1章 逸話と旅立ち
-『救世主のおはなし』-
かつてこの大地には、3人の王様がいました。強力な魔法を使いこなして、怖い魔物たちからみんなを守ってくれるサンドラ王。みんなに強い力を与えてくれる魔法を使って、魔物に立ち向かう力をくれるタリス王。そして、呑気に昼寝ばかりしているシュテアン王。
ある朝、東の空から黒い、大きな何かがやってきました。ごうごうと大きな音を立てて、真っ青に晴れ切った空が、星も見えない黒に染まっていきました。
真っ暗になってしまった世界に一筋の光が降り注ぐと、その光の先には1人の人影が。
暴虐の魔王ネヒテ。
ネヒテを追うように沢山のおぞましい魔物が降り注いできます。
その朝、人々が太陽を失い、どの時を生きるかもわからぬままに、大地に住まう人々の半分が魔王たちの犠牲となりました。
サンドラ王は勇敢に立ち向かいましたが、あまりにも多くの魔王の軍勢には歯が立ちません。
タリス王は残った人々に力を与えて軍勢で立ち向かいましたが、魔王ネヒテの強力無比な魔法に敵わず、魔王軍を押さえ切れません。
人々は願いました。
どうか、我々にこの苦境を脱する力をお与えください。
そこに一人、眠たげな目を提げて、やってくる者がいました。
シュテアン王です。
彼は右手を一度振るいました。
魔王の軍勢の半分が消えてしまいました。
彼が右手をもう一度振るいました。
魔王の軍勢のもう半分が消えてしまいました。
彼が両手を天に伸ばしました。
真っ暗な空から幾千もの雷鳴が轟きました。
そしてその雷鳴は剣となり、魔王を討ちました。
ついに魔王を滅ぼした、そう思った人々が大きな歓声をあげます。
しかし、魔王の最後の悪あがき。
暴虐の名にふさわしい、自らの命を犠牲にして大地を滅ぼす魔法です。
シュテアン王はその魔法を自らの身に受け止めて、世界を守りました。
しかしそれほどの魔法を無傷で受け止めるわけにはいきませんでした。
シュテアン王は魔王と一緒に消えてしまったのです。
3人の王を失った人々は、それぞれが治めていた大地にそれぞれの王の墓標を建てて、彼らの活躍を喜び、またその死を悼み、そしていつの日か彼らのように強く立派な王を生むべく、日々を営んでいくことを誓ったのでした。
おしまい
「ねぇ、このお話は本当のことなの?」
納得がいかない、そんな風に思いながら僕はつぶやいた。
「そうね、お母さんも小さなころにお母さんから・・・あなたのおばあちゃんね、教えてもらったの。そのあと墓標の近くに街ができて、それが国になったんですって。だから三つの国の名前には3人の王様の名前の名残があるでしょう?」
「そうなんだ。」
母との議論は諦めて本を閉じたが、やはり納得がいかない。どうして、サンドラとタリスは協力しなかったんだろう。タリスがサンドラを強くすれば、魔王もどうにかなったんじゃないのか。でも、一番納得がいかないのはシュテアン王だ。昼寝ばかりしていたやつが、急にそんなに強い力を発揮できるものだろうか。強い魔法を使うためには、大変な修行が必要になるはずなのに。
「それで、もう準備はできたの?」
「うん、荷物も詰めこんだし、あとは寝るだけだよ。」
「ごめんね、たった2年間だったけれど、私にできることはやってきたつもりなのだけれど、やっぱり、離れるのは・・・」
母の声色が変わったので顔を上げると、大粒の涙が目から溢れ出していた。
「お母さん、夏休みには帰ってくるんだから、そんな、今生の別れみたいなこと言わないでよ。」
「ええ、わかっているの。わかっているけれどね。」
涙が止まらない母の、その日はすっかり小さく見えた母の肩を、そっと抱き寄せた。
僕は明日から、魔法学校に入学する。
三つの国のうちのひとつ、シュテアン国にたった一つの魔法学校。その1年生として。
列車。
目の前には列車が到着していた。《流星号 魔法学校行き》というネームプレートが列車の一号車、その黒い車体の上部に取り付けられている。心配性な母の送り出しを受けて、1時間も前に駅に到着した僕だったが、駅のホームを行き交う人たちをなんとなく眺めて過ごしていたが、無事に自分の乗る列車が来たことに安堵して、なんとなくため息をついた。
「どうしてワクワクするでもなく、安心しないといけないのかな。」
不意に後ろから声。
「いや、待っているホームが、この列車が来るホームじゃなかったらどうしようと思っていたからさ。」
「流星号に乗るのは初めて?わたし、結構詳しいからわからないことがあったら教えてあげる。」
「ありがとう。君も新入生?」
ミルクチョコレートのような色の髪を、耳の上あたりで二つに結わいている少女。目つきは悪く、目元には青いくま。一見不健康そうな彼女が、慣れなさそうな笑顔でたたずんでいる。
「あれ、まだ制服を着ていないの?列車に乗る前には着るようにって、手紙に書いてあったはずだけれど・・・。まぁいいわ、私も新入生よ。ほら、このバッジ。」
彼女は着ているローブの胸元をくいと引いてみせる。
そこには金色の地金の上に、黒い六芒星が描かれたバッジが光っていた。
「ああ、僕は制服が学校の方に届くみたいなんだ。僕の家は、協力者の家だから。」
どうりで、と納得したらしい彼女だったが、はっとした顔で僕の手を掴んだ。
「ちょっと、もう発車するわよ。もう、普通の列車と違って号令も何もないんだから。・・・何笑ってるのよ。」
先ほどまで浮かべていたうっすらした笑顔が嘘だったかのような焦り顔を見て少し面白かった。
「ごめんね、ありがとう。君のおかげで列車に乗り遅れかけたよ。」
僕の冗談に頰を膨らませながら、しかし冗談だと気づいていて少し笑っているような、そんな微妙な表情を浮かべながら、彼女が毒づく。
「まあ、初めて会うレディにそんな皮肉を言うなんて、どんな教育を受けてきたのよ。あなた。」
「あなたじゃなくて、オリオンだ。よろしくね。」
「こちらこそ、わたしはジャクリーンよ。ジャッキーって呼んでね。」
列車の連結部に立ちながら、僕とジャクリーンは強く手を握り合った。
不慣れな環境だ、今まで生きてきた世界とは何もかもが違うのだから。
友達ができるかどうか不安だったけれど、とりあえず、困った時に頼れる友達には出会えたらしい。
連結部を出て客室に入ると、大きな窓からはまだ駅のホームが見えている。
ズドン。
ゴゴゴゴゴ。
強い衝撃が一度車両に響いたのち、列車が動き始めた。
窓から見えるホームが、たちまち遠ざかっていって、数十秒もしないうちに駅すらも見えなくなって、僕が知らない風景が流れて行くようになった。
僕は、これから学校へ行く。
何もなかった自分に許された、唯一の場所だから。
とりあえず、書いていきます。
自己満足です。。