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(2)妹は猛獣系?

 誤字報告機能はオフにしてます。申し訳無い。

「ただいま~」


 と、暢気な声を上げて引き戸を開ければ、


「遅い!!」


 との妹の怒りの声と、


「ご飯温めるし、()よお風呂入っといで」


 との母の何時もの声が聞こえてくる。

 時間はもう八時半を回っているから、怒られるのは仕方が無い。五十本の試験管を満たす事に拘ってしまったが、そこは頑張る所では無かったと今更ながらにそう思う。

 まぁ、その御蔭で分かった事も有った。遅くなった分だけ帰り道を全力疾走してきたのだが、思っていた以上に自分は強くなっていたらしいという事と、それでいて自分がその力を全く活かす事が出来ていない事が分かってしまったのだ。


 俺は、少し気落ちしながら荷物を解いて、下は短パンに履き替え上はTシャツ姿となって、着替えとタオルを片手に家を出る。

 風呂場は外だ。と言っても、この四棟並んだ平家建てに元々備え付けられていた風呂場では無い。一番奥の棟に住む春蔵(はるぞう)爺さんが、勝手に作った五右衛門風呂だ。

 春蔵爺さんは、引退後は山奥に引っ込んで悠々自適の隠遁生活をするとの想いを、現実に実現させてしまった趣味の人だ。平家建ての部屋の中は何処の高級ホテルかと改造しまくっているのに、時折態々外にテントを張って寝起きしているのを見掛けたりする。大工仕事に長けていて、俺達の家にも春蔵爺さんの改造の手が入っている。

 因みに奥から二つ目の棟に住む四十代の新菜三太菊美御夫妻は、同じく(かまど)(たぐい)を何種類も外に勝手に造っている。鍛冶をする火床(ほど)まで作って、俺の手鑓に使っている大型ナイフも三太さん製だ。本人は、跡も継げない鍛冶屋の三男坊だと謙遜しているが、ナイフをバールに取り付けて手鑓にしたいという要望に嬉々として応えてくれたのは、やはり鍛冶師の血を引いた鍛冶好きなのだと思わせた。

 今ならダンジョンが開放された為に刀剣類の作刀制限も撤廃されて、引く手数多なのではと思うのだけれど、この平屋暮らしが気に入ったと言って留まってくれていて、申し訳ないが俺としては助かっている。因みに、御夫妻でダンジョンに潜っている事も多く、俺より先の八階層が主な狩り場らしい。

 その手前が俺達の家。父が失踪してから一年は前の家に住んでいたけれど、一年を契機に俺が高校一年の夏休みの間に引っ越して来た。入居当時は父が借金を残して蒸発したとの事情から、色々とお隣さんには親身になって助けて貰ったけれど、俺の『錬金』が安定してきたから漸く俺達も恩を返す事が出来そうだ。ほぼ山暮らしの毎日には細かな傷が絶えないから、この平屋での薬箱が俺達の役割になるに違い無い。

 一番手前には何でも知っている反面何をしているのか良く分からない、二十台の実茂座(みもざ)青年が住んでいる。何時も飄々としていて、時折スーツで出掛けたり、若い女の人が訪ねてきたりとしているが、大体は畑仕事をしている変な人だ。(うち)と同じで何か暗い事情が有りそうで、突っ込んだ話は聞けていない。ただ、実茂座青年が来てから畑が充実したと聞くから、平屋暮らしの食生活には無くてはならない人にもなっている。


 そんな事を思い返しながら、着いた風呂小屋の電気を付けて、三畳程度の小部屋に入る。

 服を脱いで体を洗いながら、更に思いを巡らせた。


 こんな個性的な人達が好き勝手にしているのには訳が有る。

 この平屋はちょっと山に入った外れに在るのだが、谷側へ一分も歩くと森を抜けて、其処には元は水田だっただろうかなり古い土地が在った。人里からこの平屋の在る場所へ続く道が、二人並んで歩くのでぎりぎりな、獣道に毛が生えた様な道である事からも分かる通り、農機を入れて整備しようにも困難な場所だ。畑の形も細長く(いびつ)だから、耕作放棄されて長い時間が過ぎていた。

 平屋の大家でありこの辺りの地主である大戸池(おおといけ)さんからすれば、耕作放棄した農地の税金分が回収出来れば充分で、他はどれだけ改造しても次の入居者に障りが無ければお咎め無し。寧ろ便利になるならどんどん改造してくれてもいい。逆に何かが壊れても大家としての対応は期待するなと、そんな事情の場所だったのである。

 それより農作に限るが農地も好きに使って貰って、耕作放棄されたと見做されない様になれば、税金も下がって御の字だ。それで農地を継ぎたいという者が居れば、その内譲るのも吝かでは無いとの事で、どうやら実茂座さんはそれを狙って動いているらしい。

 まぁ、こんな事情で、かなり自由にここの人達は過ごしている。


 因みに、この平屋が在る場所は、大戸池さんの先々代が農地の再利用の為の小屋を建てようとした場所で、その御蔭で電気がここ迄通されている。ただ、耐用年数がそろそろ限界らしいのだけれど、そこは海外で開発された魔石式の発電機を実茂座さんが導入する事で、大戸池さんとも話が付いているらしい。その費用も実茂座さんが出すらしいから、既にかなりの部分まで大戸池さんとの話は進んでいるのだろう。

 水は井戸から電動ポンプでの汲み上げで、はっきり言ってかなり美味しい水が飲み放題。各平屋には、シャワーを使う時には便座にカバーを掛けて使用する、かなり無茶な半畳少しのトイレ兼用シャワールームが有るけれど、春蔵爺さんが畑まで三分の一程行った場所にこの風呂小屋とトイレを建ててしまっていたから、俺の家族は一度も使った事は無い。台所ばかりは初めの内は使っていたが、バケツに溜めた排水を捨てに行くのが面倒で、最近は専ら共同の炊事場を使っている。下水も当初はぼっとんに落とした汚物を、自分で捨てに行かなければならなかったらしいが、今は春蔵爺さんの作ったトイレに、実茂座さんが大規模蚯蚓(みみず)コンポストを繋げてほぼ自動での肥料化サイクルが働く様になっているから、春蔵爺さんと実茂座さんには大感謝だ。

 風呂小屋の隣に洗濯場も在って、其処に俺達が使っていた洗濯機も二年前から並ぶ様になった。排水処理施設も蚯蚓コンポストと一緒に、この辺りに埋められているそうだ。

 平屋が在る辺りや、炊事場、風呂小屋、トイレ、洗濯場周りには、猪避けに春蔵爺さん達が頑丈な柵を設けてあって、小屋造りや柵の設置に伴う苦労話を聞く時には、妹と一緒に俺達がそれに参加出来無かった事を悔しがった。けれど、畑に続く段々道とその上に屋根を設置するのは手伝えれて、皆で喜びを分かち合ったものである。


 つまり、俺達自身も思ってもみなかった程に、ここでの生活は快適で、借金を全て返してもここを離れたいとは今では全く思えなくなっている。夏の暑さと冬の寒さだけは敵とも言えたが、森の中に建っている事も在って、それ程厳しい物では無い。昔ながらに外で涼んだり竈の近くで温まれば、充分乗り越えられる程度だ。荷物の置き場所には困る事も有るけれど、その内春蔵爺さんと一緒に物置小屋でも作れば直ぐに解決するに違い無い。

 それに妹にとっても良い環境だろう。父が失踪してから、父方の親戚とは断絶状態が続いている。父が借金を残していなければ、まだ付き合いは有ったかも知れないけれど、借金が有ると分かった途端の掌返しは今でも鮮やかに思い出せる。正直、父が戻ってきたなら連絡を貰う事以外には、もう何も期待していない。

 母方の親戚は、北九州に家を構える伯母が祖父母を呼び寄せて同居を始めていた為に、近い親戚はここ関西には残っていないし、俺達まで伯母の家に転がり込むのはちょっと無理が有る。母も父の帰りを待つつもりで、以前の家の近くに住処を求めたのだ。

 だから、妹が爺ちゃんと慕う春蔵爺さんが居て、優しい新菜御夫妻が居て、何だ彼だと頼れる実茂座さんが居るここでの生活は、俺も母もダンジョンだパートだと家を空けている事が多い現状では、ほっと安心出来る物だったのである。


 譬えるならば毎日がペンション暮らし。あるいはバンガローかも知れないが。水は美味しく野菜は新鮮で、肉は時折狩猟免許を持つ春蔵爺さんや三太さんが狩ってくるジビエ。まぁ、魚や牛肉は母のパート先頼りだけれど。正直、お金は無くても昔より贅沢している気がしてしまう。

 実茂座さんも狩猟免許の取得を目指しているらしいから、俺も一緒に受けに行きたいと、家族にはそんな事を話していた。


 ただ、そんな共同生活が出来るのは、かなり自由度が高いダンジョン探索者ならばこそだ。恐らく普通の、就業時間も拘束されたサラリーマンでは、こんな共同生活はやっていけずに引っ越しせざるを得ないだろう。

 だから、どうしてもダンジョン探索者を続けていかなければならないのだが、今日判明してしまったやはりボスを斃さなければいけないとの事実には、頭を抱えざるを得なかった。


 そんな事を考えながら、俺はすっかり温まった体を、五右衛門風呂から引き上げた。

 タオルで体を拭いて、新しい下着とシャツ、それから短パンを身に着けて風呂小屋から外に出ると、其処に飼い犬のペルを連れて、妹が待ち構えていた。

 苦々しく歪めた顔で睨み付けながら、シャツを引いてその場に座れと促されるので、されるがままにしゃがみ込む。

 厳しい顔付きで俺の髪に触ったり襟や袖を捲ったりして点検するのは、二年程前からの恒例行事となっている。


「もぉ~、みゃーちゃんは心配性やなぁ。お兄ちゃんはもう怪我なんてせぇへんよ?」

(あに)ぃは黙ってて!! それとみゃーちゃん言うな!」

「なら、兄ぃもやめてや。何かミュージカルに出てくる登場人物みたいやわ」

「知らん! 今日は怪我せんかったみたいやけど、ずっとそんな筈は無いねんからな!」


 二年前、『錬金』を稼ぎ頭に見定めて、今も仕事場にしている三階層の広間で『採取』と『錬金』に明け暮れていた時の事だ。俺もソロ故に周りの未知生物には気を付けていたつもりだったが、天井から落ちてきたスライムの急襲を受けて、今ではすっかり元通りだが、頭の右三分の一の髪の毛と頬、首筋が溶け爛れる事となった。とは言っても、三階層の未知生物による被害だ。直ぐ様払いのけて、当時の未熟なお手製ポーションであってもちゃんと使って処置すれば、当時であっても殆どケロイド状にもならずに、ただ髪や眉が無い程度には治ったのだ。

 ポーションでは溶けた髪や眉毛まではどうやっても元には戻らないので、当時はかなり厳しい妹の追及を受けたのだけれど、どうにもそれから妹は、俺が怪我をしてもポーションで治しているから分からないだけで、ダンジョンの中では何時でも怪我をしていると勘違いしている節が有る。

 それ故に、役目を終えて【送還】された装備へのチェックや、初級ポーションでは治らない髪の毛へのチェックはとても厳しいのだ。

 それが無ければ、何時も苦々し気に睨み付けて来る妹は、俺の事を毛嫌いしているのだと勘違いしそうなものだったが、この執拗なチェックの御蔭でそこは間違えずに済んでいる。

 だから、寧ろこれは可愛い妹の、愛情溢れる儀式なのだ。


 何時もきつい感じなのは、それだけこの小さな体の中に(いか)りを溜め込んでしまっているからだろう。俺は何だ彼だで武士さんに連れられて潜ったダンジョンで大暴れしたりして、その結果今の状態に落ち着いたが、妹にはそういう発散する場は有ったのだろうか。

 今はこうして自然の中で過ごしている分ましになっているかも知れないが、小学校の頃の友達との間にも未だ溝を作っているらしく、嘗ての友達の名前が話題には出なくなった。笑ってしまう事に、どうやらそんな妹は、中学校ではクールな美人系と思われているらしい。


「何をすんねんな!」


 つい、その美人の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜてしまっていたら、体を激しく揺れ動かしながら、到頭切れた。うん、やっぱり可愛い猛獣系だと俺は思う。


「いやいや、みゃーちゃんは可愛いなって」

「は? 何ゆってんの? 阿呆や、阿呆がおる。そんなんよりご飯や! あかんはもう、阿呆阿呆や」


 猛獣は可愛いと言われるのに弱々(よわよわ)だ。

 炊事場への道を歩きながら、妹と会話する。


「にしても、みゃーちゃんの髪も随分伸びたな。そろそろ切らへん?」

「まだいいし。ツインテールにするからもうちょっと伸ばす」

「なら、先だけ揃えるか? 明日終業式終わってから切ったるで?」

「迎えに来て!」

「ん? ……まぁ、ええけど。そっかぁ~、クールなつんつん美少女を見れるか知れんのは楽しみやな」

「そんな妹はおらん!!」


 短い道程(みちのり)を駄弁りながら歩く。

 因みにペルは何も彼も分かったかの様な達観した表情で、大人しく俺達の後ろを付いて来ている。でもきっと頭の中は空っぽだ。ペルは平屋に越してきてから妹が貰ってきた犬で、見た目は柴犬だが二十キロ近い体重の雑種だ。朝の散歩は俺と一緒に山の中を駆け回り、夕方の散歩は妹が面倒を見ている。柵の中では放し飼いにしているから、もしかしたらこの環境に一番満足しているのはペルかも知れない。


 数十秒も歩けば、平屋が建つ場所の脇を切り拓いた炊事場へと辿り着く。そこでは母が新菜御夫妻と一緒にお茶をしていて、それを見た俺は妹に断って、或る物を取りに家へと走った。


「ちょっと取って来るもん有るから先行っといて!」

「直ぐに来んと無くなるで?」


 鍵も閉めていない家の中に入り、リュックの中から今日の戦果の一つを拾い上げる。直ぐに踵を返して、俺は炊事場へと向かうのだった。

 目当ては新菜御夫妻だ。俺はどうしても今直ぐに確かめたい事が有ったのである。


「三太さん、菊美さん、今晩は。ちょっとお聞きしたい事が有るんですけど構いませんか?」

「ん、何や? 菊美にも聞くという事は、ダンジョンの事やな」

「ええけど先にご飯済ませてしまわんと、ミヤちゃんが怒らはるよ?」


 菊美さんのその言葉には、妹は何時も怒っていると苦笑しそうになったけれど、その妹がむっとした表情で母を視線で指し示すのを見て、そう言えば母の名前も美野(みや)だったと思い出す。

 ひょっとすると妹は、母がミヤちゃんと呼ばれているのを知っていて、それでみゃーちゃんと呼ばれるのを嫌がったのだろうか。そう思って妹を見ていたら、ぎゅっと鼻の頭に皺を寄せた妹と目が合った。思わず指で目尻を下げた変な顔で対抗する。


「こら、何をしてんの? ふーちゃん、()よお肉見てよ」

「ごめんごめん。そうやな、――ほい、駄目になってんのは除けといたで」


 『錬金』と『調理』の【鑑定】が有る御蔭で、腐ったり悪くなった食材の目利きは一瞬で済む。妹に腐った肉は食わせられんと言いながら、こうして肉が出てくるという事は、余程今日は廃棄品の肉が多く出たのだろう。


「そういうのを見ると、スキルは便利そうだとは思うんだが……」

「三太さんも何か欲しいスキルが有るんですか?」

「…………『鍛冶』を取るべきか取らざるべきか」

「嗚呼――分かります。学校でも探索者予備役をしている生徒には、競技の参加自粛を求められましたからね」

「実は既にオーブ自体は手に入れたんやが、どうにも思い切りが付かん」

「この人、ずっとそんなこと言って唸ってんのよ。真面に鍛冶師をする気も有らへんのにね?」

「成る程……ずるをしてる様な気になるんでしょうけど、それについてはちょっと面白い報告が出来そうです。

 俺は拘りとちゃうくて節約の為にスキルを絞らざるを得んかったけど、スキル以外でも魔力を使おうと頑張ってたら、最近『索敵』が無いのに『索敵』に似た事が出来とるっぽいんです」

「ほう……」

「はいはい、そういうのは後にするんよね? お肉が焼けたからご飯にしましょ?」


 勿論肉だけでは無く野菜もたっぷりと。「うちが捥いだん」と主張する妹に「うん、旨いわ」と返しつつ、手早く食事を済ませてしまう。

 その間菊美さんと会話しながら何やら考えつつ待っていた三太さんは、話の続きと見て取って開口一番言ったのだ。


「風牙君、君が『鍛冶』のスキルオーブを使ってはみんか? その代わり、鍛冶の修行をして貰う事になるが」

「それは寧ろ願ったりというか、滅茶苦茶助かる話ですけど、でも、何でなんです?」

「ああ、それは俺の拘りやな。オーブを使えば新しい何かを憶えられるとは分かっとるが、それで俺の(わざ)が歪められやせんかと心配なんや。実験と言っては申し訳ないんやけど、鍛冶の業に拘りの無い風牙君がオーブで『鍛冶』を覚えた上で、俺の鍛冶の業を教えたらどうなるんやと、それを確かめてみたい。オーブの代金は気にせんでええ。『鍛冶』なんて鍛冶場が無いとどうにもならんから、今では値が下がっとる」


 京都で育った人間だったら、素直に受け取るのははしたないと思ってしまう所だけれど、これはどうにも魅力的過ぎる申し出だった。

 とは言っても、俺自身が鍛冶の達人を目指そうという訳では無い。今日ダンジョン管理部に申し出た、生産系の探索者への配慮が要求通りに通れば良いが、そうならなかった場合にボスの居る第五階層を突破するには、金属を加工出来るスキルの有無が恐らく重要になる筈だったからである。

 しかしその為には、明後日ダンジョンに入る前迄にはスキルオーブを使わせて貰って、それでいて修行はボスを斃せてからという、結構な我が儘を言わないといけない。そんな事をお隣さんとは言え他人に言っても良いのだろうかとぐるぐる考えてしまっていたら、三太さんが訝しげに疑問の声を挟んで来た。


「何処が引っ掛かってんのや」

「いえ。……ちょっと状況を整理する為に、お聞きしたかった事やお願いしたかった事含めて、初めから話させて下さい」


 そう居住まいを正してから、俺が考えていた事を打ち明ける事にしたのである。


「まず、俺は探索者言うても予備役なんで、高校卒業する今年の内に自力で五階層を抜けられる様にならんと、探索者証を取り上げられてしまいます。ですから、明後日からの夏休みが勝負です。

 ただ、それをするには俺は弱いです。自力やとボスを超えられません。魔法の素質が有るからとか色々言われたりもしたんですけど、そうやなくて戦闘方面のスキルを持ってへんかったから、筋力やなんかが伸びへんかったんやと思います。実際武士(たけし)さんに『投擲』を(もろ)た後で、漸くレベルが十一に上がった時には、今迄見た事が有らへん位に筋力値が伸びました。ただそれが今更分かった所で、スライムだけで次にレベルが上がるのは何年先やって話なんで、間に合いません。代わりに魔力の伸びが物凄いけど、魔力を攻撃に活かせるスキルは流石に高くて手が出ません。

 そこは自力で魔力を攻撃に乗せられんかと色々試している所ですけど、博打みたいなもんやから、指標としては堅実な策を取りたいと思うてます」

「自力でと言うのは先程言っていた索敵とかやな?」

「ええ、博打の方ですね。『錬金』する時の手応えを再現する感じで、魔力を放ったり収めたり、そんな事をしていたら、見えへん場所に居るスライムの動きやなんかも何と無く分かる様になって来てるんです。

 それと今日帰りが遅くなったから全力疾走で帰って来たんやけど、短距離走を走る感じでダンジョンから家まで走り抜けれました。なので、思てた以上に強くはなってたみたいです。けれどマラソン選手が走る様には走れんかった事から、俺が弱いのは強くなった力を活かす体の動かし方が分かって無いからとちゃうかと、そういう結論に到りました。

 そこで一応裏付けとして確認したかったんですけど、生産系のスキルやと大抵初期アーツとして【鑑定】が有るんやけど、戦闘系のスキルは体の動かし方みたいなんと武器の扱い方が初期から有ったりしやらへんのでしょうか?」

「……ああ、【身体運用】と【剣】が初期アーツとして有ったなぁ。ただ、【剣】は西洋剣の扱いでな、刀の扱いへの修正が偉い面倒やったわ」

「なんや、答えは出てますやん」

「ん?」

「『鍛冶』やって修正は出来るいう事ですやろ?」

「成る程……そうかも知れへんな」

「それで俺が思たんが、スキルオーブは本当にチュートリアルみたいなもんで、そういう基本的な所を何と無く教えてくれとるんやないんかと、『剣』のスキルが無くても剣を振れる様に、実はスキルが無くても魔力で出来る事は色々有るんやないかと思いました。実は魔力を籠めて剣を振れば、自力で『剣』のスキルを得たり出来へんかってのも期待しとるんです。魔力については世界中がまだ幼児並みやと思えば、スキルは自力で得られんと言うのも当てにならんって、まぁ願望入ってますけどね。

 序でに言うなら、ゲームやったらそんな事は有らへんけど、ラノベやったら基礎ばっかり鍛えたり、只管自力で頑張ったりしたら、他には出来ん事が出来たり特殊なスキルを得たりするやないですか。

 ――と、話がずれました。博打は博打で続けるとして、堅実な策として現状を整理したら、俺が頼れるのは武士さんに貰って鍛え上げた『投擲』と、稼ぎ頭の『錬金』です。この二つを活用して何とかボスを斃す外有りません。

 自分では行けると思うてるんですけど、都合良く考えてる部分も有りそうやし、ちょっと聞いて貰えますか?」

「ああ、ええよ。聞かせてくれや」

「ええ。では前提として、五階層のボスロップはブロップの親玉みたいな(なり)をしてはいても遠距離攻撃はしてきません。手下のボロップを呼びますけれど、攻撃は杖を振っての物理だけです。手下のボロップは延々呼び出されて来ますけれど、こっちも腕を振り回す物理だけです。そしてこれが重要ですけど、五階層のボス部屋には安全地帯が有ります」

「あれか、オブジェと柱で囲まれて、でかい図体のボロップが入って来れん場所やな」

「はい。そしてもう一つ。ボロップのドロップアイテムは魔石と指輪で、俺は最近『錬金』がレベル三十になって【強化錬金】が出来る様になりました」

「あれか! お前只管ボロップ倒して、『錬金』で指輪を強化していくつもりやな!」

「多分、初めはボロップが増える方が早いやろうけど、何処かで逆転出来ると思てるんです。ただ、何日かは泊まり込みになりそうですが」

「う~む……ボロップの召喚数に上限が有った場合はどうなる?」

「それは一番楽なパターンです。ボロップを倒した後でボスロップを()りに行きます」

「投擲物が切れた場合はどうするんや?」

「そこは秘策が有りますんで心配要りません」

「怪しいなぁ……。ボロップがドロップアイテム落とさん様になったらどうや?」

「それが最悪ですけど、『投擲』で『曲射』も出来ますんで、その場合はちまちまボスだけを削りますわ。それに、多分それだけ『投擲』使えば、新しい事も出来るやろうし」


 そこまで聞いて、う~むと唸ってしまった三太さん。申し訳無いとは思うが能力(アビリティ)については内緒にしているので、これ以上は話せない。それでも行けそうだと判断して貰えたならば、恐らく間違い無く大丈夫だ。


「泊まり込み()うたが、食料が切れたらそこで終わるぞ?」

「スライムもブロップも、処置すれば食えるみたいなんで何とかなるかと」


 『調理』と『錬金』の言う事なので嘘では無いが、三太さんは思い切り噴いた。


「そ、それなら、何とかなるんか!? いや、でも、万が一の為の準備はしとかんとあかんぞ」

「そこは内緒にしている奥の手も有りますんで」

「答え有りきや無いか。まぁ、俺は頑張ってみぃとしか言えんが、一人でクリアせなあかんもんでも無いやろうに」

「それを言うたら武士さんと九階層まで潜ってますけれど、普段潜るパーティでやないと認められんと言われてまして。なんや罰則なんかも有るらしくて、そんな臨時のパーティ組むんも難しそうなんです。

 まぁ、駄目押しで生産系の探索者の事も考慮せんと、毎月納めていた数百本のポーションは無しになるでと言ってますから、明日またどうなるかですね」

「……頑張れとしか言えんわなぁ」


 どうしても自分では甘い想定になってしまうと思っていたが、三太さんが悩みつつも何とか出来るのかと思う程度なら、きっと何とかなるのだろう。

 そう思ってほっとしていたら、三太さんに続きを促されるのだった。


「それで、聞きたかった事は終わりか?」

「いえ、ここからはお願いになります。元々お願いしたかったんは、ボスを倒す為の策とは(ちご)て、金策の為なんやけど、ダンジョンで手に入れたこの銀で菜箸を作って頂けないかと」

「菜箸ぃ?」

「多分、ポーション作製の効率が劇的に変わるんやないかと思て」

「……迷宮銀ならそのまま返済に回しても良さそうやけど、まぁええわ。それで、元々という事は他にも有るな?」

「ええ、さっきは修正出来るいう話になりましたけれど、俺に『鍛冶』を使わさせて貰えませんでしょうか」

「うむ、一応聞いておくけど、それは何でや?」

「多分『錬金』に限らへんと思いますけど、スキルとスキルは相互作用してまして、金属の加工をする『鍛冶』を持っているかいないかで、ボロップの指輪を【強化錬金】する成功率がかなり違うくなると思てるんです。鍛冶自体がしたい訳で無くて、保険の様な使い方になりますけど、代金を払えと言うならちゃんと返済しますから、どうかお願い致します!」


 家から持って来た今日の戦利品を三太さんに渡して、最後にはぐっと頭を下げて助力を請うた。


「――元々俺から頼もうとしてた事や。頭を下げんでもええよ。それなら絶対無事に帰って来れる様に準備をしてくれる方がええ。菜箸も明日の昼迄には仕上げとこ。オーブ持って来るからちょっと待っとり」


 俺はもう一度深く頭を下げて感謝を示し、戻って来た三太さんから『鍛冶』のスキルオーブを受け取って、その場で使用したのだった。



 家へ戻ると、話の途中から菊美さんと一緒に食器を洗いに行ってた母と妹が、既に戻ってまったりとしていた。


(あに)ぃ、随分長い事話してたけど、何話してたん?」


 取り敢えず、靴を脱いだら無言で上から伸し掛かってみた。


「どーん!」

「ぎゃー! やめて、潰れるー!!」

「誰が兄ぃですか?」

「あ、兄ぃは兄ぃやろー!」

「昔みたいにお兄ちゃんと言いなさい」

「知らんー!」


 何が切っ掛けなのか「お兄ちゃん」をNGワードにしている妹をぐりぐりしていると、呆れた様に母が言った。


「はいはい、(じゃ)れてないで、ふーちゃんは夏休みになったらダンジョンに籠もる言うてたけど、宿題とか大丈夫なん?」

「内の高校は三年の夏休みに宿題は有らへんよ」

「え!? ずるい!」

「進学する奴らは毎日講習やらテストやらで大変そうやけどなー」

「あ、それは嫌や」

「だからダンジョン探索が就職活動みたいなもん。進学せぇへん生徒は何をしたかのレポートを出さなあかんけど、それ位やで?」

「ほうかー」


 戯れてくる妹を構いつつ、のほほんと応えを返してきながら造花を作る手を止めない母へと俺も突っ込みを入れる。


「それより母さんも内職辞めたら? 手間と全然釣り合ってへんやん」

「いや、時間の有る時に作って、段ボールで送るだけやから、手間ちゃうで?」

「うちが手伝おうとしたらあかん言われた」

「そりゃ下手っぴやからやろ。そうや無くて、俺ら此処の人らに偉いお世話になってんのに、(なん)もお返し出来てへんやん。俺はようやっとポーション作りが安定してきたから、薬箱にはなれるか知れんけど、後は(みやび)が畑仕事してる位やろ?」


 妹を雅と名前で呼んだら、押し潰されながらもぐふぐふ笑っていて気持ちが悪い。

 ただ、今は見えないけれどポーションの話題が出るといつも妹は微妙な表情をする。ポーションは父が借金を作った元凶だから、まぁ、気持ちは分からんでも無いが。


「母さん内職は暇やからしてるだけで、別に好きやからしてるんでも、借金の足しにするつもりも無いやん。それやったら此処の人らにも役立つ様な事何か無いん? ほら、昔は母さんが服とか作ってくれたみたいな。ミシンやって買ったやん」

「今もみゃーちゃんの服はお母さん製やで?」

「何で俺の服は違うくなってんの」

「そりゃ大きなったらお店の服の方がええやろ思たけど、違うかった? みゃーちゃんは直ぐ大きなって着れへん様になるし構へん思たんやけどなぁ」

「何か酷いこと言われた!」

「いや、母さんの服が売ってる服に見劣りするとは思わんけど。何も思い付かんのやったら、せめて俺がダンジョンに潜る為の服を丈夫な布で作ってくれへん? 今はスライム位しか居らん所にしか行かへんけど、この先どうなるか分からへんし」

「およ? ええの? そうやなぁ、お母さんが得意なんはパソコン使って何かするのやったけど、データは残してあるけどパソコンは売ってしもたし、ふーちゃんの服でも作るかなぁ」

「そうして。そうしてくれた方が俺も安心やし。母さん、パートと内職ばっかりで、ちょっと見てて辛かったわ」


 そう言われて、ほにゃっと笑う母だったが、この時の俺にはまだ分かっていなかった。

 母の中にも妹と同じ様に、沸々と煮え滾る怒りが渦巻いていたなんて。


「あと、お金が必要なら今度こそ俺の預金から使ってな。予備のカードは渡してあるやろ? ――ほら、このレシート見て。今日の稼ぎは三万七千二百円。今日は結構頑張ったから遅なってしもたけど、そうで無くてももう二万切る事は無いと思うし、さっき三太さんに頼んだ錬金の道具が仕上がれば五万も狙えると思うから。雅の学費も平気やし、借金だって直ぐ返せるし!」

「……五万? 一週間で?」

「一日で! 一月(ひとつき)なら百万以上!」

「ええ!? ダンジョンってそんなに稼げんの? 高額納税者やん!」

「え? ……それはどうやろ? 確か宝くじと同じで税金掛からへんかった筈や」

「おお……ちょっと今の内に胡麻擂っとこ。へへぇ、ふーちゃん様ぁ」

「兄ぃ様ぁ~」

「もぉ~、真面目な話してんのにぃ……」


 そんな風に和気藹々としていた筈なのに、夜になると布団の中で、妹が内緒話をする為に寄って来た。


(あに)ぃ様、何でポーションなん?」


 また妙な呼び方に変化した。


「雅はポーション嫌いか?」

「ポーション無かったらこんな事になってへん」

「つまり雅は父さんの事は好きやけど、滅茶苦茶にしたポーションが嫌いって事か?」

「お父さんなんか、ポーションよりもずっとずぅっと大っ嫌いや!」


 妹の声が低く震え声になった。

 ちょっと意地悪な事を言った。妹を少し引き寄せて背中を撫でた。


「実は俺も父さんの事は大っ嫌いやねん」


 俺がそう言うと、妹は体の強張りを少し緩める。


「何でポーションなんかは幾つか理由が有るで。

 まず、近くのダンジョンが錬金ダンジョンやったから。錬金ダンジョンで弱い俺が稼げるのはポーションしか選択肢が有らへん。というより、他の種類のダンジョンやったらその時点で詰んでたかも知れへんな。

 で、錬金ダンジョンやから、ポーションの材料が群生した穴場が其処彼処に有るのに、何でか知らんけど不人気で誰にも()うた事が無い。つまり、只管独り占めしても誰にも文句を言われへん。何でやろ? 皆ゲームの遣り過ぎで攻略せなってのが頭に有るから、三階層なんて見向きもされんのかも知れんけどな。

 しかも怪我する心配が一切無くて安全快適。言うとくけどな、ソロになってから怪我したのなんて、本当に二年前のあん時だけやで? 保護具とヘルメット着けてからはスライムに天井から降ってこられても全然平気やし、最近は避けれる様になったしな。

 だからポーションで稼ぐのが一番なんやけど、付け加えるなら、最後の理由は或る意味嫌がらせや」

「嫌がらせ?」

「ほら、あれや。節分の鬼に投げる炒り豆と一緒や。

 母さんが言うみたいに本当に父さんが自分で借金何とかしようとダンジョンに入ったんなら、今更ポーションを見ても何も思わん。ダンジョンでポーションケチるのは只の阿呆やからな。そんな事をしてたら今頃本当に死んでるわ。

 でも、父さんが逃げただけの卑怯者なら、ポーション見せたら逃げるんちゃうか? しかも俺のポーションが立て直しにちょっとは役立つなら、それこそ父さんの立場は無い。のこのこやって来てまた阿呆な事言い出したら、ポーション投げ付ければきっと逃げるで?」

「……私も投げる!」

「なら、明日は家に置いとく分のポーション、持って返って来んとあかんな」


 そんな話をこそこそとしていたら、聞いた事の無い様な低く冷たい母の声が響いた。


「早よ寝なさい。お父さんはダンジョンに入ったの。そういう事にしておきなさい」


 有無を言わさぬその口調に、妹が体を強張らせながら、一層俺に引っ付いてくる。

 しかし、それ以上何も起こらないとなると、


「……暑い」


 妹は俺にくっつきながら、如何にも暑そうにそう溢した。


(そりゃ、夏やねんから、引っ付いたら暑いに決まってるわ)


 俺は胸の中で、妹にそう突っ込むのだった。

 お色気担当は飼い犬のペル。だって全裸だから。

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