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(7)帰還と換金とカンカンな妹

 本当は連続投稿時にこれを間に合わせるつもりでした。

 間に合わなかった……。

 今日も日付が変わる前に投稿したかったんやけどなぁ。


 タイトル回収+諸々のリザルト回です。

「よし、ちゃんと“証”に五階層が増えとるな。これで文句は言わせへんで」


 五階層をクリアした証として、ステータスに新たに“証”の項目が増え、そこに五階層が追加されているのを確認する。


「おっと、あかん。ロプスの指輪は鞄に仕舞って、代わりに八十回の指輪やな。――かーくん、御免、ちょっと開けるで?」


 ロプスの指輪はリュックの内ポケットに。八十回強化の指輪は阿呆な事に五十回強化の指輪と一緒にしてしまっていたが、【召喚】すれば問題無く手元に現れた。


「さて、帰ろか。あー、ちょっとうんこ臭かったから空気が美味しいわ」


 五階層の出口側も、入り口側と同じく十字の広場になっている。違うのは、噴水の代わりに薬草の花壇が有る事だった。もしかしたら、ボス戦での怪我をこの薬草で癒せという事かも知れない。もしくはこの花壇も、ボス討伐のご褒美なのだろうか。

 もう少し時間が早ければ、六から八階層辺りから戻って来る探索者も居たのだろうが、今は誰も居ない花壇に座って、最後の確認をする。それが終われば今度こそ帰り支度は終了だ。再び俺は転送陣の間に立って、入り口側の魔法陣へと飛ぶのだった。



 入り口側の転送陣の間に出た時に、ざわりと空気が揺れた様な感じがした。

 妹から情報を得ていただけに、気にせず俺は階段へと向かって進む。

 目の端に俺に近付いてくる者が見えるけれど、ここではちょっと場所が悪い。せめて噴水の在る転送広場まではと一定の歩幅で歩き続けた。

 しかしまぁ、声は掛けられてしまう訳で――


「おい! 溶接工!」

「ん? 何や? こんな遅くまでご苦労さんやな。ご安全に!」

「おう、ご安全に――や無いわ!」


 足を止めずに応対して、最終的には肩を掴まれてしまったが、既にここは噴水の傍。こんな時間でも充分に人目が有って、無体な事はそうそう出来無い。


「どうしたんや……俺に何か用でも有るんか?」

「用も何も、お前今迄何をしてた!」

「何って、五階層のボスの攻略やで? 俺は今迄ほぼ『錬金』一筋で漸く最近稼げる様になって来たのに、管理部に無茶を言われてな、五階層のボスを乗り越えれへんようやったら、探索者証取り上げられてまうところやったんや。前から生産系の探索者は予備役解除の条件緩和してくれ言うとったのに、聞く耳持ってくれへんからほんまあかんわ。何とか食料足りて戻って来れたけど、そうや無かったらゲームオーバーやで」

「……ちょっと待て、どういう事だ!?」

「そやから、予備役は高校卒業する迄に五階層クリアせなあかんて決められとるやろ? あれに引っ掛かってしもてんやわ」

「待て待て、溶接工、お前高校生か!?」

「そやで? うちの家は借金有るからスキルとか買えへんくてな、拾ったスキルだけで遣り繰りしてたんやけど、戦闘系のスキルが無いと筋力値は伸びへんって分かったんは、知り合いにパワーレベリングして貰ってレベル十になった後や。レベル十で筋力値が素の二倍程しか有らへんねからお笑いやで。ボロップ相手に百回鑓で突いても倒せれへんかった時はどうしようかと思ったな」

「ちょっと待て!! それでどうやって五階層を突破した!?」

「せやから、頼れるのは『錬金』しか有らへんし、安全地帯から兎に角ボロップを滅多刺しにしてでも斃して、落とした指輪をちまちま強化していったんや」

「それは無茶だろっ!!」

「そやで? だから無茶を言われた言うたやん。流石にへとへとやから今日は帰らしてくれへんか?」

「そ、そうか、そうだな。……いや、ちょっと待て! 戻って来たという事は、またポーションを卸してくれると思っていいんだよな!?」

「……え?」

「えっ、て何だ!? えっ、て!?」

「いや、だってなぁ、俺は五階層を突破出来へんかったから、ポーション作りでしか稼げれへんかったけれど、五階層突破出来るならもっとええもん作れるやん。態々糞みたいに(やっす)いポーション作らへんで? よう考えてみ? ポーション作りが美味しかったら作り手やってもっとおるし、俺がおらんだけで困らへんわ。余っ程糞っていう事やな。管理部が何とかしてくれんとあかんねんわ。

 まぁ、俺にとっては終わった事や。取り敢えず指輪の強化品で稼ご思てるから期待しててや。ほなな」


 まぁ、態とらしかったかも知れないが、周りに聞こえる様に大きな声で言った。

 ちょっと周りがざわざわしているけれど、言う前よりかは身の安全は保証されたのではと思う。


(ポーションの供給量が減ったんを、俺の所為にされたら敵わんしなぁ。桑原桑原……)


 階段を上って四階層に着いたら、そこからは本道の端を歩いて出口を目指す。

 少し早足気味ながら、重心は揺らさない様に。かーくんが居る御蔭で『武芸百般』の【身体運用】が効いているのか、前と違って体の動かし方が何と無く分かる。これは便利だ。

 かーくんは槍の筈なのに、今も付与スキルが効いているのは何故だろうかとステータスを見れば、“その他”としてかーくんが装備しっ放しの状態になっていた。なら、槍として使いたい時にはどういう事になるのだろう?


「なぁ、大丈夫か? 何なら俺が運んでもいいぞ?」


 何故か初めに絡んできたにも拘わらず気のいい大男や、その仲間らしき人達、他にも転送広場に居た面々が、俺を追う様にして付いて来ている。


「……いや、気を悪くするかも知れんけど、今は俺の三十日分の成果もここに有るから任せられん。それに二年半越えれんかった壁を越えたその最後が、抱えられてなんて締まらんやろ?」

「――それもそうだな。良し、お前、ちょっと一っ走り知らせて来い!」

「おう!!」


 いや、正直それは勘弁して欲しい。そんな言葉が頭を過ぎっても、今の俺には黙って見送る外は無い。

 結構はったりを噛ました上に、今走ったりしないのは、実の所鞄の中にかーくんが居るからだ。

 それでも転送広場に居た面々だけならまだましなのに、ダンジョンの奥へ向かおうとしていたのがUターンして合流したりと増えていくから始末に負えない。

 探索者を引き連れた状態に保護具の中で顔を引き攣らせながら、努めて無心で俺は歩いた。


 ダンジョンを出た時に、待機所で待ち構えていた人波を見た、俺の気持ちが分かるだろうか。


「ご安全に」


 と右手を挙げて、そのまま買い取り所へと向かおうとした俺の焦燥を、誰か察してはくれないだろうか。

 しかしその思いも虚しく、懇願する様な窓口のお姉さんに連れられて、俺は奥の部屋へと案内される事になる。


「待て! 俺達にも話を聞く権利は有る筈だ!」


 そしてまた、何故に話をややこしくするのかと思いながら、俺は後を追って来た人達へ振り向き、横に一回首を振り、そして縦に頷いた。

 厳しい顔をしていた追っ掛け達は、それを見て表情を改め、一つ頷いて勇敢なる青年? を送り出した。

 俺は再び前を向き、立ち止まって待つお姉さんの後を追ったのである。



 案内された管理部の会議室で、テーブルに突っ伏した俺は思わずぼやいてしまった。

 既に布バケツとリュックは下ろしているが、まだヘルメットも脱いでいない。


「何やあれ? 怖っ」


 その言葉を聞いて、何時もダンジョンに入る前に明るく声を掛けてくれるお姉さんは、くすくすと笑いを溢して、くっくっくっと笑いを盛って、くぷーくぷくぷともう笑いを堪え切れていない。


「ええよ、もう。笑って」

「だ、だって、もう――ぷふー!」


 お姉さんは無言で一度横に首を振ってから頷いて、耐えきれない様にまた吹き出した。


「あの場面で他にどうせえと?」

「だ、だって風牙さんもおかしいって思ってるでしょ?」

「後で思い出したらおかしくなるかも知れへんけど、今は笑えへんわ。

 ――で、ここの責任者が阿呆な事を言って騒いでいたっちゅうの迄は知ってるけど、どういう話になってるのか教えてくれへんかな?」


 そう言うと、お姉さんは笑いを収めて、少し真面目な顔をした。


「岸田主任は更迭されたわ。管理部のお金を独断で使っていた廉でね」

「いや、何もそんなディープな話聞かせてなんて言ってへんで? 生産系の探索者の扱いをどうするんやって話やで?」

「あ……」


 そんな事を話していると、カラリと扉が開いて更に二人の男が入って来た。


「お待たせしました。管理部主任の塩崎です」

「査察部の佐々木です」


 お姉さんに視線を向けると、


「岸田主任の後任の人と、今回の件を調べている査察部の人です」


 という事なので、俺も軽く頭を下げておく。


「坂鳥です」


 正直、話が有るなら日を改めて欲しい気持ちも有ったが、面倒な話が有ると分かっていてダンジョン管理部まで足を運ぶのもしんどい気持ちになるに違い無い。


「何の話をするんか知らんで呼ばれましたけれど、三十日振りに上がってきた所なんで、出来れば手短に頼んます」

「ああ。……脱がないのかね?」

「いや、すんません。ちょっと脱ぐのもしんどうて。――ふぅ」


 被ったままだったヘルメットとゴーグル、それから保護具を脱いで、楽になる。

 くんくんと匂ってみた。毎日体を拭いていたとは言え、変な匂いはしていないだろうか。


 そして何故か息を呑んでいる気配がするので、こちらから水を差し向けてみた。


「で、何の話ですやろか?」

「あ、ああ。まずは前任の岸田が迷惑を掛けた事に謝罪する。申し訳無い」


 行き成り話が飛んだ。

 ちょっと方向修正をする必要が有りそうだ。


「ん、ん~? すんません、行き成り話が見えませんわ。さっきもそっちのお姉さんに言いましたけれど、俺はその岸田さんとか言う人と会った事も無ければ話をした事も無い。生産系の探索者の事を考慮しようとせぇへんのには呆れたけれど、それも規約通り五階層を突破した今となっては終わった事や。寧ろ借りを作らんで済んだ事を考えると気楽なもんやな。ポーションが不当に安値で買い叩かれていたいうんが無いなら、別に謝って貰う様な事は有らへんで?」


 そう言うと、その塩崎とかいう人は、頭を下げたまま固まった。

 そして、顔だけ上げて俺を見て言う。


「岸田があなたに無理難題を押し付けていたと聞いたのだが」

「だから、会った事も有りませんて。五階層を突破するのが俺にとっては無理難題とも言えましたけど、規約に有る事なら仕方無(しゃーな)いし。融通が利かんとは思いましたけどね」


 男性二人がお姉さんへと視線を向けると、お姉さんが一つ頷いた。俺も厳しい顔をお姉さんへと向けて、軽く左右に首を振ってから頷くと、お姉さんの顔にぐっと力が入った。

 何だか最近調子がいい。モテ期が来たに違い無い。


「少しいいかな。君は五階層の突破がネックだったと言っているが、普通にレベルを上げていけば問題無く越えられる物では無いのかね?」


 査察部の佐々木さんとやらがそんな事を言う。


「……何か、それは俺にとっては今更な話なんですけど、情報料要求してもええですか?」

「ふむ……いいだろう」

「ほな、情報量は『解体』のスキルオーブで。

 俺が確かめた限りやと、身体レベルが上がった時に上がるのは、使ったスキルに関係するステータスです。攻撃系のスキルオーブは大体十万以上はしますから、金が無ければ拾ったオーブを使うしか無くて、錬金ダンジョンやと拾えるのは魔力系のスキルオーブばかりやった。なので俺は魔力値ばかりが伸びて、筋力値はレベル十でも素の力の二倍に届かん程度でした。その状態やとボロップ相手に鑓で百回突いても斃せません。そんな事をしている間にどんどんボスロップがボロップを呼ぶから、一匹斃した思たら八匹増えてました。つまり、真面にやろうとすれば詰みます」

「つまり、『剣』や『槍』のスキルを持っていなければ、筋力値が上がらないと!?」

「そういう事ですわ。魔力で攻撃出来るスキルが有れば別やろうけど、現実的や無いですし。俺みたいに高校一年生がダンジョン彷徨(うろつ)いているのを心配されて、お人好しの探索者にレベルが十になるまでパワーレベリングされるいうんも然う然う無いやろうけれど、知らんかったら同じ事する人も出てくるんちゃいますか? 充分『解体』のスキルオーブの価値は有ると思うんやけど、どうですやろか」

「……そうだな。手配しておこう」


 思わぬ所で『解体』を手に入れる目処が付いた。

 再び口を開けたのが塩崎さん。


「しかし、それだとどうやってその五階層を突破したのだ?」

「う~ん……まぁ、これは余り役に立たん情報やし、情報料はええかな?

 ボロップは各種ステータスの五パーセント強化の指輪を落とすんで、安全地帯に引き籠もってボロップ滅多刺しにして、落ちた指輪をちまちま【強化錬金】したんですわ。『錬金』のスキルレベルが三十越えてんと出来ませんし、これからもそんな『錬金』持ちに賭けの様な耐久レースさせるつもりなんやったら、ちょっとどうかとは思いますけどね」

「それは無茶だと言うのだろうが!!」

「スライムもブロップも処理をすれば食えるし、ボロップも食えると思てたからの賭けやったから、食えへんと分かった時には確かに焦ったなぁ。そやけど勝算は有ったし、無事帰って来れたしな」


 塩崎さんは絶句した。

 まぁ、交渉としては巧い走り出しだ。行き成り謝罪から始まったけれど、恐らく目的はポーションだろうから。貸しも無ければ借りも無い、当然そんな義理も無い、と其処から始められるのなら上出来だ。

 既に主導権はこちらが握っている状態で、それを引っ繰り返すには俺の事情が重過ぎる。


「俺の方で話せる事はこれ位しか無いんやけど、まだ何か有りますやろか」

「む、ぅぐ、いや、恥を忍んで頼みたいのだが、再びポーションを卸して貰う事は出来無いだろうか」


 あわよくば話題に上げる事もさせずに終われないかと思ったが、どうやらそうも行かないらしい。


「え? ……いや、言いたい事は分かるけどな、流石に今更安いポーションなんて作ってられへんで? そもそも俺が作ったんで無いポーションやって並べてたんやから、今更何で俺にそんな話が回って来るんか分からへん」

「あれは前任者が、製薬会社に薬草とスキルオーブを横流しして作らせていた物だ! 膨大な使い込みが判明した為に、私が後任としてここに赴いている!」


 しかし、塩崎さんが吼えたその言葉を聞いて、気持ちがすうっと醒めてしまう。

 思わず憤りが出てしまったのかも知れないが、一体何を口にしたのかを分かっているのだろうか。

 腕を組んで目を閉じても、ちょっと苛立ちが収まらない。

 目を開けて口にした声は、思いの外に低くなっていた。


「ここらの製薬会社いうたら一つやけれど、その製薬会社って横田製薬やろか?」

「ああ、そうだ」

「……俺の父親はその横田製薬に勤めてて、そこでどんな教育をされたんか知らんけど、会社の事業に家の金を持ち出して、それだけで無く借金まで(こさ)えて、挙句の果てにはその借金を残して失踪したんや。

 自分勝手なおっさんと横田製薬なんてキーワードが出て来て、その尻拭いに俺が手を貸す謂れは無いで。悪いけど譲歩する気にはなれへんわ。

 それに聞いていれば膨大な使い込みって、それは『錬金』使いを育てるにはそれだけの費用が掛かるちゅう事や無いか。俺かてそういう援助が有ったなら今も助けたろうかと思うか知れんけど、俺には借りも義理も有らへんねんから、横田製薬に頼めばええやん。

 何か俺が作るしか無いみたいな感じで話持ち掛けて来るけれど、ほんまポーションが必要と言いながら、『錬金』使いを育てようとしてる様にはとても見えへん。俺が潜ってる一ヶ月の間に何か手は打ったんか?」

「ぐぅ……ポーションを作って貰う分の補塡はする」

「それは何もしてへんという答えやな。

 それに補塡をするのは交渉の最低条件やろうけど、やっぱりあんた全然分かってへん。――お姉さん、これ買い取りに出そうと思てた分やけど、確認してきて貰えへんか?」


 痛ましそうに顔を歪めていたお姉さんに、布バケツに入れていた小袋二つを手渡す。

 溜め息を吐きながらお姉さんが出て行ったので、もう一度彼らに向き直った。


「今お姉さんに渡した分が、今の俺なら五日籠もれば作れる分や。その結果聞いて、軽々しく補塡するとか言わん事やな」


 そして、再び腕を組んで目を瞑る。

 魔力で分かる感じでは、男性二人はお姉さんが戻って来るまで、身動ぎもしなかった。

 お姉さんは、動悸息切れでへろへろな感じで戻って来た。

 俺に小袋二つを返してから、空いている席にへたり込んだ。


「約十二億三千万円です」


 全員の見詰める前で答えた値に、俺も含めて疑問の声が上がる。


「「「は?」」」

「ですから、十二億三千万ですっ! 相場三百万円の指輪が約四百十個っ!!」

「「「……は?」」」

「五十回強化された二百五十五パーセント増しの強化の指輪っ! 四十階層クラスの指輪ですっ!!」


 俺は椅子を引き摺りながら後退(あとずさ)った。恐ろしい物が机の上に置いてあった。


「お、お姉さん、お姉さん! これ! 全部買い取りで!! 早よ持ってって下さい!!」

「ええっ!? ぜ、全部っ!?」

(うち)は荒ら屋で金庫なんて無いんやから、こんな怖いもんは早よ持ってって下さい!!」

「ええーっ!?」


 涙目を彷徨わせていたお姉さんは、塩崎主任が頷いたのを見て、泣きそうな顔で再び近付いて来た。


「風牙さん、探索者証を――」


 その言葉に慌ててポケットから探索者証を探し出し、お姉さんの手に押し付けて託した。

 倒れそうなお姉さんが扉に消えても、暫く荒い息は収まりそうに無い。


「怖っ!! 怖っ!! 怖ぁっ!!!」


 かなりの値段にはなるだろうと思っていたが、真面に計算していなかった。何と言っても一日分で、精々数千万円だと思っていた。

 含み笑いが聞こえて来たと思えば、塩崎さんも佐々木さんも笑っていた。


「……補塡します?」

「いや……無理だな」


 淡く笑う塩崎さんが言った。


「めっちゃ怖かったし、もう横田製薬の事もどうでもいいですわ。回りくどく言うのはやめますけど、俺が提供出来るのはどうやれば中級ポーションまでを安定して作れるかのノウハウです。でも、俺はこれを見付けるのに二年掛かった。このノウハウを知っていれば半年で『錬金』のこつを掴めたかも知れへん。五日で十二億という事は、一年半早く今の状態になってたら、最低一千億円ぐらい稼いでたっていう事で、流石にそれをはいどうぞとは渡したくない。

 せやから俺が望む対価としては、これから毎月、ダンジョンの産出物で俺が望む物を一つ、何でも貰える位の特典が欲しい。それこそ宇宙船が出たとしてもやな。

 それを呑む言うんやったら続きの話をしましょうか」

「あなたが作ってくれる訳には行かないのか?」

「せやからそれは新人の育成とセットやと言うてますんや。何時までも俺がポーション作らなあかん状態で置いとく様な人らに協力するつもりは無いんやわ。新人を育成するんやったらノウハウは必要やろうし、逆に言えば無策に二年も付き合えへん。ノウハウだけ海外から仕入れる言うんなら、ポーションも海外から仕入れたええねん。条件呑んだ上での過渡期分ならポーション作成かて受けてもいいし、億を補塡しろとは言わんけれど、指名依頼分の報酬は応相談いう所やろ? 交渉するんやったら、俺の望む物を何か提示してくれんと話にならへん」


 少なくとも俺は無策や失策の尻拭いに動きたくは無い。そんなのは家の借金だけで充分だ。だからと言って、要求をただ撥ね付けるのも違うと思って、俺の希望での落とし所を好き勝手に言ってみても答えが無い。

 お姉さんが戻って来たのは、そんな時だ。


「初回一億円が月末に振り込まれます。十二回分割での振り込みとなりますのでご了承下さい」

「うん、お姉さん有り難うな。今は俺の側の落とし所として、ポーション作りのノウハウを教える代わりに、これから毎月、ダンジョンの産出物で俺が望む物を一つ、何でも貰える事にして、それなら新人がポーション作れる様になるまでの過渡期の間は、別途報酬でポーション作りの指名依頼を受けてもええと言ってたとこ」

「…………譲歩はされない筈では?」

「してへんで? 出たんが宇宙船やっても貰う言うてるし」

「……宇宙船ならばダンジョン管理部に売却される事も少ないと思われます。せめて日本国内のダンジョンから産出された物で、ダンジョン管理部に売却された物、且つ一点物を除くとして頂かなければ」


 俺は思わず拍手をした。

 こうやって話をしてくれないと交渉にもならないのだ。


「おおー。お姉さんが責任者すればええのに。

 でも一点物を除くっていうのはどうやろ。武具なんて何処かが何か違ってて、一点物とか言われたりせぇへんの?」

「その様な物でも一点物ならば、事情が有ったとしても特典として手に入れてしまうと妬む者が出て来ます。一点物は除いた方がいいですね」

「……ほら、これが交渉やろ? そっちの方がええと思わせてくるで」

「加えて、ポーション作りも特別扱いするのですから、毎月の最低量はせめて決めておきたいですね」

「凄い強気や! でもちょっと待って。お姉さんの方が話をし易いけど、お姉さんの立場が分からんと話を進められへん」

「折衝担当の新乃木(にいのぎ)です。探索者を相手にした交渉では私が責任者の様な物ですね」

「思てたより偉いさんやったけれど、お姉さんと話を詰めてもええんか?」


 塩崎さんへと顔を向けると、ゆっくりと頷かれた。


「……分からん。前の人も口だけは出して来る人みたいやったけれど、上の人の役割が良く分からんわ」

「前の主任は現場を見ずにご自身の理想で動く方でした。塩崎主任は着任されてまだ五日程。加えて折衝を担当されている訳ではございませんので、不慣れな点はどうぞご容赦願います」

「……まぁ、話を戻そか。

 毎月のダンジョン産物一つと、新人の育成を条件に、ポーションの最低量は決めてもいい。先月はどれ位納めてたんやった?」

「えっと、二十ミリリットルのポーション瓶が平均して三十本の三十日なので、約二十リットルですね」

「そんなもんか? ――分かった。なら二十リットルは何とかするとしても、一度に大量に作ったら薬草が根絶やしにならんかいうのも心配やから、納め方は様子見やな。

 で、二十リットル作るにしても、正直今は小さいポーション瓶に一々詰め込んでいくのが物凄い面倒臭い。大瓶に纏めて作る様にしたいけど、それで構へんか?」

「分かりました。大瓶での納品に対応出来る様に準備させて頂きます」

「なら、瓶も任せて構へんかな? 十リットル二つとかで肩紐で下げれる様にして欲しい。

 で、最後や。ダンジョン籠もってた前後で腕が全然違うから、思てる様なポーションにはならん可能性が有る。具体的には、初級低位ポーションは多分もう作れへん。どうやっても初級高位かそれ以上になると思うわ。それは問題有らへんか?」

「初級ポーションでしたら分量で回復量を調整していますから、問題有りません」


 新乃木のお姉さんの言葉に、他に問題が無いかもう一度良く考えた。


「……まだ有ったわ。まず、期間は半年後まででええな。要は俺が高校卒業するまでと、新人がポーションを作れる様になるまでで、半年有れば充分やろ。募集掛けたり講習開いたりいうんは管理部でやって貰うって事で。

 それで『錬金』の見習いが増えて来た時に起こりそうなんが、今は誰も居らん薬草の群生地が、新人に根絶やしにされる事やな。多分一日有れば薬草は復活すると思うんやけど、ひょっとしたらそれでも間に合わん事が有るかも知れん。

 量を確保しようと思たら今は初級ポーションになるんやけど、そういう状況になったら初級ポーションでは納められん様になる可能性が高い。中級ポーションで納めるとしたら十リットルでもとても無理やけど、その場合は何リットル納めればええんやろ?」

「あの……そういう状況なら新人が作るポーションが出回っているのでは?」

「いや、そうはならへんわ。ノウハウ教わっても初めは殆ど失敗するやろうから。一日潜って全部失敗なんてのも珍しくないで?

 上薬草の生えている割合からしたら二リットルと言いたい所やけど、五階層以降の状況次第やろな。五階層以降にも薬草が生えていたら問題無く初級も作れるやろし」

「……では、取り敢えず二リットルとしますが、恐らくその様な状況では薬草の群生地を保護する事で確保する事になると思います」


 それも有りだと感心した所で、塩崎さんが手を挙げて差し止めた。


「ちょ、ちょっと待った。今、上薬草が中級ポーションの材料と聞こえたのだが」

「……そうやで? もしかして上薬草で初級ポーション作ってはりましたか? なら薬草は何やっちゅう感じですけど」

「薬草は……薬草だ。揉んで貼り付ければ止血する……」

「…………なんや、俺のノウハウが偉い価値の高い物になりそうやわ」


 溜め息を吐いて首を振る。二年半経ってこの認識というのは遣る瀬無い。

 海外の情報は本当に日本に入ってきていないのだろうかと疑問を抱く。


「ひょっとしてあれかな。ダンジョンの中身って結構国で違ったりして、同じ事やってるつもりでも参考にならへんかったりするんやろうか?」

「正しい情報が入ってきているかどうかも分かりませんから」

「先入観は持たん方が良さそうやな。

 じゃあ、後はあれやな。指名依頼分の報酬やけど、六回分しか無いって分かってるから先に言っとくわ。俺、妹、母、飼い犬のオーダーメイド防具一式と、家族揃っての高級リゾートと、隣近所合わせて七名と一匹での御馳走で六回分かな。人は増えるか知れへんけど」

「……十二億分の補塡とはとても思えませんね」

「補塡言い出したんは俺とちゃうし。相手の望みも察せられへん人とは交渉にならへん」

「ふふふ、――ところで、新人が『錬金』でポーションを作れる様になるまで、正味どれ位掛かると思われています?」

「……俺は、平日は二時間、週末は七時間程で、毎日潜ってる間は『錬金』し続けて二年掛かった。そうやな――」


 俺は足元の布バケツへと手を伸ばし、その中を探る振りをして手の中にリュックに入れた中級ポーションの大瓶を【召喚】する。


「――二年で作れる様になったのは、このレベルのポーションや。ダンジョンに籠もる初日に作った奴で、使わんかったから持って帰ってきた物やけど、中級中位のポーションやな。同じ様に毎日ダンジョンに潜って、手順と遣り方知ってれば、多分半年有ればこれが作れる様になるんちゃうかと思ってる」

「中級ポーションが五階層までの素材で作れるのか……」

「多分、初級ポーションに失敗する人には作れへん。逆にこれ以上のポーションの材料は五階層までには無いから、中級ポーションが作れる様になったら先へ進む時期いう事なんとちゃう?

 まぁ、中級ポーションを半年後に作るんは怪しくても、真面目にやってたら初級ポーションは半年後で確実に作れると思うわ。

 こんな感じでええか?」

「はい。それでは、ご提案内容を一度纏めた後にご相談したいと思うのですが、次はいつこちらにおいででしょうか」

「……今日は八月二十三日で良かったか? なら、八月二十八日の朝にしてくれると助かる」

「分かりました。では、八月二十八日の朝にお待ちしております。

 そちらからは何かございませんか」

「いや、無い」

「私もだ」

「あ、ちょっと待って。『解体』のオーブは二十八日に貰えたりします?」

「……善処しよう」

「それと、この中級ポーションも売却で。お金は現金でお願いします」


 そう言うと、あからさまに塩崎さん達が少しほっとした顔をして、新乃木のお姉さんが「畏まりました」と頭を下げるのだった。



 お偉いさん達が「失礼する」と引き上げて、俺は新乃木のお姉さんがポーションを換金してくるのを待っている。


「雅、怒ってそうやなぁ。ていうか、もう十時になるやん」


 つい口に出して言ってしまう。

 ちょっと暫く独り言の癖が抜けそうに無い。


「どういう状態になってんのか分からんけど、夢やと思われてるかも知れんなぁ」


 いや、色々と【送還】しているのだから、座った目付きで待っている可能性の方が高いか。

 しかし今日は全力疾走では帰れそうに無いから、まだまだ待ってて貰う事になるだろう。

 待っていると言えば、妹の他にもこっちにも。

 リュックの口を小さく開けて中を覗き込むと、俺を見上げる円らな瞳と目が合った。


「もうちょっと待っててな。もう直ぐ帰れると思うしな」

「ケッ」


 小さく声を掛けると、小さな声で返してくる。中々可愛い謎の生き物である。


「お待たせしました。風牙さん、八十四万円になります」

「……結構行ったなぁ。『錬金』が不人気なんが本気で謎や」

「初めのハードルが高いのでしょうね。それも風牙さんが下げてくれるのなら、これから『錬金』を使う人も増えるのでしょうね」

「かもな。――有り難うな! ……て、まだ良く分からん追っ掛けは出待ちしてるんやろか?」

「ふふふ、待っていると思いますよ?」

「ふふふーって、他人事やからって……。あ、そうや! お姉さん面白い情報が有るんやけど聞きたないか?」

「え? え? ……このタイミングでちょっと怖いんですけど」

「いや、五階層のボス宝箱でおもろい(もん)が出てな? まぁ、槍やったんやけれど、ここのボス宝箱ってひょっとしてボロップ斃した数でランク変わるんとちゃうか? 宝箱自体が青白い金具に真っ黒な箱で雷光宿してバチバチ言ってたわ」

「わー!? 聞きたく無いですー!」

「で、ソロ討伐やと斃した武器とスキルが出るって聞いてたのに、出て来たのが槍だけでこれやった」


 そこで、ここぞとばかりにリュックからかーくんを取り出した。


「鑑定したら槍やねん。凄いやろ。――とりゃーって!」


 右手で掴んだかーくんを、とりゃー、と突き出したら、どうやらかーくんもその手の槍を突き出している。


「キヒヒヒヒ!!」

「な、凄い槍やと思わへんか?」

「……!?!?」


 ……なんか、窓口のお姉さんの凄い壊れた表情が見れた。

 うむ、満足。男子高校生的には快挙である。


 かーくんをささっとリュックに仕舞い、保護具とゴーグル、それから安全ヘルメットを被って、再びリュックは前に抱え上げ、布バケツを肩に掛ける。


「それではまた二十八日に。ご安全に!!」

「……え……え……ええっ!?」


 案内して貰った道を逆に辿れば、ダンジョン入り口前の待機所へと出た。


「おい……来た!」

「あいつ、出て来たぞ!」


 待っている人の前を、改札前の半分を歩く形で前へ出て、其処で彼らの方へと向き直る。

 一つ大きく頷いて、ぐっと右腕を振り上げてガッツポーズを作り、右腕を降ろして腰に当てて、うんうんと二回頷いた。


 待っていた人達はそれを見て、大きく一つ頷いた。


 それに応えて、俺も一つゆっくりと頷く。

 そして右腕を上げて一言。


「ご安全に!!」

「「「「「ご安全にっ!!」」」」」


 唱和する答礼を背後に、俺は改札へと進み、改札を抜ける。


「…………あれ? それで結局どういう事や?」


 気の抜けた疑問の声を背後にしながら、更衣室も素通りして。


「……!?」

「――だからね、風牙さんの中身は百二十パーセントお調子者ですからね!!」

「……!?!?」

「――ですから、風牙さんは頼れる溶接工では無くて、高校生! 高校生なんですよ!!」

「……!?!?!?」


 お姉さんの叫びを背後に聞きながら、俺は管理部の建物を飛び出したのだ。


「うわ……満天の星空や。――へっ、娑婆の空気が目に沁みやがるぜ。

 かーくん、顔だけ出すか? 下まで降りたらもうちょい楽にしたげるし」

「キヒッ」


 リュックの蓋を撥ね上げて、口を縛る紐を緩めたら、其処からかーくんが顔を出した。

 初めて見る不思議そうな顔付きで星空を見上げているのを見守りつつ、高速で段々道を駆け下りる。


「……『武芸百般』の【身体運用】が効いてるんか。かーくんの御蔭やな。揺れが厳しい様やったら教えてや」


 かーくんに話し掛けながら、人目に付かないタイミングで一旦立ち止まり、ヘルメットを【送還】し、ゴーグルを【送還】し、保護具を【送還】する。ナイフ部分を鞘に納めてからバール鑓も【送還】して、腰袋も【送還】し、脱いだ上着も【送還】した。

 既に中身が空の布バケツは、使わなくなったタイミングで一度【送還】してから再【召喚】しているから、買い立ての様に綺麗なままだ。その二本の肩紐は長さが調節出来るから、肩紐の一本を背中に、一本を首に掛けて、ぎゅっと紐を絞れば大きな胸ポケットの様になる。


「かーくん、こっちにおいで」

「キヒヒッ」


 胸ポケットにかーくんを入れて、リュックは背中に。

 さぁ、帰ろう。きっと皆が待っている。

 俺は気合いを入れて走り始めたのである。



「……と、思ってたんやけれど、どうも寝静まっとるなぁ。薄情な!」


 灯りの消えた我が家の扉を、雨樋に隠した鍵で開けて、そっと家の中へと体を入れる。


「……ただいまぁ」


 小さく声を掛けると、布団に入っていた母が、身動ぎをして顔を上げた。


「お帰りぃ。やっぱり今日帰って来たんやな。みゃーちゃんは怖い夢見たらしくて、泣き疲れて眠ってしもたわ。あんまりごそごそせん様にして、お風呂入ってきたら?」

「あちゃー、心配させ過ぎてしもたかな。分かった。お風呂に入って来るわ」


 母はいつも通り。或る意味感心する。

 リュックを降ろして玄関脇に置き、かーくんを抱き上げて布バケツも其処へ置いた。

 着替えは【召喚】してしまえばいいだろう。


 余り意味は無いが一応鍵を閉めてから、鍵を雨樋に隠して風呂小屋へと向かう。

 夏場だが、熱い風呂に入りたい。そう思って湯加減を見てみたら、冷め切っていると思っていたお湯が、まだそこそこ温かい。

 外に出て竈を見てみれば、灰に埋もれてまだ熾が燃えている。


「……知らんかった。五右衛門風呂は余熱機能付きか」


 細い薪を数本焼べて、熾を起こすと再び風呂小屋の中へと戻った。

 五右衛門風呂と言っているが、底の簀の子の下に竈の鉄板が見えているだけで、直接鉄板に触る事が無い様に出来ているから、火傷もしなければ大きさもユニットバス程度のゆったりとした風呂だ。風呂釜は薪だが、シャワーへと流れる井戸水にはヒーターも付けてあって、(ぬる)いお湯をシャワーにする事も出来る様になっている。

 その温いシャワーを浴びながら、頭の天辺から爪先までを磨き上げる。ダンジョンでも体を拭いたり頭を洗ったりはしていたが、爽快さが段違いだった。

 風呂桶を跨いでお湯に浸かると、熱が体に染み込んでくる様な心持ちだ。


「うあ~~……いや、何か全然一ヶ月も経った様に思えへん……。ダンジョンは時間が経つのが早過ぎるわ。

 かーくんもお風呂に入るか? かーくんが湿気に弱いとは思わんけれど、どうなんやろ。気持ちええで?」


 棚の上から物珍しげに様子を見ていたかーくんにそう告げると、唐突にかーくんが手に持つ槍を呑み込んだ。

 ぎょっとして思わず凝視するが、特に問題が有りそうには見えない。

 思い付いて【鑑定】したら、種別がアクセサリになっていた。


 伸ばした手に攀じ上ってきたかーくんを引き寄せて、体半分お湯の中に浸からせてみる。どうやらシュタッと飛び降りたりは出来無い様だ。お湯に浸かって緩んだ表情をしているが、本当に気持ちいいと感じているのか、俺の真似をしているのか、今一つ分からない。


「【変幻自在】ってそういう事ね……。もしかして、剣にも成ったり出来んのか?」


 ちらりと俺を見上げたかーくんが、尻尾を掴んでその中から小さな剣を引き摺り出した。何故か柄がL字に曲がったバール剣だったが。


「ほ~。出す時は尻尾から出すんや。ほんでもって、片付ける時には呑み込むんやな?」


 再びちらりと俺を見上げて、かーくんが剣を呑み込んだ。


「おおー、凄いなぁ。かーくん色々出来るんや。俺もかーくんが『武芸百般』持ってたから、帰り道ではめっちゃ助かったし。ありがとな、かーくん」

「ケヒッ!」


 かーくんが嬉しそうに見えて、中々に可愛らしい。

 そんなまったりとした時間に、突然の闖入者が飛び込んでくる。

 前振り無く入り口の扉が開けられて、涙目の妹が其処に立っていたのだ。


「おー、ただいま、帰って来たで」

「…………」


 妹は強張った顔のまま、無言で風呂小屋の中に入ってきて、後ろ手で扉を閉めた。


「おいおいおいこらこらっこらっ!! ――ちょっと雅! 何考えてんのっ!?」


 五秒掛けずにすぽんと寝間着の上下を脱いで、素っ裸になって風呂桶の縁へと足を掛けるに到っては、俺も慌てて後ろを向いて、壁に向かって詰めるしか無い。


「ちょっと雅!? 中学二年に成ったんやったら、羞じらいってもんを――」

「……グスッ」

「~~……も~……。何で幼児退行してんねんな~。ちゃんと帰るて言ったやろ?」

「に、兄さんが、ダンジョンに連れ去られる夢を見てっ」

「大丈夫言うたやんか~。家で大人しく待っといてって言ったのに、何で泣いてんのか分からへんわ」

「お化けが一杯居て、一杯斃したのにまだまだ一杯居て、なのにお兄ちゃんがっ」

「そうやで? 三分の二も斃してくれたら上出来や。残りは俺でかてどうとでも出来るて言うたやんな。なぁ、かーくんもそう思うやろ?」


 見上げるかーくんを、湯船に浸けて軽く(くすぐ)ると、かーくんはうっとりと目を閉じた。


「…………何でお兄ちゃんがうちの夢を知ってんの? あ! まだ夢の中なんや!?」

阿呆(あほう)。俺が呼んだの。しっかりしてやー?」

「……やっぱり夢や。お兄ちゃんと一緒にお風呂入ってるし!」

「あんなぁ…………そろそろお漏らししてるかも知れへんな!」

「それはあかんわ!! ……それは、あかんわぁ……」


 首を動かして背後を見ると、首から上を真っ赤にした妹と目が合った。

 視線を避ける様に背後に回りながら、顎までお湯に沈めていく。


「阿呆阿呆の妹は何か言う事有りますか?」

「全部兄さんの所為」

「お兄ちゃん」

「兄さんはいけず」

「あんな事言わはるわ。ケッて言ったり、ケッて」

「ケッ!」

「…………に、兄さん、その子何!? 何なんその子!?」


 漸く騒がしくなってきた。

 こうで無ければ帰って来た感じがしないなと、俺はそんな事を考えるのだった。



「ふぅ~ん……そうかぁ」

「そうやってん」

「みゃーちゃんが痴女になってしまうなんてなぁ」

「最近おかしかったしなぁ」

「し、しつこい! 何時までも言わんでええやろ!!」


 風呂から上がって母と一緒に頷き合っていると、妹が真っ赤になって切れた。

 ほっこりしながら母と一緒に妹を愛でる。

 でも、妹は何故俺と母がそんな感じなのかを理解してはいなかった様だ。


「もー! もー! そんな事より、兄さんの成果を確認してたんやろ! 何なん、行き成り違う話なんかして!」


 そう。風呂場からは無難に上がった。お互い背中を向き合う感じで、先に妹に出て貰ってから、俺も上がって【召喚】した寝間着に着替えて風呂小屋を出た。

 竈の薪に灰を掛けてから、妹と一緒に平屋まで戻ったのだ。


 平屋にはすっかり電気が灯っていて、母さんがポットでお茶の準備をしてくれていた。こういうお湯を沸かすだけの事には、流石に炊事場は使わない。


『有り難う』


 とお茶を飲んで、ダンジョンでの生活についてを説明した。

 初日にちょこちょこ素材を集めた他は、ずっと指輪の強化をしていた事。

 その限界まで強化した指輪同士を合成出来ると分かってからは、それこそそればっかりやっていた事。

 その合成した指輪が、二日前に漸く家族四人分揃ったという事。

 そこで帰る前にお土産作りに二日掛けて、で、全部終わって帰るだけになったなら、妹の分身を【召喚】出来る様に成っていたから、手伝って貰おうと考えた事。

 その結果が悪夢と勘違いされた出来事で、でも、まぁ無事に帰ってきたよと、そういう事を話したのだった。


 そして最後に広げたのが、管理部から貰った一枚のレシートだ。


『今回の売り上げは物凄い額になったし、借金は一瞬で無くなってしまうで?』


 そしてそのレシートを見た母の反応が、言ってみれば先程の会話だったのである。

 それを分かっていなかった妹が、迂闊にレシートを覗き込む。


「……一、十、百、千、万……あ、そうか、小数点が付いてるんやな! えっと、千、……百二十三万四千二百円? 足らへんくない?」

「みゃーちゃん。十二億三千四百二十万――」

「あ、そうや! みゃーちゃんに渡しとかな」


 俺は話の途中で妹の左手を取り、既に妹専用となっているロプスの指輪を薬指に嵌めた。

 問題無く指輪が嵌まってほっとする。ドッペルにしか嵌まらないと言われたら、またダンジョンに籠もらないといけないところだった。


「ま、ま、また何で左手の薬指なん!?」


 妹が何故か真っ赤になって焦っているのはどうしてだろうか?


「指輪はその指に嵌めるんとちゃうん?」

「ふーちゃん、えっとね、本気で言ってる? 左手の薬指は婚約指輪とか結婚指輪やで?」

「えっ!?」

「えっ、や無いわ、阿呆~。人差し指に――……あれ? 何で? 嵌まらへん。薬指なら――嵌まる? え、何で!? 薬指にしか嵌まらへん!?」


 妹が焦っていたから、俺も同じ様に試してみるが、普通に違う指にも移し替えれる。


「良く分からんけど、嵌まる指が有るならそれでええやん。――ほい、母さんにも上げるわ」

「へぇ、綺麗な指輪やけど、ぶかぶかとちゃう? ――って、縮んだえ!?」

「サイズ調整も勝手にするみたいなんやけど、左手の中指で良かったん?」

「うん、邪魔にもならへんし、綺麗やわ」

「後はペルやけれど、その前にかーくんには――やっぱり嵌めれへんか。何と無くそんな気はしたけどな」


 かーくんは俺の装備品だから、かーくんがロプスの指輪を着けて能力値十倍というのは、俺が着けているロプスの指輪と搗ち合ってしまうから効果を発揮しないだろうとは思っていた。まぁ、そもそも嵌められないというのも想定の内だ。

 (むずか)る感じで指輪を捏ねくり回していた妹が、そのかーくんを見て指輪の事を一旦諦めた様だ。


「ぅう~……薬指にしか嵌まらへん……。そや、その子は一体何なんよ?」

「かーくんか? ボス宝箱って、ボスと戦った武器とスキルが出る筈やったらしいんやけどな、バグったっぽい。出て来た時はバールの鑓を構えていて種別が槍やったけど、鑓を片した今はアクセサリ扱いやわ。何を言われてるんかは分かってるっぽいし、ペルの弟分やけど、生まれて一日経っとらんのは頭に入れとかんとあかんわな」

「頭に宝石がくっ付いてるし、カーバンクルみたいやからかーくんなんやね。カレー食べるかしら?」

「黄色く無いやん? 宝石も青いし、赤くないで?」


 そう言ったのを聞いてなのか、かーくんが「ケッ」と鳴いて、額の宝石が赤くなった。


「――という感じで、額の宝石は色を変えられるらしいな」

「脳味噌ぐねぐね?」

「世界征服宣言?」

「……よう憶えとるわ」

「それは落ち物ゲームで無くて、お母さんのパソコンゲームで遊んでいたから憶えてるんやろ? 今も荷物の中にはちゃんと有るし」


 どうやら俺が嵌まっていた母のゲームには、妹も同じ様に嵌まっていたらしい。


「ちょっとペルにも指輪着けてくるし、ちょっと待っといて」

「明日の朝でええやん」

「ちょっと特殊な指輪でな、初めに着けた人に使用者限定されてしまうねん。ちょっと持っとくだけでも怖いから、一回嵌めるだけ嵌めときたいんや」


 そう言って平屋を飛び出し、平屋の脇に作った犬小屋へと向かう。勿論春蔵爺さんの作品だ。


「――ペル、寝とるな。頭から被せれたらいい具合の首輪に成りそうやけど――って、成ったわ。指輪ちゃうやん」


 もしかしたら、英語だとリングで済ましている代物かも知れない。


「じゃあ、一旦外して……?? あかん、外れへん。失敗した、使用者限定されたら他の人間では外せへんのか」


 ロプスの指輪で力が十倍になるのは心配だが、力加減も十倍利く様になる。多分大丈夫だろう。

 溜め息を吐いて、俺は指輪を外すのを諦めるのだった。


 平屋の中に戻ると、母と妹が神妙な顔をして虹色に光る指輪を見詰めていた。


「ふーちゃん、この指輪、態とお金の話遮って喋らへんかった?」

「まさか思うけど、これ一つで億とか超えるんとちゃうやろな?」


 ははははははは……。はぁ。


「母さんは考え過ぎ。自分で持っておくのが怖かったから、早いとこ渡してしもたかってんやわ。

 雅も阿呆やなぁ。億で済む筈無いやんか。幾らになるかなんて誰も知らんやろうけどな」


 妹はほっと胸を撫で下ろし、母は思わず片手で顔を覆った。


「ふーちゃんは、この指輪幾ら位になると思てんの?」

「……オークションに出したら百億でも入札が殺到するんとちゃうかな?」


 そこから指輪の能力を説明して、序でに普通の指輪がどんな感じかも説明した。


「――因みに今回の売り上げの大半は、一個三百万円で売れた二百五十パーセント強化の指輪の四百個少し分やな。同じ効果は一つ分しか効かへんから、割合が倍になれば値段は十倍でも安い言われんのとちゃうかな。そんな指輪十種類が一つに合わさって、その十種類以外にも凡ゆる能力が十倍なんて、ちょっと値段は付けられへんわ」

「凄く良く分かったわ」

「危険物やん!!」

「因みにアクセサリは三つ分しか効果を発揮せぇへんから、そういう意味でも超危険物」

「ちょっと!? 兄さん!?」

「せやけど結果論とは言え十億以上溜め込んでる家族になってしまったから、保険や思て持っといて欲しい。一応俺との共有財産いう事にしといたら、無くしたり盗まれたりしても呼び戻せるし。それにこれが危険物やと分かる人間なんておらんしな。世界の最前線かてまだ五百パーセント強化のアクセサリに届くかどうかという所や。気になるなら上から絆創膏でも貼ればええねん」


 まだまだ何かを言いたそうな様子ながら、母も妹も呆れた様に指輪を受け入れるのだった。


「どんどん話進めて行かへんと、寝れそうに無いなぁ」

「うん、どんどん行こか。言うてもあと二つやけどな。

 ――まぁ、言った通りお金は宝くじの一等が当たった以上に手に入った。借金はこれで返せるやんな」

「え? ――う、うん……」

「もう、何で其処で遠慮すんねやな。ええから使(つこ)てすっきりしような」

「……うん、そうやね。うん、うん、分かったわ」


 何故かこの事に関してのみ、やけに遠慮する母だったが、最後には了解してくれて一安心だ。

 引っ越したり何だりと、今更借金で気を遣う事も無いのに、良く分からない母だ。


「それで借金を返した後やけどな、正直ここは気に入ってるから、また引っ越しって言うのもなぁって思ってる。実茂座さんに一枚噛ませて貰って、()()くはロッジみたいなログハウスを自分達で建てて、皆で暮らすっていうのも楽しそうやねんけど……。勿論母さんと雅の気持ちも大事やから、茂賀名台に戻る言うんならそれでもええで」

「うちはここに残る!」

「みゃーちゃんがそれ言ったら、お母さん反対したら悪者になるやん……。お母さんは、パソコン部屋を作ってくれるなら、何処でもええよ」


 ちょっと微妙な母の答えだ。

 どうにかしてパソコン部屋は作らないといけないらしい。


「ならこれも終わりかな。

 最後はあれや、アビリティは増えへん言われてたけど、増えたし、その報告。二年前から自力で魔力使う訓練したら何か出来るようにならへんかってダンジョン入ってへん時も試してたんやけど、それで魔術が使える様になったりとアビリティが増える事が分かった。だから、母さんと雅も魔術が使える様になったら便利やでと。雅は多少感覚分かるかも知れへんけど、母さんはさっぱりやろうから、母さんも時間が有る時に一緒にダンジョンに入らへん?」

「え? いいの!? 入る入る!」

「……偉い積極的やな」

「だってみゃーちゃんと一緒に入るつもりやったのに、みゃーちゃん先に入ってるって言うんやもん」

「お母さん、狩猟免許取らはったで」

「え!? 何それずるい!」

「ふーちゃんがダンジョンに入ってるし、お母さんもどんなんかなぁって思ってん」

「ダンジョンと狩猟免許は全然違うと思うけど……どんな感じやったん?」

「結構簡単やったなぁ。あ、探索者やったら、弓矢とか槍とか剣とか使ってもええねんて! 今迄はあかんかったらしいけど、何で弓矢があかんかってんやろな? 銃を使うのは二十歳からで、それ以外は十八歳かららしいから、ふーちゃんはまだ受験出来へんわ」

「え、そうなん? ……高校卒業してからの楽しみにしとこ。あ、そうや! まだ決まりとちゃうけど、俺が見付けたポーション作りのノウハウ教えたり、指名依頼のポーション作りを受ける代わりに、防具を貰えるかも知れへんねん。俺、母さん、雅、ペルで指名依頼四回分と、あと二回有る筈やからリゾートとか美味しい食事とかって希望は出しといたし。オーダーメイドのいい奴作って貰う約束やから、狩猟にも使える装備いう事で、どういうのがいいんか考えといて」

「それうちも?」

「雅もやけれど、雅はもうちょい大きなったりせぇへんか?」

「そやな、みゃーちゃんのは高校生に成ってからでもええな」

「……本当(ほんと)にそれでええんかな」

「調節出来る様なんで作って貰うんでもええけどな。ま、作って貰う時は皆で行ってみよか」


 そんな感じで話をして、俺からの話はほぼ出尽くした。

 妹の近況は数回に及ぶノートの遣り取りや、その後の付箋で知っているし、母さんの近況も今聞けた。

 だから、そろそろお休みの時間と思っていたのだけれど、ここから長い話が始まるとは俺にも流石に分からなかった。


「ふーちゃん、ふーちゃん。借金返すって覚悟決めたから、弁護士さんの所に一緒に行ってくれへんかな?」


 何故か借金を返すのに覚悟が要るらしい。


「ええけど……どういう事?」


 この時、聞き返さない方が良かったのだろうかと、全てを聞き終わった後で良く考えた。


「あんな、前にも言ったけど、お母さんパソコン使った方がお金稼げてたんやけどな、それを普通の専業主婦が出来るパートとか内職で済ませてたんはな、あの人が帰ってきた時に借金の清算分と慰謝料と含めて叩き付けたろ思てやってた事やねん。な? 酷いお母さんやろ?」

「……前に言ってた事ってそういう事やったん!?」

「お、お父さんが本当に何処かで死んでしまってたらどうすんの!?」

「およ? ――そっかぁ、本当に死んでるいうんも有り得たわな。でも、お母さんはあの人は何処かで生きていると思うてんねん。阿呆な事言うし、するけど、危ない所には絶対に近付こうとせぇへんもんな」


 にこにこと話す母は、既に吹っ切れているという事だろうか。

 一緒にお茶を飲んでいた妹がそっと寄って来て、隣にぴとっとくっ付いた。


「ふーちゃんは調べてたっぽいけど、一回ちゃんと話をせんとあかんやろね。

 お母さんがパソコン得意言うときながら何で専業主婦してたんか、っていうのんも色々有ってんやけどな、おかしいなぁって思たんは、あの人に会社で必要やって保証人のサインさせられた時からやな。勢いでついサインに応じてしもたけど、随分後悔したわ。それ、連帯保証人のサインやってんわ。

 連帯保証人っていうんはな、借金した時に殆ど借り主と同じ扱いさせられてしまうねんで? ふーちゃんもみゃーちゃんもうっかりサインしたりしたらあかんで?

 しかも会社関係のんで私がサインするっておかしいやろ? あの時金融機関の名前を疎覚えでも憶えといて良かったわ。知らんままやったら大変な事になってたし。

 結局あの人が姿を晦まして、あの人の親戚に聞いても会社の人に聞いても行方が分からへんかったから、直ぐ金融機関行って借金の詳細確かめて、もう一度会社の人と話をしてから捜索願というか行方不明者届けを出して、弁護士さんと話をして、家庭裁判所に行ってってしてたら直ぐ一月ぐらい過ぎてしもうたのにやっぱり帰ってこーへんから、家庭裁判所であの人の分の不在者財産管理人に選任して貰った上で、許可を貰って借金の任意整理っていうのをしてん。

 あの人がしてた借金って一千万円とか有ってな、それを五年で返済するって専業主婦には端から無理な話やってんわ。任意整理って言うんは借金に利息が付かん様になって、借りた分だけ返せば良くなるって制度なんやけれど、ブラックリスト入りして新たに借金は出来へんくなる。要するにクレジットカードが使えなくって、銀行口座も差し押さえられるから、これであの人はお金を引き出せれへん様になってんわ。

 ここ迄で大体二ヶ月位やろか。

 この頃にはもうお母さん色々気持ちが据わってきてしもうてな、あの人が戻ってきてももう赦す気持ちになんかなれへんかってんけど、泣きっ面に蜂言うんか、ここでお母さん、あの人の会社に訴えられてしもてんわ。

 阿呆みたいな話やろ? あの人が会社の方針を無視して勝手に会社のお金を使ってポーションを買い込んだって、その期間分の給与は不当利得に当たるから返還しろって。損害賠償請求はあの人に対してしか出来へんからって、私らに給料返せって言ってきてんわ。

 今迄あの人がどうしたんか聞いても何の応えも無い所にこれやから、お母さんも少し切れてもうてな、何の借金か分からんかったけど漸く分かったと、あの人は家庭のお金を持ち出すだけやのうて借金までして会社に注ぎ込んでたんやから不当利得を得たのは会社の方や、あんたん所は社員にどんな教育してんねんって逆襲してな、逆に三百万円捥ぎ取ったってんわ。あの人に押し付けるなら捥ぎ取れんでも良かったんやけど、私もちょっと怒っててんわ。

 それで丁度一年経つからってあの家も処分して、それで最後に残った借金が大体三百万円やろか。それも二年掛けて返したから、今は残り百万円ぐらいやわ。

 そやからふーちゃんにお金借りたらもう返せててんやけど、痛い目に遭わせなあかんって、もっと膨らませてから叩き付けへんとって、依怙地になってしもててん。

 ふーちゃんもみゃーちゃんも御免なぁ」


 母の話の途中から、俺は妹に手を引かれて布団の中に潜り込んでいた。

 母も途中で湯飲みを置いて、電気を消して布団の中に潜っている。


「……御免言われても、そこ迄大変な事になってたなんて知らんかったし……。借金は六百万有ると思てたから、少なかったんは良かったけど、何も手伝えへんくて俺こそ御免」

「うん、うちも」

「借金は少なくしたんやし、その頃みゃーちゃんは小学生やん」

「でも、頭くらい撫でれた」

「おおー、撫でて撫でて」

「うん――」


 母の頭へと一所懸命腕を伸ばす妹を見ながら、俺も働かない頭へ活を入れる。


「え? 全然分からへんねんけど、そしたらこれからどうなんの?」

「うん。まず弁護士さんとこに行ってな、今の状況説明してこれからどうすればええんか相談する事になると思う。多分まずは借金返して、それからあの人の戸籍謄本取り寄せる事になるんちゃうやろか」

「戸籍謄本?」

「離婚するのに必要やねんて」


 俺の腕の中に収まっている妹の体が少し強張る。


「行方不明でも住民票移してたりしたら戸籍謄本見れば分かるらしいし、無くても離婚の裁判に必要らしいわ。借金残して失踪したっていうのは悪意の遺棄とか言うんで離婚の理由になるし、そうで無くても三年行方不明やと離婚出来るねんて。今更あの人が戻ってきても、もう夫とは思えへんし。

 ふーちゃんとみゃーちゃんに悪いからって考えへん様にしてたんやけど、もうええやろ?」


 強張っていた妹の体から力が抜ける。


「……仕方無いし。全部お父さんが悪いねん……」

「でも、母さんはそれでええん?」

「うん。実はふーちゃんから十二億なんて聞いてな、それで借金を返さへんのも不自然やし、返済するしか無いかって思ったらな、何かすぅって気持ちが楽になってしもてんわ。借金返し切ったらお母さんが管理してるあの人の財産も無くなるし、離婚が成立したらもう関わる事も無いって思ったら、ほんまに気が楽になったんや。

 まだ管理している財産が無くなった事の報告とか、条件分けして請求する費用の算出とかせぇへんとあかんけど、全部終わったら赤の他人になれるねん。

 今更やけど、本当に何で結婚したんかなぁ」


 きつい事を言われてしまった。

 一度力を抜いた妹の体が、再び強張って震えている。

 俺もそんなに平常では居られなかったが、平静を装って苦言を呈した。


「雅の前で何言ってんの?」

「え? ああ、違う、違うよ!? みゃーちゃんは私の可愛い子供です。変わったんは、其処に“あの人との”って言葉が抜けただけで、みゃーちゃんが私の子供なんは変わらへんからね?」

「び、吃驚する事言わんといてや……」

「御免、御免ねぇ、みゃーちゃん」


 妹に頭を撫でられていた筈の母が、今度は妹の頭を撫でて、そしてこの日は御開きとなった。

 ちょっともうお腹一杯だ。

 三十日間ダンジョンに籠もっていた付けが纏めて来るだろう事は予想していても、想定以上に色々有って、更に家庭の事情の数年分が乗ってくるとは思わなかった。


 今から数えて凡そ二十年前に、世界中にダンジョンが出現した。

 その後に生まれた俺達には、他人とは違う能力が有った。

 ダンジョンの存在に父は翻弄され、俺は能力を手にダンジョンへ潜り、俺達の生活には深く深くダンジョンが食い込んでいる。




 それから十数日後。

 俺は妹に付き合ってプールに買い物にと振り回され、受け入れられた提案の結果として『錬金』の資料を作り上げ、母と一緒に弁護士の下へと訪れてと、積み上がった用事を端から処理して漸く手の空いた時間に、六階層からの探索を進める様になっていた。

 六階層からも同じく洞窟型のダンジョンだったが、(たいまつ)の他にも色取り取りの水晶が壁に光る様になって、上層よりも更に明るくなっている。

 そしてもう一つの特徴は、群れを成した未知生物が大挙して襲ってくる事が有るという事だ。

 俺はそれを範囲攻撃出来る『錬金』製作品が有ると予想して、そして既にそれを実際に見付けているが、しかしここは『召喚』の出番だ。


「ワンワンワンワンワンワン!!」


 【召喚】に応じてくれる様になったペルも頑張っているのだから、ここは妹にも頑張って貰う場面に違い無い。


「【ドッペル召喚】!」

「ひゃあっ!?」


 全裸の妹が転げ出た。


「な、な、何すんねんな!! お風呂中やでっ!!」

「そんなん今更言われてももう遅いわ! ほら、バスタオルも【召喚】したしこれ巻いて! ペルが頑張ってくれてるけど、ちょっとやばいねん!」

「あ、ぺ、ペル!! ペルにまで何をさせてんのや!? ――うりゃーー!!!」

「おー、相変わらず凄いなぁ。雅の『罅』は最強やな!」

「は? は? あかんわ、この埋め合わせはちゃんとして貰うで! お風呂から呼び出されたんやから、埋め合わせは一緒にお風呂やな!!」

「いや、ちょっと待って!?」

「今更ちょっと待ってと言われても遅いねん!! 髪洗って背中流して貰うからな!!」


 俺はダンジョンを『召喚』の力を使って探索する。

 なんかやけにデレた最強の妹と一緒に。

 そして時には飼い犬のペルと共に。

 リザルト多過ぎて纏まってない。むぅ~……。

 五百ポイントで連載~とか書いたけど、感想貰ったらそんなの関係無く書く気になっている。

 やっぱ感想も作者の原動力なのですね。ありがとうなのですよ!

 でも、次回は「冒険者になるのです^3」の更新だな!

 ではでは~♪


P.S.

 TUEEEEは元々する気が無かったのに、何故かこんな事に……。

 小説書くと法律とか無駄に詳しくなってしまうね!

 借金も、パートだけといっても計算したら軽く返せそうだけれど、其処は突っ込まないで欲しいのさ。

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