリギリだけど、今日行くしかないかなぁと…」

 ごにょごにょとそんなことを言うと、ありさがずいっと身体を乗り出してきた。

「あのですね、兄さん」

「あ、はい」

 眉をひそめる状態で顔を覗き込んできているありさの気迫に、思わず少し後ろにたじろいでしまう。

「兄さんにとってフクは大事なペットなんですよね?」

「そ、そうです」

「だったら、お金が足りないとかそんなことになる前に、私に相談したらよかったじゃないですか。そうしてくれたら私だってお金を貸したりできたんです」

「い、いやだって、そもそもフクを飼うのは、俺のバイト代と小遣いで餌とか必要なものに使うのが約束だったし……」

「そもそも、兄さんのお小遣いは兄さんのバイト代から出しています。それにそのバイト代の半分以上は家に入れてくれているんですから、そのくらいの融通は聞かせますよ」

「いやでも……」

「でもじゃないです。それだけ家計に貢献してくれいるんです。おかげで私は、毎日の献立をどれだけ節約して作らなくてはいけないかなんてことを考えなくて済む日もあるんです。兄さんは普段私の献立作りを楽にしてくれているんですから、兄さんも困ったらちゃんと私に言ってください」

「あ、ありがとう……」

 少し照れくさそうにそんな反応をした時、ありさは腕時計を見て、慌てた様子で俺の裾を引っ張った。

「に、兄さん!?ちょっと時間がまずいので急ぎましょう!流石に話過ぎました!」

「お、おう!そうだな!」

 俺は慌ててありさに裾を引っ張られながら玄関を飛び出した。

 今日がワクチン接種の最終日、必ず忘れないようにしなければと考えながら、俺はありさと二人で学校に走り出した。




 普段住んでいる場所から二駅も離れた町。

 そこに建っている小さなペットショップに、俺は約1年間貯めた小遣いをもって入店した。

 俺にとってそこは楽園に見えた。

 どこを見渡しても可愛い動物たちが沢山いたからだ。

『お、おおおおお……』

『……兄さん、顔がニヤけ過ぎです』

『おおおおおおお……』

『聞いてない……』

 後ろにいたありさが小言を言っていたが、俺の耳には全く届いていなかった。

 とにかくどこを見渡しても可愛い動物達ばかりで、俺は興奮していたのだろう。

『それで、兄さんはどの動物にするのですか?犬ですか?猫ですか?』

『それはこれからじっくりと考えるさ』

『そうなんですか、私的には犬がいいですかね。犬いいですよ。犬は本当にかわいいです』

 ありさがそんなことを言いながら、近くのケースで眠っていたチワワに近づいて眺めていた。

『ペットお探しですか~?』

 目線をキョロキョロと動かしていると、店員がありさに声を掛けた。

『あ、いえ、私ではなく兄が』

『あら、そうなんですね~、何かお好きな動物はいますか?』

『全部です』

 俺がそう答えると、店員は少し困った顔をして、ありさはため息をついた。

『兄さん、それじゃあ店員さんが困るだけの回答じゃないですか……』

『いや、でもなぁ、ほんとにどこを見ても可愛くて……』

 俺はそう答えながら周りを見まわしていた。

『……ん?』

 俺はふと、店の隅っこにポツンと置かれているケースに目が行った。近くまで行き、ゆっくりと中をのぞくと、その中にいたのは小さく蹲まって眠っているシロフクロウだった。

『あの、この子は?』

 俺が店員さんに声を掛けると、パタパタと小走りで近づいてきた。

『あ、その子ですか……?』

 店員さんは困ったように首をかしげる。

『実はその子、右の翼を怪我していて、うまく飛べないんです……』

 俺は話を聞きながら、シロフクロウをじっと眺めていた。

 そのフクロウは、ゲージの隅で小さく蹲りながら目をつむっていた。

『それに、シロフクロウは気性の荒い性格ということで、なかなかお客様が選んでくださらないんですよ……』

 苦笑いを浮かべる店員さんを尻目に、俺はそのフクロウをじっと見つめていた。

 ふと、フクロウが目を開け、俺の視線に気が付いたのか目線を合わせてきた。

 なるほど、これがフィーリングか………。

『フクロウ以外でしたら、インコや文鳥などもございますが………』

『決めました』

『え?』

 俺は店員とありさに向き直り、フクロウを指さした。

 目を丸くする店員と、やれやれとため息をついているありさの顔を、今でも覚えている。

『この子にします』




「ありすー?あーりーすー」

 自分の名前を呼ばれる声で目を覚ます。どうやら、昼休み中に眠ってしまったようだ。

 重い瞼を擦りながら、俺は声のする方向を見た。

 ツインテールを左右に揺らしながら、こちらを覗き込む少女に目線を合わせる。

「あ、起きた」

 俺の顔を覗き込みながら、幼馴染である彼女、荒川桃あらかわももは、満面の笑みで話し始めた。

「ありすありす、今日暇ぁ?」

「なんだよ急に」

 桃は俺の机に無い胸をずいっと突き出した。

「最近ね、気になる野良猫がいるの!」

「お、おう」

「私ね、自分で言うのもなんだけど、猫に好かれるじゃない?」

「……まあ、そうだな」

 そう、こいつは小さい頃から、俺が嫉妬するほど猫に好かれるのだ。道を歩くだけで猫が後ろについてきて大行列になることなんてよくあった。

「でもねでもね、最近気になってる猫ちゃんがいるの」

「ほう?」

「その子はね、あんまり私のこと気にしてくれなくて…だからね、もっと仲良くなりたいなと思って……」

「へえ……」

 桃に懐かない猫なんているのか。珍しいな。

 普段はマタタビでもつけているんじゃないかってぐらい猫がついて回るのだが。

「今日ね、その子探しに猫散策したいから、一緒についてきてくれない?」

「別にいい……あ~……」

 別にいいよと言おうとした所で、今日の予定を頭の中で確認する。

「今日、フクの予防接種があって、長く付き合うことはできないとは思うけど、それでもいいなら」

「ほんと!?ありがとう!!」

 そう言うと、ちょうど昼休みの終わりのチャイムが鳴った。

「んじゃあ、午後楽しみにしてるね!!」

 桃は満面の笑みでその場から離れていった。

 あ、でも午後帰る前に部室にも寄らないと……。

「今日はやる事が多いな……」

 頭の中でやらなければいけないことを整理しつつ、俺は次の授業のための準備を始めた。




「あれ?今日ありす当番だったっけ?」

 授業が終わった午後、俺は桃と一緒に部室に向かっていた。

「いや、そういう訳じゃないけど、土日はフルイ先輩に全部任せちゃったし、平日とか行ける時は手伝わないと」

 俺が入っている部活の名前は生活部。

 内容は料理を作ることもあれば、手芸でぬいぐるみを作ったり花を育てたりしている。

 活動を強制されているわけではないが、花の世話だけは毎日誰かが水やりをしなくてはいけない。

 部員は俺と先輩だけ。普段の世話は交代でしているし、土日もどちらかが学校に来て水やりをしているが、俺が急なバイトが入ってしまった時はいつも任せてしまっている。

 水やりをするだけとはいえ、それでも学校に来て作業をしなければけないのは手間だと思うが、いつも笑顔で引き受けてくれる。

 土日の時間を削ってもらっているため、平日などは自分が当番じゃなかったとしても手伝いに行くようにしている。

 気が付けば部室の前まで来ていた。俺は扉を開ける。

「お疲れ様でーす」

 そう声を掛けると、奥で鉢植えに水やりをしている先輩の姿があった。

 金色のポニーテールを揺らしながら、先輩はこっちを向く。

「あらありすくん、今日も来たの?わざわざいいのに」

「いえいえ、いつもフルイ先輩に甘えてしまっているので」

 俺はそう言いながら部室に入る。

「フルイ先輩!お疲れ様です!」

「あら?桃さんも来たの?」

 俺の後ろからぴょこりと飛び出てきた桃にフルイ先輩がにっこりと微笑む。

 彼女の名前は布留瑠衣ふるるい。俺たちが勝手に真ん中の「る」が同じという理由でフルイと略して呼んでいる。

「フルイ先輩お疲れ様です!突然ですが先輩この後暇ですか?」

「え?どうして?」

「今日ねこ探しに行こうと思いまして!」

 フルイ先輩が首をかしげると、桃は笑顔で答える。

「猫探索と言うけど、桃さんの場合は探すまでもないような気もしますが…」

「それは同感です」

 フルイ先輩の発言に同意しながら花の水やりを行う。

 さっきも言ったが、こいつは歩くだけで猫がまとわりついてくるのだ。逆にこいつに懐かない猫など見たことがないのだが…。

「んでんで!フルイ先輩どうですか?」

「今日は塾もお休みですし、少しであれば全然大丈夫ですよ」

「やったー!!」

 桃は嬉しそうに反応しながらフルイ先輩に抱き着いている。

「ちょ、ちょっと桃さん!くすぐったいですよ!」

「ふへへへ、良い物をお持ちで……」

「エロオヤジか」

 先輩の胸に顔を埋めている桃を引きはがす。

「いやあ、ほんとフルイ先輩はおっきいですよね、羨ましい限りです」

「も、もう…」

「………」

 恥じらいというものがないのかこいつは。

 平然とその手の話題を向けられた先輩は頬を赤らめていた。

 桃がほぼまな板なのに比べ、フルイ先輩はなかなかに大きい。やっぱり女性としては大きいほうがいのだろうか。

「あのですね桃さん、ありすくんもいるので、あまりその手の話題は……」

 先輩は俺に視線を合わせようとしない。なんとなく気まずくなる。

「……あー、先輩、水やり終わったんで、行きましょうか?」

「そ、そうですね!」

 無理やりではあるが話題をそらさなければ。

「でも、ありすだっておっきいおっぱいのほうが好きじゃ……」

「黙ってろ」

 これ以上発言させると不味いので桃の口を塞いでおく。

「とりあえず、部室のカギを返しにいきましょうか…」

「そうですね……」

 部活の先輩にこれ以上変なイメージを持たれたくはない……。

「後で先輩には、猫達に好かれる素敵なことをしてあげますよ!」

「う、うん。ありがとう桃さん…」

 桃がはしゃいでいる中、職員室にカギを返しに行くことにした。





「なんでこうなった!?」

「いやーなんででしょうねー」

「いやあああああ!?」

 俺たちは今猛ダッシュで逃げ回っていた。

 何からって?猫たちからだよ!!

「尋常じゃない勢いで追いかけてくるんだけど!?」

 後ろを振り向くと大量の猫が追いかけてきている。

 どの猫も目が可愛い感じじゃない。完全に獲物を狙っている目だし。

「ていうかお前目当てなんだからお前が何とかしてこいよ!!ていうかお前自分で走れよ!」

「えーやだよー、疲れるもん」

「お前を抱えて走ってる俺のほうが疲れるんだよ!!」

 俺の右手で桃は抱えられた状態になっている。身長も小さくそんなに重いとも思わないとは言え、それでも走るにはしんどい。

「いやいや、考えてみてよありす。ありすが疲れるのと、あの中に私が入って猫にもみくちゃにされるのとどっちがマシかな?」

「俺が疲れるのが嫌だからお前をあの中に投げ込む!!」

「いやああああ!?やめてやめて!!ごめんなさいごめんなさい!!」

 桃は俺の手にしがみついて離れようとしない。

「それに、あの子たちは多分私だけが目的じゃないから、私をあの中に投げ入れても状況は変わらないと思うよ?」

「なんだそれ?どういう意味だ?」

 桃の発言に疑問に思いながら、ふと横を見ると先輩の姿が無いことに気が付く。

「あれ!?フルイ先輩は!?」

 後ろを振り向くと、俺たちと猫の群れのちょうど真ん中ぐらいの位置にいた。

「…はっ、はあっ…はあっ…も、もうだめ…」

 目がぐるぐると回っている。そりゃあ、普段運動していない人がいきなり走り始めたらこんなことになるだろうな。

「先輩!無理しないでくださいね!!」

「は、は~い……」

「あー!?まずいってありす!」

 段々と距離が離れていく先輩を見ながら、桃は慌てだす。

「ど、どうしたんだよ桃……」

「さっきも言ったけど!あの猫達は私だけが目的じゃないんだって!!」

「いやあああああああ!?」

 後ろから先輩の叫び声が聞こえて思わず足を止める。

「先輩大丈夫で…すか……」

「やあああ!助けてええ……」

 後ろを見ると体中猫にまとわりつかれている先輩の姿があった。

 え?どういう状況?

 思考を巡らせていると、一匹の猫が彼女のポニーテールに飛びつく。それにバランスを崩した先輩はその場に倒れこんでしまった。

「ええっと…なんで先輩はあんな状態に……」

「………」

 露骨に目を逸らした右腕に収まっている桃に視線を向ける。

「おいこら。お前先輩に何かしたな?」

「……マタタビを少々……」

「はい?」

「話は、ありすが職員室に入った1分間まで戻ります……」




『先輩先輩!!』

『どうしました桃さん?』

『ちょっと目を瞑って息を止めてもらってもいいですか?』

『ええ!?』

『さあさあ、早く早く!』

『う、うん……』

『そーい!!』




「ということがありまして」

「そん時にマタタビを…?」

「そう!」

「よーしお前があの群れに代わりに入ってこい!投げ込むぞー!!」

「いやああああ!?やめてやめて!!」

 俺の腕にしがみつく桃を再度引きはがそうと腕を振り回すが全く離れない。

「ていうか!私自身にもマタタビつけたからありすにも付いてるの!私をあの中に投げ入れてもありすも助からないって!」

「お前を抱えなければ俺はもっとスムーズに逃げられるんだよ!」

「いやぁ…そんなとこ舐めないでぇ…」

「っ!?」

 先輩のほうを見るともみくちゃにされた先輩が顔を赤らめながら悶えている。

 服も乱れていて目のやり場に困る状態だ。

「うわぁ…えろぉ……」

「おまっ!なんちゅう発言…!」

「あ、いや思わず」

 たしかに絵面はなかなか見ていられないものになっているが、そういうことを言っている場合ではない。

 そんなことを考えていると数匹の猫が先輩のマタタビだけでは満足できなくなったのか俺たちの方向に走ってくる。それに釣られるようにさらに周りから猫が集まりこっちに走ってくる。

「ああ!ありすやばいよ!?」

「に、逃げるぞ!!」

「ああああああ!?まってええええ!!」

 思わずその場から走り出すと後ろから先輩の叫び声がする。

「すいませんフルイ先輩!!後で迎えに来ますので!!」

「いやあああああ!おいてかないでええええ!!」

 ああ、心が痛い…。

 しかし、俺はあんな状態にはなりたくはない。見てられない絵面になりそうだし。

「いやあ、ありすもなかなか鬼畜だねぇ」

「誰のせいでこんなことになってると思ってんだ!!」

 俺は必死に走りながら右手に抱えられている桃を怒鳴る。

 正直、話しながら走っているので結構しんどい。毎朝新聞配達で走り回っているから多少は大丈夫だが、このペースが後どのくらい持つのかもわからない。

 ふと周りを見渡すと、普段の通学路コースからだいぶ離れていることに気が付く。がむしゃらに走っていたので気づくことができなかった。

「そうだ!ありす、私に良い考えがあるよ!」

「なんだよ急に!」

「このまま進むと、河川敷があるんじゃない?川の中に入っちゃえば猫さん達も追ってこれないでしょ!」

「おお!!」

 こいつなりに現状の改善策は考えてたみたいだ。その案は採用させていただく!

 俺はそのまま足の回転を上げる。

 目の前に見えた河川敷の階段を数段飛ばしで駆け下りていく。よし!もうすぐ!

「あーーーー!!」

「な、なんだよ!?」

 いきなり叫びだした桃に驚きながらも俺は川に向かって一直線に走る。

「け、携帯。水没するかもしれないから…」

「今そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」

「だ、だって!進級祝いでママが買ってくれたんだよ!?」

「あの猫達に凌辱されるのと、スマホが水没する可能性があるのと、どっちを選ぶんだよ!?」

「凌辱!!!」

「ふざけんなああああああああ!!」

 俺は叫びながら目の前の川に飛び込もうとした。まさにその時、

「あっ!?」

 俺は足を躓かせてしまい、一瞬体が空中に浮いた。

「ふえ?」

 桃が情けない声を出したところで、俺の思考は超加速する。

 ああ、これは、どう考えても転ぶ。

 脳内に現れる選択肢。

 その1 このまま桃を庇いながら倒れる。

 その2 桃を猫の群れに差し出して俺は川に避難。

 その3 倒れる前に桃を川に投げ入れて俺は凌辱される。

 その1は二人共猫に凌辱されて助からん。よって無し。

 その2は人間として終わっている。なぜこの選択肢が出てきたんだ俺…。桃の言っていた俺は鬼畜という言葉を思い出す。よって無し。

 残るはその3………。

 3しかないのか?3しか道は残っていないのか?だがしかし、男が猫に舐め回される絵面を誰が求めるというのだ!!

 どうする!?どうするどうするどうする!?

「ありす危ない!!」

「っ!?」

 桃が俺を庇おうと下敷きになろうとしたその時、意識が戻った。

「さあああああああん!!!」

 潜り込んだ桃を川に投げ入れた。

「きゃああああああ!?」

「ぶべらぁ!?」

 俺はそのまま受け身も取れず砂利に体を打ち付ける。

 後ろを振り向くと、目を輝かせた猫達が迫ってきている。

 そして、俺の脳内に何かが浮かび上がる。ああ、これが、走馬灯か…。

「今月のにゃんにゃんコスプレ号…今日発売日だっけ……」

 あ、走馬灯でもなんでもなかった。ただの俺の欲しい物の願望だったようだ。

 そのまま容赦なく猫達に襲い掛かられた。

「あああああああああああああああああああああああ!!??」

 そのまま悶えていると、後ろのほうで川の中から歩いてくる桃の姿が見えた。桃はスカートの水気を絞りながら、俺のことをじっと見つめている。

「………ふむ」

 目線で助けを求めていると、桃はおもむろにスマホを取り出して俺を撮り始めた。

「おまええええええ!?」

「やっぱり、これはこれで需要あるんじゃない?」

 連射機能を使いながら桃は撮影を続ける。

「いやぁ、防水機能っていいよねー」

「撮ってないで助けてー!!」

「ありすー!こっち見てー!」

 にやにやしながらお構いなしに桃は撮影し、満足そうにしていた。

「ああああ!?らめええええ!そんなとこ舐めないでええええ!!」

「録画しとこうかなー」

「いやあああああああああ!!??」




「ありすー、そろそろ帰ろうよー」

「………そうだな」

 桃に声を掛けられ、マタタビと猫の毛だらけになった体を洗い流すため入っていた川から上がる。

 俺はあの後、川に何とか入り込み、水を嫌がった猫たちはどこかにいなくなってしまった。

 ひざ下ぐらいまでの浅い川に、放心状態でしばらく入り込んでしまっていたため、もうすっかり日も落ちている。

「いやー、いいものが見れたね!」

「俺は全然よくないけどな……」

 そう言いながら、俺は桃に目線を向けると、ドキッとしてしまった。

「お、おい!?風邪ひくだろ!ブレザー着ろよ!」

「今日は比較的気温高いから持ってきてないよ?」

 そう言った桃に、俺のブレザーを脱ぎ軽く絞ってから桃に渡す。

「ほら!これでもいいから!」

「……?何、どうしたの?」

「いいから着ろって!」

「わわっ……」

 俺は桃の肩にブレザーをかける。

「な、なんでっ………ぁ………」

 桃はそこまでされてようやく気が付いたのか、頬を少し赤らめた。

 そう、ずっと透けていたのだ。桃の下着が……。

「……ありがと……」

「あ、ああ……」

 なんとなく桃の顔を見れずに視線をずらしてしまう。

 なんでだろう、こいつはただの幼馴染なのだ。小さいころに一緒に風呂にだって入ったことあるし、なんせちんちくりんな体してるくせに、こういうところは女性として見てしまう。

「へへっ、ありすはやっぱり優しいね……」

「い、いや。俺は男だから別にみられて困るものもないし……」

「何色だった?」

「……水色……」

 いや、俺もなんで答えたんだ。

「すけべ……」

「す、すまん……」

 思わず謝ると、桃は少し笑いながら歩きだした。

「別にいいよ。早く帰ろ?ほんとに風邪ひいちゃうよ」

「お、おう」

 俺は桃の後ろについていく。

 俺から話すこともなく、かといって桃から話しかけてくる事もない。

「そ、そういえば、お前が探していた猫って、あの群れの中にはいたのか?」

 なんとなく気まずくなり、そんなことを聞いてみる。

「うーん、あの中には居なかったんだよね、基本一匹だけで行動してるから見つけにくいんだよね」

「そうなのか」

「うん」

 そんな何気ない会話をしていた。

 その時、ふと後ろを振り返る。

「…あ」

 そんな間抜けな声をあげてしまった。

 そうだ、完全に忘れていた。フルイ先輩のことを……。

「……ううう、酷いです二人とも……」

 フルイ先輩は猫の毛だらけの体で髪も乱れている状態で立っていた。まあ、それ以外にも乱れているところもあるけど……。

「す、すいません。完全に忘れてました……」

「酷すぎませんか!?」

「す、すみません……」

 俺が反射的に謝ると、フルイ先輩はずいっと体を寄せてくる。

「……この件は何かで返してもらいますからね?」

「は、はい……」

 顔を赤らめた先輩から思わず目線を逸らしてしまった。

 だって服が乱れてて目のやり場に困るのだ。

「フルイ先輩!それはセクシーすぎる!」

「お、お前!?」

 桃の余計な一言に先輩は自分の異変にやっと気が付く。

「……ふえっ!?」

 かわいい声を出しながら先輩は後ろを向き、乱れた服を元通りにする。

 そのあとゆっくりと振り向た。俺を睨みながら。

「い、いや、あの……見てないんで……」

「まあ、さっき猫にもみくちゃにされてた時にエロいって言ってたもんね!」

「おい!それはお前が……!」

 俺が桃の口を押えると、フルイ先輩は目線を合わせることは無かった。なんかどす黒いオーラが見える。嫌な予感……

「ば……」

 フルイ先輩は俺を睨みつけながら右手を上げる。

「いや!?ちょっとまっ」

「ばかああああああ!!」

「いってえええええええ!!??」




「ご、ごめんなさい……」

「い、いえ、大丈夫です」

「綺麗な赤紅葉だね!」

「誰のせいだ誰の!!」

 あのあと、頬に綺麗なビンタを先輩からもらった後に桃がしっかりと誤解を解いてくれた。

 ビンタされる前に解いてほしかったが……。

「今日は散々だ……」

「猫探しに出ただけだったんですけどね……」

「びしょびしょになったり猫の毛だらけになったり!」

 みんなで俺の家に向かっていた。

 俺の家が近かったため、さすがに猫の毛だらけの先輩をそのまま返すわけにはいかないと思い、俺の家で軽く洗濯をしてから帰ったほうがいいと思ったのだ。

「帰ったらありさに怒られるかなぁ……」

「まあ、月曜から制服びしょびしょにしたら怒られるよね」

「やれやれ……朝だってあんなに怒られたのに……」

 ここでふと思い出す。俺は朝何で怒られたのかを。

 俺は一気に血の気が引いた。

「ありす君?」

「どしたのありす?」

 二人は俺の顔が真っ青になったことに気が付いたのだろう。心配の声をかけてくれるが、俺はそれどころではなかった。

「……フクの予防接種……忘れてた……」

「あ」

 桃もすっかり日の暮れた空を見ながら、困った顔をした。

「ご、ごめんありす。少しだけって言ったの私だったのに……」

「いや、お前は悪くないだろ。俺がちゃんと覚えておけばよかった……今からでも遅くないからいつもの病院に向かうよ」

 行く前にありさにめちゃくちゃ怒られそうだけど……。それは仕方ない、すっかり忘れていたのは俺なのだから。

「時間的にギリギリだな、病院開いてるかな……」

「私のせいだから私も付き合うよ」

「桃は家に帰って風呂入れよ。風邪ひくぞ?」

 そうこうしているうちに、家の玄関が見える。今のうちに病院のほうに開いてるか電話をしておこうと思いスマホを取り出すと、ありさから大量の不在着信が来ていた。

 あ、これそうとう怒ってそう……。

「うう、大丈夫かな……」

 俺が冷や汗をかきながらスマホを見つめていると、右に桃、左にフルイ先輩が並ぶ。

「大丈夫!私も謝るから!」

「私も、ちゃんと説明しますから……ちゃんと説明したら、ありさちゃんもわかってくれますよ」

 二人にそう言われ、俺も意を決して玄関の扉を開けようとした。

 その時、ちょうど玄関の扉が開き、俺のおでこに扉が激突した。

「痛!?」

「うわ!?兄さん!?」

 目の前には、慌てた様子のありさが立っていた。

 顔を見たとたん、俺は反射的に土下座をしてしまった。

「す、すまんありさ!俺朝にした約束破りそうになって!今からでも病院向かうから、許してくださいいいい!!!」

「ちょ、ちょっとありす!お兄ちゃんが妹にガチ土下座とか笑えないよ!?」

 二人は俺の行動に驚きながらも、ありさに状況を説明しようとした。しかし、ありさも慌てた様子で話を遮った。

「何をしているんですか兄さん!今はそれどころではないんです!」

「え?」

 俺が気の抜けた声を出すと、ありさは俺を立ち上がらせ、家の中に引っ張る。

「いいからこっち来てください!」

「ど、どうしたんだよ?」

 俺が聞いても答える様子はなく、俺の部屋の前まで引っ張られた。

「……俺の部屋?」

「……開けてください……」

 ありさに言われるがまま、扉を開ける。

 そこには、見覚えのない、白髪の綺麗な少女が立っている。

「……えーっと、ありさのお友達?」

「ちがいますよ」

 ありさにそう言われ、俺はもう一度目線を少女に向けた。

 白く綺麗な髪は腰まで伸びていて、着ている服はどこかで見たことがあると思うと、それはありさが来ていた服だとわかる。

「ん?ん??なんでありさの服を着たお友達が俺の部屋にいるんだ?」

「だから違いますって!」

「じゃあこの子は誰なんだよ」

 俺がそう聞くと、ありさはジト目で俺を見る。

「……フクです」

「………」

 もう一度少女を見る。

 少女は何を考えているのか分からなかったが、俺のことをじーっと見つめてきていた。

「……フクなのか?本当に……」

 今朝まで、モコモコのフワフワで、餌も直接食べさせてあげないとあまり食べてくれなかった可愛いフク。

 それがこの子だというのか?

「………」

「…ありす?」

 今目の前にいる、元シロフクロウの俺のペットだった少女は、俺の名前を呼びながら首を傾けていた。

 俺は扉を開けたまま思考が止まっていると、後ろから女性陣の声が聞こえる。

「…兄さん、だから言ったのに…」

「あーあ、やっちゃったねーありす」

「…かわいい…」

 そんな声を聴いている間も、俺は目の前の少女から、目が離せなかった。

 少女は、ほんの少しにっこりと笑って、

「…フクです。なってしまいました…人間に…」

 そう嬉しそうに、話していた。

「間に合わなかったああああああああ!!!」

 俺は思わず、悲痛の叫びを上げてしまった。


最後まで見てくれてありがとうございました。

楽しんでもらえたなら、幸いです。

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