(4)初めてのボス攻略?
スキルを考えるのにかなり時間を使てしもた。
ダンジョン管理部の建物は、二十四時間休まず営業を続けている。
それは当然泊まり込みでの探索者が多いからだが、一応ダンジョンの魔物が外に出てくる事も警戒しての処置である。
とは言っても、朝の六時に家を出て六時半には管理部の建物に着いていたが、流石にこの時間は職員の数も疎らだ。溶接工と呼ばれているいつもの格好だと引き留められるかも知れないと考えて、着替えをせずにカモフラージュの大型ナイフだけで改札を潜ったが、そんな警戒も無用だったかも知れない。
「お早いですねぇ。今から探索ですか?」
「ああ、今日から夏休みの高校生が入って来るからな。騒がしくなる前に潜っておこうと思ってな」
「ははは、確かに。それでは今日もご安全に!」
「ああ、ご安全に」
見た事も無い職員と軽い会話を交わしてから、俺はそのままダンジョンの入り口を潜る。
まぁ、見覚えの無い職員だったから、夜番担当なのかも知れないが、どうやら俺の場合装備を着ないだけでも変装には充分らしい。
小走りでまずは三階層を目指すが、体の動きが普段とは段違いだ。借金を返してお金に余裕が出来たなら、ちゃんとした防具を手に入れよう。そう思いつつ、【召喚】したバールに大型ナイフを取り付け、スライムを狩りながら奥へと急ぐ。布バケツを取り出すのももどかしいから、今は大広間までを急いで、ドロップアイテムになってから魔石を【召喚】すればいい。【アポーツ】よりも【召喚】の方が負担は大きいが、小さな魔石が対象ならその負担も知れた物だった。
当然昨日作ったポーションは、小瓶に二十本と自分用の大瓶に一本確保して、家の中に置いてある。大広間に向かうのは、保険の為に大瓶一つ分作るのと、もう一つはちょっとした悪足掻きの為だ。
辿り着いた大広間で、今日はまず宝箱を探してみる。大広間の中を隈無く歩き、見付けた宝箱二つの中には何れも銅塊が入っていた。求めていた物が行き成り手に入るとは運がいい。
銅塊を【鉱石加工】で引き延ばし、鍋の形へと変えていく。やはり魔石を加工するのと同じ様に変形させられるのだと確認した所で、炬の熱を加えて『鍛冶』のアーツの【鍛冶】も使いながら仕上げてみれば、やはり【鍛冶】を併用した方が出来は遥かに良くなるらしい。三太さんには感謝しか無い。
魔石で作った大瓶は一つだけ。安全地帯で戦うのなら、恐らく必要になる事も無いだろう。
集める薬草は、いつもとは違い、数多くの薬草の中に僅かに生える上薬草だ。見た目薬草がほうれん草なら、上薬草は大根の葉だ。それを丁寧に集めて、スライムの体液で洗い、微塵切りにしてから普通の薬草と二対一の割合でさくりと混ぜる。銅鍋に入れたスライムの体液が、湯気を上げ始めたら投入だ。いつもよりも丁寧に、様子を見ながら遠火で温め、薬草達が溶けきってここぞと思う所で火から離す。今日はそこで冷やすのでは無く、余熱が残る内は銀の菜箸で混ぜ続けた。
そして出来上がったのが、いつもよりも黄色みが強い液体。【鑑定】して分かるのは、これが中級中位のポーションだという事。そして量はポーション瓶の四十本程。行き成り大瓶を満たせる量を作れてしまった。
「……まぁ、スキルレベルが三十も有れば、普通はこれ位当然って事かね」
昨日俺が気が付いた事の裏付けが取れてしまったが、やはり錬金ダンジョンは『錬金』のチュートリアルになっているのだろうと思わせた。
そして同時に、中級中位ポーションが作れるなら、次へ向かう頃合いだという事でも有るのだろう。五階層までには、もう他の種類の薬草は手に入らないのだから。
保険のポーションを手に入れたなら、次にするのはバールの強化だ。折角硬く作られたバールが鈍ってしまっては意味が無いから、火は温める程度に留めておいて、【鉱石加工】と【鍛冶】の力で魔力の流れだけを調えていく。自力で魔力を捉えられなければこれも難しかったかも知れないが、二時間も過ぎた頃には大型ナイフや投擲用のバールを含めて、今の自分の最善を尽くす事が出来ていた。
「……まぁ、万全を尽くせ言われても、ボスを見てみん事には何も分からん。仕方無いわな」
全く何処まで準備をすれば良いのか示されていないのにも拘わらず、ボス部屋からは逃げられないというのは唯一の不満である。しかし、勝算は有るのだから、足を止める理由にはならない。
序でにスライムの体液を大瓶一本分確保する。魔力回復ゼリーにするにしても、他の何かの基材とするにしても、何らかの役には立つだろう。
それが終われば俺は用の無くなった大広間を後にして、久々の四階層へと向かうのだった。
その四階層では、行き成り未知生物の種類が多くなる。その理由も、恐らく三階層まではポーション作成で『錬金』を鍛える為に存在しているのだろうと、今ではそう考えている。
スライムが更に融けた感じの、水溜まりの様な姿で待ち受ける、罠の様なアメーバ。
自分の体の一部を飛ばして、遠距離攻撃を仕掛けてくる茶色いブロップ。
宙に浮き、体当たりの他に破裂迄してくるピンクのウニなポリプ。
きっとこのどれかの素材が、ボスを斃す奥の手になるのだろうと思って、一通りのドロップアイテムと素材を集めてみたが、どうにもしっくりこなかった。壁にも採掘出来そうな場所は見当たらない。幾つか拾った宝箱の中に、『分析』が有ったのには興奮したが、見るべきものはそれぐらいだ。
アメーバの素材は潤滑液に、ブロップの素材は溶解液に、ポリプの素材は硬化剤にと使い道は有るのだろうが、どうも期待した物では無い。潤滑液を床に溢せば或る意味罠になるかも知れないが、足を滑らせた所でボスを斃せるとは思えない。名前だけなら効果が有りそうな溶解液も、単に『錬金』をする為の素材であって、実際ブロップに掛けてみてもそれを気にしさえしなかった。硬化剤で固めたら、もしかしたら動けなくなるのかもと期待はしたが、そんな旨い話も有る筈が無い。
一応全て魔石の瓶に確保はしたが、俺は首を捻るばかりで五階層へ向かう事になったのである。
さて、その五階層だが、他の場所が洞窟そのままな見た目で、時には登ったり下りたりという動きまであるのに対して、床は土だが壁は人工的な石造りの空間が広がっている。
目の前には噴水が有って、その奥には転送陣が、右と左は休憩場所な十字の広場になっている。
休憩場所にはダンジョン管理部が設置したトイレまで有って、ぱっと見には何処かの公園の様だ。しかし、今も装備を身に付けて、降りてきた階段から転送陣へと向かう人の流れが、その穏やかな光景を裏切っていた。
俺が武士さん達とダンジョンに潜っていた時も、この広場には何度も通っていた。此処まで来るのだって、本道と呼ばれる幅広の道を通ってきたなら、二十分も掛からない。今も本道はマラソンしているかの様な探索者達が、大勢此処へと向かって走っているのだろう。俺は普段裏道を通って来ているから出会さないだけで、この場所がダンジョン探索をするのに通らざるを得ない場所である限り、本道マラソンは途切れる事は無いに違い無い。
因みにトイレが無い場所では、土を掘ってそこへ捨てれば次の日には無くなっている。ダンジョンエチケットの基本だが、囲いや便座が有るのなら、そこでしたいのが人間心理という物だ。
転送陣とトイレの前に行列が出来るのは、転送広場の日常とも言える光景なのである。
五階層毎に在るというボスの間でボスを斃した者には“証”が宿るとされている。その証を持っているならば、転送陣の間から証を得た階層迄の転送が許される。因みに、入り口側の転送陣の間からはボスの間へも行ける。転送陣の間はボスの間の入り口と出口共に設置されているから、出口側から入り口側に戻ってのボス周回なんて事も可能だが、余り良い顔はされない。と言っても、ボスの間の順番待ちをしている半分以上はそうした周回組なのも事実だった。
五階層のボスの間は、扇形の広間になっていて、同時に三組迄が挑戦出来るという。つまり、円形の広間が扇形に三分割されて、それぞれに同じボスが発生しているのだろうとの想像が付く。実際に円形のボスの間がある二十階層では一組しか挑戦出来ないらしいし、別のダンジョンでの四分の一円のボスの間は四組迄の挑戦者で、しかもボスは四種類らしい。
それなら壁を壊せば他のボスの間へも行けるのではと考えた者が居るとは聞くが、その結果はボスの間の壁や柱、彫像等のオブジェクトは不壊属性でも持っているのか、何をどうしても傷一つ付かないという結果だった。
逆に言えば、それだけ安全地帯が安全だという保証にもなっている。
「おい、あのバール、彼奴もしかして『溶接工』か?」
「え!? ……いや、あれは違うんとちゃう?」
いつもの装備を身に付けていないが為にそんな声も聞こえてくるが、転送陣の間を越えさえすれば正体を偽る必要も無い。いや、素顔を晒している今の方が、正体不明というのもおかしいとは思うが。
そうして俺は転送陣の間へと向けて足を踏み出した。足元から昇ってくる震えは、きっと武者震いに違い無いと暗示を掛けながら。
そして一瞬で切り替わった視界の向こうに、俺よりも頭一つ分は大きなボスロップが、杖を手に異容を晒して待ち構えていた。
それは巨大な顔から手足が生えた姿をしている。今にも「だがや」と名古屋弁で喋り出しそうな雰囲気が有ったが、頭がお尻の様に割れていなかったり、触手な鼻の穴も付いていなかったり、色も黄土色だったりする所は、寧ろ国民的RPGのドルイドかも知れない。と、そこ迄考えてから、キャラデザが同じ人だったと苦笑する。
いや、ボスを前にしてのその思考は、現実逃避という物だろう。思った以上に俺より大きな異形というのが、俺の心臓をバクバクと打ち鳴らしている。
(そうだ、まずは安全地帯を確保しないと)
安全地帯は扇形の円弧と直線の交わる角に、つまり、この部屋の中には二箇所有る。ボスロップが待ち受けるのは、扇の要に近い側。俺が召喚されたのは円弧の真ん中だ。俺は気を取り戻して直ぐに、右手の安全地帯へと走った。
途端にボスロップが杖を掲げ、嗽をする時の様な声を上げる。
「Grrrrrrrraaaaaaaa!!」
ボスロップの左右の空中がぐにゃりと歪み、手下のボロップが召喚された。思わず頭の中に、“ボスロップは手下を呼んだ! ボロップA ボロップB が現れた!”のテロップを思い浮かべてしまう。ボロップはボスロップとほぼ同じ姿だが、杖は持たず大きさも俺より頭一つ分小さい。
但し、横幅も背の高さと同じ位に有るから、どう考えてもこれから向かう安全地帯には入って来れそうも無い。
「安全地帯確保!!」
その安全地帯に入って、角の部分に背を預けて大きく息を吐く。
まずは第一目標クリアだ。
角に有る像の台座、そして直線部分の壁に沿って並び立つ柱。それらが絶妙にボロップが入って来れない隙間を作り出している。
俺からすれば、柱と台座の間も壁と柱の間もすかすかだから、慣れるまでは暫く掛かってしまうだろう。それに、ボスロップが此処までやって来てしまえば、あの杖なら柱の間も通るだろうから、油断するのは禁物である。
「何やった!? 何をすればいいんやった!?」
次にやるべき事が出て来ない。
長手方向で五十メートルは有りそうなボスの間を見渡して、ボスロップとボロップを見て、再び手元を見る。手元では肌が白くなる程に強くバールの手鑓を握り締めていた。
「そうや、まずは一匹でも斃さな始まらんから、『投擲』で誘き寄せて手鑓やった」
でも、その前に休憩したい。
俺はその場に腰を下ろして、荒い息を吐くのだった。
暫くして、俺は指先の痺れに気が付いた。何だか頭もくらくらしている。時計を見ると、もう二十分が過ぎていた。
「あかん、酸素過多んなってる」
呼吸は今も収まらないが、どうやらこれは心理状態に依るらしい。俺は意識的に呼吸を緩め、ゆったりとした深呼吸に移行する。少し気分が落ち着いてくる。
「ボスロップもボロップも近付いてこーへんな。流石チュートリアルボスや」
声に出して確かめるのも、緊張を解す為に自然とそうしてしまうのだろう。いつものポーション作りでは独り言なんて言わないのだから。
このボスもチュートリアルだとは分かっても、俺の方針は変わらない。何より呼吸が落ち着いても、まだまだ頭の中が落ち着いているとは言えない状況で、謎解きをするのは無理が有る。
「まずは一匹、右のボロップから。――【照準】して【投擲力強化】でもって【投擲】!」
安全地帯から体半分出して投げ付けた投擲用のバールは、見事右のボロップの額に当たり、ボロップをこちらへと向かわせる。投げたバールは【アポーツ】で即座に回収。そして近付いてくる迄にも連続で【投擲】を続けると、「Hrrrruuuu」と唸り声を上げてボロップの表情が怒りを見せる。もう一匹のボロップまでもが動き出し、そしてボスロップが「Grrrraaaa!!」と更なるボロップを呼んだ。
「あかん、全然話にならんわ」
尤もそれは分かっていた事なので、俺はそのまま【投擲】を続け、五メートルまで迫った所で安全地帯の中へ引っ込んだ。
そして持ち替えたバールの手鑓で、突いて突いて突きまくる。百以上も突いて漸く、ボロップが体の力を抜いて倒れ始める。そこから二秒掛からずドロップアイテムに変化した。
「早!? ボロップからは素材が取れへんのか!?」
取れたとしても、恐らく『解体』でも持っていなければ、素材の回収が間に合わないだろう。
ボロップにこそボスロップ討伐のヒントが有ると考えていた俺は、落ちた魔石と指輪を【アポーツ】で回収しながらも、頭を混乱させるのだった。
そして、その時点でボロップの数は九体にまで増えていた。
指輪の数が二十に到った時には、ボロップの数は百を超えていた。鑓のフォームに『投擲』のフォームを取り入れて、大幅に討伐時間を縮小出来たにも拘わらず、である。
何かがおかしいと思って一旦攻撃をやめて観察すると、ボスロップが呼び出したボロップが、下に居たボロップを踏み潰してダメージを与え、それに反応して更にボスロップがボロップを召喚していた。
ボスロップは自身及びボロップへのダメージ量及び回数によって召喚行動に入るとは知っていたが、同士討ちも数に入るとは知らなかった。
「……想定が甘かったか?」
標的をボスロップへ変更して【曲射】でボスロップを狙い撃つ。初めの予定とは違ってしまうが、早めにけりを付けないと、ボロップに邪魔されて【曲射】でもボスロップを狙えなくなりかねない。しかしボスロップに五十も命中させた時、ボスロップは思いも寄らない行動に出た。
限界まで開けた口で、ボロップを呑み込んだのだ。
「うわ、えぐ!? つーか、もしかして回復か? ……あかん、詰んだかも知れん」
いざと言う時の、ボスロップを直接狙い撃ちにする手がこれで消えた。
「いや、おかしいやろ。此処まで糞ゲーなんて有り得へん。何か突破口が有る筈や――」
――けれど、この安全地帯に居る限りは、ボロップをサンドバッグに筋力値を爆上げ出来そうだ。それに、まだ指輪を一つも強化していないのだから、ここで判断するのは性急に過ぎる。
十分程その場でじっと考えて、俺は方針を決めた。
最低五日は今の方針のまま様子を見る。
安全地帯の中を拠点に調えて、寝泊まり出来る用意をする。
指輪を【強化錬金】する為の作業場を調えて、効率良く強化を進める。
そうと決まればと、俺は箒とスコップ、それから段ボール箱を【召喚】した。今からこの安全地帯の大掃除だ。
まずトイレは一番奥。そこの地面をスコップで掘って、穴の横に掘った土を積んでおく。
その手前には段ボールで仕切りを作り、匂いが流れてこない様に。
更にその手前の床を箒で掃いて、小さな小石を取り除く。母が家の荷物を共有としてくれたから、【召喚】出来る様になったぷちぷちのロールは、引っ越しの時の余り物。地面に敷く物を考えていなかったけれど、充分敷物の代わりになる。
「……あっと言う間に終わったな」
ぷちぷちを少し引き出して、腰袋の鋏で切り取って、厚く折り畳めば座布団の代わり。小箱を十個と大きめの段ボール箱も【召喚】すれば、作業場の準備も終わってしまった。
事前情報に拠れば、ボロップのドロップアイテムはステータスを強化するアクセサリで、筋力、反応速度、感覚、魔力、体力、赤属性、青属性、黄属性、白属性、黒属性の指輪の十種類。強化割合は僅か五パーセント増しながらも、【強化錬金】すればその割合は増えていく。既に手に入った二十個の指輪は見事にばらけていた事からは、恐らく入手確率はどれも同じという事だろう。
今手元に有る指輪の数は、筋力が二個、反応速度が一個、感覚が二個、魔力が二個、体力が三個、赤属性が二個、青属性が三個、黄属性が三個、白属性が一個、黒属性が二個の二十一個。この指輪の【強化錬金】に必要なのは、元になる指輪と同じ種類の指輪、それから魔石が一つだけ。
どうやらボロップは今のところ百パーセント魔石と指輪を落としている事から、まるでこれは強化しろと言わんばかりの状況だ。
いや、強化しろという事なのだろうが、どうにもこれが答えとは思えない。それでも今は、計画通りに進めるしかないのが実情だ。
十個の小箱に指輪を分けて、十個の蓋無しシャーレを【魔石加工】で作り出し、十種類の指輪からそれぞれ一つずつをシャーレの上に載せていく。箱の中から筋力の指輪と魔石を一つ手に取って、シャーレに載せた筋力の指輪の上で【強化錬金】を発動する。
「【強化錬金】!」
魔石が解けて指輪が光に分解されて、そしてシャーレの指輪にその光が注がれる。その結果は、当然の事ながら何も起こった様には感じられない。
失敗だ。
残りの指輪も同じ様に処理をして、強化されたのは一つだけ。黄属性の指輪だけが、恐らく十パーセント増しの強化割合になっている。
十一個【強化錬金】して、成功したのが一つ。つまり、現状での成功率は十分の一。まだまだ先は遠かった。
延々とバールを投げて、延々と手鑓で突いて、試しに【召喚】した銅塊を投げ付けてのお昼時。母さんはお願い通りにお握りを用意してくれていて、食べ終わったらペットボトルの水で喉を潤した。そしてまた、バールを投げての繰り返し。
夜ご飯は肉まんだった。蒸し器の中に入れていてくれたのか、舌に熱くてとても美味しい。
この頃になると、強化回数が十回に到る指輪も出て来ている。十回強化の筋力の指輪を着ければ、素の能力の三倍のステータスになっていて、その事から指輪でのステータス強化が、指輪を除く分に倍率が掛かっているのが分かった。素の能力に掛かる割合では無かった事にほっとする。
一日で十回強化なら、強化されるに従って成功率が落ちたとしても、十日もすれば望む指輪は手に入るだろう。余裕を見ても、二十日も有れば何とかなるに違い無い。
アクセサリが効果を発揮するのは三つ分までで、同じ効果のアクセサリは効果の強い方だけが適用されるのがルールになっている。その決まり事が有る為に、そこそこまで鍛えた筋力の指輪を三つ身に付けるという事も出来ない。出来るのは鍛え上げた筋力の指輪を一つ、作り上げるその事だけ。
因みに、四つ目のアクセサリを身に着けると、効果は全て四分の三になる。それが三つ分という意味だ。
やるべき事がはっきりしていて、しかも他に出来る事が無いとなれば、迷う事無くその事だけに集中出来る。
只管夜中まで鑓を突き、毛布を召喚して横になる。ボロップ達が直ぐ傍で暴れているのに、毛布に沈む様に眠りに落ちた。
そして三日が過ぎた。
つまり、四日目の朝になるが、この頃になると状況は膠着して、ずっと同じ事の繰り返しだ。
ボスの間の中はボロップで埋まり、召喚されてきたボロップがぎゅうぎゅうに犇めいたボロップを踏み付けて、ボロップの二段積みが出来ている。そんなボロップが暴れるから、同士討ちで五秒毎にドロップアイテムが手に入る。
つまり、十秒に一度の召喚二体と、五秒に一度の同士討ち一体とでバランスが取れている状態だ。部屋を埋め尽くすボロップを相手に、俺が多少ボロップを斃したとしても、焼け石に水、糠に釘の暖簾に腕押し。もっと圧倒的な力を見せなければ、とてもこの状況を解消する事は出来そうに無い。
つまり、五秒で一体以上を斃さなければ、ボロップの数は減らないのだ。
しかし、そんな状況でもめげずに居られるのは、ボロップのドロップが頭打ちにならず、今も膨大な量のドロップアイテムが手元に転がり込んで来るからだ。
朝起きると、ボスの間の中に大量のドロップアイテムが存在するのが『召喚』で感じ取れ、そこから昼迄只管【アポーツ】で引き寄せてはそのままシャーレの指輪に焼べる【強化錬金】の繰り返し。パズルゲームの様に秒以下で判断しなければ、次のドロップで埋もれてしまいそうになる。右手だけでは無く、左手でも【強化錬金】しているのに、全く追い付けそうに思えないのはどういう事だろうか。
どう贔屓目に考えても、これがこの錬金ダンジョンの攻略法とは、とてもでないが思えなかった。
しかし、その甲斐有って指輪の強化も九十を超えている物がちらほらと出て来ている。実は身体レベルも三つ上がって今はレベル十四だ。筋力値も伸びが凄くて、今では素の約七倍。とは言え、戦闘系のスキル持ちなら、同じレベルでこの三倍の筋力値が有るのだから、余り自惚れては居られない。しかしその他の項目、特に魔力や属性値の伸びは凄まじく、恐らく海外勢にも引けを取らないのではと思わせた。
スキルレベルもどんどんと上がって、『錬金』がレベル四十八、『投擲』がレベル五十三、何故か『採掘』も四つ上がってレベル十、『鍛冶』がレベル九、新たに覚えた『分析』が既にレベル十八だ。『調理』と『採取』は変わらないが、これは仕方が無い所だろう。
この結果からも分かる通り、どうやらスキルレベルは上がり易さに違いが有る。『投擲』は上がり易く、『錬金』と『分析』は恐らく上がり難いに違い無い。アビリティの『召喚』に到っては極めて上がり難く、常に【アポーツ】を使い続けている様な物なのに、未だにレベルは十四だ。
覚えたアーツはどれも残念ながら戦闘の役には立ちそうに無い。『錬金』では【成分調整】。『投擲』では【貫通力強化】と【分身魔弾】だが、【貫通力強化】は兎も角として、【分身魔弾】は増える代わりに命中した後には砕け散るというのだから、ちょっとこれも使えない。『採掘』では予想した通りの【採掘物感知】。『分析』は【観察】と【記録】を覚えたから、色々面白そうな事にはなりそうだけれど、やっぱり戦闘の役には立たないだろう。
だから初めの方針には変わりなく、今も指輪をどんどん強くしていくしか無さそうだ。
そうは思いつつも、実はこの状況が少し楽しくなってきているのも事実だった。
既に指輪の強化割合は日本の中で聞いた事の無い値になっている。海外の最前線でも三百パーセント増しから四百パーセント増しという所だから、既に世界一の強化割合になっている。夏休みはまだまだ有るのだから、ボスを斃せそうになっていたとしても、ちょっと限界まで粘ってみようかと思うじゃ無いか?
それをする為にも、来る時にスライムの体液を回収したのは正解だった。今は指輪を強化するのに、百個近くの失敗を重ねて何とか一つ強化出来ている状況だ。湯水の様に指輪も魔力も使っているから、魔力回復ゼリーが無ければ、今頃きっと寝込んでいたに違い無い。
ただそんな思惑も、その日の昼過ぎには方針転換を余儀なくされる事になった。
最初に、強化回数が九十九回に到ったのは黄属性の指輪。九十九回目の【強化錬金】に成功した瞬間に、黄色い宝石の嵌まった金の指輪が、宝石の無い黄色と銀色の混ざった不思議な色合いの指輪に変化した。上位の指輪に変化したのかと思ったら、どうも最終強化品という代物の様だ。
つまり、これ以上強化出来ないのだと理解して、背筋がすっと寒くなった。偶々目標としていた六十回を超えて、九十九回まで強化出来たが、もしもこれが九回で限界だったならば、全ての予定が狂っていた。
でも、最終強化品という物が有ると分かれば、また別の思惑が芽生えてくる。
何れダンジョンに潜る事になるかも知れない家族の為に、一揃いお土産に用意しようという思惑だ。
そしてまた次の日になって、俺は再び頭を抱える事になる。
十個揃った最終強化品の指輪を確かめて、その十個の指輪は【強化錬金】で合成出来ると俺には分かってしまったのだ。
他の生産系スキルがどうなっているかは知らないが、『錬金』で作れる物には癖が有って、『錬金』の【鑑定】で素材を確かめて初めてその素材で何が作れるのかが分かる様になる。ポーションを作るのにも薬草を見るだけでは駄目で、薬草とスライムの体液の存在を知って初めてポーションの作り方が分かる様になっている。
そういう訳で、最終強化品の指輪も、十個揃って初めて合成出来ると分かったのだ。
必要なのはそれら十個の指輪だけ。魔石とかは必要無し。
それならば、やってみるしか無いだろう!?
――と、調子に乗った俺は、次の瞬間発狂して喚き散らす事になった。
「あぁああああっっ!? 嘘! 嘘! 嘘やろっ!? 失敗したら消滅した!?!?」
少しばかり予感が無かったとは言わないが、セーブが出来無いアクションゲームで、ラスボス手前の落とし穴に落ちてしまった様なそんな気分だ。尤もゲーム自体今の我が家には存在しないから、遠い昔の記憶にはなるが。
こういう時の再スタートにはかなりの精神的エネルギーが必要になる。俺は八つ当たり気味にボロップ達をバールでぼこぼこにするのだった。
再び十個の指輪が揃ったのは、その三日後の朝である。
その十個の指輪を胡乱気に見た俺は、しかしそこでは合成せず、反応速度、感覚、魔力の三つの指輪を嵌めてから、更に十個の最終強化品を目指した。
更に二日後指輪は揃い、しかしまたしても失敗する。
自力での魔力の扱い方、相互作用が効きそうな組み合わせ、頭を掻き毟りながらボロップに八つ当たりをして、更に指輪を強化していく。
八つ当たりは鉱石がいい。お行儀良くバールを投げたりなんてしてられない。銅塊を投げ付けて、銀塊を打ち噛まして、時には金塊を抉り込む。にやけたボロップがぼろぼろに顔を歪めて斃れるのを見るのは、本の少しだけ気が晴れた。
運命の日はそれから八日後。七度目の挑戦となっていた。
後に分かったのは、それはかなり運が良かったらしいという事だ。俺が作ろうとしていたのは、それだけに錬金難易度の高い製作物だったのである。
頼みの魔力回復ゼリーも切れて、セルフでのマッサージの腕まで磨き上げつつ、苛々としている中で届くのは、いつから書かれていたのかペットボトルに母が書いたメッセージの往復書簡。ペンで書いた文字が送還時に剥がれてしまう事が分かってからは、ペットボトル自体にペンと付箋紙が括り付けられて用意されている。
“どう、順調?”
“指輪が全然合成出来へんねん! 後少しやのに!!”
“指輪って何の事? 指輪が抜けへん時はサラダ油を塗るのがええよ?”
“何を訳の分からん事言ってんの!!”
意味不明な母のメッセージに呻き声を上げてのたうちつつの八日目だ。ダンジョンに入った日から数えるならば十六日目。もう夏休みの半分が過ぎていた。
実はこの間に、進化と言っても良い程の変化を、俺も得ている。
十日目に、自力で魔力を操るのが少しスムーズになった気がしたから、ステータスを確かめてみたらアビリティに『アレンジ』が増えていた。どうやらその内『剣』で覚えたアーツを『槍』でも使える様になりそうだが、今出来るのは魔術の形や大きさを変える【形状変化】だけらしい。「そうじゃ無い!」とその時の俺は叫んだ。確かに俺がしていたのはそういう事だったのかも知れないが、しかしやっぱり望んでいたのはそうじゃ無いのだ。
しかし、それが早計だったと、直ぐに気が付く事になった。
俺が恐らく数十万個に及ぶ指輪を【強化錬金】する中で気が付いたのは、【強化錬金】に成功した時のその魔力の動きだった。
俺が見付けたその動き。強化に成功した時は、指輪がその属性の魔力に包まれてから強化されていた。それを真似して、何とか自力で手繰る魔力の属性を偏らせる事に成功し、同じ様に包み込める様になった時、【強化錬金】の成功率が格段に上昇したのである。
それが、【形状変化】を覚えた事で、格段に楽になった。魔力で包み込むのをどうすれば良いかが何と無く分かるのは、魔術をまだ使えない俺にとっては最高の教師だった。
そうして指輪の【強化錬金】を繰り返す中で、素の属性値や魔力値も凄い勢いで伸びて行く。漸く一筋繋がったなんて言っていたのは既にもう遠い昔の話で、今ではしっかり感覚と力が繋がっている。
だからこそ、どうしようも無い失敗の原因も分かってしまう。属性値を鍛えるだけでは片手落ちなのだ。
筋力の指輪は? 反応速度の指輪は? 感覚の指輪は? 体力の指輪は?
ダンジョンに潜って身体レベルが上がると、それら諸々のステータスが向上する。身体レベルの上昇時程では無いけれど、スキルレベルが上がっても対応するステータスが僅かに上がる。素の能力を鍛えれば、それはレベルに関係無く変動する。
しかしその上乗せされる力というのは結局の所何だ? 素の能力と言いながらも筋力と属性値を同じとしても良いのか?
何かを勘違いしていると考えた俺は、その時初めて『分析』のスキルを本格的に使ったのだ。
『分析』の初期アーツは【観察】。レベル十でのアーツは【記録】だった。実はここまででオートマッピングが出来てしまう。
レベル二十のアーツは【分類】。レベル三十で【並列思考】。現在のレベルは三十二。
今必要なのは【観察】だ。そしてその対象は俺の知覚する範囲。つまり、ステータスもその範疇に入っている。
そこで感覚の指輪を嵌めた上で、【観察】して【観察】して【観察】して得た結論が、素の力と思っていた筋力値と、上乗せされた筋力値との間に、僅かに別の何かが挟まれているという事実だった。
考えてみれば単純な話だ。筋力値が上乗せされているからと言って、手足の筋肉が倍にも膨れている訳では無い。飽く迄、筋力を補助する魔力か何かが上乗せされているのであって、つまりこの場合の素の能力は、筋力を補助する素の魔力、だった訳だ。
そう思って良く見れば、反応速度や感覚の方が、少しだけ挟まれている分が幅広に見える。この所限界を超えて駆使している自覚は有ったから、妥当と言えば妥当だし、裏付けが取れたとも言えた。
つまり、ステータスの十項目は、身体能力と属性値では無く、十項目全てが種類の違う魔力を示していたのだ。
これが、俺が頭を掻き毟り、歯を食いしばり、罵声を絶叫した挙句の果てに得た結論である。
ここで俺に火が付いた。後から考えれば無謀の極みだが、何としてでもこの指輪を完成させると、その事だけに取り憑かれた。
幸いにして、それぞれの魔力の感覚は指輪の強化で体感出来る。もう直ぐ属性値と同じく最初の一筋が繋がりそうだと、それだけを頭に【強化錬金】してボロップをぼこり、消えた指輪に叫びを上げて地面を殴って、ボロップをまたぼこった。
増えたスキルと鍛えられてしまったスキルレベルの所為で、ボロップサンドバッグが柔くなっていくのが不満だった。
そんな事を続けた末の十六日目だった。
十六日間殆どずっと同じ事を繰り返し、しかし悟りの境地とは程遠い。心の内には激しい嵐が渦巻いていながらも、手付きだけは淀みなく、僅か二筋か三筋通ったかの感覚を頼りに、【強化錬金】を発動した。
――…………通った。
そう思った時には心臓が止まりそうになり、目の前で十の指輪が合わさり虹色と銀色の混じった一つの幅広の指輪に変化したのを見届けて、ボスの間の中で俺は有らん限りに絶叫した。
「やったぞーーーー!!!! 俺はやったぞーーーー!!!! 俺はやったんだーーーー!!!! うああああーーーーーーーーー!!!!」
それが世界でも初めての快挙だったと知ったのは、もう少し後の事である。
兄さん、あんた目的が違っとる。




