(12)メイドさん改造計画
難産。形は頭に有ったのに文章にならなかったよ。
見直し出来てないけど投下!
今回はちょっとうだうだしているけれど、次回からさくさく進む予定。
でも、あと六話かそれぐらいで完結かなぁ。それ以上続けるにはタイトル変えんとあかん感じです。
「はぁ……何か兄さんが凄い事になってる……」
あの時、偶然リアルタイムで母が配信を見ていたらしく、物凄く呆れた顔で家では出迎えられてしまった。
メイドさんが現れた瞬間に――
俺が魔術でのポーション作成を披露した瞬間に――
俺が表向きの種明かしをした瞬間に――
ネットがパンクする程の衝撃が、コメント欄を駆け抜けたらしい。
「言うても、今度のは俺に原因が有ると追求されん様に持ってったし、元からの監視対象が本人と関わらん所で厄介な力を手に入れたっていうところやろ? 抑止力としての効果に期待やな」
「ほんまにそんな映画みたいな事になるんやろか?」
ちょっと自分でもやり過ぎに思わなくも無いが、突然思いも寄らない出来事が自分達に降り掛かってくる事は経験済みだ。国連という場で|スタンディングオベーション《拍手喝采》の対象と成った事実が、既に想定外とは言えないフェーズに入っている事を示している。
その辺りは、何だか良く分からない内に翻弄されていた妹とは違って、俺の方が危機感を強く持っているのだろう。
「備え有れば憂い無しって言うやんか。実際今回は役に立ったで?」
常にしていた魔力の訓練は、今は魔術の訓練も交えて、これも常に展開する様に心懸けている。
暑い日には赤属性魔術の応用で冷風を纏ったり、荷物や体に上向きの力を掛けて軽くしたり、テスターを片手に黄属性魔術で電圧を掛けて5Vや100Vの電源に出来る様に訓練してみたり。
『錬金』を使わずに魔力だけで【ポーション作成】する事が出来たのも、全てのスキルは魔力の扱い様なのではとの推測に基づいて再現を試みていたから出来た事だ。
「確かに派手やったわ」
派手かどうかが判断のバロメータにはならないとは思いつつ、はったりを利かせる為に無駄に派手にしたのも自分なので、妹の言葉も強ち間違ってはいない。
それを為し得たのも詰まる所は、
「やっぱ常に練習するんがええんかもな」
結局それに尽きるのだろう。
そう言いながらも食器棚から必要なお皿を浮かせて運び、シチュー鍋の竈にこれも魔術で火を入れる。
妹ものんびり手伝いをしながらも、十数秒置きに俺のスマホへ視線を飛ばしているのはご愛敬だ。
「しかし風牙君、これはどっちに転ぶか分からんぞ?」
ダンッダンッと激しく猪肉を切り分けていた三太さんが、その手を止めて俺へと視線を向けた。
「そうねぇ。得体が知れない神様の力を手に入れたなんて言われたら、警戒されるに決まってるわね」
寧ろそれを見越しての対処だったのだが、その辺りは少し意識にずれが有るらしい。
菊美さんも困った様な顔をしているけれど、寧ろただのスキルレベルが高い『錬金』使いより、そういう得体の知れない者を相手にした方が慎重に動く筈だ。
「家にはテレビも有らへんし、魔法の参考にファンタジーは図書室で借りたけど、推理小説もずっと読んでへん。そやけど考えれば分かりそうなもんや。今世界中でダンジョン攻略が停滞してんのは真面な『錬金』使いが居らんかったからで、そういう意味では俺が鍵になってしもうてる。半年後に『錬金』使いを揃える手立ては示したけど、手っ取り早く俺を攫って無理矢理ポーション作らせたら解決するとか考える奴らは絶対出てくるわ。高々三年、それも『錬金』ばかりにかまけて戦闘方面を鍛えてへん奴やで? そらどうとでも出来ると思うやろ。
でもそこで得体の知れない力を使える様になったと言われたら、絶対躊躇するやろ? それで出来た猶予の内に、何とか迎撃態勢調えたいんやわ」
「小説の読み過ぎと言いたいけど……、実際風牙君が重要人物になっとるしなぁ」
「でも、兄さんのあれって全部自力のはったりやんか。何とか出来んの?」
「何とかするねんて。取り越し苦労やったらええけどな。
ま、見とき。はったりの極意は開き直りやで!」
そんな事を言いながらも、実際に得体の知れない脅威を感じていたのは俺自身だったのだろう。
何故かと言えば、昔の映画に出てくる凄腕諜報部員なんて物は既に参考にもならない世の中なのだ。腕時計に仕込んだ通信機や吹き矢、そんな物より今はアメリカンコミックスばりの超人達の世界なのだから、どんな手で攻めて来るかが分からない。
宇宙から垂らされた糸に絡め取られて空の彼方に連れ去られるなんて事も、有り得そうに思えるのだから質が悪い。
だからこそ余計にピリピリとしていて、普段は逆に意識してのんびりしようとしているのだろう。
「しかししもたなぁ。見学者用のカード、返すの忘れてたし」
「電話はしたんやから大丈夫やろ。罠に嵌めようとした冥土教が全部悪いで」
「明日学校に行くのも憂鬱や」
「それは何とも言えへんなぁ。兄さんが何とかするしか無いんちゃう?」
そんな惚けた遣り取りも、自らを落ち着けようとする心の働きがしている事なのだろう。
そんな遣り取りをしている間にも、シチューはくつくつと音を立て始め、三太さんによって香辛料を擦り込まれた猪肉が暫し寝かされている。
ご飯は新菜御夫妻が炊いてくれている。だから後は、足りないのはサラダぐらいだ。
「今日もお野菜の出来が凄いええよ」
「借りてる指輪が物凄いから、来年はお米も作りたいね」
それも、母と実茂座さんが瑞々しい野菜を畑で収穫してきたから準備完了。
残りは樵をしている春蔵爺さんが帰って来れば全員勢揃いだ。
最近はちょっとこうして夕食の準備も兼ねて、全員でまったりしている事が多い。
勿論俺や新菜御夫妻がダンジョンに潜っていたり、偶に母とも一緒に潜る時はその分人数が欠けるけれど、まぁこんな日が多い。以前の状況は俺の所為が多分に有るとは思っているけれど、今のこの状態は良い事だと思っている。
「ふーちゃん、結局メイドさんってどんな感じやのん?」
「……それがどうにも、不憫な感じなんやわ。昔母さんが見せてくれたBマガで特集してた人工無脳みたいな、決められた事に決められた様にしか返せん感じがしたなぁ。信者の妄想が反応パターンに組み込まれたメイド型ロボット? 多分、信者が想定していない状況に出会ったら、全部『何の事でしょう?』とか言うか、『イリーガルファンクションコール!』とか言い出すんとちゃうかな」
「言葉とちったら『シンタックスエラー!』?」
「そうそう、懐かしいなぁ。――本気でそんな事になりそうで、更に言うなら姿形が健気なメイドさんしてるから、痛々しくてなぁ……」
「その理屈で言ったら、冥土教が呼び出したメイドなら、その半分以上はエロ妄想で出来とるんと違うかね」
「うわぁ……可愛い女の子に見えたけど、皮を剥いだら鼻息を荒くしたおっさんが詰まってるって思うと尚更嫌やわぁ」
新菜御夫妻のあんまりな言い様ながら、自分の中からも擁護の声は出て来ない。
しかし、ちょっと気になる言葉も聞こえたので確かめてみる。
「姿も見えたん? 昔の映像は光ってるだけやったって聞いた事有るけど」
「兄さんが方向性誘導したからとちゃう? 時々ぼんやりしてたけどちゃんと映ってたで? ほら――」
「あ、……ほんまや。けど、ぼんやりしてるなぁ……」
妹に預けていた自分のスマホに映る映像では、メイドさんだけが下手な合成をされたかの様に浮いて見えた。一人だけピントが合っていない様な感じだ。
それでいて、朧気ながらに楚々とした佇まいは感じさせるのだから業が深い。
ンん? 君らはこの清楚なメイドさんでどんな妄想をしているんだ?
それとも昼は清楚で夜は淫らとか、そんな設定を付けてはいないかね?
――と、そんな事を考えてしまう。
ぼんやりとしているのは、或る程度方向性を誘導したとは言え、完全一致には到って無かったと言う事だろうか。顕現の後に信者達が分裂した最初の邂逅とは違って、予習の甲斐も有ってイメージは統一出来たという事なのだろう。それでも合わない部分がぶれになっている――そんな風に見える。
……まぁ、そのメイドさんの中には、戦闘メイドや暗殺メイドがきっと含まれているだろうから、メイドさんが護衛をしてくれるのなら少し安心も増すのでは有るのだが……。
「……何やろう。このメイドさんに何かをお願いするのは物凄く気が引けるんやけど」
「あー、何か分かるかも。悪い大人に既に騙されている幼気な子供に、お願い事する様なもんやな?」
「……そういう事か。気が進まんかった訳や」
俺自身はメイドさん自身をぼやける事も無くくっきりと目にしていた為、清楚で明るいメイドさんとの印象が何処かで崩せなかったのだろう。しかしぼやけたメイドさんしかみていない妹は、見た目に左右されずに俺が感じた憂いの原因を指摘する事が出来たのだ。
しかし分かって見ればどうにもならない。
「仕方無い。メイドさんの助力を恃むのは諦めるか」
「ははは、そもそもメイドさんは手助けしてくれるのかね。降臨させるだけで何万人では利かんかも知れんメイド狂いの祈りが有ったんやろう? 都合良く助けに来てくれるとは思えんのやけどなぁ」
三太さんから言われて気が付いた。
確かに普通はメイドの先生となったからと言って、先生を助ける為にメイドさんが現れるとは思わない。メイドさんが居たからこそのあの不思議な力だと思う者も多いだろう。
それを忘れてしまう程に、最近は気軽にかーくんや妹やペルをぽんぽん『召喚』していたということだろうか。
……いや、寧ろ山根さんや柳原さんが『召喚』出来る事に気が付いてしまって、『召喚』が絡む事を考える時は何処か浮かれてしまっていたのでは無いだろうか。
「……まぁ、どっちにしても、そろそろ潮時やろな」
「何がや? はったりでは回らん様になってきた事か?」
「いや、はったりは続けるんやけどな、相談するからには自分の手札も明かさんとなぁと……」
「お?
……成る程なぁ。メイドさんの事が無うても、風牙君のする事には何処か不思議なところが有ったわな。はったりやのうて何か秘密があったんやな。
それを到頭カミングアウトするのんか!」
「……改めて言われるとちょっと恥ずかしいもんが有るけど、うん、取り越し苦労ならええんやけど、本当に俺が狙われているとしたら皆も巻き込んでしまうかも知れへんし、色々ぶっちゃけて対策練りたいねんわ」
今日の騒ぎが無ければもう少し時間は稼げたかも知れない。しかし、今日の騒ぎで確実に身元は割れてしまっただろう。もしかしたらプロを相手にしたなら今日のことが無くても知らない内に追い詰められていたかも知れないけれど、それが甘い考えだと自覚出来ただけでも儲け物だ。
当事者で無いならば、尚更危機感なんて無いだろう。探索者として命の遣り取りをしている新菜御夫妻ですら顔を見合わせたりするばかり。こういう搦め手は遠い話に違い無い。
寧ろ母や、ダンジョンに潜っていない実茂座さんの方が、ぴりっとした表情をしているぐらいだ。
これは、初めに認識の摺り合わせが必要かも知れない。
「例えば外国の圧力で国の偉いさんが協力を求めに訪ねてくる。色好い返事が得られなかったからと高圧的な態度を取る。どうや? 普通に有りそうやろ?
それでも俺はポーションの作り方を開示した上で、今もダンジョン管理部に大量にポーションを納めてるし、それ以上は突っ撥ねてもええやんな?
だからと言ってそれで引き下がるのが相手ならそもそも揉めることも無いやろし、つまり近付いてくるのは厄介な奴らばっかりって事や。探りも入れずに行き成り来る事も考えんとあかんのちゃうかな?
暢気にしてたら、人のいい郵便屋さんやと思った人が誘拐犯、なんて事にもなりそうやし、警戒はしときたいねん」
「あー、それは確かに、役場の人っぽいのが来たら、ぽろぽろ喋ってしまうかも知れんなぁ」
「言われてみれば確かに――いや、もしかしたら丁度行き詰まっとる探索者の方が無茶をしかねんな」
三太さんのその言葉に、俺は思わず目を見開いた。
国に狙われるかもとは思っていても、同業者の標的になるというのがすぽんと頭から抜けていた。
「うわ、それはあかん! 派手な立ち回りが無かったらはったりで何とかなるかもと思ったけど、力業で来られたら対処出来んかも知れへん!?」
「そお? うちが思うに兄さんはチートやと思うねん。ダンジョン動画見ててもペルの方が凄いし、それより凄い兄さんが凄く無い訳無いやん! 心配し過ぎ!」
何故かぷんすかしている妹だが、きっと妹は勘違いをしている。
「ダンジョン動画配信しとるんは大抵なんちゃって探索者やろ? 深層でカメラ回してる余裕は有らへんと思うなぁ」
「いや、風牙君。海外の上級の探索者になると、小さいカメラで常にライブ映像録画してたりするよ? 車のドライブレコーダーみたいな感じやな。飛行機にも似た様なんが付いとるやろ? 探索した後にカメラの映像で何か見落としが無いかとか反省会するんが当たり前になっとるらしくてな、日本でも取り入れてる所は多いよ」
それは知らなかった。知らなかったが、つい最近まで自分用の携帯電話も持っていなかったのだから、そこは察して欲しい所だ。
だとすれば確かに参考になる映像も有るのだろうと妹に教えて貰って動画サイトを眺めてみる。うん、何故か俺のスマホなのに妹の方が使い回しているのには目を瞑ろう。
「……槍の、五十階層? うわ!? 何やこの巨人……四メートル近い巨人で騎士で槍遣いか、何か店で流れてたゲームの動画で見た憶えが有るで? 最近のゲームはダンジョンを元にしてたんかね…………わ! 速っ! 強っ! 強いわ!! これは無理、無理やって!!」
大きいのに素早い何処ぞの猿型宇宙人の様な未知生物の姿に、諸手を挙げて降参する。妹の信頼が今は痛い。
「待って、それってバールで打ち合おうと考えてるやろ。そうや無くて、攻略してる探索者の方見てや。銃バンバン撃って、爆弾投げて近付けさせへん様にして斃してるで」
「うわ! 無粋な! 可哀相に……」
「どっちに気持ち寄せてんのや! ――もう、でもこれやったらペルなら接近戦でええとこ行きそうに思わへん?」
「…………そやなぁ。日本に銃器は持ち込めんやろうし、正面から切り掛かっていくタイプなら敵わへんと思ったけど、これならはったりが効きそうや」
動画を眺めながら、妹の解説を聞く。どうやら海外でも日本でも、探索の基本はこの動画とほぼ同じらしい。如何に隠れて不意を突くか。如何に障害物を利用してダメージを受けずに一方的に攻撃する場を調えるか。ヒットアンドアウェイは当然だが、基本は敵の間合いに入らない立ち回りで、初見の敵は徹底的に情報収集して事に当たる。
誰がどう見てもこの上無く真っ当で順当な方法だ。どうやら武士さん達の様に、道場で鍛えた技を試しがてらに蹂躙するスタイルは少数派らしいと知って安堵する。
正直俺が優位に立てているのは、はったりが全てだ。演出は派手でも、攻撃力という物は無い。はったりに惑わされた敵が自ら見誤ってくれなければ、窮地に陥るのは俺の方だろう。
そしてその確率を下げるのは、それこそ周囲の協力だ。自らの手の内を晒す事を躊躇っては、安穏とした生活を手に入れるのは夢のまた夢だろう。
「その為にも打ち明けようと思てるのは二つ。一つは俺のアビリティ、もう一つは騒動の種明かしやな」
気分を変えて、元の話題に帰って来た。
それを敏感に察したのか、新菜御夫妻の合いの手が入る。
「よ! 待ってたで!」
「わー、ぱちぱちぱち♪」
ちょっと気が抜ける。
そんな気分にぐっと活を入れて、俺は話の核心へと入っていく。
「ずばり言うとアビリティは『召喚』やな。
言うてもアビリティはそこ迄秘密と違うけど。武士さん達も知ってるし、この前の国連の騒ぎの時に管理部の新乃木さんにも教えたし。手元に召喚するだけの力やから凄い力って訳でも無いな。
ただ、アビリティはスキルと違てどんな力か予想出来へんし、使い方次第で充分裏をかけると思う」
「わぁ! それでかーくんを喚び出したのね!」
『召喚』とかーくんを絡められるのは最早運命の様な物かと思いつつ、否定の言葉を口にする。
「いや、違うし。かーくんはボス宝箱から出て来たし。一ヶ月手下を斃しまくってからボスを斃したら、スパーク散らす青黒い車程有る宝箱になった――って、まぁそれは別の話やけど。
『召喚』は視界に有る“物”を手元に転送する力やったんやけど、武士さんが協力してくれてレベル十になった時に、“自分の持ち物”なら手元に召喚出来る様になったんや。で、ついこの前のボスの間籠もりしていた時に、親しくしていて力に成ろうと思てくれてる生き物の分身みたいなんを喚び出す事が出来る様になったんやわ」
「突っ込み処が行き成り酷いな。何やその宝箱は! って言うてええか?」
「もう言うてるわ。それでかーくんはどうしたの?」
「そっちに食い付くなぁ……。まぁ、かーくんはバグみたいなもんやと思うわ。錬金ダンジョンの五階層ボスソロ討伐の報酬は、討伐に使った武器に関するスキルと少し良い目の武器と聞いとったけど、ダンジョンも困ったんとちゃうかなぁ? 武器らしいのはナイフ括り付けたりはしてたけどバールやし、どんどん手下が斃れて行ってる間に俺は余所見して『錬金』にばっかりかまけてたし。
俺が『召喚』のアビリティ持ちやとか、初回クリアやったとかも関係有りそうやから、他の人が同じ事してもかーくんは出て来んやろな」
「そうなんやー……残念」
「で、話を戻してもう一つの秘密やけど、魔術スキルの存在やな」
「え? 魔術って糞高い『ファイヤボール』とか『ライトビーム』の事か?」
「それは『剣術』の【スマッシュ】みたいな補助スキルになると思うねん。そういうアーツと違て、各属性魔力を自力で操れる様になったら、『赤魔術』とか『黄魔術』みたいな魔術スキルを覚えられるねんわ。こっちはアドバンテージ有る内に他を引き離しておきたいし、あと一年は秘匿しときたい」
「え、ちょっと待て。今度の突っ込み処はごついで!?」
「『魔術』って……魔術が使えんの!?」
菊美さんの食い付きが先程に増して物凄い。
三太さんも唖然としているし、探索者では無い実茂座さんも目を丸くしている。
「期待させといて何やけど、魔術というか魔力を駆使して出来る事が色々なスキルのアーツやったりする感じやから、『魔術』を覚えた所で劇的な戦闘力の向上とかは有らへんで? 技の挙動をちょっと変えるとか融通は利かせられる様になるやろし、同じ事しか出来へんアーツしか知らんかったら混乱もするやろけどな。
薬草浮かせて凄い感じに見せたんも、その裏では一本一本薬草を千切って、見えない指先で摘まみ上げてる様なもんやねん。はったりには使えるぐらいに思といて欲しいわ。
ただ、これをここで明かしたんは、アーツやと出来そうに無い事でも見掛けだけでも誤魔化してはったり利かせる事は充分以上に出来そうやし、何でも提案してみてっていうことやな」
薬草を浮かせて移動させるなんて、確かに見た目は派手では有るが、それで未知生物を斃せるという訳では無い。
既存のアーツとは違って一から自分で組み立てられるというのは魅力だが、下手な組み方をしたところで既存のアーツに勝る物は作れないだろう。
基本的に魔術をコントロールしているのは自分自身の為、思い通りに現象を起こすのは結局の所どれだけ鍛錬したかが効いてくる。
だから、魔術という響きで凄い事が出来そうだと思うのは早合点という物だ。
ただ、世の中にはブラックボックスを気持ち悪いと思って、マニュアル操作を好む者も居るのだ。――この俺の様に。
そして二年を魔力の制御に捧げ、先人の居ない中、魔術を掴み取った俺より、巧く魔力を扱える者は、少なくとも日本の中には他に居ないに違い無い。
そして称号が俺を最初に魔術を使える様になった者と認定しているということは、世界の中でも唯一なのだ。
だからこそ俺にしか出来無いはったりであり、誰もそれを看破する事は出来ないと理解しているのである。
「何でもと言われてもなぁ……。例えば工作員が襲い掛かってくる前に察知して、全てお見通しだ! とやる感じかね?」
「そうそう、そんな感じ! そやけど、襲い掛かって来る前に察知はちょっと難しいわ。襲い掛かられても構わず撥ね返すとかなら、遣り方次第で出来るかも知れへん。『投擲』のレベル八十で【返し射ち】いうんが出来る様になってて、これを自動で反撃に使えたら何とかなるかもやな」
「薬物とか使われたら怖いで?」
「それは毒消しポーションが効いてくれたら、何とか出来そうな気がするわ。
まぁ、そんな感じで今から鍛えなあかん部分も有ると思うんやけど、基本的にははったりかまして、ノリで何でも有りに誤認させる方向に持って行くんが一番ちゃうかと思てんねん。
それをするには自力も鍛えとかんとあかんから、何回かボスの間籠もりはしたい感じやわ」
「何や兄さん、全部決めてるやん」
「そら方向性はな。悩んでんのは、下っ端を幾ら追い払っても親玉が無事なら切りが無さそうなんと、メイドさんていう手札が入ったのはええけどさっき言った通り扱いに悩む所が有ってどうしたもんかと言うところやねんな」
「それは……確かになぁ」
「親玉ならモニターで見てたりしてそうやない。モニター越しに攻撃したりとか出来へんの?」
「菊美さんも無茶を言うなぁ。――『黄魔術』と『白魔術』と『調査』とかやろか」
「う~ん、僕はスキルとかにも余り詳しく無いんだけどね、その『召喚』とか使ったら召喚する物の周りの様子とかも分かると思ってええんやろか? 多分やけど、国連に有った発電機は風牙君が『召喚』したんやろ? さっきも自分の物なら召喚出来るて言うてたし。
それなら風牙君のマークとか創って、それを商標登録でもしておいたら、勝手にそのマークをモニターに映している人達が居たら分かったりするんと違うかな?」
実茂座さんの提案は、思わずおっと感心する様な意見だった。
ただ、現実的では無い……いや、そうでも無いのか?
「『召喚』で喚び寄せる物の状態は分かっても、周りの様子までは分からへんなぁ。それも『召喚』のレベルを上げたらどうなるか分からんけど、『召喚』は滅茶苦茶レベルが上がり難くて間に合うか怪しいねん。
でも魔術が使える様になってからは確かに根詰めて研究したりはせぇへんかったから、……ん~、まずは『召喚』のレベルを上げるのがええかもなぁ」
「何か矛盾してる事言ってはる」
「いやな、どうもアビリティとかスキルのレベルって、遣り方を理解して丁寧にそれをなぞった方がレベルが上がり易いみたいやねん。『錬金』とかもそれでカンストしたみたいなもんやろうしな。でも、『召喚』は何がどうなってんのか分からんかってんやけど、今なら前より理解出来そうな気がするんやわ」
「魔術が出来るとスキルの理解が良うなって、レベルが上がるのが早よなるていう事か?」
「そんな感じですわ。
後は魔術使ってのハッキングもひょっとしたら出来るのかも知れんけど、きっと映像なんて望遠で撮ってるやろうから魔術を届かせられんやろうし、実茂座さんの案がええような気がしますわ。
メイドさんの『召喚』にも関係するし、まずは『召喚』が優先やなぁ」
良く憶えていない小さな頃から使い続けて、予備役になった当初でまだ一桁レベル。半年掛けて武士さんに連れ回されての漸くのレベル十。一月のボスの間籠もりで何とかレベル二十に辿り着いた。
そんな亀の歩みの『召喚』だが、ちょっとはその仕組みに見当も付いている。
“筋力”は関係無い。関係していたらもっと“筋力”の値は伸びて、俺がここまで苦労する事も無かっただろうから。“反応速度”“感覚”“体力”“赤属性”“黄属性”も関係無い様に思える。“魔力”は良く分からないが、きっと『召喚』を発動するだけの燃料だ。“青属性”は移動することを示している様に思える。“白属性”が非物質系、“黒属性”が物質系の力を司っているみたいだから、この辺りが肝になるのだろう。
「ふ~ん、うちの『罅』がどんどんレベル上がるんは、単純で理解し易いからなんかなぁ」
考え込んでいたら、妹が迂闊に口を滑らしていた。
うん、何故に自分からばらしてしまうのだ妹よ。
「ほう! 馬鹿力の能力かと思っとったが、罅を入れる力やったか! 成る程なぁ」
「雅ちゃん、チョップで胡桃割るから、凄いなぁって思ってたんよ?」
ただまぁバレバレだったみたいで、俺は「はぁ」と溜め息を吐いた。
妹は今更の様に両手の指先を口元に当てているが、ちょっと遅い。
「雅はちょっと迂闊やなぁ。ほんまに情報得るのに一番狙われそうやのに大丈夫か?」
「に、兄さんが打ち明けるから、別にええかと思たんやんか。ここに居るのは大丈夫な人しか居らんやろ?」
「“おい! 今ここに俺が来なかったか!”みたいな事言われるかも知れへんで?」
テレビを買ったはいいけれど、結局電波が悪くて実茂座さんの家で見る事になった有名アニメの再放送。其の一シーンを思い出して、何か反論しようと口をパクパクさせた妹は、既に現実が漫画かアニメの様になっている事を思い出して口を閉ざす。
普段生活している限りでは、そんな事を感じる機会も無いのだけれど、実際に妹自身が俺に『召喚』されてみたり、ペルの散歩のハードさがどんどん上がっている状況では、もう認めてしまう他は無いのだろう。
「……いや、風牙君も少し迂闊じゃないのかな。ちょっと聞き流してしまいそうになったけど、さっきメイドさんも召喚出来る様なこと言わへんかった?」
「あ! ――いや、でも、そもそもそれを説明しようとしての話やったからええねん。
『召喚』のレベル三十で覚えるアーツが【ドッペル召喚】で、親しい間柄の生き物の分身を喚び出すことが出来るんや。初めは雅だけで、その次ペルくらいしか喚び出せへんかったんやけど、この前のでメイドさんも呼び出せる様になってんわ。
ただ、ちょっと色々考えることも有って、メイドさんの召喚はまだ一度も試してないんやけどな」
実茂座さんの突っ込みに俺が答えると、新菜御夫妻が揃って「あ!」と声を上げた。
驚きながらも三太さんは、焼けた肉を皿へと装っている。
「それでメイドさんが来て当然みたいな言い方しとったんか」
「ねぇ! それじゃ、メイドさんをここに喚べるの!?」
確かに噂のメイドさんが喚べるとなったなら、興奮もするのだろう。
しかし、それを妹の叫びが止めた。
「あかんっ!!」
わなわなと戦慄くその様子に、妹へと視線が集まる。
「に、兄さんの【ドッペル召喚】は危険やねん。そんな簡単に試してみようなんてしたらあかんねんで!」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟や無い! 兄さんの召喚の所為で、うちは! うちはー!」
妹が誤解を招く様な嘆き方をしているので、妹のドッペルを『召喚』してみた。
「お兄ちゃーん♪」
現れたドッペル妹は俺に抱き付いて、そこからよじよじと俺の体を登って来る。首まで辿り着くと肩に足を掛けて肩車の完成だ。見なくてもきっとどや顔をしているだろうと分かってしまう。
「兄さん……何をしてくれてんねや……?」
「上は取ったー!」
ビシッとドッペル妹が本物妹へ指を突き付けた気配。
「うあーー!! 最悪やーー!! 耐えられへんーー!!」
「お兄ちゃん、今の内にいちゃいちゃするで!」
「いちゃいちゃってなぁ……」
「ぎゅっ♪」
「やめてーー!! うぁああああーー!!」
母や新菜御夫妻はその様子を呆然として眺めていたが、はっと気が付いた母がドッペル妹を叱り付けた。
「こら! ご飯の準備をしているのに何土足で肩車してんの! 降りてきなさい!!」
そんな事を言われたドッペル妹は、流石にばつの悪い顔をして、肩の上から降りてくる。
そのドッペル妹に待ち受けていた本物妹が詰め寄っていてカオスだ。
「一体何をしてくれてんのよ!!」
「羨ましいやろ!」
「阿呆な事言わんといて!!」
「素直になればええのに」
「なぁ、みゃーちゃんは何でふーちゃんにひっ付いてんの?」
「だって最近お兄ちゃんくっ付いてくれへんねんもん。頭撫で撫でだけやと物足りへんねん」
「そんなん思ってない!!」
「嘘吐き~」
「うん、そんな真っ赤な顔してたら説得力無いわ」
「お母さんはどっちの味方やのっ!?」
初めに噴き出したのは誰だったろうか。
誰かが噴き出して、それに誰かが続いて、誰かがまた噴き出した。
「なんじゃ? 嬢ちゃんが二人?」
そこへ戻ってきた春蔵爺さんが目を擦って懐から眼鏡を取り出すのを見て、睨み合っている妹二人を除いて更に笑いが弾けるのだった。
「【ドッペル召喚】メイドさん!」
夕食が済んで日も沈んだ薄明の中、俺の呼び掛けに応えて目の前にメイドさんが忽然と現れる。
派手な演出は何も無く、ただ其処に立っていたメイドさんは、先日俺の前に現れた時と同じ姿を見せていた。
笑顔を向けては来ているけれど、何故か動きが無い。バグったのだろうか。
妹が慄いたメイドさんの召喚だが、どうしても見てみたいと言う母の希望によって、結局召喚することになった。
妹が恐れた恐ろしさを目の当たりにして、その余りの恐ろしさに誰も反対しなかった。妹を含めて。
三十分よりもちょっと長くなった制限時間が来て、ドッペル妹が消えた瞬間、顔を真っ赤にした本物妹がじたばたと身悶えてとしていたから、反対する気力も無かったのかも知れないが。
「反応が無いなぁ。――メイドさん、取り敢えずお茶でもせぇへんか?」
現れたメイドさんに三太さんが声を掛けるが、不思議な事に反応が無い。
笑顔のまま固まって、フリーズしてしまっている。
「ふーちゃん、ふーちゃん、メイドさんに身の上を明かしてみて」
母の言葉を聞いて、ちょっと悪戯心が湧いて来た。
バッと横へ伸ばした右腕の先から、『黒魔術』レベル三十の【具象化】の力で風の谷装備を再現し、全身に到ったならば【具象化】を解除して同じく右腕の先から元の姿へと戻していく。
黒属性は物質とかそういうのを司っているらしい。“黒”と言っていても、黒色という訳では無いから、色を含めて風の谷装備と同じ物になっている。ただ、熟練度が足りないのか糸や布の様な軟らかい物は難しい。だから、使い捨てやその場限りのナイフや矢を創るのにはとても向いているのだろう。今創った風の谷装備も見せ掛けだけの張りぼてだ。
それでも俺の存在証明には充分だ。なぜならこれは今の所俺だけにしか出来無い誰も知らない技の一つで、そういう意味では数多くの知識の集合体でも有るメイドさんが知らない技術なのだから。
「兄さん、何格好付けてんねや?」
妹の言葉も聞こえない。聞こえ無いったら聞こえない。だから聞こえないからね?
そんな事よりもメイドさんに動きが有った事の方が重要なのである。
「せ、先生? もしかして先生ですか!?」
「そやで?」
メイドさんが理解の色を示した――とは言っても、流石に身内の前でネタに走るのは恥ずかしい物が有るのだ。
普段の調子で答えた俺に、メイドさんがまた固まってしまったけれど、これから付き合いも長くなるのだからそこは勘弁して欲しい。
「いや、今はオフでプライベートやからな? 言葉を作ったり、役を演じたりとかはせぇへんよ?
それよりこれが家の母――」
「吉野美野です。よろしくね~」
「あ、俺は吉野風牙や。本当は親の離婚の手続き終わってないから、まだ坂鳥風牙なんやけどな。で、こっちが妹の雅――」
「吉野雅。うちは兄さんみたいに凄くないで」
「――雅が貰ってきたうちのペル」
「ワン!」
「結構賢い。宝箱から出て来て家の一員になったかーくん――」
「ケッ!」
「お隣さんで探索者と鍛冶としている新菜三太さんと菊美さん――」
「おお、よろしくな」
「ええ、よろしく」
「そのもう一つお隣さんで、狩りをしたり小屋を作ったり色々出来る春蔵爺さん」
「うむ!」
「反対側のお隣さんで色々してる実茂座さん」
「ああ、よろしくね」
メイドさんは皆の自己紹介に笑顔で会釈している。
……うん、会釈しているだけでパターンに従った杓子定規に見えてしまうのは、人工無脳だという先入観が有るからだろうか。
しかし、そんな思いにも拘わらず、その前提条件は母によって否定されたのだった。
「ふーちゃん、ふーちゃん、この子、人工無脳や無いよ?」
母のその言葉は自分の印象とは食い違っていた物の、母の方が専門家だと思って俺はその言葉に耳を傾けた。
「どっちか言うたら中国語の部屋問題の方やなぁ」
「中国語の部屋問題……て何や?」
「中国語の部屋問題って言うんは、人工無脳と殆ど変わらへんねんけど、ちゃんと中の人が居る感じやろか。中国語が分からへん人に文章の対応表だけ渡してな、中国語が分かる人と筆記で遣り取りさせたら、相手からは丸でちゃんと中国語が分かっている様に見えるっていう譬え話なんやけどな、或る程度文脈とかこれまでの傾向で反応を絞り込んでも最終的にはランダムになる人工無脳と違てな、ちゃんと中の人が居るならコミュニケーション取ろうとするもんやろ? 最初に状況掴めへんで対応に困ってたりとか、今も状況掴もうとして頑張ってるとことか、中の人が居るとしか思えへんやん。つまり、かーくんと同じやわ」
えっ、と思ってメイドさんを見る。
そう思ってメイドさんを見ると、もうそうとしか思えない。そしてそれが正しいとしたら、かーくんを母に任せ気味の俺もかなり酷い奴だ。母がもっと構えと言う訳である。
「え、ちょっと待って。それなら余計にメイドさんは巻き込めへんこと無い? それしたら本気で幼児働かそうとしてる鬼畜やん!?」
「そうやなぁ、人で無しやと思うわ」
「いやいや、ちょっと待ちぃな!? メイドさんなら奉仕の精神で手伝いたいと思うかも知れへんで? こっちで勝手に決めるのは違うんとちゃうかな?」
「でも、かーくんには武器の誇りとか有る様にも思えへんしなぁ。
ほら、メイドさんも立ってへんで座ったらええよ。何話してるんやろうと思ってるやろうけど、実は俺のアビリティでメイドさんを喚び出す事が出来るって分かってな、それならちょっとメイドさんに手伝って貰いたい事が有ったんやわ。
でも、メイドさんは本当はどんな存在なんやろかって考えて、その結論として巻き込んだらあかんやろってなってんけどな、メイドさんがおらん所で話をしてても仕方ないし、メイドさんにも話が聞きたくて喚ばせてもろてんわ」
「遠慮せぇへんで座ったらええよ。ふーちゃんも言ったみたいに今はオフやねんから、メイドさんとしての反応を作らんでもええねんからね。中の人としての想いを教えて欲しいんよ。喋ろうとしたら分からなくなるんやったら、はいの時は頷いて、いいえやったら首を横に振って、分からなかったら首を傾げるだけでもええからね」
その母の言葉に、メイドさんはふわりと微笑んで、優雅にお辞儀をしてから流れる様に椅子へと座った。そして表情を凍らせた顔で、ふんふんふんふんふんと頷いた。
色々と酷いが、母の推測を裏付ける反応で、納得する外は無かったのだ。
「ふぅ~む、しかしこれも世界に広がる呪いだとすれば、何とも罪作りな呪いじゃのう」
春蔵爺さんの言葉に皆して頷くが、既にかーくんという前例が有る。きっとそう遠くない内に、メイドさんの自然な姿を見る事が出来るだろう。
メイドさんは冥土教が喚び出した奇跡だが、これを放置する事は誰も良しとしなかったのである。
そこからは、母が中心となってメイドさんへの質問タイムとなった。母の推測を裏付ける為の幾つもの質問。推測通りに用意された反応のパターンから選んでいるのかや、記憶は保持されているのかという事に始まって、顕現していない間のメイドさんの状況等、メイドさんしか知り得ない事を、はいといいえの答えから読み取っていった。
それによって分かった事は、ほぼ推測通りメイドさんには中の人が居たという事。そして恐らくは冥土教徒達の妄念による対応パターンが知らしめられているという事。ただ、その対応パターンは今この時にも追加されているらしい。もしかしたら誕生には冥土教徒達の尽力が有ったのかも知れないが、今は既に独立した一人の“理想のメイドさん”なのかも知れないと、そう思わせる何かが有った。
ただ、それは“理想のメイドさん”という偶像を押し付けられ、それに応えようと必死に生きている中の人有っての事なのだ。
「ふ~ん。やっぱりかーくんと同じなんやね」
「けへ?」
「かーくんもな、何か初めは矢鱈と人の神経逆撫でしようとして来てんで? ふーちゃんがそういうんも可愛がってたから可愛いだけにしか見えへんかったけどな。でも今はその時の反応させてみようとしたら恥ずかしがんねん」
「きゅふ~」
「だから焦らなくても大丈夫やからね。二ヶ月もしたら自由になれるわ」
残念ながら、今の制限時間の四十五分では余り交流する事は出来無かったが、メイドさんへの理解は深める事が出来たと思う。
そしてメイドさんが【送還】された直ぐ後で、母が俺に言った。
「『分析』のスキルが必要やから、ふーちゃん採ってきて」
突然の要請に吃驚したけれど、どうやら母の思惑は、与えられた物しか持たないメイドさんに、自分だけのもっとはっきりした思考能力を、【記録】や【分類】【並列思考】に【推定】といった『分析』の持つ力で補完したいとの事だった。
「多分、かーくんもふーちゃんの『分析』を間借りしてるんやと思うんやわ。そうや! ふーちゃん、【プログラム】は出来るんやんな?」
「ちょっと待って、母さんがそれ知ってる方がおかしいから! それ、レベル八十のアーツやからな!?」
因みに、世の中に知られているスキルでスキルレベルをカンストしたという話は、寡聞にして聞かない。俺の様に幾つもカンストしていながらも黙っている者が居る可能性も有るが、それは限りなく小さいと思っている。何故ならば、俺が初めて魔術を得た者である事が称号から明らかになっているからだ。
ただ使っているだけのスキルは、俺の『召喚』が中々育たないのと同じで、十年掛けたところで育ち具合は知れている。使うだけでは無く使い熟すには、魔力の働きを意識して、アーツに頼り切るのでは無く自らコントロールしなければならないのだろう。そしてそれが出来ていれば、必然的に魔術にも目覚めている筈なのだ。
その点、母には俺が魔力の操作を教え込んで、延々試行錯誤させるのでは無く正しく魔力を操れているかを確認しながら指導しているのだから、母はめきめき腕を上げてそろそろ『白魔術』なら使えそうな勢いだ。そして、ずっとこれ迄抑圧されてきた反動か、俺が『分析』のスキルオーブを渡すと、呆れる程の情熱を『分析』のスキルへと注ぎ込んでいたのを知っている。初めは母の一番は新しいパソコンだったけれど、それと並行して『分析』のスキルを使っている内に、どちらがメインか分からない様になっていたのだ。
「ふーちゃんにもプログラムの基礎は教えてたやろ? まだ忘れてへんやんな? ほら、これ【プログラム】用の命令セットの定義。順番に流してくから【記録】して」
簡単に言う母が、これも『分析』のレベル六十アーツである【模擬投影】で、空間に映し出した定義文を、俺は必死に目で追って【記録】する。
「で、こっちがプログラム本体。【記録】してから【プログラム】に貼り付けたら動くと思うけど、理解出来てへんかったら動かへんかも知れへんな」
「うわぁ……他人の作った【プログラム】が動くなんて、嫌な予感しかせぇへんけど……。――あ、そういうプログラムなんか。ほな、RUN、と」
「分かった?」
周りで見ている人達が首を傾げていたから、【模擬投影】で母がくれた【プログラム】の結果を表示する。
目の前の空間に映し出されたのは、パソコンと同じ様に、【記録】された項目がアイコンとして表示されたGUIチックな画面だった。
――いや、これは駄目なプログラムじゃ無いか?
「……なぁ、兄さん、一杯アイコン有るけど、それ何?」
「さぁ、何やろなぁ。そう言えばかーくんが容量使って無いかって話やったな。かーくんのアイコンは何処に有るんやろ?」
「アイコンが女子の顔ばっかりや!!」
じっとり見詰めてくる妹を誤魔化す事は出来無かった。
苦笑いをしながら、無難そうな一つを再生する。
浴衣姿で俺と腕を組んで楽しそうに笑う山根さんと柳原さんの姿が、空中に映し出された。
「ふーちゃん? 隠し撮りはあかへんよ?」
「いや、振ってしまった二人やで。せめて【記録】して留めておきたいと思うやん……」
「振ったって言いながら、いっつも遊びに来るや無いか!」
「そう。振ってんやけどなぁ……」
妹の言う様にいっつもと言う程頻繁では無いが、それでも屡々二人は此処へと遊びに来る。
振った俺に何かが言える筈も無く、二人で一緒にやって来るのにどう反応すればいいのかも分からないままに日々が過ぎている。
「まぁ、風牙君がもてもてやという事でええや無いか」
そんな風に笑って言う三太さんが少し恨めしかった。
でも、取り敢えずの方針は決まった。メイドさんに協力して貰えるかはこれからとして、母からの要請も有る事だし、手札を増やす為にはやっぱりボスの間籠もりが一番だ。
次の週末の三連休はボスの間へGO!
そんな事を思って、俺は笑い声を上げるのだった。
~※~※~※~
兄が皆の前でメイドさんの御披露目をしてから、私の家族にまた変な生き物が加わる事になった。
姿はメイド服を着た猫だ。白猫の時も有れば、黒猫になる時も有る。猫耳幼女をしている時も多いけれど、『召喚』している兄曰く、その日の気分で『召喚』される姿が変わるらしい。
「まぁ、中の人に姿を合わせたらこんな感じかなぁと思ってしもてんやろな。猫なんは自由な感じやからとちゃうか?」
そんな適当さで猫メイドにされてしまったメイドさんは、しかしながら案外その姿を気に入っているらしく、兄曰くのクールタイムが過ぎて召喚される度に見回りに行ってはふんふんふんと楽しそうに頷いている。
かーくんとは直ぐに仲良しになって、ペルの背中に一緒に乗って散歩するのを見るようにもなった。
でも、今は殆ど喋らない。余りに喋らないので、喋れるのに喋らないのはどうしてと詰問したら、「今はオフ!」と返された。
別にいいけど、いつかお喋りしたいから、猫メイドさんがお散歩している時には付いて行って、あれは何、ここではこんな事が有ったと、兄がかーくんにする様に話し掛ける事にしている。
満足気にふんふんふんと頷いているから、きっと何時かお喋り出来ると思っている。
因みに、冥土教に喚び出された時には、喚び出された先での設定も流れ込んできていたらしい。それも有って、ただ喚び出された兄の『召喚』では戸惑ってしまったのだそうだけど、今は寧ろ何の設定も無い時間を満喫して、気の向いた時にメイドさんムーブでお茶を入れてくれたりする。
兄は寧ろ前のメイドさんよりも可愛くなったと言っているけど、私もちょっとそう思う。何にしても、エロエロメイドが顕現しそうに無いのはほっと一安心だ。
でも、兄がちゃんとメイドさんに設定を考えて『召喚』すると、完璧メイドさんによるティーパーティだって開けちゃうのだから、メイドさんも大概だ。そしてティーパーティが終われば寄って集って猫可愛がりされてしまって照れ照れになっているのだから、皆のマスコット猫幼女枠はメイドさんに決定だ。
ただ、残念な事にメイドさんは物を食べられないという事が分かってしまった。
かーくんならポーションの様な兄が『錬金』で作る物は食べる事が出来る。これはかーくんが生き物なのかも謎な存在で、魔力的な物なら取り入れられるという事だろうと兄は言っていた。
メイドさんの場合は、【ドッペル召喚】している状態だから、魔力的な物でさえ影響を与える事は出来ずに、一応食べて見せても【送還】したらその場にお好み焼きの種が残っている感じになってしまうのだ。
それを見た母が、メイドさんも物を食べられる様にと兄に無茶振りをしていた。他にも『分析』経由で通信が出来る様になんて事も言っていたから、母も大概だけれど、それに真剣に悩んでいる兄も兄だ。
そういうちょっとおかしい人達は置いといて、私は私で地道に『罅』を極めていこうと思っていたのに、最近焦る事が増えて来た。母が一部の魔術を使える様になって、兄が指導するその訓練にメイドさんも加わる様になった。兄が容量を増やしたと言ってから、片言ながら言葉も喋る様になったかーくんもそれに加わっている。ペルは兎も角として、私だけが置いてけ堀だ。
「みゃーちゃんは別に『罅』が有るから構わへんのとちゃうか思うけど、もうちょっと貪欲にならへんとふーちゃんの足を引っ張る事になるかも知れへんよ?」
母の言葉も胸に痛い。
そして何よりも――
「風牙君、これでいいの?」
「ぅう~~……全然感覚が掴めへん」
時々三太さん達が混ざるのはいいけれど、何でか訓練に混ざってる女子二人! 何でしれっと混じってるのか!?
私は二人と兄の間に割り込んで、これ迄に無く訓練に力を入れる。
「二人が来るんは想定外やけど、雅のいい発破になってるみたいで複雑やわぁ」
嗚呼! もう! 何でそんなに兄は暢気なのか!
私は心の中で盛大に嘆いたのである。
父親も出て来てないし、ダンジョン探索もしていないから、回収していない伏線が一杯有る。
完結後の後日譚として上げるか、妹視点で「兄さんはチート」とかいう題名で分けるかかなぁ。
「もう遅い」をテーマにしたら、続かない感じだから、章ごとにテーマを分けられるならそれもいいかも。
なんて、ちょっと悩み中。
しっかし、予定の一ヶ月遅れでの投稿になっちゃったよ。詰まる時は詰まっちゃうね。
次回は(今回設定に詰めた分)もう少し早く出せるのではと思いつつ、
また次回を楽しみにして頂ければ。
ではでは~♪




