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(8)『錬金』講習ビデオ

 前話までを第一章 ご安全に篇 として、ここからを第二章 宗教談義篇 にします。

 縦書きPDFにすると、章題が見えなくなるのでここに書くのさ。


 章初めの前振りなのに、やたらと長くなってしまった。細かく書き過ぎた?


 灯りの落とされた部屋の中で、スクリーンに“製作・ダンジョン管理部”との文字が躍る。


「む、製作は管理部なのかね?」

「いえ、スタッフとして協力はしていますが、内容、構成、脚本の何れも彼の発案によるものです。要は彼へ問い合わせが殺到しない様に、我々の側でコントロールしろというメッセージでしょう。それに実際先日確認を取った通り、彼への特権を報酬として情報提供頂いた物ですから、既に我々に託された我々の物と言ってもそこは過言でも無いでしょう」

「報酬に見合った内容なんだろうな?」

「私は期待以上と考えております」

「む、成る程、そうか」


 スクリーンの前に座る者の一人は、自らの問い掛けへの答えに、若干不機嫌そうな表情を浮かべて口を閉ざした。

 問いへの答えを返したのは、第六十四番ダンジョンの管理部で塩崎と呼ばれていた男である。

 スクリーンの中では場面が変わり、ダンジョン管理部の建物入り口から改札を通り、ダンジョンの入り口を潜ってダンジョンへと入っていく迄の過程が、“働く重機”或いは“現場作業員の誇り”とでも曲名を付けたくなる様な威厳に満ちた曲調と共に流れて行く。

 それを背後に“『錬金』使いの為の其の一 ~『錬金』とダンジョン探索~”のタイトルが示され、そのタイトルがフェードアウトすると同時に後ろを振り向いたカメラが撮影するのは、重厚な鎧を纏った探索者の集団がカメラを追い抜いていく姿。

 しかしカメラはその集団を追い掛けず、集団が通り過ぎた後に目の前に口を開けた隘路へと、その足を進めていく。その狭い道は直ぐに広さを増して、そこへ画面の外から現れたのが、安全ヘルメットを頭に被って、溶接工の様でいて何かが違う、中途半端な格好をした男だった。


『こんにちは。私はこの『錬金』講習ビデオで講師を務めるフーガだ』


 透かさずリモコンに伸びた手がボタンを押して巻き戻しをし、音声を副音声にして同じシーンを再生する。

 同じ声で同じ台詞、ただイントネーションが関西弁になった音声が再生された。


「吹き替えにする意味は有るのかね?」


 初めに聞いたのがあからさまな吹き替えだった為に、つい確かめてしまったのだろう。


諧謔(かいぎゃく)のつもりでしょう。私も今一つ関西の乗りは分かりませんが、管理部の多くの者達が、痙攣するかの様に笑いの発作に襲われていましたから」

「これは真面目な資料では無いのか!」

「勿論彼らは真面目ですよ? ただ、笑っていた者達曰く、ギャグは真面目にするからおかしいのであって、おかしそうにギャグを言っても駄目なのだそうです。尤も、私には何処がギャグなのか分かりませんし、理解するのは諦めました。何れにしても関西弁丸出しの資料のまま全国展開はしないでしょうから、このままでも何の問題も無いでしょう」

「むぅうう……」


 唸る男からリモコンが取り返され、音声も主音声に戻されて続きのシーンが再生される。


『――を務めるフーガだ。今日は助手のカノン君とロンド君と共に、『錬金』を扱う為の極基礎の部分、即ち『錬金』とダンジョン探索について講義しよう』

『カノンで~す♪ 普段は買い取りカウンターで買い取り担当をしているよ♪』

『ロンドです。ダンジョン管理部の窓口担当をしています』


 再び画面外の左右から現れた女性二人が、それぞれ自己紹介をして会釈する。


『カノン君は買い取り担当をしている都合から、当然『錬金』も持っているが、使っているのは専ら【鑑定】ばかりらしい。つまり、ビデオを見ている君達と同じ立場だ。

 ロンド君は『錬金』を持っていない。主にカメラ係をして貰いながら『錬金』を持たない一般人代表としての意見を彼女には期待している。因みにダンジョン管理部でも上の方の立場らしいから、ダンジョン管理部としての意見も伺う事が出来るだろう。

 では、早速だがロンド君、ダンジョン管理部がこの『錬金』講習ビデオに期待するのは何かな?』

『それはこの講習ビデオで『錬金』の使用人口を増やし、ポーションの安定した供給が齎される事を期待しています。現在のポーションは僅かな国内作成品の他は海外からの輸入品となる為、とても安定しているとは言えません。こちらのフーガ先生は、月に二十リットルもの初級ポーションを納入し、更には中級中位ポーションの作成にも成功している方ですから、そのノウハウは非常に貴重です。フーガ先生の講義を聴いて、そのノウハウを身に付けて頂く事を期待しています』

『……随分と持ち上げられてしまったが、この撮影は何の打ち合わせもしていない一発勝負にも関わらず、ロンド君はこの様にすらすらと答えてくれる才媛でもある。

 撮影中は殆ど画面には現れないかも知れないが、カメラの後ろにはロンド君が居るのだと思って、君達も応援して欲しい』


 その言葉にロンド嬢が頬を染めて目を逸らす。

 随分と人気が出そうな女性だった。


『さて、ダンジョン管理部としての期待を聞きはしたが、このビデオを見ている君達の思いは別の所に在るのでは無いかと私は思っている。

 私としても『錬金』使いをポーション作成屋と思われるのは面白く無い。

 そこでまずは認識を摺り合わせる事としよう』


 その言葉の後に、ロンド嬢が画面外からパネルを取り寄せてカメラに示した。


『この『錬金』の講義は、“ソロでも安全にお金を稼ぎたい”人を相手にしている。そして、既に『錬金』のスキルを持っている事が大前提だ。心配する事は無い。錬金ダンジョンなら数ヶ月未知生物を斃し続ければ『錬金』のスキルオーブは手に入る。私もそうして四階層のブロップから『錬金』のスキルオーブを手に入れた。

 そうだな、後に回してしまっていたが、私の自己紹介をしてみよう。

 一言で表すと、私は親が借金を残して蒸発した家の子供だ。つまり貧乏人で、初期投資が殆ど出来ないままに二年試行錯誤して、漸く稼げる様になってきた『錬金』使いだ。

 はっきりと言おう。『錬金』はその遣り方を知っているかいないかで、稼ぎが百倍は変わる。私はその遣り方に気が付くのに、二年掛かった。そのノウハウを教えられれば、君達なら半年で同じ事が出来る様になるかも知れない。

 そのノウハウを教えるのがこの講義の内容になる。

 お人好しだと思うだろうか? 心配は要らない。私にも思惑は有るし、しっかり報酬も貰っている。

 しかし、残念ながら、この講義の内容は錬金ダンジョンにしか通じない。即ち『錬金』を使いたければ、錬金ダンジョンに通える事も条件の一つだと理解しておいて欲しい』


 ロンド嬢が画面外に外れ、カメラがフーガ先生を中心に道の先へと回り込む。

 ゆっくり歩くフーガ先生とカノン嬢を前から撮影しながら、カメラは二人の前を先行する。


『ところでカノン君。こうして『錬金』の講義を始める訳だが、買い取り担当として以前から『錬金』を使っていた君から、何か聞いておきたい事は無いかな?』

『はい、先生! 『錬金』をするだけなら、探索者が採取してきた薬草を使えばいいのに、どうして探索が前提の様になっているのです?』

『ふむ、いい質問だね。では、早速講義に入る事としよう。

 カノン君の質問は、そのものずばり一つ目のポイントになる』

『――ポイント其の一。『錬金』は探索が命――』

『ロンド君、いい声だねぇ。

 さて、カノン君から何故探索をするのかと問われてしまったが、逆に私としては何故『錬金』をするのに探索をせずに済ませられるのか、というのが疑問になる。

 その説明をするのに、お誂え向きの未知生物が出て来た様だ。ロンド君、背後にスライムが居るから写してくれるかな?』

『え? ――きゃっ!?』

『ふむ、驚かせてしまったな。今写されているのがスライムだ。ダンジョンなら何処のダンジョンにも居ると言われている。

 ロンド君、スライムについての説明を頼む』

『え、はい。スライムはほぼ全てのダンジョン、全ての階層で発生する未知生物です。ダンジョンの掃除屋と思われていますが、その生態はまだ良く分かっていません。酸ともアルカリとも違いますが、その体液は多くの物質を溶かすので注意が必要です。ですがそれさえ気を付ければ、ダンジョンに入ったばかりの探索者でも問題無く討伐出来る、尤も弱い未知生物の一つです。

 ドロップアイテムは魔石。レアドロップとしてポーションや極僅かな確率でスキルオーブも落とす事が分かっています』

『ふむ――それだけかね?』

『え? ええ……』

『カノン君も?』

『うん、そうだよ? それ以外に何か有るの?』

『まぁ、まずは見るのが早いな』


 次の瞬間、スクリーンに映し出されてもぞもぞ蠢いていたスライムの核に、鋭い刃先が埋め込まれた。

 そこから流れ作業の様に、萎み始めたスライムの体液がスコップで掬い取られる。


『え!?』

『うん? ロンド君、どうしたのかな?』

『……いえ。――どうしてそのスコップのスライムは、、縮まず其処に有るままなのでしょう?』

『未知生物を斃せばドロップアイテムに変化するが、変化するその前に素材を回収すれば、その素材はそのまま手に入れる事が出来る。

 剥ぎ取りの方法は私も先輩探索者に教わった物だから、管理部が把握していないとは思えないのだが』

『いえ、スライムは剥ぎ取り出来無い未知生物だった筈……』

『む? ――いや、今はそれは後回しにしよう。

 さぁ、カノン君、まずはこれを鑑定してみようか』

『え、う、うん。――【鑑定】』


 スコップをその目の前に寄せられて、言われるがままに【鑑定】したカノン嬢は、長い時間が経ってからそのまま静かに膝を付いた。力が抜けた様に前へ倒れて、そのまま両手を地面に突いた。

 呆然と見上げる表情に普段の陽気は無く、生彩を欠いた瞳が再びスコップを捉えて、益々生気が失われる。

 持ち上げられた掌が顔を覆い、体をのたうたせながら嘆き、拳で地面を打ち、叫び、狂った様に激しく暴れる。


『えー!? 嘘ー! 信じられなーい!! そんな事って有るのー??』


 本部長の腕がリモコンに伸び、シーンが巻き戻された上に副音声へと変えられた。


『嘘、嘘、嘘だーーー!!! 何で、何で、何で誰も気が付かなかったの!!! ずっと其処に有ったのに!! 其処に有ったのに!!!! 何でよ!!!! あああああ!!!! 何でよーーー!!!!』


 主音声とは丸で違う狂乱振りだった。

 本部長が満足そうに頷いた。


「ぐふぅ……成る程、呆け倒しているのだな」

「本部長、お分かりで?」

「ふん、こう見えて私は姫路に住んでいた事も有るのだよ」


 関西と言うには微妙な場所だった。


「……各支部の分だけ焼いていますから、お楽しみは後程に。まずは内容をご確認頂きたく」

「うむ、分かった」


 再びリモコンで主音声へと戻した塩崎は、本部長にもう邪魔をされない様に、そのリモコンを胸ポケットへと仕舞った。


『え、と……先生? これはどういう事なのでしょうか?』

『ああ、他の生産系スキルがどうなっているかは知らないけれどね、『錬金』での作成には、ちょっと癖が有るのだよ。

 まぁ、基本的には他のスキルと同じく、“何と無く分かる”という感覚が重要になる。ところが『錬金』のその感覚が教えてくれるのは、飽く迄自身で【鑑定】した事の有る物についてしか教えてくれないのさ。恐らく買い取り担当をしていたカノン君は、私が分かる以上のレシピを見逃していた事に、今身悶えしているのだよ』


 一頻り暴れたカノン嬢は、ぴたりと暴れるのをやめて、再び虚ろな目線をフーガ先生へと向けるのだった。


『さて、スライムは何処にでも居ると言ったね? それに対する私の考察を述べるとするなら、それは恐らく『錬金』使いの為に用意されたと言ってもおかしくないと思っている。寧ろそれ程重要な素材に今迄誰も気が付いていなかったという事の方が異様だ。しかしそれも、『錬金』使いがダンジョンに潜っていなかったのなら理解は出来る。

 ただ理解はしても、それにどんな意味が有るのかと、今なら君達もそう思えるのでは無いかな?

 そして更に、この意見を補強する真実が有りそうだ。

 ロンド君。其処にもう一匹のスライムが出て来たから、この鑓で突いて、そして直ぐにスコップで掬い取ってくれないかな? カノン君はロンド君が失敗した時に、直ぐ交替出来る様に待機だ』

『は、はい!』

『……うん』

『じゃあ、始めて』


 カメラを向けられたスライムには、刃先が刺さって呆気なく斃される。

 しかし、萎み行くスライムに幾らスコップが突き込まれようとも、するりとスライムの体液が逃げて欠片もスライムの体液を回収出来ていない。


『あ、だ、駄目です!? 掬えません!』

『カノン君に交替して』

『はい、カノン!』

『うん、――あ。……掬えました』


 そしてスコップがカノン嬢に渡されると、呆気なくスライムの体液が掬い取られる事になるのだった。


『うむ、回収したスライムの体液には、もう溶解する力は無いから、そこは安心していい。

 しかし、これで明らかになったが、どうやら『錬金』の素材は『錬金』使いでなければ剥ぎ取りも出来無いらしいな。

 『錬金』は探索が命。理解頂けただろうか?

 そしてここまで見てきても分かる通り、一階層でもスライムは結構現れる。油断して道端で休んでいたりすると、溶かされてから気が付くという事も有るだろう。ダンジョンの中では、油断せず警戒を怠らない様に。君と、私の、約束だ。

 ご安全に!』



 場面は切り替わり、洞窟の中を歩くフーガ先生とカノン嬢を、カメラは斜め後ろから追い掛けている。


『よう、風牙。美人の受付嬢引き連れて何をしているんだ?』

『ポーション作成の講習ビデオの撮影だ』

『はん? 仕事中か。なら、邪魔をしたな。ご安全に!』

『ああ、ご安全に』


 知り合いらしき探索者と一言二言交わしていくフーガ先生をカメラは追い掛けていく。


『ご安全に!』

『ご安全に』


『頑張ってるな! ご安全に』

『ええ、ご安全に』


 更に数人から声を掛けられた後に、フーガ先生がカメラへと振り向いた。


『先程から投げられる挨拶の『ご安全に』。何の事だと思ってはいないだろうか?』

『え!? ダンジョンでの挨拶ですよね?』

『ふむ。他のダンジョンでもそうならばその可能性も有るかも知れないが、私は違うと思っている。私が探索者を始めた二年半前にはそんな挨拶は無かったからね。

 工事現場でも無いダンジョンでのこの挨拶は、この第六十四番ダンジョン独特の物だろう。

 発端は私だ。カノン君は私の姿を見てどう思う?』

『え? ……凄く、溶接工って感じがします』

『うむ。では、ダンジョンで既に馴染みとなっている知り合いが、突然そんな溶接工の様な姿をする様になったなら、カノン君ならどう対応するかな?』

『え、あ……ご安全に!!』

『その通り! 元々は私を揶揄する挨拶だったのが、知り合い以外にも広まって、何故か定着してしまったのが『ご安全に』の挨拶だ。他には指差し呼称も定番だな。

 しかし、元はからかいの言葉だとしても、これ程ダンジョン探索に似合いの挨拶は無いと思わないか?

 ダンジョン探索は安全第一。これは二つ目のポイントと言えるだろう。

 その説明の中で、何故私がこの様な姿をしているのかも、明らかにしていこう』

『――ポイント其の二。ダンジョン探索は安全第一――』

『さて、今歩いているのは三階層だ。この講義の目的は、安全に稼ぐ事に有るから、未知生物との戦いには注力していない。しかし、身体レベルが上がって向上するのは、使ったスキルに関するステータス故に、戦闘用のスキルを持っていないと何時まで経っても筋力値が上がらないなんて事になってしまう。

 それでも構わないなら気にする事は無いのだが、それなりの筋力値が無いと後々苦労する事も有るだろう。それに、探索をすれば否応無しに未知生物とは戦う必要が出てくるのに、対応する戦闘用のスキルを持っていないというのは実に勿体無い事だ。

 資金に余裕が出来たならば、何か一つだけでも戦闘用のスキルを入手するのをお奨めする。戦闘用のスキルを錬金ダンジョンの四階層迄で拾う事はまず無いと考えられるから、こればかりは購入する(ほか)は無いだろうがね。

 後々『錬金』での製作物を活かす事を考えると『投擲』がお奨めだが、『投擲』には【身体運用】のアーツが無い。【身体運用】は何をするにも非常に有用なアーツだ。体の動かし方を知っていればそれだけ有利になるが、『錬金』をしている限り【身体運用】が必要になる動きなんてしないと考えるのか、そこはそれぞれでじっくり考えるのがいいだろう』


 そう言っている間にも、一行は三階層外れの大広間へと辿り着く。

 天井から水が滴り落ち、数種の薬草が生い茂り、何匹ものスライム達が其処彼処で蠢く大広間には人影が見えない。


『さぁ、着いた。ここが『錬金』使いの初めの仕事場となる大広間だ。

 他の錬金ダンジョンについても情報を集めてみたが、どの錬金ダンジョンも三階層にこの様な大広間が複数用意されている。ここにはポーション作成に必要なほぼ全てが揃っている。

 さて、カノン君。そろそろ衝撃も落ち着いた頃だろう。ポーションの材料を答える事は出来るかな?』

『先生は意地悪です。上薬草からもポーションは作れます』

『はははは、上薬草から初級ポーションを作るなんて、それは『錬金』に失敗したというものだよ』

『……スライムの体液で、薬草を煮込めば初級ポーションが出来上がります』

『うん、そうだね。それが初級ポーションの作り方だ。

 ではこの大広間を見てみよう。

 まずはスライム。ぱっと見ただけでも一杯居るね? ――スライム良~し!

 薬草。普通の薬草の他に、少ないけれど上薬草も生えているね? ――薬草良~し!

 さて、他には何が有るかな? ロンド君、分かるかい?』

『ええと……流石に鍋が落ちている筈は有りませんよね?』

『…………』

『あの……先生?』

『むむ! それは確かに。『錬金』の初期アーツは【鑑定】と【ポーション作成】。鍋が無いというのは片手落ちだから、何処かに鍋の代用となる物が有るのかも知れないな。

 だが私もそれには気付けなかった。今ここで言っていたのは別の物なのだが――カノン君、何か分かるかな?』

『わ、分かりません!』

『では、答えを言おう。

 それは、火だ』

『火? ――あ、(たいまつ)!』

『ロンド君、正解。これも一つのノウハウだが、カセット焜炉を使うよりも、炬の方がポーション作成の難易度が遥かに落ちる。だが、炬の活用に気が付いている者は案外少ない様だな。私も稀に炬でスライムを斃している初心者しか見た事が無い。

 炬は二三十分で消滅する事を考えると、態々手に取るのも面倒と思うのだろうが、ポーション作成には非常に有効だ。これでまた一つ、ダンジョン探索で『錬金』する理由が増えたな。

 鍋などの道具は持ち込みになるが、ここには素材が全て揃っている。『錬金』使いにとっては理想の作業場なのだが、問題も有る。

 では、今度こそカノン君、答えられるかな?』

『はい! スライムに集られます!』

『正解!

 では、私が“はい”と言ったら、二人とも素早く二歩後ろに下がる様に。

 ――はい!』


 スクリーンの中では、カメラが後ろに下がるのと合わせて、前の二人も二歩後ろへと下がった。

 そのカノン嬢のすぐ前に、ベチャリと音を立てて天井からスライムが落ちてくる。


『ぉお、お、おお、ぉおおぉおお――』


 驚愕にカノン嬢の呻きが止まらない。


『この様に、三階層のスライムは天井から奇襲を仕掛けてくるから特に注意が必要だ。

 最弱のスライムと言っても、無防備な露出部分に纏わり付かれては、髪や皮膚は簡単に溶かされてしまう。

 ロンド君は憶えているのでは無いかな。二年前の私の姿を』

『え、ええ。それまで軽装でしたのに、右側の髪と眉が剃られた様な状態で帰って来た次から今の姿に……。

 そういう事だったのですね』

『そうだ。そしてこの問題への対策は簡単だ。露出部を無くして、もしスライムに降られても直ぐに払い除ければいい。露出部に掛かったとしても、初心者が作る初級低位ポーションで充分に治療は出来る。溶けた髪は直ぐには元に戻らないがね。

 私と同じ姿を奨める訳では無いが、作業員が使う保護具類は比較的安く手に入れる事が出来る。ゴーグルとケブラー手袋、溶接工が使う保護具、ヘルメットの類だ。

 尤も、五階層を越えて攻略するつもりなら、こんな格好では役に立たない。稼げる様になったなら装備を更新するべきだろう。そういう意味では私のこの姿もそろそろ見納めだな。

 しかし、下層へと潜る事になったとしても、露出部を作らない事を心懸けておけば、それだけ危険を遠ざけておく事が出来る筈だ。

 安全第一を心懸けて、君達が幸せなダンジョンライフを送れる事を祈っている。

 ご安全に!』

『ご安全に』『ご安全に!』


 テロップが流れ、ビデオが終了する。


「おい、まさかこれだけか!?」

「いえ、其の三まで有りますので、直ぐに続きを再生します」


 本部長の声に、塩崎が素早く対応し、ビデオディスクを入れ替える。

 再び重機のテーマが流れて、“其の一”のダイジェストの映像を背景に、“『錬金』使いの為の其の二 ~ポーション作成の基本~”の文字が映し出される。

 そして、大広間の前で佇む三人を映して、『錬金』講習ビデオの其の二が始まった。



『こんにちは。私はこの『錬金』講習ビデオで講師を務めるフーガだ』

『助手のカノンだよ♪ 普段は買い取りカウンターで買い取り担当をしています』

『同じく助手のロンドです。ダンジョン管理部の窓口担当をしています』

『さて、前回の講義では、『錬金』は探索が命である事と、探索の基本としてポーション作りに必要な装備について述べたね。今回はそれを踏まえて、実際のポーション作成についてを見てみよう。

 さ、まずはロンド君とカノン君には装備を用意しているから、着替えて貰う事にしようか』


 フーガ先生が差し出した手には、青い服と思われる布の上に手袋とヘルメットが重ねられた物が二つ。


『え、まじで!?』

『服はポンチョだから靴を脱がなくても着込める筈だ。さ、早く着替えて』

『ええ、ほらカノン』

『わ、分かったよ』

『では、私は助手達が着替えている間に、この大広間についてを説明する事にしよう』


 カメラが持ち上げられ、ゆっくりと大広間の中を写していく。


『見ての通り大広間の壁には、他の通路と同じく(たいまつ)が掲げられている。天井から滴る水の使い道はまだ見出せていないが、【鑑定】するとダンジョン水と出てくるね。そして一面の薬草には僅かに上薬草が混じっている。

 大広間の中には大体スライムが二十匹程居るが、安全に作業する為に狩り尽くそうとしても、スライムは直ぐに補充されて二十匹前後を保とうとする。天井から急襲してくる事も有るから、助手達が今着替えている様に、保護具の着用は必須だ。

 そして大事な事だが、大広間では『錬金』に必要な様々な物が、宝箱から見付かる事が多い。これについては後で話そう』

『先生! お待たせしました』

『着替えてきたよ!』


 カメラが向けられた先には、ポンチョに手袋、保護具にゴーグル、安全ヘルメットの、初々しい助手達の姿が。


『素晴らしい……。

 端から見ると思っていたよりも凄まじい格好だが、どうせこの大広間で『錬金』をするのは似た様な格好の者ばかりになる。

 準備が調ったので撮影を続けよう。ロンド君、カメラは頼むよ?』

『はい!』


 再びカメラにはフーガ先生とカノン嬢となり、二人は大広間に点在する平石の下へと向かう。


『この大広間は天井から滴る水で一面が泥濘んでいるにも拘わらず、点在する平石は丸で水滴が避けでもしたかの様に濡れないでいる。丸でここで作業をする様にと促されている様には思わないかね?

 スキルが“何と無く”分かるチュートリアルの様な物なのと同じ様に、私はこの錬金ダンジョンが『錬金』のチュートリアルの為に存在しているのでは無いかと考えている。ならこの平石は、正しく作業の為に用意された物だろう。有り難く使わせて貰う事にしようでは無いか。

 と言っても、水滴は降ってこなくてもスライムは降ってくるから注意は怠らない様に。

 また、もしもスライムを警戒するとしても、顔を上げてスライムを探す様な事をするよりは、降ってきた時に直ぐ様払い除けられる様に、心構えをしておく方がいい。上を向いた顔にスライムが当たって、ゴーグルがずれた隙間から目を溶かされては取り返しが付かないからね。もしも天井にスライムを探すとしたなら、立ち上がって数歩離れてから斜め上を見る事だ。

 さ、まずは実際にポーションを作ってみよう。準備するのは鍋を吊す三脚と、鍋、そして菜箸だ』

『あの、先生? 二種類有るのは?』


 フーガ先生が用意した三脚と鍋は二組。片方はアルミ鍋で、片方は銅鍋に見える。


『私が二年掛けたポーション作りの最後に気が付いたのが、道具の違いによる影響は物凄く大きいという事だ。こちらのアルミ鍋は普通の道具を使った場合。銅鍋はポーション作り用に用意した道具を使った場合だ。折角だから、アルミ鍋側はカセット焜炉を使う事にしよう。

 何時もならば此処まで来る道中でスライムの体液は回収していたのだが、今日はこの大広間のスライム達から回収する。そうそう、回収にスコップを使っているが、これは様式美という物だ。念入りに洗っているので其処は安心して欲しい』


 言って平石から立ち上がったフーガ先生が、大広間を一周して戻って来る頃には、肩から提げた布バケツにスライムの体液が一杯になっていた。

 その布バケツからアルミ鍋にスライムの体液を注ぎ、カセット焜炉の火が付けられる。

 スライムの体液が温められている間に、フーガ先生は手早く薬草を採取して、平石の上に出した俎板の上でスライムの体液を使って洗い、包丁で微塵切りにする。

 鍋から湯気が上がり始めたら微塵切りの薬草を加え、ゆっくりと菜箸で混ぜ始める。

 凄い勢いでスライムの体液が嵩を減らすが、或る瞬間にフーガ先生はさっと鍋を火から離して、そのまま水溜まりの水で鍋を冷やした。

 フーガ先生がポーション瓶に注いだポーションは十本分。


『カノン君、【鑑定】してくれるかな?』

『はい! ――初級高位ポーションが十本なので……ざっくり四万から五万円です』

『有り難う。

 まぁ、新人はまず失敗するから参考にはならないがね。

 では、次はポーション作り用に調えた道具を使った場合だ』


 今度は銅鍋にスライムの体液が注がれ、その下に炬が放り込まれる。

 そこ迄は同じなのに、微塵切りにされる薬草の量が比べ物にならない。


『あの……先生?』

『いや、間違いでは無いのだよロンド君。私も道具を変えた当初は戸惑ったけれどね。

 『錬金』のスキルが教えてくれる必要な薬草量に従えば、この量が正解さ』


 そして加えられる薬草は鍋の上にこんもりと盛り上がって、しかし物凄い勢いで鍋の中へと沈み込んでいく。

 火から鍋を引き上げた時にも液体はなみなみと残っていて、水溜まりで冷やされた後で大瓶に注ぎ込まれたポーションは、一体ポーション瓶何本分になるのだろうか。


『カノン君、宜しく頼む』

『は、はい! ――え? 初級超位? 何これ?? ――えっと、中級高位相当の初級超位ポーションが五十六本分、です。買い取り価格は、ちょっと分かりません』

『ちょっと、カノン?』

『うむ、その通り。飽く迄初級の効果で中級並みの回復量の有るポーションだね。道具を変えるだけで、量は十倍以上、効果も上と、かなりの違いが出るのがお分かり頂けただろうか』

『う、うん』『はい』

『他にも『錬金』の結果に影響を及ぼすのはスキルだね。このダンジョンで拾えるスキルオーブは、売る前に一つは自分で使っておく事をお奨めする。どれもが『錬金』に必要となるスキルだからだ。

 『採取』は薬草の品質に影響して、ポーション作成の成功率に関わって来る。

 『採掘』は恐らく鉱石加工に関わっているのだろう。道具作りの成功率が少しは上がってくる筈だ。

 『分析』は素材の組み合わせを記録しておくには必須だろう。

 この三つは錬金ダンジョンの四階層迄で拾う事が出来る。

 『調理』は身を切る思いで購入した。どう考えても効果が大きそうだったからな。実際に『調理』を手に入れて、稼ぎが軽く倍になった。

 他にも『錬金』に影響を及ぼすスキルは有るだろう。それらを駆使するのが、『錬金』の上達の秘訣だ。

 私は我武者羅に突き進んで気が付くのが遅くなってしまったが、『錬金』なのだから賢くなければならないのだと頭に刻み込んで貰いたい。

 つまり、今回のポイントは『錬金』使いは賢く有れ、だな。私は余り賢い選択が出来ていなかっただけにより強く感じるよ。

 では、次はカノン君に作って貰いながら、ポーション作成のこつを述べていこう。

 ――ロンド君、右に二歩だ』

『え? はいぃ!!』


 一瞬呆けて慌てて逃げたロンド嬢の横に、ベチャリとスライムが落ちて震えた。


『先生! どうして分かったのですか!?』

『ふむ、カノン君。遠回りだったとは言え、二年の月日はしっかり私の血肉になっているのだよ。スキルが無くても気配を感じ取った昔の達人と同じ事だな。

 さて、スライムの体液ならまだ一回分は残っている。カノン君にはこれを使ってポーションを作成して貰うが、実際にスライムの体液を採取する際には綺麗な部分を選ぶ事。汚れていればそれだけポーション作成の成功率が落ちるし、何より人の口に入る物だからね。

 道具も毎日しっかり洗って清潔な状態を保つ様に。

 私も最近『解体』のスキルを手に入れた所だが、まだその恩恵を実感出来る迄には到っていない。私よりもスキルの多そうなカノン君からは何か有るかな?』

『いえ、私も【鑑定】が付いたスキルばかりなので、先生と余り変わりませんよ?』

『なら進めようか。

 薬草の採取だが、『採取』のスキルを持っているならば、その感覚に従うのが一番だ。持っていない場合は根元のここ、この辺りを狙って切るといい。そしてその時、序でに薬草の絡み付いた瘤の様な物が無いかを探しておこう。――ほら、其処にも瘤が有るね。カノン君、簡単に引き千切れるから取ってきてくれるかな?』

『はい。――取ってきました』

『そう、それがこの錬金ダンジョンの宝箱だね』

『は?』『え!?』

『ダンジョンに転がる丸石の中から素材やスキルオーブが見付かる事は知られているけれど、こんな所にも宝箱は有ったのだよ。

 さ、何が入っているか確かめてみよう』

『え、えっと……迷宮銅です』

『ふむ、掌に握り込める大きさの宝箱だから量は少ないが、他に迷宮銀や迷宮金、それから『採取』や『採掘』のスキルオーブが大広間の宝箱から出る。

 この講習ビデオを見ている者の中には、それなら宝箱探しをすれば良いと考える者も居るかも知れないが、それをするなら真面目にポーション作りをする方が稼ぎがいいと言っておくよ。二年間毎日通った私でも、迷宮金を見付けたのは一度だけ。迷宮銀も数個だ。

 そしてポーション作りで稼ごうと考えているのなら、スキルオーブの最初の一つは自分に使って、見付けた鉱物も後々の為に取っておくのがいい。銅が三つと銀が一つ、銀が無いなら銅が四つだ。

 ポーション作りでの金の使い道はまだ分からないが、後々自分でアクセサリを作るつもりなら、役に立つに違い無い。装備品に魔法やサイズ自動調整の様な特殊効果を付与するのは『錬金』の領分だからね』


 スクリーンでは、薬草の束を抱えた二人が平石の場所へと戻っていく。


『さて、カノン君にポーションを作って貰う訳だが、最初はどうやっても失敗する。なので今回は良い方の道具を使って、下準備も私でする事にしよう。それでも失敗する可能性の方が高いから慎重に作業する様に。

 必要なスライムの体液や薬草の量は、これは作業する本人にしか分からない。その日の体調でも変わるからね。

 カノン君、スライムの体液はどれだけ必要なのか、“感覚”に従って自分で銅の鍋に注ぎ入れるといい。

 その間に私は薬草を微塵切りにしておこう。そうそう、薬草をスライムの体液で洗うのも、言ってみればノウハウだな。『調理』を手に入れて分かる様になったこつだが、『調理』を持っていなくても試してみるといい』


 カノン嬢が眉間に皺を寄せながら、銅鍋にスライムの体液を満杯まで満たす頃には、薬草の微塵切りは終わっていた。残像を残してミシンの様な音が鳴り響く早業だった。


『スライムの体液を注ぎ終えたら、一度銀の菜箸でスライムの体液を掻き混ぜてみよう。それで感覚が補強される。

 スライムの体液が沸き立って、薬草を投入するタイミングも、その量も、カノン君次第だよ』


 スクリーンの中で真剣な様子を見せながら、カノン嬢が薬草を選り分け、湯気の立ち上り始めた銅鍋へと投入する。フーガ先生と同じ様に左手を鍋へと向けながら、右手の菜箸で掻き混ぜ、凄まじい勢いで嵩を減らす液体に焦りながら、さっと火から引き上げて水溜まりで鍋を冷やした。

 不安気にフーガ先生を見上げるカノン嬢。


『さ、ポーション瓶に入れて【鑑定】してみようか』


 こくりと頷きポーション瓶に入れた液体の量は一本の半分程。


『――初級低位ポーションで、凡そ百円と少し、です』

『うん、上出来だ。でもこれは、ゴミ箱に紙屑を放り込む程度の難易度に落とされた物で、本来なら針の目に糸を通す難しさが有る物だ。

 道具を揃えて底上げするのは、その針の目に糸を通す感覚が身に付かない。それでは初級ポーションは作れても、中級ポーションの作成に成功する事は適わないだろう。

 私は初めの内は苦労するべきだと思っている。その苦労が、後々中級への壁をあっさりと越えさせる事になるだろうから。

 そしてその苦労の結果、『錬金』がスキルレベル十を超えたら次のステップだ。スキルレベル十で覚える【魔石加工】と【鉱石加工】を活用する事になる。

 ――カノン君、あと十秒程で上からスライムが落ちてくるから、ヘルメットで受け止めてから、手袋を嵌めた手で払い除けて』

『え? ――うひっ!? えい!』


 カノン嬢の頭に落ちたスライムが払い除けられた。


『どうかな? そういう事が有ると分かっていれば怖れる物でも無いだろう?』

『う、うん』

『皆も、慌ててパニックになった方が余程危険だ。予め危険を予知して安全第一に努めよう。

 さて、【魔石加工】も【鉱石加工】も今の段階で出来る事は少ない。【魔石加工】で出来るのは精々ポーション瓶の作成だし、【鉱石加工】で出来るのは金属の変形だ。

 まぁ、『錬金』には必須だがね。

 ポーション瓶を自分で作れない内は、ダンジョン管理部から借りるか硝子瓶を持ち込むかになるだろう。作れる様になっても借りる事に問題は無いだろうから、そこは好きにすればいい。

 重要なのは【鉱石加工】だ。これで自分の道具を自分で作れる様になる。溜めておいた迷宮銅と迷宮銀を取り出す時だ。迷宮銅で鍋を、迷宮銀もしくは迷宮銅で菜箸を作れば、それまでの苦労が嘘の様に安定するだろう。たがそれも苦労有っての事だぞ? 上手く行けば、この時点で一日に数万円を稼ぐ事が出来る様になっている筈だ。そこからは階段を駆け上るばかりだな。大広間には中級ポーションの材料も揃っている。そこ迄到達していれば中級ポーションの作り方も自ずと分かる筈だ。

 カノン君、私が納品した中級中位のポーションが幾らになったか憶えているかな』

『八十四万円です』

『どうかな? 一日に八十四万円。下層の攻略は出来無くても、充分以上に勝ち組だ』


 そこでフーガ先生の上からスライムが落ちてきて、それを片手で受け止めたフーガ先生が、指を突き刺して止めを刺して、その体液を布バケツに空けた。


『少し先走り過ぎたが君達の未来は明るい。今は安心して苦労する事だ。

 さて、実際にポーション瓶でも作ってみよう。ポーション瓶は【魔石加工】のアーツに雛形が含まれているらしく、その雛形をイメージしながら魔力を籠めれば簡単に作る事が出来る。――こんな風にだ。大体ポーション瓶一つにスライムの魔石が三個必要になる。

 雛形の無い大瓶も、イメージ出来さえすれば作る事は可能だ。――こんな風に。割ろうと思わない限り丈夫なポーション瓶だが、割ろうと思えば簡単に割れるから、大瓶にして間違えて割ってしまえば情け無い事になってしまうだろうがな。

 【鉱石加工】は『鍛冶』のスキルも持っていると、加工も楽だし品質も向上する。一度作り上げた道具だからとそのままにせず、腕が上がれば適宜作り直すのが良いだろう。初期に手に入れるべきは『採取』と『調理』、しかし道具が作れる様になれば『鍛冶』がお奨めだ。

 そしてこの時気を付けるのは、強さよりも魔力の通り易さだ。外の道具も【鉱石加工】で手を加えれば多少魔力を通す様になるが、迷宮銅や迷宮銀には敵わない。そして迷宮銅や迷宮銀を使っても、【鉱石加工】や【鍛冶】を持たない者には魔力を通す様に加工は出来ない。素直に自作するのをお奨めする。

 では作ってみよう。先程手に入れた迷宮銅を――板状に延ばして絞る。銅一つではミルクパン程度にしかならないが、これでも効果は歴然だろう。

 それでは最後にこのミルクパンを使って、ちょっと便利な一品を作ってみよう。

 カノン君、スライムの体液と魔石で、何を作れるか分かるかい?』

『……魔力回復ゼリーが作れます』

『では、カノン君に作って貰おう。

 魔力回復ゼリーはポーション程に気を遣わないから適当でも構わない。精々が投入する魔石の数だな。

 それでは始めて』

『はい!』


 作ったばかりのミルクパンに一匹分のスライムの体液を注ぐと、約七割程になった。

 そこへカノン嬢が数粒魔石を放り込んで、炬の火に掛けながら混ぜると、直ぐに魔石が溶けてどろりと粘り気が出てくる。


『よし、ここで本来ならスプーンで掬って氷水に落とすのだが、今の状態でも効果は変わらない。だが、最後に一手間加えてみようか。

 カノン君、残った薬草を全部投入してくれないか』

『え、ええっ!? えっと、はい』


 残った薬草の微塵切りが全て投入された鍋の中では、見る見る内に薬草が溶けて、粘り気の有る液体が緑色の光を放つ様になって来た。


『え、ええっ!?』

『と、これは魔力回復に加えて、ポーションには劣るが回復効果も有るゼリーだな。氷水に落とせば固まるだろう。

 所謂【鑑定】では予め知る事の出来無いレシピ外レシピという奴だな。ダンジョン管理部が買い取りをするのかも幾らの値を付けるのかも分からないが、ポーション作成が儘ならない初級者には救いとなるだろう。尤も日持ちはしないから安くなるのは確実だが。

 魔力回復ゼリーは、魔力回復とは謳っていても、結局の所は頭の疲れを取る物だ。MP等が無いから当然かも知れないがね。頭痛にも良く効くから、ただの魔力回復ゼリーでも、需要は結構有る筈だ。

 まぁ魔力回復ゼリーは普通に味付け出来るから、私は寒天の代わりに出汁を溶かして、冷製スープに入れたりもしたよ。中々好評だったと言っておこう』

『スライムが食べられると言っていたのは、そういう事だったのですね』

『うむ、その所為で大きな失敗をしてしまいそうにもなったのだが、それは次回だな。

 『錬金』講習ビデオ其の二、ポーション作成の基本はここまでとしよう。

 ご安全に!』

『『ご安全に!』』


 そしてテロップが流れ、ビデオが終了する。

 今は本部長はじっくりと考え込んでいて、塩崎がビデオディスクを入れ替えているのにも反応しない。

 しかし、塩崎がビデオの再生ボタンを押そうとした所で、手を挙げてその動きを制した。


「塩崎よ、これは販売を予定しているのか?」


 口調は重々しいが、既に方針は決めたとばかりに澱みは無い。


「いえ、管理部のサイトで公開予定です。普及にもそれが一番かと」

「販売……いや、配布用に数を揃えておき給え。その際には主要国の字幕も忘れん様にな。

 ふぅ……全く、とんでもない情報が出て来たな。確か報酬からは魔法のスキルオーブは外す事にしたのだったな? そんな駆け引きは無用――と言うよりも、不快感を抱かせた分だけ害悪だったかも知れん。宇宙船が出て来たとしてもと言っておったらしいが、それを冗談とせずに真面目に実現へ向けて動く必要が有るぞ。

 ――アメリカでのポーション事情を知っとるかね?

 あちらさんでは、重火器の力で強力に探索を推し進め、ダンジョンの中の薬草畑とも言える階層を占拠して、大量に収穫した薬草類を流れ作業でポーションに加工していると聞く。つまり、ポーションは回復作用の有る薬草のエキスを抽出した物との認識だな。

 大手穀物メジャーが入り込んで大規模展開を果たしている為に、他が参入する隙間も無いそうだ。『錬金』を欲しがる者というのは、穀物メジャーのポーション工場で、手を翳しているだけで後は何をしていても良いという、そんな落伍者の扱いをされているらしい。

 聞いた話では、他の多くの国が似た様な戦略を採っているらしいな。

 そして我が国も、同様の戦略を採るべく、動き始めようとしていた所だった」

「はい。まだ芝刈り機を用いての実験段階ですが、初級ポーションの生産は国内で半分近く賄える様になってきました」

「だがそれも、言ってみれば『錬金』に失敗したゴミを有り難がっていた様な物だな。私は此奴の言う様に、ポーションの工場大量生産では無く、『錬金』使いの大量育成に重点を変えていくのが良いと思うぞ。

 何と言っても、海外でのダンジョン攻略が七十階層台で留まっているのは、その階層に見合った回復手段――怪我の回復だけでは無く、毒消しや麻痺からの回復も含めてのポーションが無かったからとも考えられるからだ。

 即ち攻略の最深部を決めるのが『錬金』使いの力量であり、十年出遅れた我々が一転して再び世界を牽引する立場に立つという事を示している。

 ふっふっふっ、愉快だとは思わんか? この情報を流した途端に、海外諸国の優位は崩れ落ちる。殆どの『錬金』のスキルオーブは、怠惰な者達の手に渡ってしまっているだろうから、直ぐに巻き返しには動けない。人々に染み付いた『錬金』使いは落伍者との認識が払拭されるのにも時間が掛かるだろう。穀物メジャーも占拠していた薬草の群生地を開放せざるを得ないだろう。それこそ呪いの対象だ。

 恐らく大混乱が起きるだろうが、我が国だけはそこをするりと抜けられるだろう。

 あの馬鹿馬鹿しいメイドがどうのというカルトの類では無く、正当な分野で日本が再び先頭に立つ時が来たのだ。

 ……計ったかの様に九日後からアメリカでサミットが開催される。どうにかして捻じ込むぞ!」

「――了解しました。翻訳作業を急がせましょう。

 それはそれとして、其の三です。『錬金』使いの為の短い内容となっていますが」

「うむ、再生し給え」


 再び重機のテーマが流れて、今度は五階層の転送広場までの映像が早回しで流されるのを背景に、“『錬金』使いの為の其の三 ~五階層ボスの攻略~”の文字が映し出される。

 そして、転送陣の間を背後に佇む三人を映して、『錬金』講習ビデオの其の三が始まった。



『こんにちは。私はこの『錬金』講習ビデオで講師を務めるフーガだ』

『助手のカノンだよ♪ でも今日はお留守番です』

『同じく助手のロンドです。私もお留守番ですね』


 助手の二人は、ポンチョこそ着ていないが、保護具とゴーグル、そして安全ヘルメットを身に付けていた。


『そう、『錬金』講習ビデオ第一弾の最終回となる今回は、『錬金』使いが如何にして五階層ボスを突破するのかを講義する予定だった。

 しかし実際に三人で行ってみると、討伐は問題無く出来たが、その後のボス宝箱からの報酬が、通常報酬と同じランダム報酬となっていた。まぁ、ポーションが出た訳だな。

 錬金ダンジョン五階層のボスは、ソロ討伐すると討伐に用いたのと同じ種類の武器とスキルオーブを落とす事が知られているが、『錬金』を用いて正規の手順で斃すと、『錬金』使いの価値を大いに高める或るアイテムを落とす。

 これから私はソロでボスの討伐へと赴き、『錬金』での攻略方法を教えると共に、其のアイテムを知らしめる事としよう』


 フーガ先生がそう言うと、設置されていたカメラに近付き、カメラを手に取って転送陣へと向かう。

 そして助手達へと振り返ると、そのロンド嬢が声を張り上げ、それに続いてカノン嬢と見学していた探索者達が唱和する。


『フーガ先生の無事のご帰還を願って、ここに敬礼! ご安全に!!』

『ご安全に!』

『『『『『ご安全に!!』』』』』


 敬礼する助手と探索者達。ノリのいい奴らだった。

 フーガ先生もそれに応えて、


『ああ、ご安全に』


 次の瞬間、スクリーンには広いボスの間が映し出される事になるのだった。


『さて、ここが錬金ダンジョンのボスの間だ。目の前遠くに杖を構えている人面の未知生物が、五階層ボスのボスロップ。ボスロップはボロップという手下を召喚するのが知られている。

 私が初めてボスに挑戦した時は、皆と同じく『錬金』での攻撃手段を持ち合わせていなかった為、非常に頭の悪いごり押しの計画を立てて実行に移した。

 まず、このボスの間には安全地帯が二箇所存在する。――向こうの台座と柱の裏、そしてあちらの台座と柱の裏に、それぞれボロップ達が入って来れない隙間が有る。

 今こうしてボスロップの前に立っていても、私が何もしない限りボスロップは行動を起こさないが、当時の私は兎に角全速力で安全地帯に潜り込んで、暫く過呼吸で動けない程だった。

 私が立てた計画はこうだ。ボスロップが呼び出すボロップは、五パーセント強化の指輪を落とす。その時点で私は『錬金』のスキルレベルが三十を超えていて、【強化錬金】と言う同じ品物を用いて効果を増加させるアーツが使える様になっていた。ならば、安全地帯に潜り込んで、ちくちくボロップを斃しつつ指輪を【強化錬金】していけば、何れは軽くボスロップも下せる様に成る筈だ。

 前にも述べたかも知れないが、私がボスに挑戦した時点で私のレベルは十一、しかしながら筋力値は素の能力の精々倍程度だったから、こんな無謀な方法に頼るしか無かったのだ。

 とは言っても、勝算が無かった訳では無い。スライムが食べられたのと同じく、四階層に居るブロップも食べられる事を知っていた。ならば当然ボロップも食べられるだろうと考えたのだが、実際にはボロップは斃してからドロップアイテムに変わるのに二秒掛からなかった。それが分かった時にはぞっとしたよ。

 万が一を考えて用意した食料が無ければ、今頃私はここに居ない。結局私がボス討伐に掛けた時間は三十日にも及んだから、人にも当然勧められない。『錬金』使いにはボスを斃す為の方法が別に有る』


 そこでカメラが辺りを舐める様に写していく。


『さて、辺りを見渡して、何かヒントになる物は無いだろうか。二回目の挑戦に訪れた私は、四隅の台座に立つ像にこの時漸く意識が向いた。(たいまつ)を掲げて立つ像。既に充分なヒントは示されていたのだ。

 このボスの間にも周囲の壁には炬が掲げられている。では、ちょっと試してみよう』


 画面の外から腕が伸びて、壁の炬をその手に取る。

 一人称視点の3Dゲームの様に、炬がボスロップへと投げられた。


『さて、今は説明したい事も有り、直接ボスロップへと炬を投げたが、実は初めに転送された場所から大きく移動すると、その場合もボスロップはボロップを召喚する様になる。

 それ以外にボスロップがボロップを召喚するのは、自分がダメージを受けた時と、ボロップがダメージを受けた時だ。

 ボスロップ自身が炬でダメージを受けボロップを召喚した場合に、何が起こるのか。――そう! 今見た通りに、ボスロップはボロップを食べて回復する。実はどうにもならなかった時にはボスロップのみを集中攻撃しようと考えていたが、その思惑もこれで潰れてしまった。つまり、ボスロップへの攻撃は中途半端な物では意味が無い。

 では、ここからは解答だ。ボスロップには炬が意味を為さないが、ボロップには別だ。充分引き付けてから、炬で斃してみよう。――すると、ボロップは魔石と赤石を落とす。そう、普通に斃せば指輪なのに、赤石という見慣れないアイテムだ。これを【鑑定】すれば、【鉱石加工】で魔石と合成出来る事が分かる。そして合成したのが――この赤爆石、言ってみれば赤属性の爆弾だ。私はスキルレベルも高いので一つで充分だが、君達は複数用意して最終決戦に望むといい。呉々も自爆はしない様に』


 そう言って投げられた赤い石は一直線にボスロップへと向かって、そして爆発を起こす。

 堪らずボスロップは斃れ、杖と魔石を残して消え、それと同時に召喚されていたボロップ達も消え去るのだった。


『正規の方法で斃した時には、ボスロップもドロップアイテムとして杖を落とす。ボスロップが持っていた物よりも随分と縮んでいるがな。装備していると『錬金』の成功率が少し上がるらしい。ボスロップを斃した時に残っていたボロップは、そのまま消滅してしまうが、流石にドロップアイテムは残さない。また、赤爆石を量産したいと思う事が有るかも知れないが、その場合には一つ注意点が有る。ボロップを引き付けずにダメージを与えると、ボスロップが新たに召喚したボロップが下に居るボロップの上に落ちて、そのダメージで再びボスロップが召喚に入るという無限ループに入ってしまう。そうなると収拾が付かなくなるので、優先的にボスロップへ赤爆石を投げる様にしないと、ボスロップ自身がボロップ達で覆われて攻撃が届かなくなる。欲を掻き過ぎるなという事だろう』


 真っ直ぐカメラは前に進んで、木で出来たボス宝箱をズームアップ。


『ボス宝箱を開けると、通常とは違う『錬金』使い用の報酬が入っている。

 赤茶けた石は強化石。通常【強化錬金】する場合には強化するのと同じ品を用意する必要が有るが、この石があればそれだけで強化出来る。ダンジョン外の品物にも使えるから、これだけで『錬金』使いの価値がぐっと上がる。

 宝石が付いている訳では無いのに派手な指輪の方は錬金術師の指輪。恐らくこれの為だけに『錬金』を取得する者が大量に出兼ねない品だ。簡単に言えばアイテムボックスだな。初めの容量は一リットル程と少ないが、これも【強化錬金】で容量は増える。そして『錬金』使いにしか身に付けられない職業限定品だ。

 ボス攻略についてはこんな所だろう。

 だがしかし、ボス攻略に向かう時は、熟考する事を推奨する。私にはその機会は二度と訪れないが、こういう初見で分かるかと投げ出したくなる様な謎解き物ならば、初見でクリアした者には特別な報酬が有るに違い無い。安全を取るなら確実にクリア出来るメンバーに連れて行って貰って、確かにソロで討伐出来る事を確認してからソロクリアを目指せばいいが、初見クリア報酬を狙うなら充分な実力を蓄えてからの方がいいだろう。目安としては中級中位のポーションが作れれば、きっと次へと向かう時期なのだろう。そして、初見クリア報酬が本当に有るのか、有るとしたら何なのか分かった者は、是非ともダンジョン管理部にその情報を売るといい。きっと高く売れる筈だ。

 何度も言っているが、ダンジョン探索は安全第一。君達が無茶をせず無事に過ごす事を願っている。

 ご安全に!』


 カメラは転送陣へと向かい、その直後、前方に花壇が見える広場となる。

 カメラが花壇の横に置かれ、カメラに向かって語り掛けるフーガ先生の姿がスクリーンに映し出された。


『最後に、五階層を突破してからの事を少し述べよう。

 五階層出口側の転送広場には花壇が有る。怪訝な眼で見られるかも知れないが、一通り採取してみるといい。この花壇の薬草から作れるのは、毒消しと麻痺消しだ。つまり、六階層からはそういう状態異常を仕掛けてくる魔物が居るという事だろう。

 五階層までに留まり初級ポーションを作り続けるのも自由、六階層に潜り状態異常解除薬で荒稼ぎするのも自由、赤爆石の様なポーション以外に手を付けるのも自由だ。

 何故なら、その頃には君達に続く者が、既にポーションを作っているだろうからだ。

 講習ビデオの其の一で初めに私は思惑有っての事だと言ったが、それはつまりこの自由を求めての事なんだよ。このままでは、私はポーション屋としてポーション漬けにされてしまいそうだったからね。

 君達が続いてくれる事で私は自由になれる。そして君達が成功する事で、途切れぬ『錬金』使いの連鎖が続いていくだろう。

 『錬金』が関わるのはポーションだけでは無い。装備の強化や魔法の付与にも『錬金』が大きな役割を果たすに違い無い。

 そして何時か誰かが気付く筈だ。『錬金』使い無くしてダンジョン攻略は有り得ないと。

 君達はそんな時代を支える多くの『錬金』使いの一人になる。そんな日を共に見る為にも、安全第一を心懸けて、日々『錬金』の腕を磨いていって欲しい。

 ご安全に!!』


 カメラを拾い上げたフーガ先生が再び転送陣へと向かい、その次の瞬間にはフーガ先生の帰還を待ち受ける人々の姿が映し出される。次々と掛けられる『ご安全に』の声。

 そしてテロップが流れ、ビデオが終了する。


 余韻に浸る様に、本部長が深く息を吐き出した。


「何だね? 彼の方が余程未来を見ているでは無いか。

 『錬金』使いの連鎖が続くか……ふふふ。

 『ご安全に』というのも良い言葉だな。これを機会にダンジョンでの正式な挨拶とせんか?

 まぁ、ここで駄弁っていても仕方が無い。我々は我々の仕事をしよう」

「はっ!」


 そして彼らは立ち上がり、全ては動き出したのである。



 ~※~※~※~



 第六十四番ダンジョンでは、普段通りの日常の中で、今日も窓口のお姉さんこと新乃木さんが、明るい声を振り撒いていた。

 あの日、ダンジョンから帰って来てからこっち、夏休みの間は妹にプールへ連れ回されたり、母に電気屋を連れ回されたり。ゆっくり休みたいと思っていたのに休む暇が全く無かった。

 母なんて、お金が振り込まれるのは月末だと言っているのに、お店の梯子が止まらないのだ。片っ端からカタログを手に入れて、重い鞄を抱えて帰る事になった。


『そんなんなるんやったらパソコン売らんかったら良かったのに』

『女にはねぇ、意地を張らないといけない時が有るんよ』

『それは依怙地て言うんとちゃうかぁ?』


 妹にまで突っ込まれて、帰り道では騒がしい追い駆けっこまで始まった。

 でも、借金を全部返せれたのは良かった。既に母とは顔見知りらしい山城金庫の窓口の人と、母は随分と長い間愚痴を言い合っていて、しかし最後は今迄お疲れ様でしたと見送って貰えていた。

 けろりとしている母からは、『私がした借金や無いって事情まで知っててきつぅは言えんわ。自己破産されるより余っ程ええもんな』なんて言われたり。案外愚痴を言うのも計算尽くなのかも知れない。


 八月二十八日には、約束通りにダンジョンへ出向いて、『解体』のスキルオーブを受け取ったり。新乃木さんが纏めてくれた提案書が箇条書きですっきり分かり易くなっていたのに感心したけれど、学校が始まってから返って来たダンジョン管理部からの回答では、「但し魔法のスキルオーブは除く」との但し書きが追加されていた。

 俺には元々必要無いし、妹達にも出来れば魔術を覚えて欲しいと思っている。


『ふ~ん……別にこれでも構へんけど、態々限定するいうことは、宇宙船が出て来たらそっちは確実に貰えるっちゅう事やな? 阿呆な条件付けて借りを増やさんでもええのに』

『宇宙船が出て来た事は無いが、魔法のスキルオーブは高い物で一千万円を超えてくる。毎月それを取られては堪らないとの判断だろう』

『阿呆やなぁ……。ほい、サインもしたし、これでええんか?』

『うむ、感謝する。それで情報の方だが――』

『うん、次の週末にでもダンジョンでビデオにでも撮るわ。やっぱ見た方が早いしな。それでビデオカメラと三脚とスタッフ二人借りれへん? カメラ写りが良くて、顔見知りで、一人は『錬金』持ってそうって事で、新乃木さんと買い取り担当のお姉さんがいいな』

『え、私?』

『うむ、分かった。調整しよう』


 そうして俺の方でもこっそりヘルメットやらを仕入れておいて、週末に撮ったビデオでダンジョン管理本部が審議したのがつい先日だとか。

 序でに言うと、ボスの正規の攻略方法を見付けたのは八月二十八日で、正直『そんなん分かるか!』と叫びを上げた。

 その時のボス宝箱からは錬金導師の腕輪が出たが、その次からは錬金術師の指輪だった。恐らく初回は謎を初めに解明したボーナス。初見で解明していたら別のボーナスが有ったのだろうと思うが、それが錬金導師の腕輪だったら悔しくなくていいなと思っている。

 因みにその時から、ダンジョン探索は殆どボス周回しかしていない。まぁ、序でにポーションを作るぐらいの事はしているが。初めの内は律儀に赤爆石を作って攻略していたが、途中から魔術でも結果が変わらないと分かって、専ら魔術の訓練となっている。

 余り初回限定品ばかり手に入れていたら、続く人に悪いとも思っていたが、錬金術師の指輪を九十九回強化したら錬金導師の腕輪になった。だからこれに関しては心配する必要も無さそうだ。更に錬金導師の腕輪は、魔石と錬金導師の腕輪で強化する他に、魔石と錬金術師の指輪と五色の色石でも強化出来た。錬金導師の指輪の最終強化品は、更に錬金導師の腕輪と六色の色結晶で錬金王の腕輪になった。

 色結晶は色石を【強化錬金】すれば作れるが、手に入れた『解体』で強化の指輪を【分解】しても手に入れる事が出来る。無結晶だけは五色の色石を【強化錬金】で合成して無石を作りそれを強化するか、五色の色結晶の合成で手に入った。因みに色石から色結晶へは、九回強化で変化した。


 言ってはいなかったが『錬金』をカンストしたら称号として“『錬金』の第一人者”と“『錬金』の熟練者”が付いて、それぞれ効果は称号能力の【完全鑑定】と装備した錬金製作物の効果二倍。流石にこれがロプスの指輪で十倍されたらとんでもない事になると思ったが、効果がループする様な事にはならないみたいなのでちょっとほっとしている。でも、ロプスの指輪の効果はしっかり二倍されているらしい。

 ボスロップが落とした錬金術師の杖も、最終強化品に強化済み。【完全鑑定】は見えていなかったレシピまで分かる様に成る物だったから、どうやら魔術師の杖と杖術師の杖の最終強化品を集めれば、王杖とやらが手に入る事は分かっている。だが、こんなのは遣り込み好きにとっては攻略本を見ている様な暴挙であって、即ち【完全鑑定】は俺の中では封印指定だ。

 錬金王の腕輪は兎に角派手だ。錬金導師の腕輪の頃から、タイル状のホログラムシートの様にキラキラと色を変えて派手だったが、それが光る様になった。銀色を介さない原色で色が変わるからまだましだが、長袖で無ければリストバンド無しには嵌められない、痛い装備が増えていく。


 ただ、これでアクセサリ枠の二つが埋まってしまった。かーくんも入れると三つともかも知れない。

 全て最終装備と言ってもいい物だが、そうなるとそれはそれで何だか寂しい気持ちになる。

 かーくんをスライムと戦わせてみたりもしたが、かーくんのレベルを上げる方法だけは未だに良く分からない。


 そうして考え事をしながら佇んでいたからだろうか。新乃木さんから声を掛けられてしまった。


「風牙さんどうされたんですか? ぼーっとしていましたよ?」

「うん? いや、待ってる時間ってのは色々考えてしまうねん。ビデオの結果も分からんし、防具も作って貰えてへんから六階層行くのも考えてしもうてな」

「ふふふ、その御蔭で毎日ポーションを納品頂けて、本当に有り難うございます。防具も職人との調整が始まっていますから、今月中には纏めてご案内出来る筈ですよ? と言っても、出来上がりまでにはそれなりにお時間を頂く事になります。ご了承下さい。

 講習ビデオは非常に良い反響だったとお聞きしています。国連サミットに掛けられる事になったと聞き及んでいますから、凄い事になっていますよ?」


 空っぽの頭にその意味が染み込むまでに、随分と時間が掛かった。


「…………は?」

「今は各国語への翻訳作業で大童みたいですね♪」

「…………は?」

「ですから、風牙さんが一役有名人って話ですよ?」

「はぁっ!? ちょ、ちょ、ちょっと待ってや!? 話ちょっと盛り過ぎてへん!? 楽屋ネタ天こ盛りのあれを何処に出すって!?」

「ですから、国連サミットです。二百カ国近い国の代表が、風牙さんのあの講習ビデオをご覧になるという事ですね♪ どうです、風牙さん吃驚したでしょう♪」

「うわ、お姉さん、すっごい笑顔やわ……。ええ~~、どういう事!? いや、でもセーフや。俺は顔を晒してへん」

「お名前は本名でしたよ?」

「ロンドとカノンとフーガで本名なんて思うかいな! よし、よし、服を替えたら分からへんで」

「各国の諜報を舐めてますねぇ」

「諜報言うなや、怖いやんか! うん、そういう対応含めてダンジョン管理部にお任せしたんやしな! 絶対逃げ切ったんねんから!」

「あー、そう言えば、そういう約束も有りましたねぇ~」


 新乃木さんの逆襲どっきりに本当にどきどきしながらも、この時の俺には全く分かっていなかった。

 サミットに上げられるとかそんな話とは全く違った所で、とんでもない事態に巻き込まれるなんて事には。

 この時の俺には全く予想も出来ていなかったのだ。

 本当は危険予知ボードとか持ち出して、もっとネタに走りたかったんだけど、入れる部分が見繕えなかった。悪戯に長くするのもと思ってさ。

 ここ一週間のアクセスが物凄くて、スタートダッシュって凄い効果が有るのだと実感中。「冒険者になるのです×3」から見に来てくれた読者の御蔭で、ジャンル別日間ランキング24位とかなって、そこから読者が増えてる感じ。つまり、日間ランキングから転落したらもう這い上がれない!?

 初めの六話は祝日に一時間毎に予約投稿したけど効果がなくて、もう一作の方で宣伝してから増えたから、ランキングの効果は本当に侮れませんね。作品紹介サイトも同じ様な効果が有りそう。


 この章からは、タイトルの“最狂”を回収していくつもり。一章であんまり最狂っぽくなかったし。

 そんな感じで、次話は二週間後を目標だー!!(今回のを分割したら余裕かも知れんけど)

 ではでは~♪ また次回で~♪

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― 新着の感想 ―
[良い点] 講習ビデオの出来が地味によくて笑った [一言] しかし箇条書きで主人公に関連してやらかしたの並べると外から見たら結構酷いことになりそうで他国の諜報に晒されるなら塩崎氏は持ち出しより利があ…
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