(15)迷える兄(子羊)に、もう手遅れだと妹(司祭)は言った。
取り敢えず一区切り。
私の兄はおかしい。
初めにおかしくなったのは世界の方で、多分初めからおかしかった父のおかしさがそれに釣られて顕わになって、兄はそんな中で足掻いていたのを知っている。
だから、兄は初めからおかしかった訳じゃ無い。あのダンジョンに閉じ込められていた一ヶ月の間に、おかしくなってしまったんだ。
ずっとそんな違和感を感じていた。
兄が幼い私に教えた事は、兎に角アビリティは隠して目立たない様に、それでいてしっかり特訓は続ける様にと、そんなひっそり無難に生きる生き方だった。
実際に小学校で虐めの標的にされてからは、兄の言っていた事は正しかったのだと実感した。
兄自身、ダンジョンに潜る時には、顔を覆い隠す様な格好で潜っていると聞いて、目立たないでいる事は正しい事なのだと理解する様になった。
今暮らしているこの平屋にしてもそうだ。周りから見たら遠慮したい貧乏暮らしなのかも知れないけれど、虐めを除けば諸事に煩わされる事も無い隠遁生活は、思いの外に居心地がいい。
目立たずひっそりとは正義なのだと、ずっとそう思っていた。
「う~ん……みゃーちゃんの言うんも分かるけどな、白隠禅師みたいな事言うても、世の中いい人ばかりや無いんやから自衛とかはせんとあかんのよ? ふーちゃんは物凄く頑張ってんのに、みゃーちゃんがそれはちょっと哀しいなぁ」
「白隠禅師って何?」
「臨済宗の偉いおっさんで、有りの儘を受け入れて心安らかに生きればそれは悟りを開いたのと同じで幸せやと説いた人かな。死んだ人とか死にそうな人とか人を羨んでばかりの人には救いになるかも知れんけど、今現在進行形で理不尽な境遇に追い遣られたりしているブラックな人らには惨い言葉やな。
お母さんはふーちゃんが前より伸び伸びしていて良かったと思てるよ?」
兄が卒業旅行に行っている間に母と交わした会話。母なら分かってくれるのではと思って口に上らせた言葉は、母の共感を得られずに終わった。
それにしても九月の終わりにお土産で浴衣を渡されてもちょっと困る。ちょっと格好いい目のこの浴衣で兄とお祭りの夜を歩くのは、来年の夏になるだろう。
少し母の言葉に納得の出来無い想いを抱えながらも、日々は留まる事無く過ぎて行く。
そんな中で起きたメイドさん事件。それでまた兄がおかしくなった。
どう見ても、態と煽って火に風を送り込んでいる。
流石に私も何か思惑が有っての事だと分かったけれど、皆を守る為と言うのなら、波風が立たない様に身を潜めるべきなのでは無いのだろうか。
「まぁ、風牙君は冥土教よりもそれ以外の得体の知れない勢力を恐れたんやろうな。葛藤は有ってもメイドさんの大切な先生に冥土教徒達は手を出せんやろうけれど、得体の知れない組織となると話は別や。何をしてくるか分からんのは怖いでぇ?」
「言うても宗教かって怖いやん。神様なんていいひんのに」
「ふ~む……今の世の中の方が神様も居そうなもんやけれど、それで出てくる神様は確かに俺らの思う神様とはちゃうかも知れんなぁ」
「うちらのことも助けてはくれへんかった」
「それはかみさまと違うて政治の役目やな。最低限の配慮は有ったと見るけど、それ以上のダンジョン特有の事情となると、まぁまだ転換期やから手が回らんのも仕方が無いのかも知れんなぁ」
母が兄の気にしていた冥土教の情報を見て回っていたら、関連する冥土教板に一斉に流された動画に兄が出て来て、私は息が詰まってしまった。
でも、平然としている兄に何とか落ち着いて見れば、火種をこれでもかと散蒔いている。
三太さんは理解を示しているけれど、私にはちっとも分からない。
「普通に目立たずいるのが一番やと思うねん」
「既に目立ってたらその戦法は使えへんで? 後手に回ってしまうだけやわ」
そうは言っても、私は兄をどれだけ信じればいいのか分からない。
兄は魔術をはったりに丁度いいと言う。私も兄の魔術ははったりと思う。剣で斬り掛かられたり、未知生物に飛び掛かられたりして、どうにか出来るとは思えない。
それより寧ろペルの方が凄いと思う。最近は散歩に行っても目で追えない。兄がくれた指輪を嵌めたら漸く何とか追える感じだ。
だから、本当に凄いのはペルだと思っていたのに、菊美さんから兄がその逃げるペルを捕まえているのを見たと言われて、兄の凄さが分からなくなってしまった。
だから、世界中で公開されているダンジョン動画で、他の探索者達がどういう探索をしているのかを調べてみた。
英語は得意とは言えないけれど、ここは翻訳サイトに感謝を捧げたい。
そして見付けた幾つもの動画。蛮族王でも名乗りそうな毛皮の鎧と頭骨の兜、巨大な大剣を振り回して未知生物を蹂躙していく探索者達も確かに居るみたいだけれど、そういうのは浅い所を探索している人に多いらしい。ネタプレイか、成りきりか、費用の削減を考えての事らしい。七十階層超えを目指す人達は、悉く銃器や兵器、爆発物で武装した特殊部隊だ。
どうやら、日本の様に銃器に頼らない探索をする国は少数派らしい。
「……兄さんの言う、使ったスキルでステータス伸びるのがほんまやとしたら、何か大したこと無さそう。『射撃』が『投擲』と似た様なアーツ持ってたとしても、『弓』みたいに力も使わんやろし、感覚と体力とかそんなんしか伸びへんかったりして」
思わず独り言が漏れてしまったけれど、声に出したらちょっと安心した。
多分兄はチートだ。ずるをした訳では無いけど、リアルなモンスターパニックに対処している人達を、遣り込みゲームをしているつもりな兄が飛び抜けてしまったんだ。あのダンジョンに籠もっていた一ヶ月の間、絶対に兄はボスを斃す事なんて頭から消し去って、別の事にのめり込んでいた。
引っ越しをする前の昔の家で、母のパソコンでゲームをしていた時に、もう其処では経験値が一しか貰えないのに、ドロップアイテムをコンプリートしていないと延々うろうろしていた兄を私は忘れてはいない。
兄の申告では兄の力も大した事が無い様に思えても、油断したら駄目な奴だ。
案の定、兄にトップ探索者の動画を見せたら、ほっとした様子を見せたのだから、何をか言わんやというものである。
兄の戦闘力的な物へ不審を抱いていたその割に、メイドさんを喚び出した事には驚きは少なかったけれど、まぁそれが私の思う兄への評価なのだろう。正直な強さではなくて、搦め手だとか詭道の方が得意なのだと私は兄を見ているのだ。
人の意表を突く事ばかりしてくる兄に対しては、正当な評価に違い無い。
十一月初っ端の三連休に、また兄がボスの間籠もりと称してダンジョンに泊まり込んでいた。
戻って来た兄は、清々しい笑顔で、同時討伐数とボスオーバーキルのレコードホルダーも手に入れたと報告してきた。
ボス討伐最速タイムと、一時間当たりのボス討伐数と、一日当たりのボス討伐数に次ぐ、四つ目と五つ目のレコードホルダーなのだと。
まぁ、兄のする事なので、ふ~ん、って感じだけれど、色々と疑問も湧いてくる。
同時討伐数にボスの限定が無いなら、蟻やらの虫な感じの未知生物が、うじゃうじゃと襲い掛かって来るのを斃せば万単位での討伐数になりそうなのに、何で兄がレコードホルダーを取れたのかとか、オーバーキルでも一番を取ったってのはどうやって海外のトップ勢を抜いてそんな事が出来たのかとか。
「群体は群れで一体扱いなんとちゃうかなぁ? 多分統率する頭が一匹居って、それが本体扱いやねんで。オーバーキルは魔術の勝利としか分からんかな。ボスロップも打撃やと何十発と要るのに魔術やと一発やから、ダメージ効率ええんやろな」
軽い口調で言う兄だが、でも取れた理由は兎も角としてレコードホルダーの称号を五つも持っている効果は大きいらしく、レアドロップががっぽがっぽだとこの頃から兄は色々なダンジョンへと足を伸ばす様になった。近場に泉川ダンジョンは在るが、奈良へ行けば猿沢池近くのあおによしダンジョンや、若草山に在る春日ダンジョン、平城宮跡離れの平城ダンジョンとこれも又徒歩で行ける範囲でダンジョンが数多在る。
そんな奈良でのダンジョン巡りを兄がしている中で、事件は起きた。
結論から言ってしまうと、横浜くんだりからやって来たらしい成らず者の一団が、兄に酷い目に遭わされただけで終わったのだけれど、私にとっては冗談事では無い。
「しかしほんまに来るもんやな。風牙君の勘も侮れんわ」
三太さんの言った言葉が、私の気持ちを端的に表している。
まさか本当に来るとは思わなかった。
ただの成らず者ならそうは思わなかったかも知れないけれど、兄がイタリア顔の外国人が関与しているのを確かめて、空港までその不審人物を追い掛けているのだから、最早疑う事は無意味だろう。
どうやって黒幕を見抜いたかというのには、高速でモンタージュを着包み文次にちらつかせて反応した顔から絞り込んだとか言っているけれど、ちょっと良く分からない。冤罪だったなら笑えないけれど、その可能性は小さそうだ。
でも、あの有り様を見て、あれが乗りで全てが実現された謎の現象なのでは無く、緻密に計算された魔術の力による物だとは、誰も考えはしないだろう。
正直兄は滅茶苦茶だと思う。でも、その兄に誘導されて、それからの数ヶ月間は何の襲撃も無く平和に暮らせれたのも確かな事実だった。
「お釈迦様でも分かるまいってね」
「いや、兄さんのそれは滅茶苦茶やから。神も仏もあらへんわ」
「メイドさんは居るで?」
「メイドさんが神様みたいに言わんといて! あの人らは何を崇めてんねやろな?」
「妄想?」
「メイちゃん、辛辣」
或る日、お茶会での会話である。
オフのメイちゃんは猫メイド姿で、力の魔力を使って適当に給仕している。私達の間では、もう筋力の魔力だとか言わない様になっていた。英語ではパワーなのだから、態々“筋”力とせずに、力の魔力で良かったのだ。
「まぁ、日本特有の現象かも知れんなぁ。日本の神様は何でも有りやから、マイコージャクソンの手袋やかて祠に祀っといたら神様扱いされるやろうし。ジンクスの積み上げやけれど言うたもん勝ちやからなぁ」
「敷居を跨ぐのが右足からとか左足からとかいう奴?」
「それはまた違うて陰陽思想やら入って来るんやけどな、日照りの時に雨乞いの踊りを踊ってもちっとも雨が降らん、そこで夢見に従ってちょっと振り付けを変えたら雨が降る様になった。これはこの辺りの雨の神様が代替わりして、それで雨が降らなくなっていたのだから、次からの雨乞いの踊りは新しい振り付けで踊ること。みたいなのが罷り通るのが日本の神話や。そやから日本の神様は大体何でも有りやし、二面性を持っていたりもする。一神教やと正しいのが神で正しくないのは悪魔やったりするのかも知れんけど、そういう縛りは無いやろな」
「ふ~ん、自然現象を理解する為の神話なんやとしたら、信じる者は救われる、というんとは違うて、信じる事が救いみたいな感じなんか。――お母さん、どうしたん?」
「え!? う、うん。ちょっと昔に読んだ小説の台詞を思い出してん。愛されることが幸せなんじゃ無くて、愛することが幸せなんだって。届かない恋をしているおかまの海賊船長の台詞なんやけどね」
「……ええ台詞やけど、母さんが言うと救いが無いなぁ」
「え!? あ……。いや、本当にいいお話やってんよ!? 読んだ頃はまだ高校生やったし! ……た、ただ現実の恋愛とかは、もっとお互いの理解とか無いとあかんかったね」
「碌でも無いのに引っ掛かったお母さんと、今にも狩られようとしている獲物なだけの兄さん。はぁ、うち真面に恋愛とか出来るんやろか」
「みゃーちゃんがあんな事言わはるよー」
「はいはい、ちょっと今のは酷かったなー」
「嘘泣きはよろし!」
「「ええ~……」」
声を合わせて不満を顕わにする母と兄に、私はむっと怒ってみせる。
三太さん達は声を上げて笑っていて、かーくんと猫メイちゃんには観察する様に見上げられていた。
事件の後も兄は奈良に在るダンジョンへと通う。
春日ダンジョンは原生林のダンジョンだ。空が在り、森が在り、現れる未知生物も何処か古代の生物的な様相を示している。
そんな異次元さながらのダンジョンでの兄のお目当ては、ダンジョンを形作る“木”そのもの。どんな巨木でも伐ってから一月もすれば元通りになる迷宮樹木は、建築業界の救世主とされていた。
そもそも林業行政にも腐敗の影がちらついていた。古木が息衝く原生林を切り拓き、一面杉の人工林に置き換えようとする事には熱心な割に、それで出来た人工林の管理は放置気味。結局の所、花粉症を日本中に蔓延させるだけで、実際の木材としては外国産の安い木材に劣るとして使われる事無く放置されている不良物件で、そんな所に群がっているのは補助金名目で金を騙し取ろうとする悪徳業者や腐敗役人だと、雑談の場で三太さんは告げた。
「そら、真面目に管理している奴らも居るやろうがな、北の方のタイガや有るまいし、日本中の何処へ行っても杉ばっかりってどう考えてもおかしいやろ? いや、おかしいと思わなあかん。日本の山は本来広葉樹林の筈やで? 余りの酷さに古い知り合いが原生林を買い取ろうとした時に、原生林の古木は大金になるからととんでもない金を要求されたらしいわ。結局それが目当てやったんやな。奴らの頭の中は金ばっかりや。
まぁ、これも呪いの御蔭で多少は良くなった事やけどな。そもそも人の手を入れた林は手入れを続けな駄目に成るだけや。世の中の深緑一色な杉林を見て、それを手入れするだけの人が従事してると思わんやろ?
今は買い取った奴らが元の広葉樹の森に戻そうとしてる動きも有るけれど、ほんまに最低な負の遺産やわ」
三太さんは鍛冶師の家に生まれただけに、炭焼きといった森と共に生きる人達との付き合いも深かったのだろう。憤りの深い言葉には実感が込められていた。
育てても外国産の木材には勝てないと分かっていながら、惰性で続けられていた林業行政。そこに止めを刺したのがダンジョン産の巨木である。
嘗ては金持ちのステータスにもなった自然木の木造建築より、更に立派で優れた迷宮木の住宅が一般人でも買える様に成って、林業行政の諸々の言い分が成り立たなくなった結果、林業の分野にも呪いの影響が出る様になったのである。
それが発覚してからは、物凄い勢いで殆どの森林が民間に下げ渡される事となった。管理をするつもりも無いのに林業の発展を体のいい言い訳にして甘い汁を吸おうとしていた輩達が、その森を所持している段階で呪いの標的となる虞が有ると分かってからは、それはもう投げ売りする様に売り払ったのである。
尤も、きちんと育成と管理をしていた一部の業者には、逆に恩恵とも言える出来事が有ったらしいけど。
三太さんも、その頃にはこっちで生活を始めていて、詳しい事は知らないらしかった。
ともあれ、今現在建築用の木材は、ダンジョン産の迷宮木が最良とされているのだ。
そんな迷宮木を伐っては持ち帰りして、まだ耕していない古い田圃の一角が貯木場の様になっている。本当なら池にでも沈めて油を抜かないといけないらしいけれど、そんなのを待っていられないからと兄は魔術でどうにか出来ないか模索中だ。
春日ダンジョンからはサバイバル関係を中心として、それ以外のスキルオーブもランダムで出る事から、兄のお土産に色々な種類のスキルオーブが加わった。兄はレコードホルダーが真価を発揮したとほくほく顔である。
平城ダンジョンからは生産系のスキルオーブが出て、あおによしダンジョンはオーソドックスな剣と盾のダンジョンだったから、兄だけでは無く私達も、かなりスキルが充実してきている。
兄に想いを寄せている女子二人も、流石にそんな状況の下へと遊びに来ていたら、色々と考える事も有ったらしい。
「ふ、風牙君の助けに、何をしたええんやろう?」
「私達って、風牙君の邪魔にしかなってへんの?」
何故か兄では無くその妹へと直談判しに来るのは、どうしてだろうとは思うけれど、そもそも私はこの二人にいい印象は持っていない。兄が一番苦しい時に寄り添わなかった人達が何を言っているのだろうと思ってしまう。
でも、それを言うと兄からは、兄自身が壁を作っていたのだからと宥められてしまう。
「そんなんうちに聞かれても知らんわ! 勝手に考えとき!」
私は突き放したけれど、二人は或る日を境に更に熱心に通ってくる様になった。表情なんかが覚悟完了している感じで、母に聞いたら既に親の了解を取り付けているとか、そんな話になっていた。
でも、全てを決定的にしたのは、多分兄が墓穴を掘ってしまった出来事だ。
或る日、久方振りに海住山寺ダンジョンに向かった兄が、両脇にべったりと女子二人をくっつけて平屋へと帰って来た。
胡乱気に見る私に、兄は両腕を上げて弁明する。
「襲われて無いから!」
でも、女子二人は上気した顔で、きっと襲い掛かるのを堪えている。その二人の腕には、派手派手な錬金導師の腕輪が輝いていた。
そろそろボスの討伐に、なんて話は聞こえて来ていたから、きっと今日ボスの間に行ってきたのだろう。そしてどうせなら、容量の小さい錬金術師の指輪で無くて、錬金導師の腕輪を持たせたいと考えた兄が、私の忠告を破って【ドッペル召喚】で女子二人に予習させてからボス討伐に送り出したに違い無い。
その御蔭で、女子二人はもう後戻り出来ないくらいに兄にぞっこんになってしまった。
もうこれはどうしようも無い。全ては兄が決める事だろう。
兄が完全に身内扱いし始めた二人も、その頃から魔術の獲得を目指して特訓を始める様になった。
普通が一番だと思っていた私だけれど、母だけでは無くて、何時の間にか其処に他人が入り込んでくると言うのには、やっぱり思う所が有る訳で――。
嘗て無く真面目に魔術の特訓に励む私に、生温かい視線が注がれるのには羞恥しか無い。
「二人が来るんは想定外やけど、雅のいい発破になってるみたいで複雑やわぁ」
兄のそんな暢気な言葉に、想定外と言いながら何時も二人に甘いのは兄やろうと、私はキッと兄を睨み付けるのだ。
兄に想いを寄せている女子の一人、山根まいさんは、とても素直な人だ。これと決めたら直向きに邁進している様子を見ていると、何故この人が兄を放置していたのかが分からなくなる。
もう一人の柳原亜紀さんは、何か行動に移す前にちょっと溜めが有る感じ。その間に何が本当に正しいのかを消化しようとしている様な感じがする。決めるまでに躊躇いは有るのかも知れないけれど、やっぱり兄を放っておいた理由が分からない。
「今の世の中で、女が生きて行くのは大変で、色々噂を聞いたら余計に身動き出来なくなっても仕方無いじゃない!」
「気付いた時には風牙君には話し掛けても言葉が通じなくなっていて、どうしたらいいのか分からなかったんだから!」
「でも、風牙君がダンジョンで死んじゃうかも知れないなんて考えもしなかった!」
「もうあんな思いをするのは嫌や! 絶対に風牙君からは離れへん!」
それはきっと打算とか言うのも多分に含まれていると感じはしたけれど、そういう汚い部分も含めて隠さず伝えてきたのを見て、何故か私の中の蟠りは消えてしまった。
そういう事なら、もう私が首を突っ込むのは野暮というものだろう。
そしてそのまま高校を卒業して、直ぐにでもどちらかと結婚するのかと思っていたら、兄は何だかぐずついている。
「で、兄さんはどっちと結婚するんや?」
「ま、待って待って!? 俺が結婚するんか!?」
今更何を言ってるのかと思いつつ、首を傾げて見遣れば、兄はぐったりと肩を落としてぼやいている。
「何や詰まってたんが解消した途端に鉄砲水みたいに青春が襲い掛かって来とるけど、ほんまにこれは青春なんやろうか?」
「何やその暮れと盆と正月がタップダンス踊ってるみたいな表現は。ええ加減に覚悟決めえや」
「覚悟て――二人ともお嫁さんにしろて言われてどう覚悟決めんねんな!? そういうんは気に食わんで!」
「……へたれ」
「ち~が~う~!! そうや無いやろー!?」
何か本気で怒っている様に見せてるけど、二人に両脇からくっ付かれている時の兄を見ている私には分かる。
何だかんだ言いつつも、その内両側に白無垢を着た二人を侍らす事になるに違い無い。
だって、既に母が動いているのだ。
「白無垢もいいけど、お色直しに綺麗な打ち掛けもええねぇ。良し! どっちかお妾さんみたいな立場にしてしまうんやし、『裁縫』もふーちゃんに貰ったから、婚礼衣装は私が作ってしまおっか♪」
そう言って、母お手製の婚礼衣装がこっそり着々と出来上がっている。
既に外堀が埋められたなんて物では無くて、薪台の上の棒に手足を縛り付けられている様なものだ。後は火を着ければ美味しく食べられるばかりである。
そんな状況を兄ばかりは知らないにしても、憐れな兄子羊が何故か食べられてしまうのを先送りにしているのに理由が有る様に思えて、ちょっとそこを問い糾してみた。
「いや、新しい家もまだやし、最近は大人しいけれど狙われてる状況に変わりは無いし、そこを優位に持って行くにはまだちょっと決め手がなぁ。本当はボスの間に籠もって切り札的なのを手に入れたいとこやけれど、今それをするのは心配の方が先に立つわ」
……何て言うか語るに落ちた。
結局兄の根底にも二人を娶るのは前提になっているのを知って、私達は兄が決断するのを待つ事にしたのだ。
特に当事者である二人がそれを望んだというのも大きかった。
そんな中、平屋への襲撃者を春蔵爺さんが追い払うという事件が起き、そして兄がスナイパーに身を曝しながら襲撃者の団体を撃破する事件が起きた。
ほぼ全員がそれはやめてと懇願したのを、兄がごり押しした作戦だ。必要な事だったと自分自身に言い聞かせても、暢気に女子二人からしがみつかれている兄を見ると憤りが込み上げてくる。
既定路線のままに私達“平屋同盟”のサイトを立ち上げて、今回の襲撃に到る経緯を含めて情報をUPした。容赦無く晒し上げたから、その結果はお察しだ。
序でにオフ中の猫メイドさん映像も多数上げたから、冥土教徒達の掩護も期待していいだろう。
そしてメイちゃん情報でも殆どの問題が解消された事が分かっている。
つまり、残るは私達の新住居が出来上がるのを待つばかりで、その完成ももう見えていたのである。
その日、兄は控え室となっている平屋の中で、頭を抱えて項垂れていた。
「何かおかしくない? 俺、まだ切り札とか手に入れてへんのやけど? 怒濤の展開過ぎへんか?」
「おかしない。兄さんは待たせ過ぎや。それやのにスナイパーの前にのこのこ出てったんやから、この展開も当然やな」
「いや待って! それにしても二人一緒っておかしいやんか!」
「ほなら一人だけにしてもう一人は見捨てるんか?」
「そ、そういう事とちゃうやろ~!?」
私は兄の余りの不甲斐無さに腹を立てる。
「覚悟決めぇや! 兄さん、男やろ!」
「……雅にも今に分かる、とか言った方がええ?」
阿呆な事を言う兄を思わず蹴った。
足の裏で受けられた。
「仕方無いな。こんな俺に想いを寄せてくれてるんやから、尻込みするのも贅沢やろ。まぁ、兄は覚悟を決める事にするわ」
ほろ苦く笑った兄は、本当に覚悟完了出来たのだろうか。
分からないながらも、腰を上げた兄を信じて、私は控え室の平屋を出て新住居となるログハウスへと向かう。
靴を脱いで上がると、其処は共用の大広間。今は衝立で隠されたその入り口に、花嫁二人が今か今かと待ち構えていた。
「「風牙君は!?」」
「もう来るって」
兄の姿は紋付き羽織袴。八月には暑そうな格好だ。紋は母方の曾祖父から借りた丸にへの字が風車の様に配置された物。多分幾つもの山の地主だとかそういう意味の紋なのだろう。
花嫁二人は白無垢姿。母の遣る気が炸裂して、鮮やかに縫い取られた草花の刺繍がとても綺麗。幸せ一杯の表情で、兄の到着を待っている。
私は広間の隅を回って皆の待つ祭壇へと向かう。この結婚式の為に設けた祭壇だから、式が終われば花瓶でも置かれるに違い無い。
そしてその祭壇の向こうに、親族一同が集まっていた。
「ふーちゃんは?」
「もう来るって」
ノリノリで巫女さん姿の母へと告げる。
「花嫁さん、すっごい綺麗やね」
「風牙君も大きなったんやねぇ」
「二人もお嫁さんって大丈夫なん?」
夏休みだからと来てくれた、従姉妹の弥佳ちゃんと祖母、それから伯母も声を掛けてきてくれる。
「花嫁を待たせるなぞけしからん」
「どんな色男か見極めてやろうぞ」
「あら、捕まえたのはまいからですよ?」
「うちの亜紀も忘れないで下さいまし」
花嫁さん側の親戚一同の方が数が多いのは仕方が無い。
特にそちらの祖父母とは初めて顔を合わせるのだから、ちょっと緊張感も漂っている。
そして其処に衝立の向こうから現れる、花婿と花嫁二人。兄の両腕にそれぞれ腕を搦めて、初めはしずしずと、やがて早足に、最後には突進する勢いの二人に引き摺られる様にして兄が祭壇の前に到着する。
「「誓います!!」」
何を言われる前にそう宣言した二人を目にして、兄も叫んだ。
「いや、ちょっと待って! やっぱりこれ違うくない!?」
だけど何を言っても全部が全部もう遅い。
「兄さん、それを言うにはもう手遅れや。二人の顔をちゃんと見てみよか」
それを聞いて兄は二人の表情を見る。
仕方が無いとじんわり笑みを浮かばせる。
「吉野風牙はこれからずっと山根まいと柳原亜紀を大切にすると誓います」
「亜紀ちゃんと一緒に、無理矢理にでも風牙君を幸せにすることを誓います!」
「まいちゃんと二人掛かりで、暴走しがちな風牙君を何とかする事を誓います!」
三人の言葉を聞いて、母が声を張り切らせる。
「今此処に夫婦の誓いが立てられました。新しい人生を歩む彼らに花片の祝福を!」
列席者の手により降り注がれる色取り取りの花片。
その中で兄は二人の花嫁から熱烈なキスで唇を奪われ、溢れる笑みで頬を歪めながら、二人の指に虹色に輝く指輪を嵌める。
様式も誓いの言葉も何も彼もが出鱈目だけれど、きっとこれが兄にはお似合いなんだろう。
お色直しのウェディングドレスも、更には何時の間にか兄が仕上げていた色打ち掛けも鮮やかで、幸せな三人を中心に、大広間での宴会は夜を通して賑やかに執り行われたのだ。
初夜はどうしたのかって? そんな事は知りません!
でも、結婚するまではキスもしないでいたらしい兄は、ずっといちゃいちゃお喋りしながら、キスを交わしていたらしいよ?
兎に角これで、めでたしめでたし。
諸々伏線が回収出来ていないので、完結にはしないけれど、暫くは改稿作業に入るつもり。
改稿終わればなろうコンだ! ……応募期間に間に合えばいいなぁ。
実は2章がラブコメだったなんてなんて。(余り好きな展開では無いのだけど)
改稿作業は終わりの無い沼なので、大変なんだよねぇ……。




